外伝、上級冒険者?上級アンデッドじゃダメですか?
ベルとアステルが錬金館に行っている頃、アルとクーシャは『冒険者互助会』に来ていた。
「魔石、買いたい……」
仮面に顔を隠したアルが低めに作った声を使い、受付で告げる。
受付の男は、互助会に併設された建物を告げると、アルとクーシャはそこで魔宝石だけ買い占める。
「他に、魔石、ないか?」
聞けば魔石の類いはある程度まとめて、『テイサイート』に売ってしまうというのが、ここ『ソウルヘイ』のやり方らしかった。
領主に命じられた錬金館で使う分、その他ソウルヘイの地で消費する分を除くと、残りは余剰在庫になる。
その余剰在庫は冒険者の街である『テイサイート』へと流す。
なので、そう沢山の在庫がある訳ではないらしかった。
他に魔宝石の取り扱いをしているところを聞いてみても、魔宝石はどこも置いてないのが基本らしい。
「おたくら冒険者だろ?それなら、山に入って翼竜でも狩ったらいいんじゃないか?
かなりの頻度で魔宝石が採れるって言うぞ。
もっとも、翼竜狩るには上級冒険者が束にならなきゃ狩れないって聞くがね……」
「へえ、翼竜か……ありがとう!いってみるよ!」
クーシャが礼を言って、アルと二人、立ち去る。
「あ、おい……ちょ……」
魔宝石を売った店主は、思わず手を伸ばすが、既に二人は去っていってしまった。
「はぁ……初心者に手を出せる相手じゃないって教えてやるべきだったかな……」
そう独り呟くものの、冒険者は個人責任、まして空飛ぶ翼竜相手に初心者が手を出せる訳もなく。
「まあ、少し考えればわかる話だな……」
そう結論付けて、店主は店番に戻るのだった。
クーシャが走る。
『ソウルヘイの街』を出て、山の中腹まで普通の者なら五時間以上掛かる道のりを、僅か二時間。
アルは途中でついていけなくなって、霊体化して飛んでいた。
そうして木々も疎らな中腹にあちこち空いた穴を見つける。
その穴は翼竜の巣だった。
「今の時間だと、巣穴かな?」
「そうなの?」
クーシャは『ディープパープル』らしい爽やかな口調で言う。
どうやら、アルと二人っきりという状況に慣れないらしく、自分語りと吃りが頻発する素の自分は封印中らしい。
逆にアルは他人の目がないことをいいことに、低音で言葉少なな歴戦〈但し、【冒険者バッヂ】はようやく赤ひとつ〉の勇士ロールプレイはやめて、素の語り口になっている。
「ワイバーンは基本的に夜行性だからね」
「へえ、昼間に動いているとばかり思ってた」
「奴らは臆病だから、自分たちより上位の存在がいる辺りには近付かないし、そうなると昼間は餌に逃げられるんだ。
餌になるやつらはワイバーンを見たら一目散だからね!
ワイバーンが昼間に動くのは、自分たちの縄張りに上位存在が来た時か、間抜けな餌にありつける確信がある時だけって言われてるらしいよ」
「なんだか、こすっからいモンスターなのね……」
そんな話をしながら、アルは実体化して、クーシャから鎧と武器を受け取る。
霊体化して飛ぶ時は鎧兜や剣が邪魔でクーシャに預けていたのだ。
アルファ曰く、コツさえ掴めば装備ごと霊体化も可能だろうという話だが、未だにアルは剣も鎧兜も霊体化できない。しかし、鎧下などの衣服は最初から霊体化できてしまったので、気の持ちようなのだろうとは思っている。
もしかすると、剣や鎧兜はベルによって改造されているので、アルにとっては特別なモノという認識がある。
だから、なのかもしれないと、アルは無自覚なまま薄々感じていた。
装備を整え、二人は目星をつけた巣穴へと近づく。
クーシャが何の気なしに歩いていくので、ついアルもそれに倣う。
近づく途中、暗闇を見通す目を持つアンデッドであるアルは、それを見つけてビクリと止まる。
巣穴は一見するとただの洞窟で、その光が差さない闇の中、翼竜と目が合った。
クーシャは歩きながら小声で言う。
「止まらないで、歩くんだ。
気づかなかったフリをして……」
アルは理解する。
奴らにとって人間は、昼間にわざわざ起き出して食ってもいいと思える間抜けな餌って認識なのね、と。
「あの洞窟でひと休みできるといいわね……」
わざと間抜けっぽく言って、アルは疲れて立ち止まったフリをして、あとひと息と、歩みを進める。
翼竜の青黒い身体は今か今かと待ち構えている。
ただ、人間の言葉が理解できる訳ではない。
アルの誤魔化しのセリフで翼竜が騙されたというよりは、アルが自分を誤魔化すために必要なセリフだったのだろう。
そして、それは功を奏した。
洞窟の入り口に差し掛かった瞬間、間抜けな餌めと翼竜は首をのばした。
「来た!」
アルが言うのより、少し早くクーシャは動いていた。
横へステップ。抜き打ちの剣が翼竜の開けられた牙の並ぶ口を裂く。
ギャアアアアアアッ!
翼竜が叫ぶのに、アルも剣を抜く。
軽く駆け寄って跳ぶと、先刻合った目を突いた。
翼竜が更なる叫びを上げようとするも、クーシャの放ったオーラソードが首ごと両断していた。
ズドンッ!と重い音がして、翼竜が息絶えた。
「あれー?私って、あんまり意味無い?」
落ちた首から放り出されたアルが上手く着地を決めて言う。
「いや、アルが跳んで意識が逸れたから、簡単に終わっただけだよ。
助かった!」
「あー……ふむふむ……クーシャのスピードだとそういう事になるのね……うむ〜、まだまだ精進が必要か……」
アルはそう言って考え込む。
アルは超級冒険者のスピードと問題なく連携が取れているという事実に気付くことなく、改善点を求め始めたようだった。
クーシャはアルの【冒険者バッヂ】を見ながら舌を巻く。
───アルがファントムだった時って、剣の動きを見る限り『赤いつつ』くらいだと思ってたけど、ルガト=ククチだっけ?今なら『赤やっつ』……いや、『赤ここのつ』に近いくらいの動きだな……これで、まだ『赤ひとつ』なのか……───
アルはアンデッドとして自意識を取り戻してからというもの、暇にあかせてひたすら修行を積んできた。
時に『緑いつつ』冒険者に何百回と殺され、また、時には超級冒険者の動きを見取り、それを再現するべくアルファと修行を積み、また死線をくぐり抜けるように実戦を積み、そして、上級アンデッドや超級冒険者に何度となく殺される……そういう経験をしてきている。
死を意識する。
それはアルの体内オドに微弱ながらも影響を与える。
ベルに言ったら、顔を真っ赤にして怒るのが分かっているので、アルファに内緒にしてもらっている。
もちろん、失った体内オドは森のモンスターを吸血したりして、こっそり補っている。
アルの異常とも言える成長速度は、死ぬからだ。
九死に一生を得るという言葉がある。
この時、人は多大なる経験を積む。
それは、死ぬ時も同じだ。
死ぬような目に会うのと、死ぬ目に会うのは本質的に同じだ。
経験が知識として蓄えられる。
本来なら人間が一生の間に得られるのは稀なはずの『死線』の知識。
それをアルは何千、何万回と得ることができる。
アレをしたら、コレをしたら死ぬ。
それを身を以て体験しているからこそ、アルの動きは洗練されていく。
また、ルガト=ククチになったことも大きいだろう。
人間が普段、無意識にセーブする自身を壊す程のパワー。
それを、気にすることなく使える。
だが、アンデッド化してからというもの、アルが『死線』をふらつくのは、半ば日常なので、本人は無自覚だった。
「ぽるた!」
アルのポルターガイスト能力が次戦で翼竜の全体重を支える強靭な脚を爆散させる。
「ごめん、外した!」
「え!?あ、うん……」
もう少し頑張るというので、初撃をアルに任せたところ、翼竜の脚を爆散せしめて、外したとアルはのたまう。
クーシャはアルの初撃を見ると同時に動いていたので、身体は狙い通りに動いていたが、返事は随分と腑抜けた感じになってしまった。
外してあの威力だったら、正中線、ことに翼竜の魔石位置である胸にに当たったりしたら、魔石ごと消し飛ぶのではないかと、驚いたからだった。
二匹目の魔宝石を手に入れて、コントロールの効かない『ぽるた!』は封印されることになった。
「むむ〜、三回に一回くらいは狙ったところに飛ぶんだけどね〜」
「そ、そうなんだ……まあ、今回は魔宝石集めが目的だから……」
「うん、りょーかい、りょーかい!
目的優先ね!」
アルとクーシャは目につく巣穴を片っ端から潰していく。
このおかげで後に『ソウルヘイ領』は僅かに残る翼竜殲滅に成功して、山の麓付近まで領地を拡大することになるのだが、それはまた別の話である。