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鬼畜な雇い主!翡翠の瞳!

初日、怪我とか体力とか、アステルのおかげですっかり治ってしまい何ともなかった俺は、それでも休んでくれと懇願するセプテンの言葉に甘えて、惰眠を貪った。

ああ、久々に何にもしないで寝たな。

俺としたことが本すら読まないで寝てしまうとは……。

疲れが溜まってたのかな。

でも、翌朝にはすっかりスッキリ!

サンディが起こしに来るまでぐっすりだった。


「ヴェイル様、朝食のご用意ができております。

ご気分はいかがですか?」


「うあ?ん……あ、はい!悪い、悪い……今、起きます!」


目を開けると、ジッとサンディが俺を見下ろしていた。

え、なんか怖いぞ……。


「昨日の冒険者の方たちの姿が見えないんですが……何か知ってますか?」


「え?」


「アステルさんはお部屋に居られましたが、他のお二人が……」


「え?あ……あ〜なんだろ?久しぶりの街だから、飲みにでも行ったんじゃ?」


どういうことだ?と思いながらも咄嗟に適当に誤魔化す。

アルとアルファだよな?

サンディはどうやらアルとアルファが見えているようなので、そんなものいない、と言い張るのもおかしいし……。

そう考えていると、手痛いしっぺ返しを食らう。


「黒髪の方は分かるのですが、赤毛のお若い方もですか?」


「あ……」


アルはまあ成人している……死んでるけど霊体は俺の知るアルのままなので成人していてもおかしくないくらいの見た目だけど、アルファは見た目年齢がサンディと同じくらいだ。

さすがに飲みに行ったと言うのは無理があるか。


「ああ!思い出した!仕事を頼んだんだ!寝る前に……だから、問題ないから心配しなくていい……」


「朝まで戻らないような仕事を、いくら冒険者とはいえ、あんな若い女性たちに頼んだんですか?

さすが、お坊ちゃま育ちだと鬼畜なことなさりますね!」


おお……正論……というか、結構な毒吐くなこの娘……。

俺、嫌われてるっぽい。

なんかしたっけ?

挨拶は……アルとアルファにはさせなかった。いや、無理だよ。まだファントムだぞ。

俺は……偉そうにしていたかもしれないな……だってここまで難航している『飛行』魔術の解決策になるかもしれないアイデアを持ってきたんだから、ドヤ顔くらいするよな?

いや、俺のドヤ顔が他人を不快にさせるのは知ってる。

それで、アルにデコピン何発も食らってるしな……。

馬の世話……いや、馬の世話はセプテンが命じたから、俺じゃないよな?

うーん……彼女の立場になって考えてみよう。

自分の師匠の師匠の息子、言わば大師匠の息子を名乗るデブが師匠にタメ口きいてて、偉そうにやってくる。

しかも、その息子は大師匠から錬金技士としての認可もまだ貰っていない。

心境としては結構、どう扱っていいのか複雑かもしれない。

そんな息子は来て早々、実験と称して死にかける。

護衛だかお付きだかの神官によって一命を取り留めるが、訳が分からぬままに寝込んでしまう。

ただでさえ毎日、師匠は頭を悩ませ……あ、俺が来る直前にお役人っぽいのが来て催促してたな……それをハラハラしながら見守っていた弟子。

そんな時に大師匠の息子が厄介事の種としてやってきた。

しかも、軽く嘘つき認定されてるっぽいし……。

うん、最悪だな。そりゃ嫌われるわ。


「あー……なんかサンディとしては複雑な心持ちだよな……」


「は?」


「いや、なんか申し訳ない……」


「な、なんなんですか?……いいから顔を洗って、身支度を整えて、食堂に来て下さい!もう師匠がお待ちですから!」


そう言って水場と食堂の位置を説明するとサンディは出ていった。

もぞもぞとベッドから起き出す。


「あの娘、なんか難しそうね……」


「だいぶ、ご主人様のことを誤解しているような口ぶりでしたね……」


「うおっ!?居たのかよ!」


アルとアルファがどこからともなく声を掛けてくる。


「うん。見つかると厄介そうだから隠れてた!」


「隣の部屋が空き部屋だったので、そこに……」


「ああ、まあアルにしては賢明な判断かもな……」


「その……ごめんね。

結果的にベルが鬼畜な雇い主みたいなことになってるけど……」


「ん?ああ、これ以上めんどくさい形になるくらいなら、鬼畜で充分。なんとなくサンディに嫌われる理由もある気がするし……」


「あの年頃の女の子って複雑だからね……」


「まあ、そういうところだろ……分かってしまえば大して気にならんし……それで、アルとアルファには悪いけど、鬼畜な雇い主的にはこの館にいる間は、鬼畜な仕事に就いててもらうしかないな……」


「仕事?何?」


「鬼畜だけに、隠れ鬼……」


「ご主人様、ご自分で言って照れないで下さい……」


「す、すまぬ……」


とにかく、サンディのいる前では霊体として消えていても見えてしまう。

物理的に隠れてもらうしかない。


「それはいいけど、ベルの立場がますます辛くならない?」


「いや、セプテンがいるから大丈夫だろ。サンディに罵倒されるくらい、気にならないから大丈夫だ!」


「うーん……それならいいけど……でも、隠れ鬼ね……」


「スニークミッションでもいいぞ!」


「くっ……ちょっと面白そう……」


アル、そういうの好きだもんな。ちょっと声が興奮している。

あまり、長々とセプテンを待たせるのも悪い。

じゃあ、よろしくスネーク!と隠密冒険活劇本の主人公名を出しておく。かなり古い本だがアルのお気に入りの数少ない中の一冊である。

もう『塔』か『学院』くらいにしか現存してないだろうな……面白いのに。


俺は言われた通りに顔を洗って、食堂に顔を出す。

セプテンはアステルと談笑しているようだった。


「……まあ坊ちゃんは昔から逸話に事欠かない子でしたよ」


「そんなことが……あ、ベルさん!おはようございます!」


「おはよう、アステル。もう身体は大丈夫なのか?」


「はい。しっかり休ませていただきましたから。

ベルさんは?」


「うん、お陰様で痛いところがどこにもない。

アステルが居てくれて、良かったよ!」


「おはようございます、坊ちゃん!

あの、アレ、すごいですね!」


俺は席に着きながらセプテンの言葉を聞く。

既に席には朝食が用意されているが、サンディの姿はない。


「ああ、色々やらかして、まともに説明できなかったけど、じいちゃんからの手紙、読んだか?」


「はい。詳しい説明は坊ちゃんから聞くようにと……」


ええー!まさかのじいちゃん、俺に丸投げだった……。

まあ、確かに手紙の内容は推察してただけだから、実際のところは知らないけど、セプテン用の手紙を見せて「こちらはトップシークレットじゃ!よろしく頼むぞ!」って言ってたじゃん!

俺も分かったような顔して、ニヤリとか笑って、受け取ったのに、中身、丸投げかよ……。

あっ!そういうことか……俺が勝手に推察するだろうと予測して、トップシークレットなんて言ったのか……そう言っておけば、俺は中身を見ないだろうって……嵌められた!ちくせう……。


俺が落ち込んでいると、サンディが全員にホットミルクを持って入ってくる。


「おはようございます……できれば次はもう少し早く起きていただけると有難いです」


「お、おう、すまぬ……」


「スープが覚めてしまいましたね。温め直しますか?」


「いや、いいよ、サンディ。

ありがとう。早速、いただくとしよう」


セプテンがサンディを労って食事が始まる。

サンディは俺に話しかける時は随分と声を絞るから、セプテンはサンディの俺への物言いに気付かない。

まあ、『塔』で共同生活してた時なんか、みんな言いたい放題だったから、聞こえていても何も言わない可能性の方が高いけどな。


「……ところで、セプテンとアステルは何の話をしていたんだ?」


「え?えーと……」


「アレですよ、アレ!

『食堂内、謎の紋様化事件』です」


「ぶほっ!」


「ちょっと、パン飛ばさないで下さい!」


「す、すまぬ……」


なんかサンディに俺は謝りまくりだな……。

でも、仕方ないんだ。『食堂内、謎の紋様化事件』は俺の黒歴史。

まだ小さい頃、母さんに彫刻刀の扱いを教えてもらった俺は、嬉しくなって、いつも人で賑わう食堂を更に華やかに彩ってやろうと椅子やテーブルに覚えたばかりの魔法陣を彫りまくった。

正答率が低すぎて全て発動には至らなかったものの、夜通しやった結果、椅子も机も全てダメにした。

朝食を作ろうとやってきた、ヨレヨレのフェイブ兄、当時は総当たりの真っ最中で、じいちゃんの弟子組は全員、精神的に追い詰められていた、そんなフェイブ兄が食堂内でそれを見て、奇声を発してぶっ倒れるという事件が起きた。

当時のフェイブ兄が語るに……ついに現実に魔法陣が侵食してきて、自分が発狂したのかと思った、らしい。

これはフェイブ兄の本には書かれていない忌まわしき事件である。

俺的にもな……。


まあ、すぐに俺がやったとバレて、めっさ怒られた。

主にじいちゃんの弟子たちから。

それと、母さんの弟子からは、めっさ心配された。

正答率が低すぎるという理由で。

まあ、母さんにバレた瞬間、母さんの弟子たちの心配が当たった訳だけど。

それが切っ掛けで、正答率に拘るようになったので、悪いことばかりでもない。


でも、その話かよ……。


「ちょっと意外ですけど、可愛らしいエピソードですよね!」


アステルは楽しかったらしい。


「師匠、この後は何を?」


サンディがセプテンに聞く。


「あー、すまんがいつも通り、自主練習にさせてくれ……私は坊ちゃんから話を聞かなくてはならないから……」


「……はい」


申し訳なさそうなセプテンに、あまり抑揚なく答えるサンディ。

セプテンは『飛行』魔術を見つけてから、相当に悩みが深いらしいというのは母さんから聞いている。

いや、セプテンの悩みが深いのは自身のビッグマウスが原因だからいいんだが、弟子にしといて、その弟子を放りっぱなしではサンディとしてもいい顔はできないだろう。

うーん、何とかしてやりたいけど、セプテンとサンディの問題だしな……。


そうして、朝食が終わる。

俺はアステルと二人、部屋で今後の打ち合わせを少し。


「……という訳で、俺はしばらくセプテンと籠る感じになると思う。

アステルには悪いんだけど、岩塩の買い付けを頼みたいんだ」


「ええ、もちろん、いいですよ!

でも、昨日みたいな無茶な実験はしないで下さいね。

その為に賜った奇跡ですけど、使わずに済むのが一番なんですから……」


「うん。分かってる。ありがとう……」


アステルには真摯でいたいと思わせる何かがある。まあ、同志だしな。


「あの、そういえばアルちゃんとアルファちゃんは?」


「現在、スネーク中……いや、実はさ……」


と、サンディに見えていることを説明、口裏を合わせておく。


「なるほど……翡翠の瞳というやつかもしれませんね……」


「ヒスイの目?」


「先天的に霊体など見えないはずのものが見える瞳らしいです。他にも、オドの流れや、力の指向性など、便利ですけれど、早い内から失明の恐れがある遺伝的特徴とか……」


「詳しいな……」


「教会にいると、そういう方のお話を聞く機会もあるのです。

意外に重荷に思う方も多いようで……」


「メリットにもなれば、デメリットにもなるってことか……」


そうなると、一度サンディの作品を見てみたくなるな。

オドの流れが見えるって、どんな感じなんだろう?


「アルファ、アステルと一緒に行ってくれるか?」


「はい、かしこまりました!」


アルはたぶん、スニークミッションの方がいいとか言うだろうから、聞かない。


「こちらスネーク……任務を続行する……」


うん、でしょうね……。

まあ、これからセプテンと俺はこ難しい話をするので、アルには自分なりの楽しみを見つけてもらおう。


「じゃあ、頼むよ!」


言って、アステルと別れる。

セプテンは裏庭の魔導飛行機の前で待っていた。


「お待たせ!」


「いえ、大丈夫です」


「とりあえず、各部の説明しながらバラそうか……」


「はい。改めて眺めていたんですが、結構な数の魔法陣を使ってますよね?

バランス調整は?」


「使う魔石の種類と『塔』直伝、魔法陣縮尺の秘技だな。あとは竜巻魔導具なんかは噴出口を狭めたりして威力を高めたりしてるかな……」


「ああ、なるほど……」


それから昼飯を挟んで、魔導飛行機を分解しては各部にどういう役割を持たせているのかとか、魔法陣の改良をどうしているのかとか、込み入った話をしていく。

セプテンは感心したように唸る。


「うーん……発想の転換というやつですね……」


「まあ、最初に魔法陣を見つけてたら、やっぱりその魔法陣をどうするかってところに集中してたと思う……」


「それは……!ありがとうございます」


「それよりも急務はブレーキだな」


「ブレーキ……そ、そうですね……」


セプテンが苦笑いしつつも同意する。

いっそ笑えよ、もう……飛ぶことに意識が向けられてて、止まることなんて考える余裕なかったんだよ。


「……で、どうしたらいいと思う?」


正直、ノープランな俺はすぐさまセプテンに丸投げしてみる。

ブレーキ問題が解決しないと実験もできない。


「……すいません。すぐに浮かばないので、少し考えさせて下さい……」


まあ、それもそうか……。


「分かった。じゃあ、今日はここまでにしておこう。

俺も少し考えてみる……」


セプテンはまず、魔導飛行機の各部の働きを完全に理解することから始めるようだ。

その間、俺は暇になってしまう。いや、ブレーキ問題を考えないといけないんだが、じっとしていても良い考えなんて浮かばない。

かといって、アステルたちに岩塩の買い出しを頼んでしまっている以上、部屋で一人、本を読んで過ごすのも微妙だ。


どうしようかと、ふらふらしていると金属を叩く音が聞こえてくる。


コンコンッ……コンコンコンッ……コンッ……。


ああ、これサンディがやってる自主練か。

翡翠の瞳を使って作られる魔導具……俺は興味のままに音のする方へ向かう。


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