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断章、紙片

その子は何も知らなかった。

そこが実験場と呼ばれていることも、その男が教授と呼ばれていることも。

それを知るのはもう少し後のことで、また、知ったところでその子の何かが変わる訳ではなかった。


何故なら、教授は確かにその子の生みの親であり、実験場以外にその子の家と呼べる場所はなかったからだ。

教授は神への挑戦者だった。

その教授に生み出されたその子は神を葬るべく造られた。


人を造る。

教授の挑戦はそこが始まりだ。

世界は長く争いが続き、人は淘汰されつつあった。

教授の願いは、ただ人という種を残したい、それだけのはずであったが、いつからかソレは歪み、捻じ曲げられていってしまっていた。


いや、違う。いつからかは、はっきりしている。

神を名乗る青年、『彼』と出逢ってしまった時から変わってしまったのだった。


「おっさんが教授か〜?」


「君は?」


出逢いは唐突で、教授の人造りはモンスターに負けない強靭さと人同士で争わない精神性をどう同居させるのかという点でバランスを取るべく頭を悩ませているところに、ようやく光明が差すかというところだった。


教授がひとり、自室にて考えをまとめているところに、青年は唐突に現れる。

教授の自室に鍵は掛かっていないが、教授を知る者に教授が考えをまとめている時に入室するような愚か者はいないはずだった。

そもそも部外者が簡単に入れる場所でもない。

教授は必死に頭の中の光明を逃さないようにしながらも、出ていけとは言わなかった。

それは自身を実験台にして投与した精神薬の効果を実感するに足るものだった。


青年はそこにいるのに、扉が開いたようには思えなかった。

薄ら笑いを顔に浮かべ、教授を計るように見る青年の顔は特徴的なはずなのに、次の瞬間には忘れてしまうような顔をしていた。


「神のおなりだ。もっと敬えよ……」


特に不満という訳でもなく、おちょくるように青年は言う。

対する教授は青年が何者なのか計りかねていた。


「どこかで会ったかね?」


「いんや、最初の内は試行錯誤の連続で、魂の選別なんかもやってたから、もしかすると生まれる前に会ってるかもしれないけどな。

懐かしさを感じるとしても、今じゃ基本的に自動化されてっから、その懐かしさはただの残滓、錯覚ってやつだな」


言われてみれば確かに教授は、目の前の見知らぬはずの青年に何とも言えない郷愁というか、それこそ数代前の先祖を見たような親近感に近しいものを感じていた。

だが、言われてから自覚したこの感覚は、青年によると錯覚らしい。

そうか、と自分を納得させ、改めて青年を見る教授。

いつの間にか、青年は勝手に椅子を引っ張り出して座っていた。


「神とは疲れるものなのか?」


ふと、教授はそう聞いた。


「ああ、久しぶりの肉体はやっぱり、色々と重いな。

縛りが多くて、面倒だと感じるのはようやく俺もこの段階に慣れてきたってことなのかもな……」


自嘲気味にそう零す青年は神というより学校に飽きた学生のようにも見える。


「それで、わたしに何か?」


教授はそう問う。

この青年が何者かは知らないが、教授はこのまま禅問答のような質問を続けるつもりはない。

用件を聞き出し、場合によっては警備ゴーレムを呼ばなければならない。


青年はぱち、ぱち、とゆっくり拍手した。


「おめでとー、あんたはロマンを追う者として『ロマンサー』に選ばれました……えーと、なんだっけ?」


首を傾げる青年だが、教授もまた首を傾げたいところだ。

意味が分からない。

神を名乗る青年の意味が分からなければ、その青年が言う『ロマンサー』も意味が分からない。


「ロマンサー?」


そう問いただす教授に反応を示さず、青年はひとり自分勝手に頷く。


「……まあ、いいか。

そそ、ロマンサーな!俺たちから願いを叶えやすくするプレゼントってやつだ。

俺たちには俺たちの事情ってのがあってだな……あんたにはぜひその能力を花開かせてもらって、人類種の生き残りに貢献して貰いたいんだ。良かったな!」


人類種の生き残り、この青年はそう言うが、そのことに心を砕いているようには見えなかった。


教授は神の事情というのがあるのならば聞いてみたいと、少しだけ身を乗り出す。


かちゃり、と机に出した手首から音がする。

見知らぬ装飾品だ。

月、星、太陽が意匠されたチャームに鎖がついている。

ブレスレットなどの装飾品に教授は興味がない。

教授は困惑する。つけるはずのないブレスレットがいつの間にか自身の腕についている。


「あんた、望んだな……」


ぐにゃり、と教授の視界が歪む。

神を名乗る青年が笑っているのが見えた。

白い世界が教授の脳内に拡がっていく。

起きながらに寝ているような、白昼夢の世界。


「な…………に…………を…………」


何をした?そのひと言が出てこない。


「そいつは【試練の証】、【ロマンサーテスタメント】、言い方は何でもいいか。

あんたの望みを叶えやすくしてくれるものだよ。

まあ、少々の代償が必要だけどな……」


青年の口が動いているようには見えなかったが、確かに青年の声が脳内に響く。それと同時に、青年の身体は空気に溶け込むように薄らぎ消えていった。




あの時からどれほどの時が経っただろうか?

ふと、鏡を見て、真っ白になってしまった自分の髪に教授は時間の経過を感じていた。

はらりと落ちた前髪をかきあげる時、教授の腕にある【ロマンサーテスタメント】がちゃらりと鳴った。


人類種は未だ生き残っている。

強靭な生命力と旺盛な欲望でもって、生き残りの道を切り拓いてきたのだ。

時には、姿を変え、形を変え、教授の生み出してきた人類種を元にした生物兵器群は、その生き残りに一役かっていた。


何故、教授が目指したものが変質していったのか、それは謎とされている。

だが、その子にとってはそれすらもどうでもいいことだ。

『お父さん』の役に立つため、『勉強』もしっかりして、『運動』もぎりぎりまで頑張る。

『お父さん』の役に立てないまま『運動』で死んだ姉さんや妹たちはダメな子たちだった。

もう『お父さん』に褒めてもらえない。

でも、とその子は思う。


私は違う。

私は『お父さん』に褒めてもらうために、何でもする。


『勉強』は簡単だ。

『プリンター』というのを頭に載せると、知識が勝手に入ってくる。

姉さんや妹たちは、なんだか気持ち悪いと嫌がっていたが、その子は受け入れた。

頭の中に浮かぶ様々な知識、それを使うことで『運動』の最中、何度も命を拾うことができた。

そうすると『お父さん』は笑顔を見せて言うのだ。


「よくやったな!」


と。だから、その子は何でもする。

モンスターの遺伝子を注入され、全身が痛くなって、つるつるだった肌は剛毛に覆われた。

立っていられなくなって、四つん這いで動くことになって、ご飯を犬食いするしかなくなって、まともに言葉を使えなくなっても、『お父さん』が褒めてくれるなら……。




その子はいつしか、一匹の獣になっていた。

実験場には『お父さん』の子供は自分だけになった。

『運動』の相手は次々と供給される。


『お父さん』はどこだろう?


その子は変質していく実験場の壁を眺めながら、いつの間にかいなくなった『お父さん』を探していた。

十年、二十年……時間は分からない。

時刻を刻む道具はずっと昔に朽ちて土になったから。


「ア……!……ル!」


どこからか、声が聞こえる。誰かを求める声だ。


もしかして、お父さんが来たのかも?

その子は駆ける。

お父さん!褒めて!私、ずっと、ずーっと頑張ってたよ!


目の前に火球。

人間だけど、この人は『お父さん』?

もう随分と会ってないのだ。

『お父さん』って、どんな顔してたっけ?


ああ!ブレスレット!お父さんが大事にしてたやつ!あれだ!お父さん……!




はらり、紙片が落ちた。

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