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聖印……偉そうだ。


《座標確定……動力確保……微速前進……》


闇夜の中、提督の念話に耳を傾けながら俺は頭を悩ませていた。

魔導書『ウリエルの書』のおそらくは固有能力である『苦鳴』魔法。

あのメーゼが魔導書を手に「苦しめ!」と言うだけで発動する魔法をそう名付けた。

メーゼが使った魔法。そうあれは間違いなく『魔術』ではなく『魔法』だった。


『魔法』はモンスターなどの操る超常現象だ。

『魔術』はそれを人間でも扱えるように法則性を持たせた魔法の劣化版と言ってもいい。


モンスターが息をするように『魔法』の威力を調整するのに比べて、『魔術』は魔法陣の大きさや使う魔石の種類などでどうにか威力の調整を効かせるというのが最も大きな差だろうか?


俺は『苦鳴』魔法の魔法陣の輝きを確かに捉えた。

だからこそ、悩むのだ。


『魔法』を『魔術』に落とし込むのは、じいちゃんがその各紋章に意味を持たせたことによって、昔と比べて格段に楽になった。

ある程度の法則性が読めるようになったからだ。


だが、『苦鳴』魔法は既存の法則性が通じない部分がある。

考えるにそれは、物理魔術と精神魔術の差と言えばいいだろうか。


俺がやらなくてはならないのは、『苦鳴』魔法を『苦鳴』魔術化して、さらにそれの対応策を考えるというものだ。


使われている紋章を分類しようにも、『サルガタナス』の色数字を表す紋章のように、未知の紋章が幾つもある。


『苦鳴』魔法の性質を分類してみる。


まず、アンデッドだけに掛かる魔法であること。

アンデッドを苦しめる効果があること。

特定のアンデッドに効果を及ぼさない効果があること。


最低でもこの三つだ。


『苦鳴』魔法を食らったアル、アルファ、トウルの三人に聞き取り調査を行ったところ、苦しみの原因がそれぞれに違ったことから、おそらく精神的な作用だろうとあたりをつけているが、どの紋章がどのような効果を与えているのかが分からなければ、対策も練りようがなかったりする。


今のところ、打開策といえばトウルの酒パワーに頼るというものしかないが、アレは他のアンデッドでは効果がないものだと判明している。

エインヘリアル専用と言えばいいのか、例の赤黒いオーラが発現するのはトウルだけで、他のアンデッドには多少美味しい水程度の認識しかなかった。


人間が飲んだところで、ただの酒としか分からないしな。


ただ、あの酒はトウルにとって『狂化』をもたらす酒だというのが判明している。

トウルが赤黒いオーラを出している時には、単純な命令しか受け入れていないし、理性が飛んで本能レベルで動いている節がある。


俺は紙に描き出した『苦鳴』魔法を前に、うんうんと唸っている。

ほぼ間違いなく描き出しているが、これにオドを注いだところで発動する訳ではない。

たぶん、バランスが崩れているため各紋章が紋章としての効果を発揮していないのだ。

それに紋章自体も魔術として使える仕様なのかも確認が必要だしな。


「ベルさんは、先程から何を悩んでるんですか?」


俺たちは『スッシー』の提督の部屋に全員で集まっている。

一応、『スッシー』内部には個人部屋のようなものや貨物室らしき外部に直接繋がる部屋など幾つかあるらしいのだが、詳しく調べる余裕がなかったので、提督に最初に案内された部屋を全員で利用している。

『武威徹』は貨物室に入れてある。


アステルが水出ししたお茶を俺に差し出しながら聞いてくる。


「ああ、悪い……うるさかったか?」


「いえ、純粋にベルさんが悩んでいるように見えて、気になってしまったもので……」


アステルが、チラと視線を別方向に向ける。

そこではアルとクーシャがアルファを掴まえて、俺たちが錬金館で『武威徹』作成している間に二人がやらかしてきた翼竜退治の話をしている。

概要を聞いて俺は呆れ返るばかりだったが、アルファは楽しく聞けているようだ。

まあ、『スッシー』を動かすためには魔宝石が沢山必要だったから、ありがたい話ではあったが……普通は行かないだろ、翼竜殲滅ツアー。

まあ、超級冒険者のクーシャと上級アンデッドのアルだから、心配はしてないけどさ。


それはさておき、アステルだ。

この前、アルからも焦ってると言われてしまったからな。

俺が何を考えているのかぐらいは、同志に聞いてもらおう。


「いや、この前のメーゼの襲撃の件なんだけど……」


と、俺は紙を見せながら『苦鳴』魔法の紋章魔術化に挑んでいることや、性質についての考察などを口にしていく。

系統が違うとはいえ、アステルも魔導士だからな。

アステルなりの考え方も聞いてみたい。


「この紋章は水の神様の聖印に似てますね……」


「聖印……」


「ええ、神に祈りを捧げる時、そのお姿を直接イメージするのは不敬に当たります。

なので、神官職にあるものは聖印を心に抱いてお祈りするのです。

水の神様もたくさんいらっしゃいますから、聖印と言っても種類がかなりあるんですが、基本は一緒なんです。

水の神様なら『流転』と『上から下へ』というふたつの御徴みしるしを基本としています……」


そう言って、アステルは紙に渦巻のような印とふたつの相対する『く』の字のような印を描く。

見た目的にはぐるぐるの下にバツ印だな。


「これに『耳』をつけるとウンディーネ様、『御髪おぐし』をつけるとタ・マ様という意味になります……」


実際に描きはしないが、指でなぞって教えてくれる。


「へえ、点がふたつが『耳』とか左右に縦棒ふたつで『髪』を表しているのか……だとすると……」


俺はその紋章から『流転』と『上から下へ』のふたつを取り除く。

残るのは上に小さな丸、その下に楕円、楕円の中に工の字だ。

ただし、工の字の上の横棒は楕円からはみ出しているし、下の横棒は楕円の外周と接している。


「あれ?」


「何か分かるか?」


「変ですね……」


「何が?」


「この小さな円は別の紋章の一部ということはないですか?」


アステルはしきりに首を傾げる。


「いや、それはないと思う。小さな円が含まれるとしたら、位置的にこの紋章という可能性だけど……これはハッキリしている。

強化の紋章だよ」


「……だとするとやっぱり変です。

真円が表すのは『主なる神様』なんです。

聖印で言うと『主なる神様』の下には十字が入るはずで、それの意味するところは『試練』なんです。

なのに、十字がないですし……その下の楕円もおかしいんです……やっぱり聖印とは関係ないんですかね?」


「おかしいと思うところを教えてもらっていい?」


「ええと、最初は水の神様の聖印とそれを際立たせるための装飾なのかと思ったんですが……水の神様の部分を抜き出した形だけで言うと、火の神様の聖印に似ているんです……」


「火の……それは?」


俺が聞くと、アステルは別紙に描いてくれる。

それは楕円とその中にYの字を描いたものだ。


「この楕円が『熱』でY字が『下から上へ』という意味なんです……でも、これだとT字ですよね……楕円に接地した下の横棒もあまり見ないものですし……」


俺はもう一度、最初の紋章を見る。

んん?


「もしかして、水の神様のバツ印の上半分と、火の神様のY字の上半分が共通して使われているんじゃないか?」


「ああ、それはあるかもしれないです!

でも、そんな神様がいらっしゃるとは聞いたことがないんですが……」


「だとすると……」


俺は聖印に関係すると思われる部分を抜いて、新たに描き出す。

横棒が二本だ。


「この横棒にも意味があるなんて……ないよな?」


「ありますよ」


「あるの!?」


「聖印の中央を通る横棒は『運ぶもの』で、四角形を横断するように描かれると風の神様の聖印になります。

それから一番下の横棒は諸説あるんですが……『眷属』と『堕ちたモノ』『御使い』などを表すとされているんです。

あ、あくまでもコレが聖印だとしたらの話なんですけど……」


おーけー、情報を整理しよう……。

上から行くか。

まず『主なる神様』、それから『火の神様』と『水の神様』で『運ぶモノ』、最後は『眷属』か『堕ちたモノ』か『御使い』だな。


聖印は言うなればその神の性質を表す名刺のようなものだ。

それが魔法陣の中、紋章のひとつとして入っている。

これはつまり、少女のメーゼが言うところの本の精霊。

いや、『サルガタナス』と同じ類いであるならば、悪魔の名刺ということか。

だとすれば、これは『ウリエルの紋章』ということになるだろう。

そして、『ウリエル』の性質を表しているはず。


……となると、それらを集約して考えれば。


「火と水を司り、主なる神の堕ちた眷属……運ぶ?何を運ぶんだ?いや、風の神が半分入っているとか、そういう意味なのか?」


正直、読めそうで読めないな……解釈で言ったら何通りもの解釈が成立しそうだ。


「何の話?」


いつのまにか、アルとクーシャが一緒になって俺が描き出した魔法陣を覗き込んでいた。


「ん?ああ、この前のメーゼが使った魔法をちょっとな……」


「ああ、あの苦しくなるやつ……」


「それで、アステルがこの部分が聖印なんじゃないかって話になってな……」


「それで『主なる神様』とか『火とか水とか』言ってたのね……。

なんか偉そうで嫌な感じ……」


アルが抜き出した『ウリエルの紋章』を見ながら言う。


「偉そう……?」


「うん、偉そうじゃない?

アレもコレも司ってて、主なる神様とも関係あって、みたいな意味なんでしょ?」


「……なるほど」


言われて見れば、確かに回りくどいというか、権威付けが激しいというか……。

そもそも、『ウリエルの書』の性質からして偉そうなんだよな。

他の魔導書から知識を押収して纏めるとか、偉そう以外の何者でもないよな……。


「あ、なんか眺めてるとぞわぞわしてきた……」


「私も気分がちょっと……」


アルとアルファが同時に悪寒のようなものを訴えてくる。

アルはこめかみを揉みほぐすようにして、目線を外している。


「なあ、トーブはどうしてる?」


アステルにつけている鳥のオーブ、トーブの状況をアルファに聞く。


「ずっと、そちらを見ないようにしているみたいですね……」


もしかして、この魔法の中核になっているのが『ウリエル』の名刺だったりするのか?

そして、聖印を読み解く限り、『ウリエル』という悪魔は確かに偉いのかもしれない。

いや、主なる神の関係者だという権威がアンデッドの苦しみの元なのか?


だとしたら、打開策になり得るものは、他の神の聖印?いや、浄化されちゃうな。

あ、いや、待てよ……。

いるじゃないか。権威から無視されちゃう奴が!


《サルガタナス、お前の聖印もあったりするのか?》


俺は『サルガタナス』に念話を送る。


《ふん……聖印はない。》


無い?無いのか?

『ウリエル』にはあるのに?

いや、『聖印』がないのか!


今の俺は何度も念話を送れるほど体力に自信がない。

アルファ以外の前で『サルガタナス』を開く訳にいかないからな。

質問は慎重に考えないと……。


《お前を表す何かはあるのか?》


《我は本ぞ。知識を欲するなら我に聞いてどうする?》


ちくせう。

今ので分かった。

つまり、読み解けてない部分に『サルガタナス』を意味するしるしがあるのか!


《堕天使風情が聖印などと片腹痛いわ!

虎の威を借る狐のくせに、煉獄を支配したつもりか!

ええい、忌々しい……そもそも、彼奴の知識など、寄せ集めの半端ものばかり、真なる闇の深奥も知らずして、何が七王……と、とにかく……我が言えることはない……知りたいことがあるなら、我を早う読み解くのじゃ!》


んん?何かヒントめいた言動があったような……いや、もしかしてルール違反なのか?

だとしたら、追求する訳にいかないしな。

しかし、堕天使ね。

堕ちたる御使いという解釈が正しいっぽいな。


これはどこかでまた、『サルガタナス』を読み解く必要がありそうだな。


俺は拡げていた紙を纏めて懐に仕舞う。

どうやら、アンデッドであるアルやアルファ、トーブにはまさしく目の毒みたいだからな。


考えるのはまた後日だ。

そろそろ夜が明ける。

『スッシー』を隠して、王都『スペシャリエ』へと入らないと。


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