いもんしょう魔術?変なやつ!
「例えば、例えばですよ。量産は難しいですが、判子部分をもっと壊れにくい素材にしてみては、いかがでしょうか?
芋判だと何度も使えば破損して、正答率はどんどん下がりますよね?
その度に新しい物を買わなくてはならないとなると、かなり安くしなければ売れません。
そこで専用の箱だけ高くして、インクと魔術符は安くしてしまいましょう。
インクと魔術符だけ補充すれば良いという程度なら、他の魔導具のように金食い虫呼ばわりもされなくなりますし、魔術符は判子で量産できる訳ですから、問題ありません。
そして、何より大事なのは、そうすることで『芋ん章魔術』を買った人は継続的にお金を出してくれるようになるということです」
オクトが考えてくれたのが、これだった。
「でも、それだと他の人が簡単に真似するようになるんじゃない?」
オクトが簡単に仕組みを話すなと忠告をくれたので、さっそくそれに従ってみる。
「おやおや、さすが師匠の坊ちゃん。
忠告の本質をもう捉えておられる!
そうですな……では、専用の箱は冒険者のみへの貸出ということにしましょうか。
箱に鍵を付けて、専用の鍵以外で開けたら判子が破損するようにする。
幸い、師匠の坊ちゃんが使われる紋章魔術は炎と光の紋章魔術以外はかなり複雑ですから、簡単には真似られませんし、炎と光の魔術符に関しては、クオリティで勝負すればいいのです。
貸出の時には、冒険者バッヂを提示してもらい、情報を取らせてもらうのがいいでしょう……となると冒険者互助会と提携してしまいましょう!」
なんか、どんどん話が大きくなっていく。
暴走気味のオクトが決めていく話は確かに魅力的ではある。
最初は『芋ん章魔術』が売れて、アイアンヘッジホッグからクズ鉄晶石と針二十本を取ってきてもらう依頼料が稼げればいいと思っていたが、良く考えれば、今後も依頼で素材を取ってきてもらうようなことにならないとも限らない。
いっそ、定期的に稼げる手段があるならそれでもいいかと思ってきた。
「破損時の保証やなんかも決めなければなりませんね。
それと『芋ん章魔術』という名称も改めた方がいいでしょう。芋判が元になっているというヒントになってしまいますから……いい、いいのが浮かびましたよ!『異門召魔術』というのはどうでしょう?
異なる門から召喚する魔術としておけば、紋章魔術との差別化もできますし、芋判のヒントにもなりにくいでしょう!
それから、版画の職人に知り合いがいますから、魔術符はそちらに発注してしまいましょう!
もちろん、原版は師匠の坊ちゃんに作成して頂かなければなりませんが……」
「ちょっ、ちょっと待った!」
「はてはて?何でしょう?」
「いや、色々アイデア出してくれるのはありがたいんだけどさ……その……先立つものがないんだよ……」
「おお、おお、もちろんご心配なさらずに。
そうですな……冒険者互助会の分も加味しまして、一割!
売り上げの一割いただけませんか?
それで、師匠の坊ちゃんは判子部分と魔術符の原版作成だけしていただければ、後は全てこのオクト商会でやらせていただきます。
いかがでしょう?」
「え、いいの?」
「もちろん、貸出料とインク、魔術符の売上からもいただきますよ。
それで『異門召魔術』の作成に掛かる代金は全てこちらで持たせていただきます。
まあ、先行投資だと思えば安いものです」
「おお、オクトってやっぱり凄いけど変なやつ……」
俺は素直に感想を言う。
すると、オクトは照れたように笑う。
「えへ、えへ、えへへ……そう言って下さるのは師匠の坊ちゃんだけですよ……」
「変なやつって呼ばれて喜ぶのはオクトだけだけどね……」
「いやいや、師匠の坊ちゃんの『変なやつ』こそ最高の褒め言葉です!」
「なんで!?」
「だって、だって、師匠の坊ちゃんは本当に頑張ってるやつにしか『変なやつ』って言わないですからね。えへへ……」
なんか誤解されている気がする。
でも、都合が良いので訂正はしない。
それから、俺とオクトはアレコレとアイデアを出して、『異門召魔術』は形になっていくのだった。
そうして帰り際、俺の鞄から『サルガタナス』が声を掛けて来る。
《やはり、人里は様々な感情が渦巻いて楽しいな……》
「そう?もっとべらべら話し掛けて来るかと思ってたから、俺としては静かにしていて貰えて楽だったけど……」
《ふん……ベルだって本を読む時は大人しくしておるであろ?それと同じことよ。
あ、ベルはついセリフとか口ずさむ派だったか……》
「うるせー!駄本!余計なお世話だ!」
『サルガタナス』め、俺が恥ずかしくなったところに気付いてたのか。
ちくせう。
家に帰って翌日。
さっそくオクトが判子の素材を抱えてやってきた。
俺たちが最終的に選んだ判子の素材は『シャチハタハタの乾燥鰭』だ。
シャチハタハタは海のモンスターで、非常に獰猛、ただし身が旨いというデカい魚だ。
そしてその鰭というのが判子の素材にぴったりなのだ。
適度な弾力を持つ固いスポンジのような素材で、密度が高い。
加工がしやすく、芋判より丈夫でインクを染み込ませても型崩れせず、押せば適度な量のインクが染み出て綺麗に判子が押せる。
俺はオクトが帰ってから、さっそく母さんの工房にこもった。
久しぶりの錬金作業はなかなか楽しい。
また、シャチハタハタの乾燥鰭は加工しやすいのもあって、サクサク削れる。
これが俺の熱中度を高めてくれる。
ついつい集中し過ぎて、気がつけば朝を迎えていた。翌々日の。
水しか飲んでねぇ……。
空腹を身体が訴えてきたので、俺は朝飯を用意して自室に向かう。
扉を開けようとしたところで、異臭に気付いた。
「くっさ!何の臭いだ?」
ガチャリ、扉を開けるとアルが腐っていた。
「あ、あばばばば……ヤベェ……」
いや、確かに腐るよ。放置してたもん。
最初の頃はちょっと気を使ってたけど、ゾンビ化に成功してから、食料庫に入れてないし!
そりゃ精神的にも、肉体的にも腐るよね。
俺は朝食をそのまま廊下に置いて、鼻を摘みながら自室に突入する。
必要なものはアレだ。
『 世界紋章魔術大全、別冊、捨てられた紋章魔術、一』と先端に白蝋を仕込んだ杖だ。
パラパラとページを捲って、お目当ての紋章魔術を見つけ出す。
頭の中で各部の長さ、太さなんかを計算して、床に紋章魔術を写していく。
途中、ちょっと臭いに目眩を感じつつも、ひたすら書く。
あ、腹減ってたんだった。って、食欲なんかふっ飛ぶわ!
昼くらいまで掛かって、ようやく魔法陣が完成した。
「アル、こっち来て、ここに立って!」
アルが動き出す。
おっと、そうだった。俺は代償として母さんの工房から魔宝石を持ってくる。
この紋章魔術は効果に比べて代償が大きい。
これもこの魔術が使われなくなった一因である。
魔宝石を魔法陣のライン上に置いて、叫ぶ。
叫ぶこと自体に意味はない。雰囲気作りみたいなものだ。
「消臭の魔術!」
昔はこれでもちゃんと使われていた紋章魔術である。
伝説によれば、昔、十倍の兵力で攻め込まれた小国が夜闇に紛れて奇襲を成功させるために使ったらしい。戦にはそれで勝ったが、代償の大きさに屋台骨が揺らぎ、小国は国として立ち行かなくなったため、結果的にその国は歴史から消えたというオチまでついている魔術である。
編纂者の注釈によれば、泥でも被って臭いを誤魔化せば、魔術に頼る必要はなかったのではないか、とある。
だが、滅亡した小国の子孫は今でも体臭がまったくしないという話もあるそうで、効果は期待出来そうだと、結んである。
紋章魔術が起動して、アルの死臭と腐臭、匂いという匂いが消える。
ただし、魔法陣の外、部屋の中に残ったモノは消えないので、窓を開け、ついでにアルに掃除を頼む。
少し見ていると、普通に掃除くらいはできるようだった。
身体が掃除の仕方は覚えているということなのかと結論づけておく。
あれ?でも、普通にドア開けてるな……。
まあ、考察は今度ゆっくりやることにしよう。
朝食を自室で食べるのは諦めて、じいちゃんの書斎で本を読みながら食べることにする。
久しぶりにじいちゃんの書斎に入った。
俺の部屋と違って、本が整頓されている。
置いてあるのは魔術書ばかりだ。
「あ、 世界詠唱魔術大全、別冊、捨てられた詠唱魔術、二……ついにじいちゃん見つけて来てたのか…… 」
詠唱魔術。長ったらしい呪文を唱えて、代償を現象と交換する魔術。
じいちゃんはこの呪文の秘密を解き明かすことが自身のライフワークだと公言している。
例えば火の呪文に含まれる『アク』という言葉、これが『火』を表わしていると発見したのはじいちゃんだ。
同じく『ウーフ』が『風』、『イウス』が『水』、『オダ』が『土』を表わしているということまでは分かっている。
詠唱魔術の中でも簡単な部類に入る呪文で実験して、それぞれを入れ換えて詠唱すると、『火』が『水』や『風』になって現象化することが実証されている。
そして、詠唱魔術もやっぱり時間が掛かる。
紋章魔術よりも威力は低めだが、覚えた呪文を唱えるだけなので、普及率は紋章魔術よりは高い。
ただし、『捨てられたシリーズ』はほぼ世に出ていないと言っていいだろう。
まあ、トンデモ本の一種だしね。
たぶん、じいちゃんとしては研究資料として手にいれたんだろうけど、俺はこの編纂者のファンなので、自室に確保してゆっくり読ませてもらうとしよう。
昼過ぎからの朝食を済ませて、俺は再び工房にこもる。
魔術符の原版は木版画なので、これも楽しい。
深夜になって、さすがに疲れてきた。というか、眠い。
もう部屋の臭いも薄れているだろうと、自室に戻る。
と、自室に向かう途中でアルと出会ったので、驚く。
あれ?この辺、掃除してくれる?と自室を指して頼んだんだけど、自室から随分離れているような……。
見れば自室からここまでピカピカになっていた。
範囲指定が曖昧だと、際限がなくなってしまうのだと俺は理解した。
それから三日、全ての作業が終わったけど、終わってない。
これは俺の目的、アルの生き返りの二歩目、ゾンビになったアルを餓鬼に進化させる計画で言うと、まだスタート地点にすら立っていない。
「こんなゆっくりやってる場合じゃないじゃん……」
我に返って、振り返ると落ち込みたくなってくる。
《そうとう熱中してやっておったように見えたがな?》
『サルガタナス』が話し掛けて来る。
「ぐっ……ち、違う……急がなきゃと思って頑張ってたし……」
《ふへへ、俺様っててんさーい!またオクトから尊敬の目で見られちゃうぜ……とか言っておったな……》
「聞こえんの!?」
俺が工房にこもっている間、『サルガタナス』は自室に置いてある。工房でハンマーでも使っていれば別だが、自室にいて俺の呟きが聞こえるとは思えない。
つまり、俺の声を何かで拾ってるのだろうか?
なんとなく自分の身体をまさぐると、目に入るものがある。
真っ黒に染まった腕輪、【ロマンサーテスタメント】だ。
これは『サルガタナス』に触れた瞬間に、何かに侵食されるように黒く染まってしまった。
これか!
俺がロマンサーとしての【証】に触れる。
《げんざ……げげ……現在……百三GPです》
あれ?これってまだ使えるのか?
黒く侵食されて、もう使えないものだと思っていた。
俺がそう考えると、更に続きが脳内に表示される。
《現在……GPでの……取得可能ギフトを表示します
紋章魔術の才能-五十GP
詠唱魔術の才能-五十GP
痩身の才能-五十GP
盗賊の才能―五十GP
異性交遊の才能―五十GP
倍力のギフト-百GP
倍速のギフト-百GP
奪取のギフト―五百GP
…………
…………
…………
運命線の変更―六百六十六万GP
運命線の回復-六百六十六万百GP 》
なんか増えてる。
盗賊の才能は盗賊としての直感が働くようになる。
異性交遊の才能は異性からの友好度が数倍から数十倍になるというもの。
奪取のギフトは恐ろしいことに、他のロマンサーから『才能』や『ギフト』をアイテム化して奪えるというものだ。
これ、『サルガタナス』の仕業じゃないだろうか?
「おい、俺の【証】に何かしたろ?」
《おお、ようやく気付いたか!
うむ、ベルに使いやすいものを選んでみたが、どうだ?》
「やっぱりか……余計な気遣いはいらねーんだよ!」
《同性交遊の才能の方が良かったか?》
「そういう話じゃねー!んで、最後の運命線の回復ってなんだよ?説明がねーんだが?」
《げっ……そ、それは、その……ま、間違いだ……》
「は?間違いなんてあるか?」
《あ、ある!ちなみにそれを使っても意味はないぞ!く、くかかか……》
あからさまに誤魔化してきやがった。
たぶん、名称から察するに『サルガタナス』から俺を引き離そうとする神々の仕込みじゃないだろうかと思える。
俺はひとつ息を吐くと、それで『サルガタナス』との会話を打ち切った。
「まあ、いーや。どうせGPとか稼ぐ気ないし……」
それよりもお金を稼いで、冒険者互助会に依頼を出さねば!
俺は出来上がった木版画と判子をカバンに詰めて、オクトのところ、テイサイートの街に向かうのだった。