先輩として教えてやるよ!融合!
「お……おお……」
「だ、誰っ!」
「音がバラバラすぎる……」
つい金属を叩く音につられてサンディが自主練習する金属加工室まで来てしまったが、近づくにつれサンディの出す音が気になって、つい声を挙げてしまった。
「なんだ……お坊ちゃまか……」
サンディは俺の姿を認めると、途端、興味をなくしたように銅板へと向き直る。
コンッ……コンコーン……ココンッ……。
「だから、音がバラバラすぎる!
叩く力が一定じゃないから、音の強弱が出るんだよ!
それからリズム!自分の身体から出る力が一定になるまで、百万回叩け!」
「はあっ!?何を仰っておられるのか分かりませんが、邪魔しないで下さいませんかっ?」
サンディの言葉は多分に毒が含まれている。
やっぱり親の七光りをひけらかす嫌なやつとでも見られているんだろうな……。
「言っている意味が分からないのか?」
「……別に、意味くらい分かります」
「じゃあ、俺が嫌いだから素直になれないんだな」
「別に嫌いだなんて言ってないじゃないですか?」
「ふーん……じゃあ、レイル派の先輩として少し教えてやるよ」
俺は近くにあった道具を使って、いきなり銅板を叩き始める。
作るのは異門召魔術でお馴染み『炎』の魔法陣だ。
普段は版画ばかりだが、俺は金属加工の方が得意だったりする。
「いいか、同じ力で叩けば金属は同じだけ延びる……そうなると叩く回数が決まる……叩く回数が決まればリズムが生まれる……良い魔導具は同じ厚みで作られた魔導具だ……正答率も上がる……」
俺は軽快に同じリズムで銅板を叩く。
セプテンの錬金館にある銅板は質がいい。不純物が多い銅板だと結果的に叩く回数は変わってしまうが、これならほとんど誤差なく作れそうだ。
ある程度、形が整ってきたらサンディに見せてやる。
「ほれ……」
「…………。」
「『炎』の魔法陣は分かるな?」
サンディは俺が叩いた銅板をじっくり眺めながら頷いた。
「そこから叩いてみろ……」
俺は命じる。こういう場合、上から命令するくらいが丁度いい。教える側が自信を持っていないと教わる側の不信感に繋がる。
『塔』の私塾で読み書き計算を子供たちに教える時に学んだことだ。
サンディは最初から俺に不信感があるが、現物を見せてやれば早い。
恐る恐る、俺が渡した作りかけの銅板を叩き始める。
コンコン……コンコン……コンッ……。
「音を聞け。ただ形に向かうだけじゃ足りない。同じ力で叩くことを意識しろ。神経を研ぎ澄ませ……」
コンッ……コンッ……ココンッ……。
「焦らなくていい。最初から完璧なんて求めてない。まずは叩き方を身につけろ……」
耳を澄ますとサンディの焦りやもどかしさが叩く音から伝わってくる。
そういった音を頼りに、横から言葉を染み込ませていく。
ちょっと懐かしい。母さんから同じように教わった。
そうしてどれくらいの時が経っただろう?
錬金館の中にも暗い陰が押し入ってきた。
サンディは休むことなく叩き続けている。
俺もそれを見つめながら、言葉をかけ続ける。
「セプテンは叩き続けてたぞ。『塔』の弟子になったのは三十代半ばの頃だったそうだ。
すでに錬金技士として暮らしていけるだけの収入はあったのに、母さんの技に惚れたと言って押し掛け弟子として家に来たんだ。
母さんはまだ二十歳そこそこの頃で、自分より若い相手に弟子入りしたんだ。
俺が物心付く頃には、泣きながら銅板を叩いていた。
大の大人が自分の技の稚拙さを恥じて泣きながら叩いていた。
昼も夜もなく、三日三晩ずっと叩いていたんだ。
音が違う、音が違うってな。
ようやく音が止んだ時、そこにあったのは正答率十割、完璧な魔導具だった。
それは今でも家の水を支えてる……。
今、それをサンディに求めている訳じゃない。
そうして、サンディの師匠が求めた矜持を、サンディにも知ってもらいたいんだ。
自分のプライドをかなぐり捨てて、新たな矜持をセプテンは求めた。
サンディはセプテンを師匠に選んだ。
サンディは何を求めるんだ?」
コンコン……コンコン……コンコン……。
段々と音が整って来る。
たぶん、俺の声はもう聞こえていないかもしれない。
いや、これがサンディの答えなのかもな。
無言の時間。
ただ銅板を叩いて、ひとつの形を求める時間。
ふっと部屋に明かりが灯る。
「ああ、坊ちゃん、こちらでしたか……」
「しっ……」
セプテンが部屋に来ていた。
俺は指を口元に立てて、サンディの集中を乱さないようにしてもらう。
セプテンはゆっくり肯いて、サンディの手元を見る。それから、音を聞いていた。
暫くして、サンディが叩くのを止めた。
そのまま、銅板を俺に見せてくる。
俺はそのまま、銅板をセプテンへと渡す。
「八割二分……」
「し、師匠……」
なんだ、集中し過ぎてセプテンの来訪に気づいていなかったらしい。
「これなら、発動するな……」
「え?」
「良い音だった……」
「で、でも途中までぼ、坊ちゃんが叩いてくれたから……」
「なら次は一人で叩いてごらん。
きっと今なら、一人でも叩けるはずだよ……」
セプテンの言葉は優しい。俺が厳しくした分、余計に優しく感じるかもしれないが、元々セプテンは自分に厳しく、他人に優しいタイプだ。
サンディは才能があるが、まだ子供だ。
優しさに甘えてしまう部分があるのだろう。
今回はたまたまだろうが、それが上手くサンディのやる気を引き出しているような気がする。
「それでセプテン。俺を探していたようだけど?」
「ええ、食事の用意ができましたので……」
「あっ!」
サンディが急に大きな声を出したかと思うと慌て出した。
「あ、あの、師匠……その……」
「ああ、いいんだ。ずっと叩いている音は聞こえていたから、集中しているんだろうと、わざと声を掛けなかったからね……」
ああ、普段はサンディが食事の用意をしているのだったか。
「それと……私は坊ちゃんから発想の転換の重要性を教わったところだ。
たまに食事の用意をするのも、気持ちのリセットには丁度よかったよ。
……ははっ、師弟揃って坊ちゃんから教えを受けるとはね。
『塔』に足を向けて寝られない理由が増えてしまったな……」
「別に俺が伝えたのはじいちゃん、母さんの受け売りだし、そんな大したことじゃないよ」
「また、坊ちゃんはそういうご謙遜を……。
ああ、そうだ!
サンディ、食事の後に魔導飛行機の魔法陣を見ておくといい。
坊ちゃんの腕前が分かるよ!」
「はい!」
いや、やめろよ……急拵えの魔導具だから……とは思うものの、他人の作品を見ておくのも大事な修行なので、やめろとは言えない。
「まあ、確かに腕前は分かるけどな……期待はしないでくれよ……」
そう言ってハードルを下げるのが、俺の精一杯だった。
俺たちが食堂に出向いた時には、もうアステルは席に着いていた。
「おかえり。帰ってたのか」
「はい。一度、ベルさんを探したのですがお部屋にいらっしゃらなかったので、先に休ませていただいてました」
「ああ、なら良かった。
それで、買い付けはどうだった?」
「ええ、日によって掘り出される岩塩の大きさが違うようで、大きく珍しい物になると、セリが開催されるようですね……」
「珍しい物?」
「山奥から掘り出された物は属性を帯びている物や栄養価の高い物、味の違い、香りの違いなどもあるようで、正直、どれがいいのか分からなくて……」
とりあえず俺が求めているのは大きな一塊の岩塩だ。
味や香りはあまり関係ないとは思うが、属性を帯びている岩塩となると、効果の出やすい出にくいというのはあるかもしれない。
どうせもう数日は滞在することになりそうだし、なるべく色々と買ってみてもらうのがいいかもしれない。
使う岩塩に関しては、『サルガタナス』の情報が少ないのもあって、明確にコレがいいというのがない。
それなら、アルやアルファに選んでもらうのも手かもしれないな。
俺はアステルになるべく色々な種類を調達して欲しいと伝える。
「おや、岩塩ですか?
坊ちゃんは商人でもやられるおつもりですか?」
「ああ、まあ商人というか……」
話を聞いていたセプテンがそんな聞いてくるので、少々答えに窮してしまう。
あ、そうしておこう。
「いや、オクトに頼まれてるんだよ!」
困った時のオクト頼みだ。
「はぁ……あいつめ、坊ちゃんを利用しようだなんて、なんて奴だ!」
セプテンは呆れ半分、怒り半分という感じで言う。
「いやいや、オクトには世話になってるからな。
ついでだよ、ついで……」
必死にフォローを入れる。
「そういえば……異門召魔術、でしたか?」
「ああ、これ?」
普段から腰に着けている『光』の魔術符を抜いて見せてやる。
「これは……足りてませんね……」
「ああ、完成形のままだと保存ができないからな」
「あの、これは坊ちゃんが昔やっていらした……」
「まあ、そうだな。内緒にしといてくれよ……」
さすがにセプテンはひと目見ただけで、どういう類いの物か理解できているらしい。
「つまり、魔導具と紋章魔術の融合ということですか……ううむ……これも、発想の転換というやつですね……」
「師匠、分かるんですか?」
「ああ、昔から坊ちゃんにとってコレはおもちゃみたいなものだったからね……」
「おもちゃ?」
「そうそう。坊ちゃんが始めて彫刻刀を握ったのが、三歳」
「三歳!?」
「すぐにこの異門召魔術の原形を思いついてたかな……」
「そんな小さい頃から……」
「そう、これこそ坊ちゃん流の発想の転換の原点ってやつだったんだろうね……あっ!」
「どうかしたんですか、師匠?」
「……そうか、融合か!
坊ちゃん、こういうのは可能でしょうか?」
どうやら、セプテンはブレーキ案を思いついたらしい。
そこからセプテンが語ったのは、前面に後部と同じような『竜巻』魔導具を取り付けるという話だ。
進もうとする力と同じだけの力で逆進を掛ければ、止まるというものだ。
だが、問題はどうやって進もうとする力と同じだけの逆進力を生み出すのかということだ。
基本的に紋章魔術の威力は、魔法陣の大きさと流すオド量で決まる。
一度、魔導具として作ってしまった魔法陣では大きさが変えられず、オド量も状況に応じて使う魔石の大きさを変えるというのは相当に難しい。
例えば、サンディの持つ『翡翠の瞳』ならば適切なオド量を見極めることもできるだろうが、そうなるとサンディしか適切なブレーキを掛けることはできないということになってしまう。
そこでセプテンが思いついたのが、俺が作った噴射口を可変式にして取り付けるというものだ。
噴射口が小さければ威力は大きく、大きければ威力は小さくなる。
つまり、魔導飛行機をピタリと止めるのではなく、徐々に減速して止めるという方法論だ。
確かに、一番現実的な気がする。
「よし、それでやってみよう!」
俺とセプテンは食事もそこそこに、さっそく金属加工室に行く。
一度、決まってしまえば動きは早い。
アステルには明日に備えて休んでもらって、二人で可変式噴射口を作り上げていく。
「し、師匠!何かお手伝いできることは……」
サンディは俺たちが口頭での説明で動き始めてしまったので、オロオロと様子を見守っている。
『塔』でやってる時は、阿吽の呼吸というのか、そこら辺の動き方は全員が心得ていたので、大掛かりな魔導具を作る時なんかは勝手に連携して動いていた。
「サンディ、悪いが俺の代わりにコレを持っていてやってくれ!セプテン、水魔導具用のパイプあるよな?」
セプテンと二人、噴射口になる板を叩いていたが、俺はセプテンが叩く板を補助していただけだ。
お互いにバラバラで動けるなら、その方が早い。
セプテンの補助はサンディに任せてしまおう。
「はい、右の二つ目の棚です!
サンディ、もう少し立てて……ああ、それくらいで……」
こうして俺たちは徹夜でブレーキをでっち上げたのだった。