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ちょっ……まっ……アル!


アルファと意思疎通を交わし合った後、一度アルファには霊体に戻ってもらって、ポルターガイスト能力で俺の手伝いを任せる。


一度使った魔法陣は、役目を果たして消えてしまっているので、今度はアルのために描き直していく。


「ふふふ……体が出来たらアルファちゃんのこと撫でさせてもらおうっと……」


俺とアルファが意思疎通が図れたのが嬉しかったのか、アルはそんなことを言って俺とアルファの気恥しさを打ち消してくれる。


「アルファ、岩塩はこっちに……」


「はい、ご主人様!」


アルファとの関係はどうにか元通りといったところだろう。

ひとつ違うのは、俺の心の持ちようくらいか。


さて、アルをルガト=ククチへと進化させる。

使う紫水晶は最も大きく、岩塩は『ソウルヘイ』領主クイラスの家に代々家宝として置かれていた魔宝岩塩だ。

これはアルファの時のように、おかしな事にはならないだろうと見ている。


「アルファの生前の姿はアレ、なんだよな?」


アレ、なかなかに口に出すのは躊躇われるが黒いガルム種だ。


「え、あ、ひゃいっ!そ、そうです……」


なんとも申し訳なさそうなアルファの声。


「あー、責めてる訳じゃなくてだな……生前の姿を取り戻せているなら、いいんだ……」


なんとも歯切れの悪い言い方になってしまったが、先程、散々にビビった姿を見せているから仕方がない。

だが、確認したかったのはこの進化が失敗ではないということなので、アルファの生前の姿がアレだというなら、アルはアルの肉体を取り戻せるということになる。


そうこう話をしている間に、ようやく魔法陣を描き終えて、俺は最後の見直し作業に入る。


「よし、さすが俺!完璧だな!」


「あ、あのさ、ベル……」


「ん?まさか、アルも不安だとか言うのか?」


「あ、ううん……そういうことじゃなくてさ……」


アルはもじもじしながら、落ち着かない雰囲気で視線をさ迷わせている。

こういう時は、下手に声をかけるよりも、アルがきりだすのを待った方がいい。

なので、俺は動きを止め、アルの次の言葉を待った。


「あの……身体ができるってことはさ……お父さんとかお母さんとか、お姉ちゃんとか……」


「ち、ちょっと、待ってくれ!」


俺は思わずアルの言葉を遮った。

それは、そうか。アルは現状、死んだだろうと思われている。

今までは霊体だったからこそ、家に帰る訳にもいかず、俺とずっと一緒だったが、身体があるなら、家にだって帰りたいだろうし、なにより家族に会いたいと思うのは自然なことだろう。

しかし、しかしだ。

アルファの前足を抱き締めて分かることだが、身体はあっても体温はない。

それはそうだろう。なにしろ死体なのだ。

どう言い繕ってもアンデッドはアンデッド。

オル、ケル、アルファのガルム種だって毛皮の触り心地とは別で、体温はないので冷たい。


そして、死体の冷たさというやつはこちらの体温を奪うような冷たさなのだ。

触れてしまえば、それは否が応でも理解させられてしまう。


「えーとだな……その……肉体を持つことは出来るとして……アルはその……まだ……」


俺が四苦八苦しつつ全てを言い終わる前に、アルはにっこりと笑う。


「な、なーんてね!あははっ、冗談だよ!冗談!吸血鬼になって帰ってきましたなんて言ったら、お父さんに、客商売をなんだと思ってるんだーって怒られちゃう!

帰るのはちゃんと生き返ってから!

ベルなら何とかしてくれるんでしょ!あははっ……」


「あ、ああ、任せとけ!天才、ベル様だからなっ!」


アルの強がりに、同調するしかない自分の矮小さにうんざりする。

救うべきアルに気を遣われるとか、何やってんだ俺……。


どうする?何かできることはあるか?

アルを生き返らせること、それだけじゃいけない気がする。

考えておくべきだろう。


だが今は、アルの進化だ。

俺はもう一度、しっかり魔法陣を確認する。


「アル、そこに立って……」


「あ、うん!よろしく、でいいのかな?

何か気をつけることとかある?」


「魔法陣には触るなよ。あとはリラックスして、俺に任せとけ!」


「うん!分かった!」


真剣な表情で足元の魔法陣をアルが眺める。

触るなもなにも、霊体じゃ足元透けてて確認しようがないけどな。


俺にしたって、後は魔宝石で魔法陣を発動させるだけだ。

しかし、なるべくいつも通り、気合い入れのために声をあげる。


「いくぞ!我が叡智の深淵より来たりて、顕現せよ!

ルガト=ククチ!その名はアルなり!」





光が収まった後、そこにはアルが居る。

霊体で半透明なアルではなく、実体を持つアルだ。

ぎゅっと目を瞑っていたアルがゆっくりと目を開く。

足元を見て、それから両手を自分の頬に当てる。

ぺたぺたと自分の顔に触れられることを確認してから、俺を見る。


見られた瞬間、俺は目を逸らした。

だって、裸だったから。

成功を確認するためにアルを見ていた。

そう、成功を確認するためだ。

アステルほどではないが、張りのあるツンと上向きの胸とか、引き締まった腰周りとか、そこから女性であることを認識させる腰骨からの膨らみ……いやいや、まずい……顔ごと背ける。

アルの目線がこちらに向いたことが何故か瞬間的に理解できたからな。


「あ、えと……」


「ベル!」


たたっ、と裸足が床を蹴る音がして、俺は何かに締め付けられる。


「ご、ごめんっ……!!」


「やったよ!ベル!自分に触れる!ベルに触れる!」


俺はアルに抱きすくめられていた。

俺の謝罪は耳に届いていないのか、アルは肉声で「やった!」と繰り返す。

いや、状況分かってる?アル、裸だぞ?


「ア、アルファ、何か羽織るもの……」


「は、はいっ!」


霊体のアルファが部屋を出ていく。

あ、二人っきりに……。

いや、でも、服を……。

俺の中で色んなものがぐるぐる回る。


「ほらっ!触って、触って!」


「いや、アル……それは……」


必死に視線を逸らす俺の手を取って、アルが自分の頬に当てる。

冷たい。でも、確かにここにアルがいるんだと実感する。


「アル……ここにいるんだな……」


「うんっ!」


実感するって凄いことだ。

アルがもう一度、俺に抱き着いてくるのに、俺はそっとその背中に手を添えた。


「ベルって、あったかいね……」


「大丈夫……アルにもきっと取り戻してやる……何しろ俺は……」


天才だから、と言おうとして言葉に詰まる。

アルが静かだ。そして、俺の身体は強く、強く抱き締められて、ひしゃげるんじゃないかというほど締め上げられていた。


「……っ……くっ……ア、アルっ……ア、ル……」


首筋を冷たい吐息が這い回る。


「……っはぁ……あったかい……ほら、ここなんて太くなって、びくびくしてる……」


さらに一際冷たいアルの舌が俺の動脈をなぞる。

変な感じに俺の身体がピクリ、と跳ねる。

ぞくり、かもしれない。


まずい……まずい……まずい、まずい、まずい……。

おそらくアルは今、自分で自分の制御ができていない!

アンデッドとしての本能的なモノが目覚めているように思える。

身体を締め上げられているため、逃げることもできず、頭の中で血流が、ドクンドクン、と鳴り響く。


確かに、アルが俺の死を望むのなら、俺は死んでも構わないと思ってはいる。

そのための無契約だ。

だが、今の状態はアルの望む死なのだろうか?

進化したばかりで、制御ができていないだけなら、ここでの俺の死に意味はない。

首筋にぴりぴりとした感覚がある。

吸血鬼の本能。吸血行為。そのための牙がそこにあるという皮膚感覚。

あとほんの少し、アルが俺を嬲るのに飽きた瞬間、もしくは開かれた顎を何かのはずみで閉じた瞬間、俺の首筋からはオドという名の血液が溢れ零れる。

そうなれば、俺の生命は終わる。


「ア……ル……た……す……け……」


どんっ!


俺の霞む目の横を一抱えはあるだろう何かが飛んでいく。

それは実験室の壁に当たるとゴロゴロと転がる。

目が合った。

ゆっくりと締め付けから解放されていく。

アルだった。

飛んだのはアルの生首で、口を開き、牙を覗かせ、うっとりとした顔がこちらを見ていた。


「え?」


締め付けから解放された俺は、ゆっくりと顔を横に向ける。

黒いガルム種がおすわりの姿勢でそこに居た。

どさり、と音がしてアルの身体が俺から離れた。

呆然とそのアルの身体を見る。首がない。


え?と再度俺は頭の中で疑念の声を上げる。

頭上からマントが落ちてきた。アルファがアルのために持ってきたものだろう。


しばしの沈黙。と、アルの身体が動く。

慌てたように立ち上がると、自分の頭を拾って、身体の上に置く。

それは異様な光景だ。

首と胴体の切れ目から闇が泡立つようにゴポゴポと溢れ、それが収束していくと、いそいそとアルはマントを羽織った。

その間、アルは一度もこちらを見なかった。

それから、アルはマントの前を閉じて、こちらに視線を向ける。


「……ごめん」


ぽつりと呟いて、実験室を後にする。


正気に、戻った……で、いいんだろうか?

いや、それよりも、と視線を黒いガルム種、アルファへと向ける。

巨大な黒狼は瞬時に半透明な少女の姿に変わる。

俯いて、青ざめた顔をしている。


だが、俺は混乱していた。

何故、そうなったのかを混乱する頭の中で必死に掴み取る。

フラッシュバックするアルの生首。

俺が感じた死の恐怖と安堵。

見失いそうになった自分自身。


怒りは感じる余裕がないままに過ぎていった。

本来ならば、ここはアルファを怒る場面なのかもしれない。

そのつもりで、アルファも俺の叱責を待っているように見える。

だが、違う。


アルファは俺の「助けて」という絞り出した声に従者として反応しただけだ。

つまり、俺の命令に従っただけで、あの瞬間の最善手はあれしかなかった。

突き立てられる牙を止めるために首を落とす。手加減するいとまもなく、主人の命令に自動的に反応した。


「アルファ……」


「ひっ……も、申し訳……」


「いや、謝らなくていい。

むしろ、辛いことさせて、ごめんな……」


アルとアルファは仲が良い。

それを俺の命令とはいえ、アルの首を落としたのだ。アルにとってもショックだったと思う。


「い、いえ……」


アルファは一度、面食らったような顔をして、それからまた俯いた。

もしかして、アルのことに想いを馳せて少し落ち込んでいるのかもしれない。


「えーと……アルに会いに行こうか!」


俺は思いきってそう切り出す。

アルは俺に向けて謝った。つまり、アルファに対して怒るとは思えない。

今は、顔向けできないとでも思っているのだろう。

そういうところ律儀なんだよな。


俺はアルファを連れて、研究所内のアルの部屋へ。

扉をノックする。

気配はするが、反応はない。


「入るぞ……」


部屋の中は暗い。備え付けの灯りに魔石をセットすれば、やっぱりだ。

布団に包まって「うー、うー」と悶えるアルがいる。


「アル……首は大丈夫なのか?」


ベッドの横に立って聞くと、アルは布団から目だけ覗かせて、こくり、と首肯する。


「アルちゃん……あの、ご、ごめんなさい……」


アルファが謝ると、やはりアルは目だけ覗かせたまま、ぷるぷると首を横に振る。

それから、チラリと俺を見て、またアルファに視線を戻す。


はいはい。じゃあ、俺は退散しますよ。

俺の前だとアルファに言いたいことが言えないらしい。

でも、これだけはと、俺はベッド脇に跪く。

それから、アルの下、頬の辺りに軽く口付ける。

いつもの仲直りの儀式だ。

これで俺が気にしていないというのが伝わるだろう。


俺はアルの部屋を出て、自分の部屋で少し休むことにするのだった。


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