アネゴ!勘弁してくれや……
アルファとアルは無事にルガト=ククチという半霊半肉の陰鬼の特殊個体にして吸血鬼でもあるアンデッドへと進化した。
まあ、無事にと言いつつもアルファは巨大な黒狼ガルム種が生前の姿だったり、アルは進化した瞬間から本能的に俺から吸血しようとしてアルファに首を飛ばされたりと問題が無かった訳ではない。
しかし、どうにか大枠では吸血鬼になれたのだ。
アルの蘇り計画は順調だと言える。
これからはより真性の吸血鬼であるヴァンパイアを目指しつつ、『月夜鬼譚〜流転抄〜』という本を探す。
肉体的にはそれでいいとして、問題になるのはアルの今後のことだろう。
アルを蘇らせるだけでは、足りないということがよく分かった。
残念ながら人間は社会性のある動物なのだ。
他者と関わらずには生きていけない。
アルの蘇りと同時に、元の生活へと戻す方法を探さなければならない。
でないと、本当の意味で生き返ったとは言えない気がする。
そう考えた俺は、久しぶりに『テイサイート』の街へと向かうのだった。
ちなみに、今回アルは適当に言いくるめて留守番させている。
なので、『テイサイート』の街へと来たのは、俺、アルファ、アステルの三人だ。
『テイサイート』の街は相変わらず冒険者でごった返している。
まず、オクト商会に異門召魔術の元となる版画を卸す。
それから、買い物をする。
アルから、武器・防具を作って欲しいというお願いをされてしまったので、前に作ったのと同じように元になる装備を買っていく。
俺の場合、全て一から作るというよりも、既存のものに魔導具的な機能を持たせる改造を施した方が結果的に良い物になる。
アステルは簡単な依頼があれば受けておきたいと言うので、冒険者互助会に行く。
アステルは知らぬ間に『赤みっつ、緑ひとつ』の冒険者になっていた。
俺は未だに『赤ひとつ、緑ひとつ』なので、随分と差がついたな。
冒険者互助会では、依頼を受けるというよりも依頼の貼り出されるボードを眺めて、時勢を読むことに終始してしまう。
東方面への護衛や手紙の配達依頼が増えているような?
『テイサイート』の街は『コウス王国』の南西に位置している。
国内の流通を考えれば、東方面、例えば王都『スペシャリエ』やスプー湖への中継地でもある『ヂース』などへの移動を伴う仕事は元々、多い。
だが、今、東方面の移動を伴う依頼は普段の倍くらいはある。
それに難易度も高くなっている気がする。
これは東方面で治安が悪くなっているということを示している。
『コウス王国』の東と言えば『ワゼン国』だが、『ワゼン国』は友好国で特に問題があるとも思えない。
「あれ?アンタ……」
さて、じゃあ、東方面で何があったのだろうかと考えていると、誰かに肩を叩かれた。
誰だろうかと振り向けば、そこには三十代くらいの女冒険者がいる。
日に焼けた肌、赤みを帯びたボサボサ髪を白い鉢巻で纏めている。
野生的な顔立ちだが結構整っているのでワイルド美人な風貌だ。
筋肉質な肢体に動きやすそうな革鎧、腰には鞭と短剣を装備している。
どこかで見たような?
「あ、やっぱりアンタ『奈落大王』じゃないか!久しぶりだね!」
そう言われて思い出す。
「あ、アネ……じゃなくて、『クチナワ』のキクマ、さん?」
胸に付いている冒険者バッヂは『赤ななつ、緑やっつ、青ふたつ』という堂々たるもので、彼女は『ヂース』との領境にある『キャラメリエ』の冒険者、アネゴだった。
「おお、覚えててくれたのかい!嬉しいねぇ……でも、アタシのことはアネゴでいいよ。
親しいやつはみんなそう呼ぶしね!」
「ああ、じゃあ、アネゴで……」
「ベルさん、お知り合いですか?」
どこか近場であまり日数が掛からないという条件で、依頼を探していたアステルが寄ってくる。
アステルと会ったのは『ヂース』だったか。
それなら面識がないはずだな。
アネゴも興味津々という顔で俺の紹介を待っている。
「ああ、アネゴ。こちら俺の仲間のアステル。
それでアステル、こちらは『クチナワ』のキクマさん。通称アネゴ。
アステルと出会う前に『キャラメリエ』でお世話になったんだ」
そう言って簡単ながらも二人をそれぞれに紹介する。
「クチナワ……異名をお持ちなんですね!凄いです!」
「いや、確かに一時期は、この鞭を使うからってそんな名でも呼ばれはしたけどね。
今じゃ『キャラメリエ』のアネゴさ。
『奈落大王』の連れだって言うなら、そっちで呼んでくんな!」
「アネゴさん、あの『奈落大王』というのは?」
「ああ、コイツの異名さ!本人からは何も聞いてないのかい?」
アネゴが俺を親指で示して言う。
対するアステルは「なんで、仰ってくださらなかったんですか!?」とでも言いたいようなふくれっ面を俺に向けてくる。
それを言わなかったのは素直に恥ずかしいからだ。
奈落のように食べ物が入るから『奈落大王』とか、あまり人に誇れる異名とは思えない。
俺は何とも言えず俯いてしまう。
アネゴは困ったやつだとでも言うように嘆息するとにこやかに言ってくる。
「……ったく、しょーがねーな。
冒険者なんて名前売ってナンボの商売だぞ!
まあ、依頼主の都合でしばらくこっちだからな。
せいぜい、アタシから異名を広げておいてやるよ!」
「え?いや、こ、困る…… 」
「まあ、任せときな!もう『キャラメリエ』じゃ、アネゴに勝った『奈落大王』といえば知らぬ者なしってくらいに異名が広まってるんだ。
こっちでだって、すぐだよ!」
アネゴは俺が否定する前に一気に捲し立てると、俺の肩をばんばんと叩く。
というか、『キャラメリエ』でもうそんなに広まってるのか……。
まあ、変な呼び名で呼ばれるのも今更か……。
そう、思い直した俺は折りよく東から来ているアネゴに聞いてみることにする。
「アネゴ!」
「なんだい、改まって?」
なんだか面白いものを見たとでも言うかのようにアネゴがにこやかにこちらを見る。
まあ、キャラメリエで会った時はアネゴなんて呼び方してなかったしな。
「東の方で何か問題があるとか、そういう話は聞いたことないか?」
「へえ……気になるのかい?」
途端、アネゴの目が細められてこちらを試すように見てくる。
「ああ、今のところ東に向かうことはないとはいえ、この依頼を眺めたら、少し気になるだろ?」
俺がそう言うとアネゴは関心したように笑って、チラと辺りに目を配る。
それから、声を潜めて耳打ちしてきた。
「まだ、噂だけどね……王都で政変があるかもって話がある……」
「政変?」
「おっと、口には気をつけな……。
まだ、噂だからね。それと、『オドブル』の西、『スプー湖』の近くに新しくモンスターが現れ始めてるって話さ」
「それって、新しい『神の試練』ができたってことか?」
「まあ、その可能性が高いだろうね……もっとも、肝心のダンジョンはまだ見つかってないらしいから、向こうの冒険者たちはそっちに駆り出されてるらしい……んだけどね……」
何やらアネゴは歯切れの悪い話し方になる。
「だけど?」
「ああ、どうも、またアンデッド系が湧いているらしいんだ」
『オドブル』のダンジョンと言えば、例の『黄昏のメーゼ』が管理しているという『ブルスケータ』ダンジョンがある。
あそこはアンデッド系のダンジョンという括りである。
そして、同系統のダンジョンが近隣に湧くというのはない訳ではないが、あまり見られない現象でもある。
『黄昏のメーゼ』のお膝元である『オドブル』近郊で、と言われると途端に胡散臭い感じがするから不思議だ。
そんな会話をアネゴとしていると、どうやらアネゴのパーティーメンバーらしき一団が「アネゴ!受付終わりやしたぜ!」とやってくる。
どうやらアネゴたちは『キャラメリエ』からの護衛依頼でこちらに来たらしく、恐らくは金の詰まった袋を掲げているので、依頼の達成を報告してきたというところだろう。
アネゴたちは、このまま今日は飲みに行くらしく、俺とアステルも誘われたのだが、丁重にお断りしてアネゴたちと別れた。
アステルは上手く要望と合致する依頼がなかったらしく今日は依頼を受けるのはやめにしたようだ。
俺はアステルとアルファを連れて、アルの生家である『バイエル&リート』へと向かう。
たぶん、アルが元の生活に戻るのに一番ネックになりそうなのがバイエルさんだからだ。
アルの父親のバイエルさん、母親のリートさん、アルの姉である美人のモニカさん。
『バイエル&リート』はこの三人で家族経営している冒険者向けの食堂で、一応、宿屋でもある。
基本は食堂で、一部常連客のみがここを宿屋として利用できる。
年頃の娘が二人もいるバイエルさんとしては、信用の置けないやつらに貸す部屋はない!と豪語していて、ここの宿屋を使えるってだけで冒険者としては一流だと認定される向きもあるらしい。
俺は昔からの馴染みなので、そういう制限なしに何度か泊まらせて貰ったことがある。
まあ、それはそれとして、何故バイエルさんが一番ネックになるのかというと、アルが死んだ事実を一番飲み込みきれなかったのが、バイエルさんだからだ。
リートさんやモニカさんだって、すんなり現実を受け止めた訳ではないが、それでも俺にアルの昔話をする余裕がある。
でも、バイエルさんはダメだ。
アルの葬儀の後、何度か用事で『テイサイート』へ来た時に『バイエル&リート』に寄ったが、未だにバイエルさんからアルの思い出が語られることはない。
その分、冒険者になった俺にバイエルさんの知る一流冒険者たちの心得みたいなものは、耳にタコができる程に聞かされている。
それは、俺に死ぬな、と言い聞かせると同時にバイエルさんなりに、アルの話を避けるための方便にも聞こえるのだった。
扉を開ける。
ドアベルが、カラコロカラーンと鳴って来客を知らせる。
「はい、いらっしゃいま……ベルくんっ!いらっしゃい!」
モニカさんが俺に気づいて、普通のお客さんに向けるのとは違うトーンで俺を出迎えてくれる。
「あら、ベルちゃん!久しぶりだね!」
「おう、ベル坊、適当に座れ!」
リートさんもバイエルさんも快く受け入れてくれる。
俺はアステルと二人、実際には霊体化したアルファもいるので三人だが、四人掛けのテーブルに着く。
「まあ、今日は可愛らしいお連れさんがいるのね!ベルくんも隅に置けないわねぇ……」
モニカさんがアステルを見て、そんなことをのたまう。
「ええと、俺の仲間のアステル。
こちらがモニカさん」
俺がモニカさんにアステルを、アステルにモニカさんを紹介すると、モニカさんはにこやかに、アステルは少し緊張しながら挨拶する。
モニカさんは一応、客商売らしくご注文は?と聞くが、俺はいつものように「いつもの感じで!」と答えておく。
アステルはメニューを眺めて迷っていたので、モニカさんがオススメを伝えると、それにすることにしたらしい。
店内は賑やかな喧騒に包まれている。
先輩冒険者に連れられてきた後輩冒険者が貪るように食事をかっこんでいて、それに常連らしき街の住人が食いっぷりに喜んで自分の皿から食い物を分けてやる。
先輩冒険者はそれに礼を言い、街の住人は気にするな、と言うようにガハハと笑う。
冒険者のできあがっている集団があり、しみじみと飲む街の住人もいる。
そんな中、流れるように歩き回るモニカさんがいて、言葉少なに客の相手をしながら食事を用意するバイエルさんもおり、大きな声で話しながらドリンクを用意するリートさんがいる。
「なんだか、皆さん笑顔でいいですね……さすがアルちゃんの家族ですよねぇ……」
そんな風に言って、アステルはニコニコとしていた。
「あら、ちょっと作りすぎたから、よかったらコレ飲んで!」
リートさんがアステルに果実水を差し出す。
「え、あの……」
「ベルちゃんのお仲間さんでしょ。サービスしとかないとね!」
そう言ってリートさんは、ウインクする。
それから、モニカさんが煮込み料理やらサラダやらを持って来る。
「ベルくん、ご迷惑かけてない?
これ、父さんから、迷惑料の代わりにって……」
「いえ、そんな!逆にいつもベルさんには助けられてばかりで……」
アステルが恐縮しながら言うのに、モニカさんはにっこりと微笑み返す。
「ふふ、なら良かった。
でも、ベルくんはすぐ相手が女の子だって忘れちゃうから、そういう時は私に言ってね!」
「いや、アステルだって冒険者なんだから、そういうところは差別しないの当たり前じゃん!」
モニカさんの軽口に俺は反論を返す。
でも、モニカさんはやれやれという感じに嘆息して、俺に言う。
「ベルくん。私が言いたいのは区別の話。
アルが言ってたよ。
わたしって女の子として見られてるんだろうか?って……」
「え……?」
アルめ、モニカさんとそんな話してたのか……。
「まあ、お誕生日に武器が欲しいとか言っちゃう、あの子にも問題あったけどね……」
そう言ってモニカさんは、少し遠い目をする。
でも、モニカさんはアルが死んだことを少しずつ受け入れようとしているのかもな……。
「へえ……アルちゃんが……」
アステルがアルを思ってそう返す。
「あら?アステルちゃんはアルのこと知ってるの?」
モニカさんがにこやかにアステルに聞く。
え、まずくないか?
アステルは多少、慌てながらも答える。
「あ、いえ、その……ベルさんに色々とお話を聞いてまして……近しく感じていると言いますか……」
「もう……ベルくんはそういうところデリカシーがないんだから!」
そんな感じでモニカさんとアステルがアルのことをアレコレと話してみたり、俺とアステルの出会いの話を聞かれたり……まあ、多少、誤魔化したり話題を変えたりして、言えない部分はスルーしたが、時間が進んでいく。
すっかり夜も更けて、『バイエル&リート』のお客さんも三々五々、帰って行く。
今日はこのまま泊まりの予定だ。
俺はバイエルさんと話をするべく、じっくりと待った。
アステルはモニカさんに捕まって、モニカさんの部屋で話をするようだった。
時間を見計らって、バイエルさんの所へ行く。
今は客を帰した後、後片付けをしているはずだ。
「おう、ベル坊……腹減ったのか?それなら、いつも通り、コレ手伝えよ!」
バイエルさん後片付けを手伝うと、終わってから飯が貰えるというのが、俺がここに泊まる時のいつものパターンだったりする。
でも、今日は夜食が食いたい訳じゃない。
まあ、後片付けは手伝うんだけど。
「いや、今日はそういうんじゃなくて、バイエルさんと話がしたくてさ……」
そう言いながら、俺は皿洗いを始める。
「はははっ……珍しいこともあるもんだ……なんだ、冒険者として行き詰まってたりするのか?
見たところ、まだ初級のままだしな……」
「いや、冒険者はほどほどでいいから、俺。
ゆっくりやるからいいんだよ!」
「なるほどな……まあ、ベル坊はカーネル様やレイル様の手伝いもあるだろうしな。
じゃあ、何か悩みごとか?」
「悩み……っていうか。ええと、そうだな……アルと別れた時の話をしなくちゃ、って思って……」
バイエルさんは濯いだ皿を並べながら言う。
「ベル坊、その話は勘弁してくれや……」
それは呟きのような、無機質な言葉だった。
拒絶のような強い言葉ではなく、硬く紡がれた無機質な言葉。
それまで父のように思っていたバイエルさんが急に他人になってしまったような感覚に陥る。
俺は二の句が告げずに黙り込むと、バイエルさんが笑顔を見せてくる。
「……そんなことより、ベル坊と一緒に冒険者をやってやろうなんて子が出てくるとはなぁ!」
バイエルさんなりのフォローなんだろうが、目が笑えてない。
今まで見えていたバイエルさんの心が途端に見えなくなってしまった。
ああ、そうか。家族みたいに思っていたけど、バイエルさんは他人だ。
家族みたいであって、家族ではない。
そんな当たり前のことが、今、ようやく見えた。
たぶん、俺は恨まれている。
アルではなく、俺が死ねば良かったと思っているのかもしれない。
でも、バイエルさんは言わない。
これだけで分かってしまう。
バイエルさんはアルのことを納得していない。
それだけで、充分だとも言える。
それから、アステルのことを色々と聞かれる。
俺は、ああとか、うんとか答えて、時間が過ぎていった。
普通に話せたとは思うが、バイエルさんと俺の関係が変わってしまったのは、お互いになんとなく感じたんだと思う。