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お金?買い物?


「これはこれは、師匠の坊ちゃん!」


俺はオクト商会を訪れる。

相変わらずオクトは店先に立って、普通に店員をやっていた。

俺はオクトに案内されて、応接室に通される。

さっそく、出来上がった品々をオクトに見せる。


「ではでは、拝見致します……

うーむむ……さすが師匠の坊ちゃん……一週間でこれだけの数をこのクオリティで……これならすぐにでも貸出業務に移れますな……」


感心したようにオクトが唸る。

俺はそれに鼻高々になりたいところをぐっと抑えて、神妙な顔を作る。


「それで、オクト。ひとつ頼みがあるんだけど……」


「はいはい、伺いましょう」


俺は唾を飲み込んで、それから意を決して言う。


「前借りさせてくんない?」


「い、いかほど?」


「赤ふたつの冒険者用の依頼が出せるくらい……」


「ほうほう……冒険者への依頼ですか……赤ふたつというと最低でも二十ジンくらいですな……一応、細かいことをお聞きしても?」


「あー……アイアンヘッジホッグの針とクズ鉄晶石が欲しくて……その、錬金術の素材で使ってみたくて……」


「おやおや、またアルさんからおねだりでもありましたか?」


オクトはまだアルが亡くなったことを知らないらしい。

素材的には魔導具付き武器を作る時に使うものだから、あまり怪しまれている雰囲気はない。


「う、うん……まあ……」


アルのおねだりというか、アルに使うんだけど、さすがに誤魔化した方がいいだろう。


「うんうん、では五十ジンほど用立てましょう」


「ホント!?」


オクトがにこやかに言うのに、つい飛びついてしまう。

だが、オクトはそんなに甘くなかった。


「ただし、もう二セットほど、判子と原版を特急でお願いします。

それで良ければ五十ジン、用立てましょう!」


俺が持ってきたのは『皿』『光の球』『煙』『炎』の判子がふたつずつと、魔術符の原版が一枚ずつだ。

一ジンは木賃宿に素泊まり三日、安い食事を二回できる程度の価値がある。

固いパンがふたつにクズ野菜のスープ、ベーコン二枚で五ルーン。

百ルーンが一ジンと同じ価値になる。

三十ジンあれば、卸値の魔石六個か、卸値の魔晶石三個分くらいになる。

錬金技士アルケミースミスが冒険者互助会から卸値でクズ鉄晶石を買おうとすると、今なら十三ジンくらいだろうか?

それにアイアンヘッジホッグの針二十本だと、卸値で六ジンくらい。

入荷状況で三割くらいまで上下するので、依頼と丁度釣り合うくらいだろう。

冒険者は他に手に入った肉なんかは売れるので、損はしない。

ただし、俺は錬金技士アルケミースミスではないので、普通に買ったら倍くらいの値段になる。

五十ジン。

それだけあれば、依頼を出さなくても普通に買える。

錬金技士アルケミースミスになりたければ母さんから免状を貰えればいいんだけど、母さんはまだ免状をくれる気はなさそうだ。

完璧主義だからなあ……。


おっと、話が逸れたが、結果的にオクトの申し出は請けざるを得ない。

二セット作るとなると、三週間くらいか……。

ずーっと徹夜する訳にもいかないし。

ついでに普通に買えるなら、アルの進化も早まる。


「分かった。三週間くらいでなんとか……」


「はいはい、ひと月程で何とかなればと思っておりますから……」


そう言ってオクトが一度、事務所に引っ込むと皮袋を持ってくる。


「では、こちらで……」


中には一ジン硬貨が五十枚。それとは別にシャチハタハタの鰭と木版画の素材を二セット分渡される。

背負子に積み上がっとる!


「後日、追加の素材はお持ちしますので……」


失敗したら、一から作り直しなので、その分をということなのだろう。


俺は背負子を背負い、カバンの中に五十ジンの皮袋を入れてオクト商会を出る。


街にしょっちゅう来れる訳でもないので、その足で『冒険者互助会』に向かう。


『冒険者互助会』は城の次に大きな建物だ。

商人たちが依頼を出す建物、冒険者たちが依頼を受ける建物、冒険者たちが依頼の品を納める建物、冒険者たちが取ってきた物を卸す市場、その加工品を一般に売る建物。

五つの建物が相互に繋がっており五芒星みたいになっている。

テイサイートの街は近場に『ケイク』『バッフェ』『アラモンド』と三つのダンジョンがあり、最近では四つ目、『ゼリ』のダンジョンも見つかった、冒険者が集まる街でもあるので、必然『冒険者互助会』も大きくなるのだ。

『ゼリ』のダンジョンはアルがアレした場所なので、複雑な思いもある。


俺が向かうのは加工品を一般に売る建物だ。

加工品と言っても、素材そのままというのも売っている。

卸売りの市場が使えればいいんだけど、免状がないので仕方が無い。

ちなみに来るのは初めてだ。

卸売り市場は母さんと一緒に数回来たことがある。

一般売りは値段が倍くらい違うのは知っているが、初めてなので勝手が分からない。


中に入ると、それぞれ売り物ごとに幾つか区分けがされている。

正面に何も売っていないカウンターがあって、愛想の良さそうなお姉さんが座っているので、そこで聞いてみる。


「あの、ちょっとお聞きしたいんですが、クズ鉄晶石ってどこにありますかね?」


「それでしたら三階、魔石コーナーになります!」


独特な語尾が跳ね上がるような話し方で説明してくれる。


「あと、アイアンヘッジホッグの針が欲しいんですけど……」


「そちらは二階、魔物素材コーナーになります!」


ふむ、二階と三階ね。

背負子が重いけど、仕方がない。お姉さんに礼を言って、えっちらおっちら階段を昇る。

見れば、わかりやすく天井付近にコーナー名が書いてある。

魔物素材コーナーはすぐ近くだった。

カウンター越しに商品が並んでいて、店員が数人。

錬金技士見習い風の人が店員をつかまえて、あれこれ相談している。

俺もそれに倣うことにして、店員の一人に話し掛ける。


「すいません、アイアンヘッジホッグの針ってありますか?」


いかにも元冒険者というような厳ついオッサン店員が、こちらを睨む。

何故、睨む。ちょっと俺の目が泳ぐ。


「最近はアイアンヘッジホッグの入荷がねぇ。置いてねえよ……」


伏し目がちにボソリと言った。

俺はがっくりと項垂れる。

入荷がない、だと……。


「『ゼリ』のダンジョンは入場制限がまだないからな。

冒険者共は、みんなそっちに行ってるよ。

あとふた月くらいは、他のダンジョン産の品は難しいだろうな……」


ダンジョンの入場制限というのは、大まかに分けて初級、中級、上級の三つがある。

初級は『色無し』から入れるが、中級は『赤よっつ』、場所によっては『緑よっつ』から入れる。『緑よっつ』は防御的行動のことなので、緑持ちはそれだけ慎重な行動が取れることを表わしている。罠の多いダンジョンなどは緑で区分けしていたりする。

上級になると『赤むっつ』、場所によっては『赤ななつ』という場所もある。

そして、『ゼリ』のダンジョンはまだ見つかったばかりなので、難易度分けがされていない。

誰でも入れるし、これから冒険者が被害を出しながら難易度を調べることになるのだろう。


ちなみに『ロマンサー』にはこの入場制限は適用されない。

何故なら『神の挑戦者』でダンジョンはロマンサーのための『試練』だからだ。

『ロマンサー』は【とても強い願い】がある者がなる。

その【とても強い願い】の前には入場制限など無意味だからだ。

そこにある『試練』が必要なのであれば、止めようが何しようが『ロマンサー』は挑む。

普通の冒険者に比べて、『ロマンサー』の方が強いのだから当然と言えば当然だ。

『ロマンサー』になったから分かることだが、『才能』や『ギフト』を必要に応じて取れるので、それは強いことだろう。


それはそれとして、さて困った。

置いてないのか……。


「じゃあ、クズ鉄晶石も……」


「さてな?俺は魔物素材専門だ。ただ、クズ鉄晶石はアイアンヘッジホッグだけじゃない。もしかすると入ってる可能性もあるがな……」


「ありがとうございます……」


俺は三階へと移動する。

魔石コーナーで話を聞くと、クズ鉄晶石は売っていた。

しかも、二十七ジンと相場より少し高い。

これは買ってしまうとアイアンヘッジホッグの針が入荷した時に買えなくなってしまう可能性も出てくるかもしれない……。

俺は素直に諦めて、建物を出ると依頼を出す建物に行く。


依頼を出す建物は小綺麗であまり賑わいがあるという風には見えない。

中に入ると、やはり正面には受付カウンターがあり、その横には小さな部屋が並んでいる。

でも、奥に行くにつれ、扉が遠くなっていくので、部屋の大きさが奥に行けば大きくなるということだろう。

あと、受付カウンターのお姉さんはやっぱり美人だ。

アルにはない大人の色気みたいなのがある。


「すいません、依頼を出したいんですが?」


「いらっしゃいませ。お求めのものは何でしょうか?」


「アイアンヘッジホッグの針二十本とクズ鉄晶石を取ってくる依頼を出したいんです」


受付のお姉さんはこちらを値踏みするような目で見てから、優しげに言った。


「赤ふたつ以上の依頼になるので、結構なお値段しますけど、大丈夫ですか?」


一応、十五歳で成人してるんだけど、未成年に見えているんだろうか?

なんか上から目線を感じる。


「大丈夫です!」


ちょっと強気で言い返したけれど、お姉さんはにっこり笑う。

ちくせう。


「何か身分証明と、依頼をお受けした段階でお金が必要になりますけど、大丈夫ですか?」


身分証明?えっと、冒険者バッヂでいいんだろうか?

俺は冒険者バッヂを取り出す。


「あら、冒険者なんですね!では、少しお預かりしますね!」


お姉さんが俺の冒険者バッヂを専用の魔導具に翳すと何やら操作していた。

冒険者バッヂは名前と出身地、身元保証人なんかの情報と冒険者互助会に預けてある金額なんかが出るようになっている。

冒険者互助会と提携している店なんかでは情報のやりとりだけで、支払いができたりする。

お姉さんは、チラと俺の冒険者バッヂを見た。

たぶん、残高はゼロだし、俺の冒険者バッヂは『色無し』なので、それでだろう。

ちなみに保証人はじいちゃんの名前になっている。


「えと、自分で出した依頼を自分で受けることはできませんので、ご了承下さいね!」


「は?」


「たまにいるんですよ。自分で依頼を出して、それを受けることで実績だけ稼ごうとする人が……なので、昨年度からそういった『色稼ぎ』行為は禁止になったんです」


「ああ、俺がその『色稼ぎ』をしようとしている風に見えたってことですか?」


「いえ、そんな……ただご自身が冒険者の方には一応、お伝えする義務になっていますので……」


お姉さんが慌ててそんなことを言う。

俺は、意趣返しの意味も込めてにっこり笑ってやる。


「大丈夫です。そもそも俺はダンジョンに潜る気はありませんから!」


「え?は、はぁ……」


お姉さんは不思議そうな顔で首を捻って、それからつけ足すように言った。


「……あ、で、では三番の部屋にどうぞ」


俺はお姉さんに礼を言ってから、三番の表札が掛かった部屋へと向かった。


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