獣!ウチの子。
魔法陣が光を放ち、アルファの霊体が他の素材と混じり合っていく。
それらは粒子のような、液体のようなものになると、二重の螺旋構造を描くようにうねり、重なり、次第にひとつの形を型作っていく。
あぁ……とか、おぉ……とか、知らずに俺たちは声を出していた。
アルファの形、不定形の波のようなものがアルファの形に収束していったかと思うと、突然、光が弾けた。
「え……」
アルが小さく声をあげた。
それはそうだろう。アルファの形を成そうとした不定形の波は、巨大に膨れ上がり、それは一匹の獣になったのだった。
「あ……ああ……」
見た事がある。
真っ黒な毛並み、巨大な狼、ゼリのダンジョンに現れるガルム種と呼ばれるモンスター。
しかも、こいつは……この黒い毛並みに真っ赤な瞳のこいつは……俺がアルと初めて入った……アルの死を嗅ぎ付けて寄ってきた、俺が倒したはずの……。
「アルファ……ちゃん?」
思考と身体が固まる俺をよそに、アルの問いかけに対して、黒いガルム種はゆっくりと首を縦に振る。
「アルファ……?アルファなのか、お前……?」
黒いガルム種はその場に佇んでいたので、俺もようやく硬直が解けて、問いかける。
黒いガルム種はもう一度、首を縦に振ると光の粒が全身から立ち昇る。
そうして、そこに居たのは霊体のアルファだった。
これがルガト=ククチ。半霊体の吸血鬼……。
「あの……ご主人様……」
「あ……えと……」
見つめ合う俺とアルファ。
何がどうなって、そうなったのかは良く分からないが……アルファの生前の肉体は黒いガルム種で、その黒いガルム種を殺したのは俺で……黒いガルム種を殺したからこそ、アルの死体にアルファが雑霊として入り込み、それをアルと勘違いして契約を結び使役して……これ、俺、恨まれてもしょうがないようなことしてるな……。
アルは悲しいような、辛いような顔で俺を見ている。
俺は、なんて声を掛けたらいいんだ?
なんだろう、やっぱりアルファは内心では俺を恨んでるのかな……。
どう声を掛けるか悩んでいると、喉が渇いている自分に気付く。
「あ、ち、ちょっと、水飲んで来る……」
「お父さん!」
俺が背を向けた途端、その声が聞こえて、思わず振り返る。
「置いて……いかないで……置いて……いかないでぇ……やだぁ……」
「え?ア、アルファ?」
霊体でも涙は流れるんだな、などとどうでもいいことが気になるのは、俺が冷静じゃないからだろうか?
そもそも、俺はアルファの『お父さん』じゃないし、気を落ち着けるために水を飲んで来ようとしただけで……。
その場でアルファが手を伸ばす。
アルファの足は、金縛りにでもあったように動かない。動けない。
ただ、空しく手が藻掻くだけだ。
アルはあまりのことに呆気にとられていた。
俺は……我知らず、アルファまで歩み寄ると空を掻き抱く。
「落ち着け!落ち着け……落ち着け……」
自分に言っているのか、アルファに向けてなのか分からないが、俺はアルファの霊体を自分の中へ掻き集めるように、バタバタと腕を動かしていた。
「ご……ご主人様……」
と、俺の腕がしっかりとアルファを抱き締めた。
俺はアルファを離さないように力いっぱいだ。
アルファのしなやかだが、しっかりと芯のある髪が俺の頬に当たり、背中に回した腕にもアルファの髪が……髪が……髪じゃねえっ!!
俺が抱き締めていたのは、黒いガルム種の前足だった。
灰色ガルム種のオル、ケル辺りと比べるとその毛は、より艶やかで柔らかい……。
恐る恐る見上げる。
真紅の瞳と目が合う。
怯えと哀しみが入り交じった瞳だ。
俺に『お父さん』とやらを時折、投影して見ているのは知っているが、たぶん、生前のアルファの父親というのは碌でもない人物だったのだろう。
俺の父親が碌でもない人物だから、良く分かる。
正直、父親がどうしたとかの話は聞きたくないし、話したくないので、アルファがその辺のことに対して、腹に一物抱えているのは分かっていながら避けてきた。
今だって、俺が父親代わりだ、みたいなことは言う気になれない。
それでも強いて言うならば、父親でも母親でもなく、拾い主といった辺りだろうか。
今の黒いガルム種の姿を前にすると、飼い主という言葉も浮かんでくるが、それはあまりに乱暴な言い草だろう。
「ア、アルファ……その……俺を恨んでいる、よな……」
この黒いガルム種を殺したのは俺だ。
なんの因果で、アルファの魂がこの黒いガルム種になっていたのかは分からないが、ルガト=ククチは生前の肉体を構築する。
ということは、アルファを殺したのは、やっぱり俺なのだ。
そういえばアルファは『火のオドを含んだ岩塩』を嫌っていたな。
俺は黒いガルム種に『火の魔術符』をぶち込んで殺した。
死因に直結している火に苦手意識を持つ、ありそうな話だ。
つまり、本能的に自分の死の原因を理解しているのではないだろうか。
だとすれば、やはり……。
黒いガルム種のアルファがゆっくりとその鼻先を近付けてくる。
生身の肉体のように見えてもアンデッドだ。
しかも、その肉体を構成しているのは岩塩と紫水晶が元になっている。
狼のように、フンフンと鼻を鳴らしているが、匂いを感じない。生気が無いのだと理解させられる。
ペロッ……。
俺の上半身くらい丸呑みできそうな顎から、小さく少しだけ舌を出して頬を舐められた。
味見……ではないな。
恐る恐る、何かを理解して欲しいというような、そんな行為だと感じた。
くぅーん……と切ない声を上げる。
親愛の情とでも言えばいいのか、それも恐れながらも受け容れて欲しいという、痛切を感じる。
俺はそっとアルファの顔を引き寄せて、ゆっくりとさすってやる。
「……ああ、分かったよ。
はっきり言って、俺はお前の『お父さん』にはなれない。
でも、今まで通りにご主人様でいてやるくらいならできる……それで、いいか?」
くぅーん……と、今度は甘えるような声。
俺とアルファは頬を寄せあって、お互いの感情を言葉ではなく、動きで示しあうのだった。
俺はアルファの親ではないが、アルファは確かに『ウチの子』なのだった。