手駒ですよ、坊や。全部、俺だ。
立ち上がる。
腹の辺りがズキズキ痛む。
穴でも開いてるんじゃないかと思うほど痛いが、どうにかまだ動ける。
適当に『火』の魔術符をそこらに放る。
燃え上がる炎が上昇気流を生んで、煙を薄めて行く。
薄らと状況が見えてくる。
俺の体力は限界に近い。
それでも、気力でなんとかする!
赤黒いオーラを纏ったトウルが『サンライズイエロー』へと襲いかかる。
「ひっ……」
それに叫びを呑み込んだのは、少女のメーゼだ。
『サンライズイエロー』はトウルに向けて指を鳴らす。
直感なのか、なんなのかトウルは腕を交差させて、不可視の力に耐えた。
そのまま、タックルをするも、『サンライズイエロー』は手で突っ撥ねるように、サイキックシールドで押さえる。
そんな隙をクーシャが見逃すはずもなく。
「ぬおおおおおっ!」
雄叫びと共にクーシャの剣から光が飛ぶ。
オーラソードだ。
「ぐはっ……」
『サンライズイエロー』の肩口から血飛沫が上がる。
ハッとした少女のメーゼが『ウリエルの書』を向ける。
「させるか!」
俺は用意していた『火』の魔術符を破る。
大火球が飛ぶ。
「なっ……」
ゴバッ!と少女のメーゼの腕ごと『ウリエルの書』が大火球に飲まれた。
「ぎゃあああああっ!」
のたうち回る少女のメーゼ。
大火球に飲まれた腕はない。
「ちっ……」
『サンライズイエロー』は舌打ちひとつ。
両手をクーシャとトウルへと向けて叫ぶ。
「サイキックバーン!」
追撃をかけようとしていたクーシャとトウルが吹き飛ばされる。
風圧というか、力の残滓のようなものが俺の方まで飛んでくる。
しかし、俺を倒す程の力はないところから、どうも力を自分を中心に球形に放射する技のようだ。
そして、どちらかと言えばダメージというより、近くの相手を吹き飛ばし距離を稼ぐ技らしい。
「今回は宣戦布告ということで、帰らせていただきますよ……」
一瞬の隙を突いて、『サンライズイエロー』が左脇に少女のメーゼを抱えていた。
更に、『サンライズイエロー』は空いた右手で自身の聖印を引きちぎったかと思うと、あろうことか、それを味方であるはずのエインヘリアルに投擲した。
聖印が光に包まれ、槍のように変形してエインヘリアルに突き立つ。
「グブブッ……」
「神の御業……聖槍滅雷……敵に手駒をくれてやるほど、某は甘くありませんからな……」
「味方を……」
「味方?手駒ですよ、坊や……」
『サンライズイエロー』はクーシャに向けて不敵に笑う。
その姿が薄れていく。
なんだ?何が起きてる?
魔法陣の光はない。
エインヘリアルは塩化して崩れていく。
「坊やにもうひとつ、教授してあげましょう。
これがサイキックを極めることで使える、テレポーテーションですよ……」
『サンライズイエロー』と抱えられた少女のメーゼが 一瞬、ブレる。
同時に二人は消えた。
テレポーテーション……瞬間移動かよ……。
聖騎士崩れのサイキック超級冒険者……やっぱり、最悪だな。
と、同時に二ヶ所から火の手が上がる。
俺たちは驚いて、そちらを確認する。
その炎は、アルファが放り出した『ウリエルの書』と位置的に少女のメーゼが持っていた『ウリエルの書』のようだった。
そうか、大火球に包まれても『ウリエルの書』は燃えていなかったのか。
だが、今になって燃えている。
出現させる時も、紙片を燃やして『ウリエルの書』を出していたことを考えると、『ウリエルの書』は冥府の炎の化身だとでも言うのだろうか。
とにかく、燃やしても無駄っぽいな。
覚えておこう。
「ベルくん!無事だったのか!」
「ベルさん、大丈夫ですか?」
クーシャとアステルが寄ってくる。
「……ご主人様」「ベル……」「ワガシュシン!」
アルファ、アル、トウルと声を掛けてくる。
どうやら『ウリエルの書』の魔法も解けたようだ。
「いで……いでででで……」
気が抜けた瞬間、猛烈な痛みが襲ってきた。
「……ここは?」
「ベルさん、大丈夫ですか?」
アステルだ。それと、俺の部屋か。
ん?なんでだ?
「ベルさん、お腹全体に内出血ができてて、かなり危なかったんですよ……。
クーシャさんも肋骨が折れてて、大変でしたし……」
「じゃあ、アステルが?」
「ええ、こういう時の為に奇跡を賜る術を身につけましたからね……」
「そうか……ありがとう……」
やべえ、また死にかけたのか。
「今、アルちゃんたちは、アルちゃんの部屋で人工霊魂でしたっけ?アレを食べて貰ってます……勝手にしてしまいましたが、大丈夫でしたか?」
「ああ。もちろん。
何から何まで、アステルの世話になりっぱなしだな……」
「いえいえ、同志ですから……」
アステルは微笑んで見せてくれるが、心無しかアステルの顔が蒼い。
ん?そういえば、『回復の奇跡』とかは体力に気力、体内オドも相当使うはず……。
「ちょ、ちょっ、アステル!俺の心配してる場合じゃないだろ!」
俺はガバッとベッドから飛び起きる。
ちょっとふらつくが、それどころじゃない。
「はい?」
いまいちアステルの目の焦点が合ってない。
そりゃそうだ。
俺とクーシャに神の奇跡を行使して、弱ったアンデッドたちの為に研究所まで行って『人工霊魂』を用意したんだろ。
『人工霊魂』は俺の命令がないとアンデッドたちには触れないんだ。
唯一、例外はアルだけど、アルだって少女のメーゼの魔法を食らってるから、まともに動けたとは思えない。
皆を助けるためとはいえ、アステルはどんだけ無茶したんだよ。
俺はベッドから降りようとする。
「あ、ま、まだ、無理はしないで下さい……」
「違う!今、休むべきはアステルだ!」
「いえ、私なら大丈夫ですから……」
俺のベッド脇の椅子から立ち上がろうとして、アステルはよろけて俺の胸に飛び込む形になる。
「す、すいませ……」
立ち上がろうとするアステルをそのまま抱き寄せて、俺のベッドに引っ張り込む。
「ちょ……ベベベ、ベルさん……」
「アステル……」
アステルがベッドに仰向け、俺がそれに覆い被さる格好になっている。
あばばばば……なんていうか、申し訳ねえ……申し訳ねえ……。
とても、とても頑張って、なんとか腕立ての形にする。
蒼い顔のアステルが、ここまでどれだけ頑張ってくれたかを考えると、なんだか泣けてくる。
「アステル……俺のベッドで悪いけど、このままで……」
「え……は、はぃ……」
少しだけ、アステルの頬に赤みが差す。
そして、アステルはゆっくりと目を閉じた。
ようやく休んでくれる気になったか。
俺は、申し訳ねえ……と心の中で連呼しながら、なんとかベッドから降りる。
途中、少しだけアステルの身体に触れてしまったのは不可抗力だ。不可抗力なんだ。
「んっ……」
「わ、悪い……」
「いえ……」
なんとか降りられた。
俺はアステルに布団を掛ける。
「えっ……!?」
何故か驚かれた。
「そのまま、休んでてくれ……まずは寝ること!後で食事、持ってくる。
体力、気力、オドだって限界のはずだ……」
「えっ?」
何故かまた驚かれた。
「俺はもう、大丈夫!アステルのおかげだよ!今度は俺がアステルの看病をする番だ!」
筋力アピールのポーズを見せて、安心させる。
「あっ……」
アステルの顔が真っ赤になる。
それから、アステルは慌てて布団を被った。
顔まで布団被ったら、寝苦しくないか?
まあ、それくらいしないと寝られない人というのもいるから、分からなくはないけどな。
フェイブ兄とか、そのタイプだった。
確か、頭から布団を被って世界と隔絶した空間を作らないと、紋章が追いかけてくる気がするとか言ってたかな。
すーはー……すーはー……とアステルの呼吸が聞こえる。
「臭かったら、ごめんな……でも、今、一番休息が必要なのはアステルだから……」
ビクッとアステルが身動ぎした。
それから、か細くくぐもった声で「いえ……お気になさらず……」と聞こえたので、俺は部屋から出ることにした。
ふらつく身体に鞭打って、まずはアルの部屋だ。
「アル、入るぞ……」
ノックをして、アルから返事を待たずに扉を開ける。
「いいから、食べなさい!」
アルは竹筒から『人工霊魂』を引っ張り出す作業の真っ最中だった。
アルファが「でも……」とか遠慮するのを。
「アルファちゃんが早く復活してくれなきゃ、ベルのこと守ってあげられないでしょ!
ほら、皆もよ!」
そんな風に諭して、アルはアルファ、トーブ、それからサルのスケルトンのサスケに『人工霊魂』を食べさせてやっていた。
「アル、お前は大丈夫なのか?」
アルが皆に食べさせる姿は、母親のリートさんの影響を窺わせる。
仲間を失った冒険者に、自分も一緒に泣きたいのを堪えて食事させるリートさんにそっくりだ。
「ベル!」「ご主人様……」
俺はアルファにそのまま食べるように促して、アルを一度、部屋の外に連れ出す。
「な、なに?わ、私は大丈夫よ……」
アルは俺の前だと、普段以上に気丈に振舞う癖がある。
しかも、ちょっと不貞腐れてる節がある。
これは、アレか?自分が何もできなかったのに、後悔しているとか、そういうパターンか……。
「アル……その……悪かったな……」
「何が?」
「いや、俺がもう少し早くメーゼのことを考えておけば……」
「ベル!」
俺が謝りきる前に、アルに遮られてしまう。
よく分からん……。
「ベルのせいじゃないから。
それから、ベル……」
アルが顔をずい、と近づけてくる。
あれ?険しい顔になってるのか?
またもや、よく分からん……。
「なんでもかんでも、自分一人で背負い込むのはベルの悪い癖だよ。
昔の偉い人が言ってるでしょ。
お前のものは俺の物……だっけ?」
キレイ・ナジャ・イアンは昔の哲学者だったか。
意味は確か、友人の物は自分の物のように大事にするべきだ、みたいな意味だ。
アルとしては、俺の悩みは私の悩みでもある的な話をしようとしてるのか?
それにしても、ふわっとしてるな……。
推察するに、アルは俺を慰めようとしているのだろうと思うが……。
ん?慰め?
いやいや、逆だろ。
俺がアルを慰めようとしたはずなのに、なんで逆に慰められてんの?
「あのな、アル……アルが悔しい気持ちは分かるけど……」
「違うよ、ベル。今、相当焦ってるでしょ?
そういう顔してるもの……」
言われて俺は自分の顔に触れる。
「あのね、ベルが何に焦ってて、何が問題なのかって、正直、私たちには半分も分かってないの。
それは、私たちの理解力が足りないのもそうだけど、ベルが何も言わないからでもあるの……。
ベルはいっつも一人で抱えて悩んでる。
みんな、心配してるんだよ。
私だって……ううん、私が一番、心配してる……ベルが、ベルだから……心配なんだよ……」
アルの言葉は次第に尻すぼみになっていく。
「ああ、そうか……」
何もできなかった悔しさも、憤りも、不貞腐れてるのも、全部、俺だ。
それが分かってしまえば、ある意味簡単だ。
俺には、クーシャやアステルのような戦いの才能はない。
もしかすると【ロマンサーテスタメント】に頼れば、そういうモノも手に入るのかもしれないが、正直、それに興味はない。
ならば、俺はどうするか。
それは俺の頭の中にある。
そう、知識だ。
メーゼが使った魔法。あの魔法陣は今も俺の頭の中にある。
ただ、今は時間がない。
アルは『サルガタナス』のこととか、俺が『ロマンサー』になってることとか、そういう秘密にしている部分の答えが欲しいんだろうけど、それを話したところでアルが苦しむだけだ。
だから、教えるつもりはない。
「ええとだな……たしかに俺は焦ってると思う……そこら辺の事情は後で話すよ……」
アルは少し喜色を浮かべて、うん、と言った。
ごめんな、アル。たぶん、本当にアルが知りたい話にはならないと思うけどな。と心の中で謝り倒しておく。
「それよりも、アル。お前、自分のこと後回しにしてるだろ?」
「え?そ、そんなことないよ……」
とても分かりやすく目を逸らされたので、俺は指先を傷つけて、アルの前に差し出す。
「少し飲んどけよ……」
途端、アルの目は俺の指先に釘付けだ。
「あ、眷属化は無しな……」
ぱくっ、とアルが俺の指を咥える。
おそるおそるという風に、アルの舌が俺の指先に触れる。
なんぞこれー!
ぶるる……と俺の背筋が震えた。
最初、少しずつ舐め取られていただろう、俺の血液は……次第に大胆に、ついには強く吸われている。
だが、痛みはない。
絡みつくアルの唾液に痛みを麻痺させる力でもあるのだろうか。
感じるのは、背筋を這い回る熱くて冷たい何かが、くすぐったく、むず痒いような……。
「ちょ……ア……ル……」
なんとかそれだけ口に出すと、アルは弾かれたように、俺の指先から口を離した。
「ご、ごめ……」
「いや、だ、大丈夫……」
何故かまともにアルの顔が見られない気分なので、俺はアルファたちをよろしく頼むとそのままクーシャのところへ向かうのだった。
「クーシャ……」
クーシャが部屋に居なかった。
クーシャを探そうとした時、階下から音が聞こえる。
これは、食堂からか?
階段を降りて、食堂の扉を開ける。
ズドンッ!ジュワッ!ガリガリッ!
何やら工事でもしているような……。
俺は音の聞こえる方、厨房へと足を運ぶ。
「ああ、ベルくん、起きたんだね!」
クーシャの声だ。
「な、何やってるんだ……クーシャ……」
「え?ああ、お、お腹減っただろ?もうすぐ出来上がるからね!」
まさか、料理なのだろうか?
あの肉が骨ごと細かくミンチにされて、野菜は皮付き葉付き茎付きで鍋にぶち込まれ、お高いソウルヘイ産岩塩があちらこちらへと散乱する……料理か?
クーシャが呆然とした顔の俺に、手にした剣をフリフリと見せてくる。
あ、包丁は使わない派かな……。
「い、いやぁ、こういう時のために、ほ、他の冒険者から料理を習っておいて、よ、良かったよ!」
ちょ……誰だよ!クーシャに料理を教えたやつ!
あとクーシャの悪い癖が出ている。吃りが激しい。
「だいぶ、ワイルドな料理だね……」
「う、うん。みんな、自分のレシピは教えてく、くれないからさ……。使った材料だけ聞いたり、し、したんだ!」
習ってなかった……。
誰だよ、料理を習ったとか言ったやつ……クーシャだよ……。
「な、なあ、クーシャ……野菜や肉の切り方とか煮込む順番とかはどうやって知ったんだ?」
「え?えと、切り方?じ、順番?
ま、まとめて入れたら、お、同じ味になるんじゃ……」
マ・ジ・か!!
いや、まて、でも曲がりなりにも肉はミンチにしてる訳だよな……。
「肉は?それでなんで、肉はミンチにするって発想になるんだ?」
「え?に、肉は、僕のす、好きな携帯食糧がこうやって作るって聞いて……」
「ああ……携帯食糧か……」
そうだった。ダンジョン内に年単位で引きこもりができるクーシャの主食だ。
携帯食糧の中には、湯戻し前提で骨粉を混ぜてあるやつとかあるんだよな。
「え、えと、何か違ったかな?」
クーシャが困ったように、俺にお伺いを立ててくる。
俺は、ずびしっ!とクーシャを指さして言った。
「味見だ!」
そう、味見が必要なのだ。
実際、作り方などは多少のアレンジがあってもいい。いや、クーシャのは料理ではない気がするけどな。
ダンジョン内でのクーシャは、肉を直火で炙る、固形スープの素を湯に入れる、あとは……俺と一緒の時は主に俺が作ってたな……。
まさか、料理をすると、ここまでのことになるとは知らなかった。
俺とクーシャは、お互いに頷きあって、鍋の中、スープと言い張るソレを同時に味見する。
「「ブバッ!」」
同時に吹き出す。
「ま、まずい……」「ヤバい……」
おそらく、アク取りをしていない上、大量の岩塩で塩味が痛い。
エグ味と痛いほどの塩味……さらに土臭い。
二人して、大量の水をがぶ飲みするハメになった。
キッ、とクーシャを睨みつける。
「あ、あの……その……ご、ごめ……」
「クーシャ!」
「…………。」
クーシャは黙り込んでしまう。
「料理を教えてやる!」
俺は我慢できずにクーシャに料理を教えることにしたのだった。
「まず、野菜は泥を落とす!それから……」
食堂の台所は広いので、数人がかりでの調理もできるが、今、食事を必要としているのは俺とクーシャとアステルくらいのものだ。
アルは、前の『ルトロネリー』の一件以来、普通の食事は取っていない。
なので、三人分を用意すればいい。
俺はクーシャに料理を教えつつ、今回のことをお互いにツラツラと話題に出す。
「あ、それは茎のところ切ってくれ、それでひと口大の大きさに……」
「うん……」
クーシャは俺が見せるお手本を頼りに包丁を動かす。
「まあ、そういう訳で『黄昏のメーゼ』がおそらく黒幕となって、『王兄派』によるクーデターが進められているだろうって読んでるんだが……」
「その、フォート・フォル・コウスはアンデッドなんだよね?」
「おそらくな。魂があるかどうかは謎だけど……」
「だとしたら、ここで料理とかしてていいのかな?」
「まずは体力回復が一番だからな。一応、じいちゃんが王都に向かってはいるけど、どれだけ猶予があるかは推測はあるが未知数で、だからこそ急がなきゃならない……」
「だったら……」
「大丈夫。こっちには秘密兵器があるから!」
「秘密兵器?」
「あ、切れたら水に晒しておいて、次は肉の処理な」
俺は新しい肉を出して、その処理を始める。
クーシャも数手遅れながら、着実に動いている。
「悪いけど、クーシャにも手伝ってもらうからな」
「うん、それはもちろんだけど、間に合うのかな?」
「少女のメーゼが本拠地である『オドブルの街』まで、どれだけ急いでも三ヶ月は掛かる。
それまでに現国王ポワレン様にご注進、申し上げれば間に合うと見てるけどね……」
これは少女のメーゼが特殊な手段を使わなければの話だ。
伝書鳩なんかで連絡するようなら、途端に日数は減ることになるが、まず大丈夫だろうと見ている。
何しろ、少女のメーゼはある意味完璧な布陣で俺のところに来ているのだ。
『斜陽』と上級アンデッドであるエインヘリアル、そして『黄昏のメーゼ』本人。
『ウリエルの書』から放たれる魔法。アンデッドを葬る聖騎士と唯一『ウリエルの書』の魔法の中で動くことを許されるエインヘリアル。
俺一人を殺すだけなら、これ以上はないという布陣だ。
少女のメーゼの誤算は、クーシャの存在だ。
クーシャが『サンライズイエロー』を抑えてくれなければ、俺は死んでいただろう。
あれだけ自信満々だった少女のメーゼが、用心深く伝書鳩なんて用意するだろうか。
『最後通告』は、ババアか壮年のメーゼ辺りが考えそうなことで、少女のメーゼは他のメーゼが来ればいいみたいなことを言っていたから、どちらかからの指示だと考えられる。
『サンライズイエロー』を連れてきたのは、少女か壮年のメーゼ辺りの考えだろうか。
これが、俺のところに来たのが常に眠そうだった青年のメーゼだったりしたら、伝書鳩ぐらい用意していたかもしれないが、少女のメーゼだろ。無いな。
それと、考えるべきは『サンライズイエロー』のテレポーテーションか。
どれくらいの距離を跳べる?
サイキックを極めた先にある力とか言っていたよな。
奴の余裕っぷりでつい見逃してしまったが、そこまで完全な能力とは思えないんだよな。
俺が知るサイキック能力は、文献などから考えるに、脳を酷使する。
無限の力って訳でもない。
もしかして、意外と近くにいたかもしれない……クーシャが反応していなかったから、クーシャの索敵範囲の外に出るのはできたはず。
でも、やはりあまり遠くまで跳べたとは考えにくい。
精度もそれほど高くないはずだ。
精度が高いなら、今、俺の前に跳んできて、サイコキネシスで暗殺してしまえばいい。
それをしないということは、それができないからだと考えられる。
俺は自分の考えをクーシャに伝えながら、料理を完成させたのだった。
「これがじいちゃん秘伝の『肉入り野菜スープ』な」
俺とクーシャは同じ料理をそれぞれに作った。
お互いに味見をする。
「美味い……」
「だろ!クーシャの方はアク取りをもう少ししっかりやれば、もっと美味くなるぞ」
俺は渾身のドヤ顔をした。
クーシャはキラキラした瞳で俺を見詰めていた。
おお、このドヤ顔を受け入れてくれるとは、クーシャはいい奴だな。
アルなら、絶対デコピン案件だからな。
その後、起きてきたアステルや、復活したアル、アルファなどとゆっくり休息しつつ、今後のことを話し合うのだった。