聞かないの?売りたいの!
街まで三時間。
それからこの前、土を頂いた墓地に来た。
墓守と目が合うが、墓守は家族を悼むような顔で頭を下げた。
まあ、大丈夫だとは思っていたが、俺が土を奪って目潰しを食らわせた張本人だとはバレていないようだった。
アルの葬儀は簡単なものだ。
この辺りで一番信仰されている大地教の神官がアルを大地に還す歌を歌う中、モニカさんが冒険者に譲って貰ったアルの剣が棺に収められる。
それから季節の花を用意して、親族、友人、知人なんかがその花を入れる。
そして、墓場に棺を収めて、土を被せる。
最後に花の種を全員で蒔いて、葬儀が終わる。
後で墓守が墓石を置くそうだ。
その後、全員でアルの家。宿屋兼食堂『バイエル&リート』で食事会になる。
バイエルさんはアルのお父さんだ。
「おう、ベル坊!元気ねえな!」
家のダメ親父に代わって、俺に説教してくれる厳しいけど優しい人だ。
俺に普通のことを教えてくれる貴重な人でもある。
「お前がしっかりしないと、アルが大地の下で安心して眠れねえだろが。
……ほら、食え。好きだろ芋とグランブルの煮込み」
「うん……」
芋のホクホク感とグランブルという体毛が青い牛型モンスターの肉の旨みが俺の口の中で溶けるように合わさる。
俺がもくもくと食べていると、バイエルさんは俺の頭をわしゃわしゃとこねくり回すように撫でる。
「そうそう、男はアホなくらい元気な方がいい……あんまり寝てねえだろ?なんなら、家で寝ていくか?」
バイエルさんはニコニコと笑う。
「……この後、ちょっと用事があるから、今日は帰る」
「おう……そうか……まあ、そういうことなら仕方ねえやな!」
用事があるのは本当だが、俺は言ってしまってから、はたと気がついた。
なんて、心無い対応してるんだ、俺。
俺はアルを生き返らせるから、アルの葬儀はある種の通過儀礼、穏便に済ませるイベントとしか思っていない。
でも、バイエルさんにしてみれば娘を悼むための時間だ。
現時点でバイエルさん一家はアルが死んだと思っている。
いや、死んだけれど、生き返るとは思っていない。
なのに、バイエルさんが悲しそうな顔を見せたのは、俺が今日は帰ると言った、その瞬間だけだった。
それはバイエルさんがいかに俺のことを心配してくれているかを物語っている。
それに……。
俺は思いきって聞いてみる。
「……ねえ、なんでアルの死んだ時のこと、俺に聞かないの?」
バイエルさんはそう言った瞬間、難しい顔をした。
「そうさな……聞きたい半分、聞きたくない半分ってとこだしな……。
アルが冒険者に……いや『ロマンサー』に憧れてたのは昔からだ。
どっちにしろ命の危険があるのは、俺にだって分かる。
家は冒険者相手の宿だしな。
……なって欲しくはなかったが、アルの夢を否定したくはなかった。
あいつはお前と冒険に行きたいといつも言っていた。
だから、ベル坊と冒険に行くって息巻いていた時は、本当に幸せそうだった。
だからかな、あいつが早々と大地に呼ばれちまったのは……。
それでも、ベル坊だけでも帰って来てくれたのは、俺達家族にとって唯一の嬉しい出来事だ。
そんなお前が、アルの最後を覚えていてくれる。
それで、俺達家族にとっては充分だ。充分なんだよ……」
話し終わってからバイエルさんは、また俺の頭をわしゃわしゃやって、少しだけ笑った。
ああ、そうか……と、俺は納得する。
もしかしたら、バイエルさんたちは何となく察しが付いているのかもしれない。
俺を助けるためにアルが死んだ。
それを知っていて、俺が気負わないように、敢えて最後を聞かないのかもしれない。
後は、俺から話を聞いてしまうことで、アルの死が確定してしまうのを避けようとしているのかもしれない。
俺がアルの死を受け入れられず足掻くのと違って、バイエルさんたちは、受け入れたくないけど納得しようとしている。
それが強さなのかもしれないと俺は思った。
「また、いつでも飯を食いに来い。
それで、たまにアルのこと、思い出してやってくれ。
ベル坊、お前も俺達の家族なんだからな!」
帰り際、バイエルさんがそんなことを言った。
リートさんもモニカさんも、大きく頷いてくれて、口々に優しい言葉を掛けて来る。
「はい、また来ます!いつか……ちゃんとアルのこと話したいから……」
その言葉に、一瞬だけ胸が詰まるような顔を浮かべたバイエルさんだったが、またすぐに笑顔で俺を送り出してくれた。
俺はアルを生き返らせる。
そして、アルと一緒にここに来て、アルのことを話す。
そう、決意を新たにしたのだった。
『バイエル&リート』を出てから、俺は母さんの弟子の一人、ここテイサイートで工房を開くオクトを訪ねる。
もうひとつの用事というやつだ。
オクトは母さんの弟子で、俺が小さい時は一緒に住んでいた時期もある。
歳は三十五になるんだったかな?
母さんの弟子の中では一番、錬金技士としての才能がない。
でも、商才はある。
だから、母さんが作った魔導具を卸して貰って、それを売ることで商会を開いた、結構すごくて変なやつだ。
なので、俺の『芋ん章魔術』を売るに当たって、知恵を貸して貰おうと思っている。
店構えも立派なものだ。
このテイサイートの街でも五本の指に入るくらいの大きな魔導具屋を経営している。
俺は、店に入ると店員らしき人を掴まえてオクトに会えないか聞くことにした。
「あ、店員さん!」
「はいはい!なんでございましょうか?」
「あれ?オクトじゃん……」
俺が呼び掛けた店員、せかせかと商品にはたきを掛けたりしていたから、店員だと思って声を掛けたら、この店のオーナーのオクトその人だった。
オクトは分厚い丸メガネにハチマキ、法被を着て、ヒョロ長い身体をこちらに向ける。
「んん?このぷよっと感……師匠の坊ちゃんじゃないですか!」
オクトはいきなり俺の頬を摘むと、マジマジと俺を見て驚く。
「いや、オクトってこの店のオーナーでしょ?なんで店員なんかやってんの!?」
「はっはっはっ!お客様のニーズを掴むには、直接お客様と接することが大事なのですよ!」
言いながらオクトが俺の頬をムニムニと掴んで離さない。
「いや、それ、俺のほっぺただから……」
「おっと失礼!相変わらずいいニーズをしておられるもので!」
「ニーズじゃねえし……」
「してして、師匠の坊ちゃんが本も読まずに、こちらにおられるのはどうした訳で?」
「うん。実は相談に乗って貰いたくてさ……」
「おやおや、まあまあ、珍しい!
もちろん、師匠の坊ちゃんの相談とあらば、いくらでも乗りましょう!
ここじゃなんですから、ささ、こちらへ……」
俺はオクトの導くままに、店の応接室に連れていかれる。
ちょこまか動き回って、俺と自分の分のお茶を用意するとオクトはようやく椅子に座った。
「さてさて、このオクトへの相談というのはどのようなことで?」
「うん、とりあえず、これを見て欲しい……」
言って俺が取り出したのは『芋ん章魔術』だ。
「ほうほう……これは?」
「俺が作った芋判紋章魔術。略して芋ん章魔術だ」
そして、俺はその仕組みなどを説明する。
「あのあの、師匠の坊ちゃん?」
「何?」
「こ、こんな革新的な物、あまり簡単に仕組みなど説明するべきではないですよ?」
「そうなの?」
「いやいや、師匠の坊ちゃんのことですから、このオクトを信用してのことだと思いますが、これがあれば世の魔導具使いたちの地位が激変します!」
魔導具使い。冒険者の中でも、魔導具で戦うタイプの冒険者だ。魔石を大量消費することから、魔石使いとも呼ばれる。
紋章魔術や詠唱魔術を使う魔導士は一般的な戦闘には向かないため、代わりに台頭して来たのが魔導具使いということになる。
例えば、アルに渡した今は棺に収められてしまった剣。
あれは剣の柄に多重構造の紋章魔術が埋め込まれ、連動して動くようになっている。
一番下に劫炎柱の紋章魔術、その上には連動させると威力を上昇させる紋章魔術が錬金化して描かれている。
代償は魔宝石を鍔の飾りに嵌め込むことで使えるようになる。
約十分間、巨大な劫炎の刃を生み出すものだ。
はっきり言って、ドラゴンでも斬れる。
ただし、一度使えば刃部分は溶けてしまうので、使い捨てにするしかない。
だから奥の手ということになる。
魔導具使いは基本的には普通の戦士と変わらない。
普段は普通に戦い、いざという時に魔導具を使う。
だが、そうとうな金食い虫だ。
しかし、保険があるのとないのは大違いだ。
皆、魔導具使いになりたいが、なれないというのが現実なのだ。
アルは俺の母さんという、安く魔石を手に入れる伝手があったからこそ、初心者なのに魔導具使いという特別な位置にいたのだ。
「それでそれでですよ、もしかしてこれを売りたいというお話でしょうか?」
興奮しているのか、オクトが早口に言う。
「まあ、そうなんだけど、芋判作るにはかなりの正確性が必要だから、量産はできないんだ……」
「あ、あ、確かに……そもそも判子部分はただでさえ滲んで正答率が下がります。作れるとしたら、師匠か師匠の坊ちゃん、後は兄弟子たちくらいでしょうか……一般の錬金技士ではたぶん……」
「だよね……」
俺も頷く。普通の錬金技士はひとつの作品に一年くらい掛ける。簡単な水を生み出すとか、光の球を作る紋章魔術でもひと月に一個とかそれぐらいかかる。
理由は縮尺だ。
魔導士は自分の覚えた紋章魔術は同じ大きさでしか書けない人が多い。なにしろ識字率が低いので、計算できる人が少ない。だから、紋章魔術も身体で覚えるという人が多い。
そして、紋章魔術は戦争用の兵器という扱いなので基本デカい。
それを錬金技士は小さく立体化するのだ。見様見真似でやると必然的に正答率が下がる。でも、正答率は高くなければいけないと言われているので、余計に時間が掛かるのだ。
母さんの弟子たちは、最初に数学を徹底的に叩き込まれるので縮尺を理解している。
だから、正答率が高く、仕事も早い。
「それで、何かいいアイデアがないかと思って来たんだ」
「ふむふむ……アイデアですか……」
オクトは難しい顔で言うのだった。