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馬鹿かお前は!ヴェイル師匠!

俺たちの話し合いはそれほど長く続いた訳でもなかった。

母さんは『フツルー』の遺跡から削られた紋章を発見、どうにか復元して持ち帰った。

俺は俺で、母さんやセプテンが読み解けなかった魔導書の暗号を見つけて、読み解いた。

まあ、『提督』の存在が大きいけど、一応、そこは伏せる。

そして、新しい紋章が見つかった以上、やるべき事は決まっている。

それから、俺とじいちゃんが作り、セプテンたちの協力でここまで進めてきた、『飛行』への新しいアプローチ『魔導飛行機』の話をする。

そこまで話してしまえば、後は動くだけだ。


まずは骨の紋章、これは母さんが『フツルー』の遺跡で見つけてきた削られた魔法陣から入れるべき場所はすぐ判明する。

風の紋章を入れていた場所だった。


その状態で普通に『飛行』の紋章魔術を使ってみる。

すると恐ろしいことが判明する。

骨の紋章は、思念でまさしく「飛行」する機能を持っていた。

俺とじいちゃんが必死に考えた機能が骨の紋章ひとつで解決してしまう。

だが、使ってみた感想はかなり微妙というものだった。

行きたい方向を念ずるだけで、そちらへ進むのだが、その速度は歩きより遅い。

これなら魔導飛行機の『竜巻』魔術でぶっ飛んだ方が段違いに早い。

しかし、魔導飛行機に組み込むことで、微妙な方向の調整が可能になるということが分かった。

現状、魔導飛行機は前後左右斜め、上下の十方向に進路を取れるが少しだけ方向を調整できるのだ。

あるのとないのでは段違いの差だ。


「使える……これは使える!」


「確かに、体感でもかなり自由度が拡がったように思いますね!」


俺に続いて第二のパイロット、実験台とも言うが、そうなったセプテンが言う。


「よし、この紋章をもっと増やして、さらに自由度が拡がるか試してみよう!」


俺、セプテン、母さん、サンディとレイル派の錬金技士アルケミースミスが盛り上がっていると、サンディの代わりに家事を手伝ってくれているアステルが裏庭にやってくる。


「あの、セプテン様、お客様がお見えになってます……」


「ああ、ありがとうございます!今、参ります!」


「もしかして、また特使?」


俺が聞くと、アステルは一度、困ったような顔をしてから言う。


「……はい。特使様もですが……その、ご領主様もいらっしゃってます」


「ク、クイラス様が!?」


セプテンが驚いて、サンディと共に早足で館に向かった。


「何事だろうね?」


「ご視察だとお窺いしました……」


母さんの独白にアステルが答える。


「まだ、実験中だからセプテンが追い返してくれればいいのに……」


つい、俺はボヤいてしまう。


「まあ、大事なパトロンだからね。無碍にはできないだろ。

それじゃあ、今ある分だけでも見せる用意をしとくかね……」


領主の対応はセプテンとサンディに任せるとして、俺と母さんはアステルにも手伝ってもらいつつ、バラし始めた魔導飛行機をもう一度組み立てていく。


なんとか魔導飛行機を組み上げた頃、セプテンの案内で男たちがぞろぞろとやってくる。

一人は特使フィランティーで、軽鎧の護衛の兵士数名に囲まれているのが領主のクイラス・ソウルヘイだろう。

領主は三十代後半くらいだろうか?

見た目は貴族らしく洒落者で高そうなツルツル生地の緑の服に短いマントを羽織っている。

やっぱりカイゼル髭だ。流行ってるのか?


「すいません、坊ちゃん。ご領主様に魔導飛行機の説明をお願いしたいのですが?」


やってきたセプテンが俺に話を振ってくる。


「いきなりですまんな。専門的な話となると、どうもセプテンでは要領を得ん。

魔術と魔導、どちらにも広く見識があると言われるヴェイル殿に説明を頼みたいのだが?」


「随分と気さくなご領主様だな。

まぁいいや。それで何を聞きたい?」


「き、きき、貴様!クイラス様に対してなんたる態度!」


特使が声を挙げるが、領主はそれを片手で制した。


「よい。相手は大魔導士様の孫で稀代の錬金技士の息子だ。

礼を尽すべきは我の方かもしれん……。

失礼いたしましたな。ヴェイル殿」


「ああ、別に。

敬語は得意じゃないんだ。いいかな?」


「無論だとも。重要なのは内容であって言葉遣いではない」


「それで、何を聞きたいって?」


話してみると、領主はなかなかに話せるやつだった。

『土壁』の紋章魔導士でもあり、魔術への関心が高い。

だからこそ、セプテンに錬金館などという大仰な建物を任せたり、金に糸目をつけずに『飛行』魔導具の開発をさせたりするんだろう。


「だーかーらー!馬鹿かお前は!

お前が覚えてる土壁の魔術ってのは、土を動かす紋章、それを強化する紋章、穴を掘る紋章、壁の形にする紋章、土を固める紋章が陣という回路で繋がってるんだよ!

回路的にまだ五つ空きがあるの!

こことここ、ここ、ここ、ここな!」


俺は地面に木の枝で描いた崩した魔法陣を指し示しながら説明する。

魔導飛行機の説明のつもりだったが、どうも要領を得ないので、わかりやすく『土壁』魔術の説明から入ることにしたのだ。


「いや、まてまて、そもそも紋章に意味があるのか?」


「なんで、そんなことも知らねーんだよ!

じいちゃんがこれ、世に広めたのは俺が生まれる前だぞ!」


「違う、私はその……領主としての勉強が忙しく、師匠に魔術を習ったのは二十年以上前なのだ……」


「いや、それにしても世界的に有名な論文なんだから、一度くらい目を通したことあるだろ?」


「も、もちろん論文は読んだ。ただ、その……理論が複雑に過ぎてだな……」


「んな訳あるか!いいか、ゆっくり説明するぞ……」


領主との白熱の議論はまるまる五時間は続いただろうか。

魔導飛行機そっちのけで、魔術の基礎的な話が続いている。

魔術への関心は高いし、熱意もある。しかし、領主には知識がなかった。

これじゃあ、『塔』の魔術初心者講座だよ……。

そりゃ、セプテンの話が理解できない訳だ。

そもそも、基礎が入っていない。いきなり応用の話をしたところで、なんのことやら分からないのが道理だ。


俺はじいちゃんがここまでに纏めてきた魔術理論を最初から説明する。

ただ、この領主は頭が悪い訳ではない。

説明すれば理解はするんだよな。

今まではどうしていたのかを聞くと、分かったフリをしていたそうだ。


「皆、私の前では分かって当然という顔をする。

領主としては、そこで分からないとは言えんのだ……。

ヴェイル殿のように、馬鹿に対して馬鹿と言ってもらえると、安心するよ……無駄な虚勢を張っているのは疲れる……」


ああ、勉強したくとも環境がないという状態だった訳か。

しかも、立場上、教えを乞う訳にもいかず、虚勢を張り続けるしかなかったと。


「はっはっ!父さんを除けば、魔術理論はこの子が一番しっかりしてるからね!

私や父さんの弟子たちが感覚的に理解していることを、この子はちゃんと言葉にできる。

すごいだろ、私の息子は!」


いや、母さん……言い過ぎ……。

じいちゃんの弟子たちだってこれくらいは初歩の初歩だ。

母さんは感覚派だからな。

だが、俺が反論するいとまもなく、領主が目を輝かせて頷く。


「はい!ヴェイル殿……いや、ヴェイル師匠の言葉はこの馬鹿めにも分かるようにと慈愛に満ち溢れております!

かくなる上は、このまま錬金館に留まり、ぜひ魔術の深奥を私めに授けていただきたい!」


「いや、それ無理だから!

新しい紋章が見つかったからこそ、ある程度まとまるまではと残ったけど、それがなければ今日にでも帰るつもりだったから!」


「なっ!?それは困ります、師匠!

なんなら、新たに魔導館をお建てします!

それに個人教授の報酬としてこの領地の税収から月に三百万ジン、お支払いしたっていい!」


「なっ!?クイラス様!それは幾らなんでも払い過ぎです!月に五万ジンも払えば、 高名な魔導士の方が付きっきりで魔術を教えてくださいますよ!」


特使が悲鳴のように言う。だが、領主は全く取り合う気がないようだった。


「違う!今の世にこれだけ細かく、噛んで含めるような説明をしてくれる者などいないぞ!

そもそも、魔術理論など説明できる者は何人いるというのだ!

ただ、同じ図柄を身体に覚え込ませただけの魔導士がなんと多いことか……フィランティー、貴様には紋章の意味が分かるということの重要性が理解できんのか?」


「はっ?……お、恐れながら……何が重要なのでしょうか……?」


「貴様と言うやつは!あれだけ我が師が細かく説明してくれていたというのに、それすらも理解できんのか!」


「い、いえ!その聞いていなかったもので……」


「いや、師匠じゃねーから!」


という俺の反論は華麗にスルーされる。


「き、貴様というやつは……我が領地最大の事業となる『飛行』魔術特使でありながら、肝心の師匠のお言葉を聞いていなかっただとぅ!」


「だから、師匠じゃねーからっ!」


「ひっ捕らえろ!この愚か者を捕らえて、牢にぶち込んでおけ!

……申し訳ございません、師匠!」


領主が頭を下げる。


「師匠じゃねえっ!あと、俺にはやることがある。どれだけ金を積まれても、ここに留まるなんてできないからなっ!」


「そ、そんな……で、では、あと一週間!一週間でできるだけ教えていただくというのは?」


なんだか領主から鬼気迫るものを感じる……。

セプテンは元より、母さんも口を出しあぐねている。

こりゃ、『ソウルヘイ』に残ってもセプテンの手助けはできそうにないし、帰った方がいいな。


「悪いけど……」


「では、あと三日!三日の間だけ、教えていただけませんか!

もう知った風な顔で魔術を語るのは嫌なのです!何卒!何卒……」


土下座だった。

領地持ちの貴族が、じいちゃんは一代限りの名誉貴族とはいえ、その孫は貴族でもなんでもないただの平民である俺に、土下座をする。

普通ならありえないことだ。

領主にとって、魔術理論というのは知恵の果実ってやつだったのかもしれない。

知らなければ、齧らなければそのままでいられたのに、知ってしまったが故にそのままではいられない。

アルを生き返らせる方法があるかもしれない、そんな不確かな情報を元に『サルガタナス』に縋る俺と少し似ているのかもな……。


「三日だな……」


「師匠……」


領主が顔を上げる。


「その師匠ってのはやめてくれ……ヴェイルでいい」


「は、はい!ヴェイル様!」


「様付けもいらない。三日の間だけ、詰め込めるだけ詰め込む。三日したら帰るからな!」


「はっ!ありがとうございます!

教授料は……」


「いらない。その代わり、領主としてのあんたの時間をくれ!」


「クイラスと、どうかクイラスとお呼び下さい……」


「分かった。じゃあ、クイラス、短い間だけど、よろしく頼む……」


「はい、ヴェイル師匠……」


あ、これ言っても師匠が取れないやつか……。

変な弟子ができちゃったなぁ……。


「さて、じゃあ、さっそく続きからな!」


「はい!あ、少しだけお待ちを!」


言ってからクイラスはフィランティーを拘束する兵士とは別の兵士に、指示を出す。

明日から三日間、領主としての仕事は全部止めること、必要なら家令に指示を仰ぐこと、それだけ言うと一人を残して、他は全員帰らせてしまう。


「お待たせしました。申し訳ありません」


「え、あれでいいの?」


「まあ、なんとかなると思います。今は一刻でも師匠との時間が惜しいので!」


いや、本当にいいのかよ、とは思うが、俺の本読み禁断症状と似ていると思ったので、そのまま深夜まで魔術談義を続ける。


「……つまり、魔術ってのはモンスターの使う魔法の模倣が元になっているのが大半を占める訳だ」


「……」


「聞いてるか、クイラス!」


「!?……ひゃ、ひゃい!」


クイラスは錬金館へ泊まり込みで俺の講義を受けるが、さすがにそろそろ限界か。


「よし、今日はこのくらいにしとこう……」


「ふ、ふいません……」


「いや、正直、俺も眠い。寝た方が記憶に定着するらしいしな。

続きは明日にしよう」


クイラスのことは護衛の兵士に任せて、俺は割り当てられている自分の部屋へと引っ込む。

さすがに疲れてるな、俺も。

だが、ベッドに入るとアルが話し掛けてくる。


「いや〜、なんか凄い領主様だね!」


「ん……?ああ、ちょっと気持ちが分かるだけに、ほっとけなくてな……早くアルに体を用意してやりたいんだけど、ごめんな……」


「うん、大丈夫、大丈夫!そりゃ、早く自分の体に触れられるようになりたいとは、思うんだけどさ……その……進化だっけ?

ちょっとだけ、怖かったりもするし……」


そうか、アルは意識が戻ったら今のファントムな訳で、アルファのように進化に進化を重ねてって訳じゃないもんな。


「なんだ、俺のこと疑ってるのか?」


「ううん、そういうことじゃなくてさ……」


「なんてな。

大丈夫だよ。アルの不安も分かってるつもりだ。

任せとけって!」


「う、うん!ごめんね、眠いだろうに……」


「いや、大丈夫だ。なんなら久しぶりに朝まで話でもするか?」


「ううん。大丈夫!アルファちゃんと稽古の約束してるし……」


「お、おう……サンディは消えてても見えるんだから、驚かさないようにな……」


「分かってるってば!」


あ、ヤバい。さすがに俺も限界っぽい。

でも、これだけは言っとかなくちゃな。


「……んじゃ、おやすみ」


「うん、おやすみ……」


こうして俺の意識は眠りに閉ざされるのだった。


「……たまにね。ベルのこと引き裂きたくなる……愛おしくて、大好きで、殺したい……ねえ、ベル……私、変なのかな……?」


夢は見ないと思ったが、その日はアルの夢を見た。

生き返ったアルと一緒に冒険者をやっている夢だ。

うろちょろするアルが物珍しそうにダンジョンを見て回る。

俺はそれに引っ張られて、なんだか綺麗な洞窟に行く。

俺たちは顔を見合わせる。


「ねえ、ベル!来て良かったでしょ!」


「おお、『虹の回廊』にそっくりだな!」


「また、本の話?」


「そうそう。虹の回廊ってさ、実は大蛇の腹の中なんだよ!面白いだろ!」


「ちょっとー、そういう話、ここでしないでよ!」


「はははっ!悪い、悪い……」


アルが膨れて、俺は笑う。

いつも通りで、幸せな夢だった。


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