お客さんだよ!ご無事ですか?
俺たちはそこから精力的に活動した、と言っていいだろう。
死霊術士としての研究、異門召魔術の原版彫り、アルたちと冒険に行って、たまに母さんと連絡取ったり、じいちゃんと紋章魔術の研究なんかも少しずつ進めていた。
ただ少しの違和感は感じていた。
隣国ワゼン王国との緊張状態発生を知らせる特使がじいちゃんを訪ねてきたり、コウス王国内に混乱の兆しが見られると噂が立ったりはしていた。
それでも、世界情勢で俺たちに関わりがあるとすれば、死霊術で使う特殊な素材の値段が上がったという程度で、大した影響はないと思っていたのである。
その時、俺は『塔』の中で原版彫りをしていた。
「あ、ベル、お客さんだよ」
アルが鼻を鳴らして言う。
アルは一キロメートル程まで離れた場所の生者を嗅ぎ取れる能力があるらしかった。
『サルガタナス』に能力の描写がなかったので、何故かと調べていたところ。
《それは本能ゆえ、スキルに能わず……》
と、『サルガタナス』から久しぶりに注釈が入った。
つまり、能力として記載するまでもないということらしい。
じいちゃんはこの時間だと、自分の研究だな。
仕方がない。俺が……。
「私、対応出るね!」
アルがそう言って兜を被ると、俺から離れていく。
最近、アルは少しずつ本を読むようになったのはいい傾向だと思う。
普通に生活をしようという意思の表れだからだ。
ああ、噂といえば家の南の森、『騒がしの森』で妙な噂が広がり始めている。
曰く、人間の味方をするモンスターがいるというものだ。
完全に俺の使役するアンデッドたちだ。
悪い噂でないことだけが、救いか。
そんなことを考えるともなく考えつつ、俺の手は淀みなく原版を削る。
慣れというのは恐ろしい。
それは、この原版作りに俺が魅力を感じなくなりつつあるという事だからだ。
ひと削り、ひと削り、注意するべき点は確かにある。常に試行錯誤を続けながら、より完成された物を、それこそ十割の正答率を目指して進む喜びもある。
だが、正答率十割はある意味、終着点なのだ。
ゴールが見えているからこそ、努力のしがいがあるが、真っ白な世界に何かを描き、創り出す喜びはない。
新しい紋章魔術を芋ん章魔術に落とし込むことでも考えるか……。
順調に物事が進んでいるからこそ、慣れ、飽き、このままではいけないと心の奥が疼く。
少し疲れているのかもしれないな。
彫刻刀を置いて、目頭を押さえる。
「お茶でもお入れしますか?」
「ああ、頼もうかな……」
アルファの言葉に答える。
アルファがポルターガイスト能力でヤカンに水を汲もうとした時、ちょうど客が来たようだった。
備え付けの呼び鈴代わりの鐘が、コーン、コーンと鳴り響く。
おお、アルが嗅ぎとったとおり、客か。
ドタドタと何やら激しい音がする。
なんだよ。アルのやつ、はしゃぎ過ぎじゃないか?
「何かあったんでしょうか?」
アルファが疑問を声にする。
「ベ───」
アルの緊迫した声、恐らく俺の名を呼び掛けて……何かおかしいぞ。
「アルファ、見に行くぞ!」
「はい、ご主人様!」
先程から、ドアを乱暴に開ける音、鉄靴の駆ける複数音、普通じゃない。
ドアを開けた瞬間、目の前には革鎧の男。
わざわざ革の兜まで着用していて、手にした短めのブロードソードを突き出してきた。
───な
俺が声を挙げる暇もなく、革鎧の男はぶっ飛んだ。
「ご無事ですか、ご主人様!」
アルファのポルターガイスト能力だった。
一瞬で吹き出た汗を拭う。
見たところ野盗にしては装備が整っているが、鎧に紋章などはなく、ぶっ飛ばされても声ひとつ挙げないところは訓練が行き届いている印象だ。
まあ、考えるのは後だ。
俺を襲って来た男は失神しているようなので、とりあえず放置でいい。
アルはどうなっただろうと、玄関へ向かおうとすると、目の前の通路を金属鎧のアルが行き過ぎた。
手には剣、首元から血を流しながら、獣のように低い姿勢で走り過ぎていく。
一瞬、ドキリとする。
アルはもう死んでいるから、もう一度死ぬことはない。そう分かっていても、襲われたのだと分かると心臓が締め付けられる。
俺が襲われた時点で予想はしていたのだ。
だが、やはりそれとこれは別だと言わざるを得ない。
あれは、階段に向かってるのか。
まさか、襲って来た奴らが上に?
また、心臓を締め付けられるような感覚がある。
上には、アステルとじいちゃんがいる。
「くそっ!追うぞ!」
俺はアルを追って、階段を駆け上がるのだった。