昂ってるんだよ!見たわね……
『ケイクダンジョン』二層の安全地帯。
俺はなんとも懐かしいという心持ちで眺めていた。
ここの灯明苔採取の依頼は、自律的に受けた依頼の第一歩だった。
俺たちは安全地帯の片隅に野営の準備を整えていく。
と、言っても食事の用意と寝袋の準備をしたら終わりだ。
石畳と石の壁、雨風が防げる上に灯明苔の薄青い光がある中では大してやることもない。
「アル、食事どうする?」
アルとアルファは半霊半肉の陰鬼の特殊個体にして吸血鬼。
実のところ、人間と同じ食事は必要がない。
ただ、食べることもできる、というだけだ。
「いらない……」
アルは安全地帯の入口を眺めながら、そう答える。
俺は立ち上がると、荷物の中から特別な水袋を出す。
ダンジョン内のモンスターから集めた血液入りの水袋だ。
「んじゃ、こっちな……」
「んー、ありがと……」
アルは受け取るものの、気もそぞろといった風で、どうしたのかと聞いてみる。
すると、アルは急にキャラ作りを始めて答える。
「気配、する……」
「モンスターか?」
「いえ、まだ距離はありますが、おそらくは人間かと……」
安全地帯には基本的にモンスターは近付かない。
だがそれは、あくまでも『基本的に』という話だ。
生態系が崩れたり、獲物を追ってきたり、ダンジョンの構造変化によって安全地帯が安全地帯でなくなったりと、安全地帯にモンスターが来る理由は、あげようと思えばそれなりにあげられる。
俺が多少、身構えてしまったのも仕方がないと思う。
しかし、それを否定したのはアルファで、どうやら『ルガト=ククチ』という種は探知能力も優れたモノがあるらしい。
暫くして、安全地帯に男ばかり五人のパーティーが現れる。
髭面で金属鎧、盾持ちもいれば、槍持ちもいる。
全体的に粗野な印象と言えばいいだろうか。
武器や鎧は傷だらけ、服も暫く替えていないのか、はっきり言って臭う。
「おう、先客か……美味そうな匂いさせてんな!」
蓬髪に髭面、両手持ちの長剣に両腕に小盾を装備した男が声を掛けてくる。
大盾持ちの男は放り投げるように大盾を壁に立て掛け、大きな音が上がる。
アステルがびくり、と一瞬身体を強ばらせた。
他の男たちも、壁の灯明苔が剥がれることを気にすることなく、思い思いに武器を置き、腰掛ける。
「……初心者かよ。挨拶のひとつもするもんだろうが……」
大振りなメイスを持った男が、こちらを見ずに独り言のような声を投げ掛ける。
本来のマナーで言えば、先に安全地帯に入っているのは俺たちなので、後から来た者が挨拶を入れるのが基本である。
ちなみに両手持ちの長剣男の言葉は、挨拶とは言わない。
この時点で、初対面の印象はかなり悪い。
見れば、この五人は全員『赤よっつ』の【冒険者バッヂ】をつけていた。
「あ、あの……こんばんは……」
アステルがメイス男の言葉を気にしたのか、挨拶をする。
だが、萎縮しているのか、その声は少し上擦っている。
「おう、分かってるのもいるじゃねーか!」
メイス男は満足そうにアステルを見て、それから俺とアルを睨んだ。
「おかしいな……普通は後から来たやつが挨拶するもんだって聞いたけど……」
俺はわざとメイス男がしたのと同じように、独り言のような言葉を投げ掛けてやる。
アステルを萎縮させた、意趣返しだ。
「おい、デブ!言いたいことがあるなら、目を見て言いな!」
メイス男が声をあげる。
俺はジロリ、とそちらに目を向ける。
だが、それを制止したのは長剣男だ。
「おい、やめとけよ……悪いな、五層のボスを始末した帰りでよ。
気が昂ってるんだよ」
「へぇ……まあ、いいけどね……」
見たところ、男たちの装備はボロボロになっていて、ボスを始末したのはいいが、実入りはトントン、下手をしたら赤字になってるんじゃないのか、と思えるような姿をしていた。
こりゃ変な奴らと一緒になってしまったな、と俺は焼いていたシャンデリアバットの肉串を手にして、無視することにする。
「いや、ほんとに……んん?
な、なぁ、坊ちゃん……その腕にあるのは、もしかして『異門召魔術』か……じゃなくて、でしょうか?」
俺が無視した途端、長剣男がへりくだって聞いてくる。
「ああ、ちょっと特別なコネがあってね。オクト商会から貰ったもんだよ……」
めんどくさいが、適当にぼかして説明しないと、難癖つけられるので、最近はそういうことにしている。
「おお、すげーもんだ!」
「売れないよ」
売ってくれ、という輩は多い。なので、先に断っておく。
「あ、ああ……そりゃそうだ、ですね……」
慣れない言葉遣いだからか、つっかえつっかえになっている。
「ああ!そうだっ!
お詫び代わりってほどじゃねぇんですが……今晩の見張りは俺らがやりますよ!」
「いらない……」
それまで、じっと入口を見張っていたアルの兜が長剣男に向けられる。
アルは随分と機嫌が悪そうだ。
「は……いや、声からすると女か?やけにいい装備してるが……『色なし』じゃあ分からなくても無理もないな……。
ごほんっ!これでも、俺たちは中級冒険者だからなっ!
その俺たちが初心者のために見張りを買ってでてやろうと言ってるわけだ!わかるか?」
これも、マナーで言えば最悪の部類に入る言動だ。
冒険者はパーティーで完結していなければならない。
安全地帯で何より怖いのは、同じ冒険者だ。
周りに目撃者がいない、凶行に及ぶための武器がある、更には冒険の成果というべきお宝を持っている。
見張りを見知らぬ相手に任せてしまうことは、初心者が陥りやすい罠として、先輩冒険者、俺の場合はデニーからしっかりと言い含められている。
なんだろう……この男たちに舐められているんだろうか?
「冒険者はパーティー内で完結しているべきと、教わったぞ……」
こちらがちゃんとした知識を持っているという事を伝えてみる。
すると、どの髭かは分からないが、どこからともなく舌打ちが聞こえる。
そして、今度は戦斧を抱えた髭が前に出る。
「あー、もちろんでございますよ坊ちゃん!
まさか、まともに冒険者をやろうとされている方とは思わなかったので、少しばかり侮っておりました……。
もし、右も左も分からないような輩であれば、見張りをやらせて頂いて、見張り代を頂くつもりでした……申し訳ない……」
殊勝そうに戦斧の髭が頭を下げる。
俺はそれには答えず、アステルと食事を再開する。
髭面どもも、思い思いに携帯食糧などを齧って、早々に寝てしまう。
俺たちも交代で休むことにする。
と、いってもアルもアルファも『睡眠不要』なので、任せてしまってもいい気はするが、いつかアルが生き返った時の予行代わりに、三人で見張りを回すことにする。
事が起きたのは、二直目、俺が見張りをしている時だ。
髭男たちも交代で見張りをしていたが、その交代の時にいきなり一人が近付いて来て、俺を拘束してきたのだ。
最初は気安く声を掛けてきた。
「うー、さすがに冷えるな……なあ、そう思わないか?」
「ええ、まあ……」
戦斧を抱えている髭の言葉に、俺は素っ気なく答える。
戦斧髭は水袋を取り出すと、それを煽る。
「ふぅ……」
静かなダンジョンの夜に、ついそちらを見てしまう。
戦斧髭は水袋を俺に掲げて見せて、ニンマリと笑う。
「どうだ?やるか?」
もうひと口、飲んでから口元を腕で、ぐいと拭う。
おそらく、酒なのだろう。
「いらない……」
俺は見張りに戻るべく、途中で拾ってきた焚き木を火にくべる。
「まあ、そう言うなよ。暖まるぞ!」
腰を上げて、戦斧髭がこちらに酒の入った水袋を差し出してくるのを無視した。
途端に、俺の首に太い腕が巻付き、耳元で酒臭い言葉が囁かれる。
「ん〜……いかんなぁ……人の好意を踏みにじるなんてなぁ……そう思わねぇか?」
「ああ、全くだ……」「本当になぁ……」
喉が締められ、声が出ない中、もがいていると、寝ていたはずの男たちが次々に起き出してくる。
ニヤニヤといやらしい笑みを口元に浮かべて、戦斧髭以外の男たちが腰からナイフを抜く。
戦斧髭は勝ち誇ったように、べらべらと話し始める。
「おい、坊ちゃん。どこのお貴族様かは知らねえが、ダンジョンの中ってのは危険なんだよ……」
「あ……ぐっ……」
「習ったんだろう?なのに、まるで実践できてねぇ……悲しいなぁ。
そんなんだから、俺らに殺されて、女たちは俺らの慰みものになっちまうんだなぁ……」
「へへへ……」「見張れてねえのが悪いなぁ……」
「まあ、お前は最後だからな……人質の坊ちゃんの前で、いいもの見せてや……べらぁっ!」
戦斧髭は最後まで喋ることなく、赤い染みになった。
もちろん、アルファのポルターガイスト能力によって、頭を吹き飛ばされたからだ。
勢いで腕の力が緩んだ拍子に、俺は何とかそこから抜け出す。
「かはっ……はぁはぁ……」
「何やってんの、ベル!」
アルは立ち上がると同時に、アステルの方に向かおうとした男にタックルする。
まあ、アルは寝るというより神経を休めていただけだろうから、不測の事態に対処できるのは当たり前だろう。
「ぐほっ!」
不意打ちタックルに、簡単に倒れた男に対して、アルは腰の剣を引き抜くと、喉元にそれを突き刺した。
「アステルちゃん!敵襲よ!起きて!」
「ふぁ……ふぁいっ……」
張り上げたアルの声に、アステルが身体を起こす。
「くそっ!よくもっ!」
ナイフを抜いた男たちは、驚きに一瞬、呆けていたが、事態に気付くと動き出す。
一人は俺に。だが、俺の傍には霊体のアルファがついている。
一人はアルを蹴りつけた。アルが立ち上がる前だったので、その蹴りはアルの頭を蹴り上げる格好になる。
一人はアルの横を抜けて、アステルの方へ。
がらんがらん……と、アルの蹴られた兜が宙を舞う。
その時には、俺に向かってきた男はアルファのポルターガイスト能力で壁に吹っ飛んでおり、アステルに向かった男は、アステルが投げ飛ばしていた。
「見たわね……」
アルが兜を外され、その長い黒髪を振り乱して、そう言った。
アルを蹴りつけた男は、態勢を整えつつも、肝を冷やしたかのように、その場に止まった。
どうやら、蹴りを避けようとして、足先が兜に掠り、兜だけが吹き飛んだ形になったらしい。
「あ、紅い目……」
アルを蹴りつけた男は、恐怖に縛られたように呟く。
「生かしては返さないわよ……」
アルが飛び掛かる。
「なんで、化け物がここに……ぎゃっ!」
アルは男の首筋に牙を突き立てた。
「ぎぃぃぃぃっ……やめ……離れ……」
一方で、アステルに投げられた男は、頭を降って起き上がろうとしていた。
「アルちゃんを見てしまったなら、仕方ないですね……」
アステルは諦めたように言って、投げた男へと向かい、腕を取ると、捻るように引き上げた。
アステルはこの髭共の命とアルの今後を秤にかけたようだった。
「いでででで……」
片腕を背中側に捻り上げられ、男がお辞儀でもするような格好になる。
アステルがそのまま男の膝を払うように蹴ると、男はそこから逃れるべく、自ら飛んだ。
「ぐえっ!」
背中から落ちた男が肺の空気を吐き出す。
アステルは一瞬の虚をついて、男の鎖骨を蹴り砕いた。
「がっ……」
「ひっ……ひぃぃぃっ……」
その声に、俺が振り向くと、アルファによって壁に吹き飛ばされた男が、這うように逃げ出そうとしているところだった。
「アルファ、喰っていいぞ」
「はーい!」
霊体化していたアルファが実体化すると、黒毛の巨大狼が現れる。
「ガアァァァッ!」
「ひはっ!や、やめろぉぉぉぉー……」
男の悲痛な叫びが、ダンジョンに谺響する。
そして、真実は闇の中へと消えたのだった。