大荷物!ふっかける!
夜更かしして、ウチのアンデッドたちの進化先なんかを決めたから、眠い。
「登録してきました!」
アステルはさっそく『テイサイート』の冒険者互助会への登録を済ませた。
「おめでとう……でいいのかな?」
「あ、はい、ありがとうございます!」
「すぐ仕事する?」
「あ、いいえ、とりあえず今日のところは登録だけで……」
「それじゃあ、買い物に行こうか?」
「ここ大きいですね!楽しみです!」
まあ、テイサイートは領主直轄の都市の中でも、ダンジョンを中心に栄えた都市だ。
他都市と比べても、その商業施設は多彩で大型なものが多い。
アステルと一緒に冒険者互助会の商業施設へと入る。
スライムの核や配下の進化に必要な物を物色していく。
あれもこれもと買い漁ると背負袋と両手、さらにはアステルに手伝ってもらっても大荷物だ。
さすがにアルとアルファに持たせると荷物が空中に浮いてしまうから、それが出来ないのがツラいが、もう暫くの辛抱だ。
「あの、どこへ?」
「一度、荷物を飛ばせる場所……」
二人でヨロヨロと歩いて行ったのは商館だ。
相変わらず店先で掃除してんのかよ。
「おお、おお、師匠の坊ちゃん!」
「久しぶり、オクト……」
「これはこれは、予定よりもお早いお帰りですね!」
「ああ、ただいま……とりあえず、荷物置かせてくれ……」
「いやいや、随分と大荷物ですな!
ささ、こちらへ……」
オクトが店の奥、応接室に案内してくれる。
「アステル、こっち!」
「え、あ、はい……」
「おやおや、これはまた可愛らしいお嬢様ですな!」
「オクト、挨拶は後で!まずは荷物を置かせてくれよ……」
オクトが頭を下げて、挨拶しようとするのを止めて、まずは案内させる。
「かしこまりました。
ではでは、こちらへ……」
アステルと二人、正しくはアルとアルファもいるから四人で応接室に入ると、『取り寄せ』の魔法陣を敷いて、その上に荷物を置く。
それを見ていたオクトがすかさず魔法陣を確認しようとするのを、体を張って止める。
「坊ちゃん、それは?」
「内緒。それよりもお茶を頼む!」
「あ、あの、ベルさん?」
「いやいや、坊ちゃん。内緒はひどくないですか?
何かまた新しい魔術ですよね?」
「まあ、そうだけど、売り物じゃないから!」
アステルからも荷物を受け取って、魔法陣の上に積み上げる。
「ずるい、ずるいですよ!師匠の坊ちゃん!
このオクトと師匠の坊ちゃんの仲じゃないですか!」
オクトはいきなり俺の腹の肉を掴むと、ぶるぶると揺すり始める。
「やめろや……揺するな……」
「だって、気になるじゃないですか!
なんなんですか、これ!」
「いや、それ腹肉……。
あと、アステルがドン引きしてるから……」
「あ……これは、これは、失礼しました……」
「あ〜、ごめん。アステル。
この変なやつは、母さんの弟子で、オクト商会のオクト。
オクト、旅の途中で出会った、同志アステル。
今は『塔』のお客様な!」
「あ、アステル・ハロです……」
「あ、改めまして、オクト商会のオクトと申します……」
オクトが頭を下げたと思うと、がばっと頭を上げて、俺を見る。
その目は説明、お願いしますってやつだな。
「うん、ハロ家のご令嬢な。
もう散々、失礼しまくったけど、失礼のないようにな!」
「さ、先に仰ってくださいよ……。
ハロ家の方の前でとんだところをお見せしてしまったじゃないですか!」
ぶるぶるとまた俺の腹肉が揺れる。
「いや、そう思うなら俺の腹肉つまむのやめろや……」
「だって、気になるじゃないですか!」
「腹肉が?魔法陣が?」
「そりゃ、魔法陣ですよ」
アステルを見ると、凄い微笑ましい顔で笑ってらっしゃる……。
「おい、オクト。
本気で商売にはならないからな……」
さすがにいつまでも続ける訳にもいかないので、先にオクトに釘を刺す。
「ええっ!?」
「数に制限がある。それから、出所が禁術だ」
「禁……」
オクトは黙り込む。
そう、遺失魔術とか秘伝魔術じゃなくて、禁術。
禁書から出たのだから、禁術扱いでも間違いじゃない。
世の中、知らない方が良かったなんてこともたくさんある。
バレたらオクトの場合、破門から打首獄門まで様々なパターンが考えられる。
「それでも、聞きたいか?」
「えー、あー……師匠の坊ちゃんが何をされているのか、このオクトめは知りません。
でも、何となく思うところはございます……あまりおおっぴらに出来ないこと、それが師匠やカーネル様と反目する可能性があること、それでも師匠の坊ちゃんがやる、と決めていることだろうということは、オクトでも分かります。
ただ、師匠から、くれぐれも頼むと、あの師匠が、このオクトめに、息子を頼む、と言われました……。
まさかですよ。師匠に頭を下げられる日が来るとは……。
そんな訳で、オクトは師匠の坊ちゃんのお味方をしよう、と。まあ、師匠に頼まれるまでもなくオクトめは師匠の坊ちゃんの味方ですけどね!」
「それ、オクトに利がある限りは……だろ?」
「いえいえ、そのようなことはございません。
……ただ、お溢れに与れる内は、享受するのも吝かではないといったところですけれども……ね」
オクトのウインクにげんなりする。
でも、やはり利がある間、オクトは信用に値する。
「それじゃあ、見てもいいけど、利用しようなんて考えるなよ……」
言って、腰のガンベルトから『取り寄せ』魔術を一枚見せてやる。
あれ?もしかして、俺って甘いのか?
ま、まあ、いい。
俺は魔晶石を使って、オクト商会応接室に積み上げた荷物を研究所へと送る。
「え?え?今の何です?」
「紋章魔術の派生……かな?」
「魔導具……ですか?」
「うん、特徴はオドの吸入口が設定されているところだな。
対になる魔法陣があって、こことそこに物体を送ったり、取り寄せたりできる」
「あの、あの、それは実用化すれば物流に革新が起きるのではっ……!?」
「だから、数に限りがあるって言ったろ!
それに、禁書から出てきた魔術だ。安全性は保証できない!」
「うっ……そそそ、そうでした。これは、失礼致しました。
しかし……惜しいですな……」
名残惜しそうにしながらもオクトは『取り寄せ』魔法陣を返してくる。
それを受け取り、しまってから俺は言う。
「まあ、今のところは『異門召』魔術で我慢してくれ。
その内、またいい話があれば持ってくるよ」
「おお、そうですな。予定より早いお帰りだった訳ですし、そちらを進めて頂ければ……」
「あ、それは無理!」
「はっ!?」
オクトが相当に間抜けした顔で俺を見る。
俺はじいちゃんから言われた国王付きの親衛騎士団制式装備を作ることになった話をする。
ただ、オクトに対して何もないという訳でもない。
オクトにはシャチハタハタの鰭集めや、冒険者に売っている魔術符の納入なんかを担当してもらうつもりだからだ。
「国が買うものだからな。ふっかけていいぞ。
言い値で買ってくれる」
「おお、おお……。いい……いい……」
「さすがにそれは気持ち悪いぞ、オクト……」
言葉にならず、奇妙に腰をくねらせながらオクトが踊る。
うん、気持ち悪いな。
なかなかオクトの踊り?うねうね?が終わらないので、適当なところで俺たちはまた、街に出た。
「アステルは買いたいものとかある?」
「いえ、特には……」
「ねえ、アステル用の枕と布団カバー買いに行こうよ」
言い出したのはアルだった。
「ベルん家の枕とか布団って、味気ないでしょ。
陽の光も入りずらいから、基本暗いし……」
「いえ、そんなことは……」
「ああ、それもいいかもな。
どうせ、長逗留になるんなら、専用の食器とかも揃えるか……」
アルにしてはいいことを言う。
「あの、そんな、気を使わなくてもいいので……」
「アステル、結構な量の本、押さえてたよな?
あの分量読むなら、相当な日数掛かるだろ。
ただでさえアステルは、じっくり読みたい派だろ?
家としては、別にいつまで居て貰っても困らないし、どうせなら楽な環境で寛いでもらいたいんだけど……あ、もしかして時間に制約があるとか?」
そうだよな。なし崩しに一緒に行動しているけど、アステルはハロ家の人間で、製紙魔術の使い手だ。
製紙魔術はハロ家の秘伝ゆえにハロ家の人間しか使えない。
だとしたら、いつかは家に帰って家業を継ぐはずだ。
今は……今は?
あれ?そういえば、なんでアステルは当ても無く旅してるんだ?
そんなことを考えていると、アステルが否定のために首を振りながら言う。
「いえ、時間の制約とか、そういうのは全く……」
「あー、少し立ち入ったこと聞くけど……アステルって家業はいいのか?」
「え?あ、はい。
えーと、その……家業を継ぐつもりはありませんから!」
ちょっと大げさなくらいに、にこにことアステルが答える。
でも、その笑顔は無言のバリアのようにも見える。
それ以上、立ち入ってはいけない境界線が見える。
「あ、そ、そうなんだ……」
「はい!
……あ、それじゃあ、お言葉に甘えて少し日用品を見て回ってもいいですか?」
「うん!行こう、行こう!」
「あ、ああ……」
なんだろう、何かふっ切れたのか?
途端にアステルが積極的になった。
アルは暢気にアステルの心変わりを肯定しているけど、俺はなんとも言えない、モヤッとしたものを飲み込んだようになってしまった。
だからといって、何が変わる訳でもないけれど……いや、少しアステルが積極的になったのは良い傾向なのかな……?
とにかく、それからはアステル、アル、アルファと三人娘がああでもない、こうでもないとやたらと喧しい商会巡りが始まった。
まあ、実際には他人の耳を気にして、三人集まってボソボソしていた訳だが、近くにいる身としては大変喧しかった。
しかも、アステルは俺に話し掛けてくる。
「これ、かわいいですよね!」
手にしたマグカップには貝殻で装飾が施されている。
かわいいって何?綺麗だとは思うが、かわいいかと聞かれると、あまりよく分からないというのが正直な俺の感想だ。
「あ、ああ……」
いいとも、悪いとも判別しにくい、流されるままの肯定の言葉を洩らす俺を尻目に、アルもアルファも好き勝手に自分の好みを推していく。
「こちらの花柄も優しくていいと思います」
「ねえ、これいいじゃん!かわいいよ!」
アルが推すのはサルの頭を模したカップだ。
取手が耳になっており、ふたつついている。
「サルの脳みそ飲んでる気分になるな……」
歯を剥いて笑うサルの顔も見ようによっては、アンデッド化したサルに笑えと命令したような……そこまで言うと言い過ぎか。
「これのかわいさが分からないなんて、バカじゃないの……」
とても冷たい声音で言われてしまった。
そんなこんなで、結局荷物が多くなりすぎて、オクト商会応接室をもう一度借りることになった。
「おやおや、これは師匠の坊ちゃん!
明日にでも素材をお持ちしようと、今、揃えたところですよ!」
オクト、仕事早いな……。
そんなに、ふっかけていいって言ったのが効いたか。
オクトは『異門召』魔術の素材であるシャチハタハタの鰭をごっそりと持ってくる。
これも『取り寄せ』魔術で送っておくか。
「とりあえず、この街にあるシャチハタハタの鰭はこれで全てです。
追加の発注を各街に早馬で出しましたから、入手でき次第、塔までお持ちしますよ!」
「街中から集めたのか……」
「まあ、以前から集めておりましたから、そう手間でもありませんでしたよ」
ああ、そういうことかと納得する。
それから、魔術符用の紙とインクのことなんかも頼んでおく。
オクトはふっかける用に高級紙と高級インクを用意するつもりらしい。
まあ、冒険者用と違って、より判子の陰影がくっきりするもの、費用対効果よりも正答率重視のものを使うつもりらしい。
まあ、冒険者用と同じ物だと、ふっかけられないからな。
そうして俺たちが街を出るのは、街の門が閉じられるぎりぎりになってしまった。
しばらくはアルの進化もお預けだな。