エグいのぅ……ウソじゃない!
ドタドタと階段がうるさく鳴る。
「きゃあっ!くせ者ですっ!」
襲撃者は結構な数で来ていて、後で確かめたら十二人もいた。
しかし、アステルやアル、アルファに掛かれば十二人程度は敵ではない。
狙いが別にあるのでなければだが。
一番ヤバイのがじいちゃんだ。
じいちゃんは大魔導士と呼ばれるくらいに魔導に精通しているが、呪文にしろ紋章にしろ、時間が掛かる。
何故、俺はじいちゃんに芋ん章魔術を渡しておかなかったのか。
などと、後悔していた時期が俺にもありましたよっと……。
「何者かっ!」
ドタバタと部屋の中から大立ち回りの音が響く。
「くそっ!じいちゃん!」
俺が叫ぶと同時に、じいちゃんの部屋から襲ってきた中の一人がドアをぶち破って飛んできた。
その後ろからはもう一人の襲撃者が防戦一方という感じで後退してくる。
その襲撃者を防戦に追い込んでいるのは……。
「じいちゃん!?」
「おお、ベルちゃん、無事じゃったか!
ここは大丈夫じゃ、アステルちゃんを助けてやんなさい」
言いながら、襲撃者の頭、左肩、右脚、かと思えば剣を巻き上げ、弾き飛ばし……決して早くないのに、杖でぽこんぽこんと叩きまくっている。
「ほれ、剣がなくてもちゃんと防がんか。
隙が多いんじゃ、ほれ、ここも、ここも……立派な鎧を着とるじゃろーが。
逸らすなり、弾くなりできるじゃろ?」
ええーっ!?
じいちゃん、杖術なの?まったく知らなかったんだけど……。
「アルファ、一応、じいちゃんを頼む。
いらないとは思うけど、俺はアステルを見てくるから……」
アルファの了承を背に受けて、俺はアステルのところへ。
「あ、ベルさん、大丈夫ですか?」
アステルが朗らかに言う。
辺りには足が変な方に向いている男が二人、背中から剣を突き込まれた男が一人と首筋に噛み傷が一人。
前二人はアステルに投げられて、後ろの死んでる二人はアルかな?
「アルは?」
「後ろから助けてくれた後、鼻が効かなくなったから辺りを見てくると言ってましたから、外ですかね?」
まあ、アステルも予想通り問題なかったようだし、この襲撃者の中に教会関係者がいるとも思えない。
とりあえずは問題ないだろう。
そうしてアルが外で見張りをしていた襲撃者を始末して、結果、十二人中、五人が生き残り、七人は死んだ。
「こいつらの目的がなんなのか、だよな……」
「まあ、十中八九、儂絡みじゃろうとは思うが……」
俺とじいちゃんは二人して、ふーむ……と頭を捻る。
「すごい、今、同時に首を捻りましたね……」
「じいちゃんとベルってこういうとこ、似てるのよね……」
後ろでアステルとアルがこそこそと何やら耳打ちしあっているが、今、重要なのはそこではない。
「そうじゃのう……どうせ何も話す気はないんじゃろうしな……」
確認を取るように、じいちゃんが生き残りに目を向ける。
生き残りはじいちゃんから、ふいと目を逸らして言う。
「殺せ……」
「ああ、そこは心配しなくていい。どうせ『テイサイート』の領主に突き出したところで死罪だから、きっちり殺すよ」
俺の言葉に生き残りたちは、ギリと音がするほど歯噛みする。
なので、俺は続ける。
「だから、選択肢はふたつな。なんで『塔』を襲撃したのか、誰の差金なのかを全て告白して、普通に死ぬのと、俺の力でアンデッド化して、全てを告白させられてから未来永劫、魂を縛られ俺に使われるのと、どっちがいいかってことなんだけど……」
生き残りたちは俺の提案に目を剥いて、俺を見詰める。
「うわぁ……ベルちゃん、エグいのぅ……どこでそんなこと覚えてきたんじゃ……」
じいちゃんが、とてもわざとらしい声でそんなことを言う。
どこでって……強いて言うなら家の『塔』の地下だけど、また『サルガタナス』に言及するとじいちゃんがもにょっとするから、そんなことは言わずに、生き残りたちに笑顔を見せておく。
「ふ、ふん……戯れ言を……」
「はい、証拠……」
アルが切り裂かれた喉元から溢れた血の跡を見せる。
それから、生き残りの一人を睨みつける。
「あんたよね……こんなにしてくれたの……」
なるほど、こいつか……。
「あ、浅かったんだ……」
「ふーん……よく見なさいよ。傷はもうないけどね……」
「あ……」
傷が浅く、仕留め損なったと主張するアホとは別の生き残りが、その血の跡だけが残り、傷口が消えているアルの喉元を見て、呆けたように口を開ける。
脅しとしてアンデッド化をチラつかせているが、正直、こういう得体の知れない襲撃者、しかもアルを傷つけた奴を俺の配下にしたいとは思わない。
素直に口を割ってくれれば、後腐れなく始末するけどな。
アルも見られてることだし。
「アルファ、霊体のままこいつらに姿を見せてやれ」
ダメ押し、とばかりにアルファの霊体をこいつらに見せることにする。
俺の意図をきちんと汲み取るアルファは、少しずつ、それこそ染みが拡がるように姿を現していく。
わざわざ髪で目元を隠してるのは、よりアンデッドっぽくという意図だろう。
生き残りたちの目は、アルファに釘付けだ。
アルファはうつむき加減から何かを羨むように、口角を上げ、一人一人を睨め付けるように、見ていく。
「アルファ、喰いたいか?」
俺がアルファに聞くとアルファからは人とは思えないような音の連なりが発せられる。
「ぐぅぅいぃぃたぁぁいぃぃ……」
あ、懐かしいな。アルの肉体をゾンビにした時とか、こんな話し方だったよな。
生き残りたちは目を逸らして、目を瞑り、必死に恐怖から逃れようとしていた。
俺はアルの喉をかっ捌いたという男を示して、アルファに告げる。
「こいつでいいか。褒美だ。喰らっていいぞ……」
「ひっ……な、なんで……」
男はあからさまに狼狽していた。
捕まった時点で死は覚悟していただろうが、まさかアンデッドに貪り食われるとは思っていなかったのだろう。
アルファは絞り出すような声で、たぶんポルターガイスト能力で空気を震わせて音を構築している、そんな地獄の底から響く音を漏らす。
「ぐるるるるらぁぁぁっ!」
ざわざわとアルファの髪が揺れ、全身から黒い毛が湧くように伸びていく。
ゆっくりと変身していくアルファは、ゼリダンジョンの恐怖の化身、黒狼のガルム種へと形を変えていく。
なんか、アルファがノリノリだな。
ジッとアルファがその紅い瞳で、恐怖に染まる男を見詰めて、ニヤァッ……と口角を吊り上げる。
「や、やめ……」
「「「「ひっ……」」」」
一陣の風だ。黒い疾風が吹き荒ぶと、そこに男はいない。
アルファもいない。
どこか外の森で、地の底から響く唸り声が聞こえ、細く、小さく、誰かの声が響く。
「……ぁぁ……ぁぁぁ……ぁ……」
その断末魔のような声にカタカタと生き残りの誰かが歯を鳴らした。
「一人くらいは『テイサイート』に突き出してもいいかもな……」
俺は思いついたとでも言うように、手を叩く。
「ほら、家って一応、『テイサイート領』の庇護下にあるからさ。
余計なことを喋らずに、聞かれたことにだけ答えられる優秀な虜囚なら、一人くらいは生かしておいて、領主様から護衛を回してもらうのも手だと思うんだけど?」
チラとじいちゃんを見る。
それまで、え?ここまでやるんか?という顔で俺を見ていたじいちゃんだったが、俺の視線にようやく合点がいったらしい。
「……な、なるほどのぅ。さすがベルちゃんじゃ!
それならば領主の顔も立てられるし、儂らの安全も担保できそうじゃな!」
「お、王兄様だ!」
歯を鳴らして恐怖していた奴かな?
一人が落ちた。
まあ、領主に報告したら一番ヤバいのは俺だってのは、さすがに見抜けないらしい。
「王兄様じゃと?バカな、ありもしない嘘とは……」
「ウソじゃない!」「本当だ!」「我らは王兄様の命を受けたのだ!」「王兄様だ!」
王兄……現王ポワレン・フォル・コウスの兄にして、不慮の事故に落命したフォート・フォル・コウス。
今現在、王兄と呼ばれる人物はその人しか有り得ない。
だが、死んでいる。
勇猛じゃが、ちと短慮でな、戦乱の世であればフォート坊ちゃんが継ぐのが序列からも能力からも正当じゃったが、国を思えばポワレン坊ちゃんが継いだのは、まさに神の采配……かもしれんの……。
昔、じいちゃんが言っていた言葉だ。
もちろん、王兄が死んで良かったなどという話ではなく、人には向き不向きがあるという話の中で出た、寂寥感に包まれた言葉だった。
じいちゃんと現王の父親である元王の間では、兄弟が逆に生まれれば盤石な国造りができたのに、と笑い話をしたことはあったらしいが。
でも、王兄は死んでいる。
もう十年以上は前らしいが、王兄は『神の試練』と対になる森に出たモンスター狩りに、国軍の一将として出掛けて、そのまま帰らぬ人となった。
当時は謀略があっただの、他国からのちょっかいに巻き込まれただの、色々と言われたらしいが、実際にはモンスター狩りだけでは飽き足らず、『神の試練』まで足を伸ばしたための、勇み足での落命だったというのは、じいちゃんの弁だ。
俺、じいちゃん、アステルの三人で席を外して相談した結果、一人ずつに話を聞くことにした。
アルはそういう難しい話についてこられないので、素直に生き残りたちの見張りだ。
こっそりアルファも戻って来ている。
もちろん、アルを傷つけたアホを喰った訳ではなく。
研究所の奥に監禁しただけだったりする。
正直、殺しちゃっていいとは思っていたが、アルファなりに気を効かせた結果らしい。
アホは必死に黒狼に命乞いをしたらしい。
俺はアイツらのまとめ役だ。俺を喰ったらお前らは後悔するぞ!何でも話す!何でもするから……的な話があったそうな。
ということで、個別聴取の結果。
襲撃者の狙いは、ポワレンの元家庭教師で、元宮廷魔術士のじいちゃん。
さらに最近では近衛騎士団への武器供与なんかを始めた『塔』の壊滅。
襲撃者は全員、真なる王『フォート・フォル・コウス』の命を受けた革命軍を名乗る一味だと判明した。
『フォート・フォル・コウス』の存命の証明は現状だと襲撃者の証言のみ。
ただ、この国に反乱を起こそうとしている輩が存在するということが判明しただけだ。
少し気になる部分もある。
それはこの襲撃者たちが、国軍の退役者で構成されていたことだ。
ある者は振る舞いを咎められ、ある者は不正を働いたとされ、いずれも今の国に不満を持つ者たち。
そういう人材に声を掛けられるのって、内情を知ってる奴だよな、というのが共通見解だ。
「じいちゃんはちと、ポワレン坊ちゃんに会って来なければイカンかのぅ……」
まあ、それはそうだよな。
「じゃが、留守番がベルちゃんたちだけというのも不安じゃのぅ……」
「え、そうかな?」
と答えるのはアルだ。
じいちゃんは一瞬だけ、考え込む。
「なんじゃろう……今、別の不安が押し寄せてきたんじゃが……」
じいちゃんはアルファにこっそり耳打ち。
「アルちゃんとベルちゃんのやりすぎに注意しておくれ……」
「はい。カーネル様の仰るとおりに……」
「……うむ。帰って来たら『塔』がアンデッド要塞になってるとかだと、じいちゃん途方に暮れるしかないからの……」
そんな話をされていたらしい。
いや、じいちゃんの誤解がひどい。
確かにのめり込むと周りが見えなくなる癖があるのは認めるけど、俺にだって節度くらいはある。
ええと、オルとケルを屋上待機させて、リスケ、サスケ、トーブは家の中の謎のオブジェみたいに置いておけば問題ないし、適当にリザードマンデュラハンとかゼリブラックオーガとかを『塔』の外側で巡回させるくらいなら問題ないよな。
「それ、誰も近寄れないですよ……オクトさんとか困るんじゃないでしょうか?」
冷静にアステルからツッコミをいただく。
うん、下手したら教会から聖騎士とか派遣されるかもな……。
サスケをオブジェ代わりに玄関に置いて、トーブをアステルに付けるくらいにしておこう。
そうして、旅立つじいちゃんをお見送り。
じいちゃんには護身用の『異門召魔術』と、魔石セットを部屋に置いた『取り寄せ魔術』を渡す。
秘蔵してきた『取り寄せ魔術』だが、じいちゃんは『革命軍』のターゲットになっているので、背に腹は変えられない。
一応、俺に断りなく研究したら、本気でじいちゃんのこと嫌いになるからね!と釘を刺しておく。
そのひと言で、慌ててじいちゃんは『取り寄せ魔術』を懐に仕舞った。
怪しい……。勝手に流用されないように注意しておかなければ……。
そうして、じいちゃんは旅立つのだった。