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目が合う……奇跡を行使する!

今回は少し早く書けました(当人比)

白と灰色。

塩の街『ソウルヘイ』はそんなイメージの都市だった。

石造りの街並み、精製過程で散らばってしまったのか、道の端々に塩がこびりついている。

水車小屋や塩を燻しているのか灰色の煙を上げる家屋があちこちにあり、西側に聳えるユスイ、イチコイ、オレンシイ、リモーンエの山々が連なるシイエラート連峰の麓にある街でもある。


「大通りを突き当たりまで、その突き当たりを右に行けば領主館があります。

領主館の手前にセプテン氏の錬金館がありますよ」


そう門番が答えてくれる。

いいところに住んでいるらしい。

まあ、じいちゃんは良くも悪くも有名で、母さんは高名な錬金技師だから、その弟子ともなれば当たり前の待遇なのかもしれない。


「これ、なんですか?」


馬車で運んで来た魔導機を見ながら門番が聞く。


「じいちゃ……えと、『知識の塔』のカーネル様からセプテン様へのお届けものです」


「おや、『知識の塔』からですか……だとすると……」


「すいません。詮索は勘弁願えますか?」


「ああ、いえ、申し訳ないですね……一応、それが仕事なもんで……」


俺はじいちゃん直筆の書状を見せる。

今の時期、『知識の塔』からセプテンへの届け物なんて、『飛行』魔術関連しかありえないのだが、そこをなあなあで済ませようとしない辺り、この門番はしっかり者なのかもしれない。

面倒だけれど、頼もしくもある。


「……なるほど。

はい、結構ですよ。お通り下さい」


門を抜けて、塩の街を進む。

白と灰色の街なんて言うと、薄暗く寒々しい印象かもしれないが、なかなかに喧騒に塗れた街だ。

岩塩を砕く音、子供たちは屋根に登って塩湖から取れた塩を屋根に拡げている。

基本、内陸にあるこのコウス王国で塩が取れるのはここだけなので、随分と潤っているようだ。


言われた通り、大通りを突き当たり、右に馬車を向ける。

どうやら、左に行けば塩の取引所があるらしいので、覚えておく。

領主館は右を行った突き当たり。その手前、左手側に領主館程ではないが、かなり立派な建物がある。

どうやらこれが錬金館らしい。


「はい、それは重々承知しておりますので……」


「まあ、生半なことでないのは、こちらも承知しておりますが、国にも何も進展なし、と答える訳にはいきませんからな。

よろしくお願いしますよ!」


では、と領主付きのお役人らしき人が立ち去るところを、馬車の上から見下ろす感じで見送る、俺。

なんか、すごいタイミング悪いな……。

お役人が踵を返した瞬間、その真横には馬の鼻面がある訳で。

お役人は「うおっ!」とか言って、仰け反った。


「危ないな!気をつけろ!」


「あ、すいません」


こちらをチラと見たお役人は小さく「ふん……愚鈍そうな小者を使いおって……」と文句をつけながら帰っていく。

俺は素早く誰もいないはずの御者席を手で制しながら、目線でも強く自制を促す。

止まってくれよ、アル……。


「……あ!」


頭を下げていて気づかなかったのだろうセプテンが声を上げる。


「ぼ、坊ちゃん!」


「おっす!セプテン。元気してた?」


「なんで、坊ちゃんが……?」


「まあほら、じいちゃんからのお届けもの的な?

俺が来たのはソウルヘイに用事があったから、そのついでにね」


「それは、わざわざありがとうございます……。

あの、レイル様はその……」


「ああ、分かってる。『フツルー』だろ。

魔導書はこっち?」


『飛行』魔術の原型は『フツルー』の遺跡に、そもそもの切っ掛けとなった魔導書はここ『ソウルヘイ』にある。

俺もじいちゃんも魔導書はまだ見ていない。

インスピレーションという意味では『フツルー』が正解だろうが、母さんは俺やじいちゃんと違って直感派なので、魔導書からもまだ読み取れることがあるかもしれない。


「あ、はい。領主様所蔵の品なので、すぐにはお見せできないんですが……」


「ありゃ、残念……」


「あの、とりあえず中へ……」


セプテンは人の良さそうなおっさんだ。口髭をこまめに手入れしていて、見た目は恰幅のいい商人みたいな感じだ。

オクトはどちらかと言うと痩せぎすで、見た目からは商人臭さが感じられない。

セプテンとオクト、見た目が反対の方が職業的にはお約束っぽいんだけどな。


「おーい、サンディ!この馬車を頼む!」


「はい、師匠!」


錬金館から出てきたのは十歳くらいの少女だ。

赤茶、いや、オレンジと言っていい髪色をしていて、利発そうな、中性的な雰囲気の女の子だ。


服装はツナギ姿で、パッと見だと男の子にも見える。

腰つきと膨らみかけの胸を見て、少女だと判断したけど、少女?だよな?


サンディは俺たちをチラリと見て、一礼。

御者席にそそくさと乗り込むと、裏手の馬小屋に回そうとする。

それを止めるのはセプテンだ。


「こらこら、サンディ。ちゃんとご挨拶しなさい」


「え?あ、お客様なんですね。

失礼しました。てっきり荷運びして下さった冒険者の方達かと……。

あ、セプテン様の弟子のサンディといいます。

よろしくお願いします」


改めて深々とお辞儀される。


「すいません。普段はもっと礼儀正しい子なんですが……」


「いや、普通にしっかり者だと思うけど……」


「そう言っていただけると……。

サンディ、こちらは大師匠のご子息のヴェイル様だよ」


「レ、レイル様の!?

よ、よろしくお願いします!

他の皆様は?」


「あ、こっちは俺の友達のアステル。

色々と手伝って貰っているんだ」


「…………。」


サンディはお辞儀をひとつ。

それから、目線は俺の肩の上に止まっている。

アステルからは、余りハロ家の名前を出さないで欲しいと言われたので、ただのアステルとしての紹介に留まっている。

別にその紹介の仕方に違和感を拭えず、考えているって訳ではなさそうだな。

そのサンディの顔は、それでそちらの方は?と俺の紹介を待ってる顔だ。


もしかして、見えてる?


「ね、ねえ……さっきからすごいあの子と目が合うんだけど……」


アルが肩越しにぼそぼそと呟く。


「む、無視だ。無視……」


「う、うん……」


お互いに小声で目線を合わせぬまま、それだけアルと決める。

俺が黙っていると、セプテンが話し始める。


「坊ちゃん、泊まっていかれますよね。もちろん、お友達も」


「え、ああ……色々と説明したいこともあるしな……」


「ちょ、ちょっと……いいの……?」


「だって、目的のひとつだし……」


アルは不安そうだが、なんとか誤魔化す方向でいくしかないと思う。


「お部屋は二つで大丈夫ですか?」


サンディが聞いてくる。


「さすがにひとつ部屋に年頃の男女が一緒にという訳にも行かないだろう」


そこに苦言を呈するのはセプテンだ。


「冒険者の方はなるべく一緒の部屋の方がいいという方もいますので……」


「うん?冒険者?」


「ああ、そうだね。俺もアステルも冒険者に成り立てなんだけどね。ただ、男女は別れていて問題ないよ……」


たぶん、サンディは四部屋用意するべきかを聞いたのだと思うが、セプテンは意味を取り違えているようだった。

せっかくなので、その勘違いを利用させてもらうべく、どちらとも取れるような物言いで返しておく。


「かしこまりました。馬たちの世話をしてから、ご用意しておきます」


「うん、頼んだよ、サンディ。

では、坊ちゃんたちはこちらへ」


そうして、セプテンの案内で客間へと通される。

セプテンが手ずから入れたお茶を飲みながら、話をする。

あ、このお茶、お高い味がする……。


「ずいぶん、羽振りよさそうだな?」


「ええ、実際、今のご領主様のところへ来てからは、とても良くして下さって……気分だけは一人前です。

あ、これ師匠には内緒でお願いしますね……」


「うん……錬金技士アルケミースミスに一人前なんてものはない!日々の努力から生まれる煌めきがあるだけだ!って言ってぶっ飛ばされるセプテンが見えたよ、今……」


そう、母さんは未だ修行の身ゆえに錬金技士に完成はないと言い張るタイプの人間だ。

セプテンの師匠である母さんが半人前を名乗っているのに、その弟子が一人前を名乗ったりしたら……うん、セプテンはぶっ飛ばされるな。


「ははっ……勘弁して下さいよ……」


とても乾いた笑いがセプテンから漏れる。

セプテンは真面目なんだけど、つい口が滑るからな。

昔はよく母さんに尻を蹴り上げられてた姿が思い浮かぶ。


「正直、今回のことで師匠に泣きついて、経緯を説明した瞬間にやられましたからね……」


「あ……うん……」


「まあ、そうは言っても、今だに尽力して下さっているのが師匠なんですけど……」


そう、面倒見はいいのだ。

だからこそ、母さんは師匠であり、手が出る、足が出るでも、弟子たちが着いてくる理由でもある。


「それで、実際のところどうなんだ?」


「普通にやれることは全て試し尽くした……というところですかね……配置を変えたり、バランスを調整したり、魔導書も何度となく解読して、新しい解読方法も積極的に試してはみたんですが……」


落ち込むような顔を見せるセプテンに、俺はニヤリと不敵な笑みを見せる。


「魔法陣の余白への書き込みは試したか?」


だが、セプテンの顔色は一向に優れない。


「はい……さすがに全てとは言いませんが、思いつく限りは……」


「うん、やっぱり試してなかったか……」


俺が確信したように言うと、セプテンは不思議そうな顔をする。


「確かに、塔の魔導士組のように総当たりとはいきませんが、それでも五十、六十くらいは試してありますよ?」


「まあ、詳しい経緯はじいちゃんの手紙に譲るとして、さっそく見てもらおうか」


俺は懐からじいちゃんの手紙を出す。

門番に見せた手紙は『ソウルヘイ』の領主に宛てた物だから、今頃はそちらに回っているだろう。

まあ、領主用とセプテン用で何が違うかと言えば、ものすごく簡素に纏めて、他人に見られても問題ないのが領主用。

本来ならトップシークレットな諸々が書いてあるのがセプテン用の解説文だったりする。

でも、じいちゃんはあの通り、知識は共有して更なる高みへ!って方針だから、内容を問われればいつでも答えてしまう。

利益の独占には向かない人だからね。

まあ、間違えた知識もそのまま教えてくれちゃうので、情報を使う側のセンスが問われるのが、じいちゃんの教えというやつだ。


俺たちは一度腰を落ち着けたのもそこそこに立ち上がると、馬小屋へと向かう。


サンディは馬車から馬を外して、丁寧に世話をしてくれているが、とりあえずそちらは置いておいて、馬車の荷台に積まれた魔導機だ。


「できれば、人目につかない広めの場所があるといいんだけど……」


すぐに実験ができなければ、実物を見せつつ説明になるな。

だが、それは杞憂に終わる。

錬金館の裏手、石壁に囲まれた広い庭がある。

飛び回る訳ではないので、充分だ。


「魔導具は俺が適当に作ったものだから、正答率は察してくれよ」


「あの……これはいったい……」


「あ、アステル、そっち持って。

簡単に言うと、魔導飛行機だ!」


アステルに手伝ってもらいつつ馬車から魔導機を降ろして、裏庭へと運ぶ。

セプテンは顔に困惑の色を浮かべながらも、裏庭へと案内してくれる。


「まあ、とりあえず見てくれ」


俺は魔導飛行機に搭乗すると、正面に幾つもある魔石伝導菅と名付けた管の一番大きいものに宝晶石を入れてやる。

入れられた宝晶石は魔石伝導菅を伝って魔導飛行機の底部に備え付けてある『飛行』魔導具にセットされ機体が浮き上がる。

その高さ一メートル程と、正直高くない。


「前進!」


言ってから、魔石をひとつ、魔導機後方に備え付けた『竜巻』魔術へと魔石伝導菅を通じて送り込む。

ぼふぁっ!と魔導機後方から小さな竜巻が生まれて、滑るように魔導機が前進する。


「え?え?」


「どうだ、一応、飛行してるだろ?」


「す、すごい……」


「あ、ちなみにこれ、止まれないから!」


「え?え?」


セプテンの困惑をよそに、石壁が迫る。

俺は衝撃に備える。

ごん!と石壁に魔導飛行機が当たり、止まる。

その瞬間、音はそれ程でもないはずなのに、俺の身体は前方に飛びそうになるのを、どうにか堪える。

まあ、塔で実験してるから慌てるような時じゃない。


あ、無理だ、これ。


塔で実験した時は『竜巻』魔術が切れて慣性飛行してる時だったから、勢いが違う。

一瞬で悟った俺は、身体を丸めるようにして、頭を守りつつ、勢い任せにする。するというか、なっただけだけど。

一瞬過ぎて、慌てる時すらなく、あわ……くらいしかなかった。

実際、そう呻いたような気もする。

魔石伝導菅にぶつからないように、俺は吹っ飛んだ。

なんだろう?一瞬だけど、スローモーションみたいな感覚で、上手く魔石伝導菅を避けた俺は賞賛されていいと思う。

背中を石壁に叩きつけるように、魔導機から飛ばされ、俺は外に転び出た。


「いつつ……」


「ぼ、坊ちゃん!」「ベルさん!」


慌ててセプテンとアステルが駆けて来る。


「いや、失敗したわ……勢いを間違え……いってー!」


あ、なんか背中ヤバい……。

俺の体脂肪でも衝撃を殺しきれなかったか……。


「坊ちゃん!しっかり!」


セプテンが俺を抱える。

いや、それ、背中!


「ぐ……っ!」


言葉にならない。なんか冷や汗がすごい出る。


「どいて!どいて下さい!」


アステルが叫ぶ。気圧されたようにセプテンが俺を地面に横たえる。

あだだだだ……。

アステルは一瞬で俺を転がすと、仰向けの体勢にする。


神名しんめいグレートスピリット・オブ・ウォーター・アンディより賜りし、奇跡を行使する。

真名しんめいアステル・ハロの祈りを聞き届け給わんことを……上から下へ……水が流れる如く、あるべき姿を取り戻させ給え……の者に癒しを与え給え……大治癒メジャーヒーリング!」


アステル、ハロ家の名前は出したくないとか言ってなかったっけ?

痛くて熱くて、意識が呑み込まれそうな時なのに、何故か俺が考えていたのはそんなことだった……。


すっ……と熱が消える。あ、気持ちいい……。あれ?痛みどこ行った?


薄く目を開くと真横に地面、遠巻きにオロオロするセプテンが見える。

いや、セプテンが見るべきは俺じゃなくて、魔導飛行機だろう。

ちゃんと見とけって伝えないと……。


あれ?そういえばなんで地面が横に見えてるんだ?


腕を動かすと痛みがない。身体を起こす。


「セプテン!見てくれ!ほら、まだ浮いてるだろ!」


ちょっと興奮気味に俺はそう言って、魔導飛行機を探す。

アステルと目が合った。

アステルは肩で息をしながらも、お姉さん座りな俺と目が合った瞬間、飛び込むように抱き着いてくる。


「良かった……間に合いました……」


「え?あ、その……」


や、ヤバい……胸のボリュームがモロに分かってしまうんだが……す、すまない……同志アステル……ちょっと頭に血が昇ってくる……そ、そういうつもりじゃないんだけど……。


アステルは心底ホッとしたような、半分泣いているような声で俺の名前を呼んだ。


「ベル……さん……」


あ……俺……もしかして死にかけた?


「あの、だ、大丈夫ですか、坊ちゃん?」


「あ、ああ……俺、どうなってた?」


「魔導機から吹き飛ばされて、背中から壁に凄い勢いでぶつかりまして……」


「ああ、それは覚えてる……」


「それで、慌てて抱き起こしましたら……背中がどんどん膨らんで倍くらいに……」


「ええっ!?そ、そんなことになってたの?」


「ですが、こちらの神官様が神の奇跡を祈って下さって……」


「そ、そうか……。

あ、アステル……その……ごめん……ありがとう……」


奇跡の祈り、神官が使う現実に神の御力を顕現させる技は、人の心身を消耗させる。

体力と気力、恐らくは体内オドもかなり消耗しているんじゃないだろうか?

しかも、背中が倍?骨折と内臓破裂くらい起こしていたかもしれないな……。

こんなところで死んだら、アルに申し訳が立たなくなるところだ。

アステルは、俺の為に神官の奇跡を得たとか言ってたはず……本当に感謝してもしきれない。


「……いいんです。ベルさんが無事だった……それだけで私は……」


アステルの俺を抱き締める腕に力がこもる。

おおう、なんかボリュームが押し潰されて……たた、大変なことに……。

あ〜、え〜、なんだ……と、とにかく、アステルを落ち着かせないと、俺が落ち着か、落ち、落ち着かない。


俺もアステルを一度、強く抱き締める。

それから、アステルの背中をポンポンと叩いて、ゆっくりリズムを取る。


「もう大丈夫……本当に助かったよ……アステル……」


「は、はい……」


少し名残惜しい感じでアステルが離れたような気もするが、たぶん俺の勘違いだよな?頭に血が昇っちゃってるから、良く分からん。

落ち着け、俺!

まずは……そう、まずはアステルを休ませるところからだ。


「セプテン、悪い。

とりあえず、アステルを休ませてやってくれないか?」


「いや、坊ちゃん、あなたもですよ!」


こうして、俺とアステルはソウルヘイの街初日から寝込むという締まらないスタートを切ったのだった。


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