検証?俺のターン!
『芋ん章魔術』を血以外の媒体で使用した時の威力の検証。
使う紋章魔術はお得意の炎の紋章魔術だ。
俺の血で書いた魔術符は厚さ二十センチの硬い木材を、勝手に魔術符が燃えるまで放置した状態で、貫通する。
魔石粉末入りインクで書いた炎の紋章魔術は、そもそも代償が足りなかったのか、火球になる前に火が消えてしまった。
なんとなく分かっていたけどね。
検証のために必要だったとしておこう。
次は魔晶石だ。
魔晶石粉末入りインクで書いた炎の紋章魔術は、木材を焦がしたところで終わり。
印象としては、発動までで精一杯という感じだ。
原価的にこれでなんとかしたい宝晶石。
噴き出る炎は、俺の血で書いた魔術符と遜色ない。
木材に空けた穴は十センチ。
やっぱり地脈的なオドは純度が高いのだろうか?
最後は魔宝石の魔術符だ。
噴き出る炎は、俺の血よりも大きい。
その分、魔術符が燃える早さも早くなる。
そして、木材だが、爆散した。火球というより炎の塊みたいなのが出ていた。
威力としては、血よりも上かもしれないが、魔宝石の粉末入りインクは勢いが強すぎて、炎が噴き出した途端に燃え尽きた印象だ。
使い勝手が悪い。
となると宝晶石と魔宝石の間くらいの代償が欲しい。
それが血な訳だが、それ以外で何かないだろうか?
パッと思いつくものはない。
これは発想の転換が必要かもしれない。
「発想の転換……うむむむむ……宝晶石の比率を上げると原価がなぁ……魔法陣を大きくするって言っても限度があるし……うーん……」
発想が固まってしまった時はどうするか?
やっぱりリフレッシュするべきだと思うんだ。
と、いうことで俺は自室にこもって本を読む。
今読んでいるのは『ゲームキング』というカード対戦ものの物語だ。
腕につけたカードホルダーからカードを取り出して、トランプの数字を比べあったりするゲーム風景が熱い。
そして、カードがそれぞれに物語を背負っていたりする。
スペードのエースと恋仲のハートのクイーンが相手の策略に誘き出されて、絶対絶命!
どうするスペードのエース!
だが、そこに現れたのはスペードのエースの親友、クローバーのジャックだった。
「スペードのエースじゃなくて、がっかりかい?
だけど、君は僕と一緒に死んでもらうよ、ジョーカーァァァッ!」
俺は興奮しながら、我知らず作中のセリフを叫んでいた。
叫びながらベッドの上を転げ回る。
と、見慣れない人影にふと我に返って、見上げると、そこにはアルが立っていた。
あ、そういえばアルに与える仕事が見つからなくて、部屋の隅に立たせておいたんだっけ?
そのアルは寝転がって本を読む俺をじーっと目で追っていた。
アルに感情があるのかは分からないが、部屋の隅から目線だけで俺を見る顔は見下しているように見える。
いや、アルが立ってて、俺が寝転がっているという立ち位置的にそう見えるだけなのだけれども……。
途端に俺は恥ずかしくなった。
「……う、うん、腕のカードホルダーは盾に仕込んだら大きくできるし、い、いいかもしれないな……」
言い訳っぽくならないように、感心したように呟く。
アルはそれに反応することなく、こちらを見ている。
うん、自分で呟いてて、言い訳っぽいなと思ったよ……ちくせう……。
《気にすることはないぞ、ベル》
一人、俺が落ち込んでいると、ベッドの脇のテーブルに置いた『サルガタナス』が語りかけてくる。
なんだ、俺はもしかして、本に慰められてるのか?
そんなことを考えていると『サルガタナス』が続ける。
《歴代の我の読者は、皆、一様にひとり言の多い者ばかりだ。
壁に向かって呪詛を吐き続けるぐらいは誰もが通る道だ。
見えない何かに怯えたり、自身の痛みによってしか生を自覚できなかったり、人とは様々なものだ……》
あれ?この駄本は何を言っているんだ?
俺を歴代読者やら言う狂人と同じだと思ってるのか……。
「うるせーよ!駄本!俺を変人扱いするんじゃねー!」
《うむ、分かっておる……。我は理解者だ……》
心なしか装飾の髑髏も優しい雰囲気を醸し出していた。
ち、ちくせう……。
打ちのめされた俺は、『ゲームキング』にしおりを挟んで、部屋を出る。
こういう時はアレだ。
自分の心を安定させる本を読むべきだ。
俺が持ってきたのは『世界紋章魔術大全、別冊、捨てられた紋章魔術、一』という本だ。
これは数ある紋章魔術の中でも、使えない、意味がない、無駄な魔術を集めた本だ。
これを眺めていると、俺の心は安定する。
収録されている魔術は、色とりどりの煙がひたすら出る魔術とか、飲めない着色された水が噴き出す魔術とか、ひたすら代償を呑み込む魔術なんていう、現代では廃れてしまった、戦争兵器として使うのに適さない魔術や、研究途中で用途が分からない魔術とか、完成すれば世の中がひっくり返るけれど、そもそも発動しない魔術なんかが載っている。
世の中的に無駄魔術とか呼ばれるようなものを集めた、いわゆるトンデモ本だ。
別冊とは言え、こういう物をまとめようと思った編纂者はかなり変わり者なのだろう。
いや、世界紋章魔術大全と銘打ったからには、仕方なしにという可能性もあるが、情報ページとは別に編纂者の注意書きには「これは秀逸、こんな魔術を使うモンスターは何を考えているのだろうか?」とか「一瞬だけ花を咲かせる魔術の有用性については、筆者も悩んだが、プロポーズ時に使うというのはどうだろうか?野原いっぱいに魔法陣を書く気力と代償が用意できるのならばだが……」とか、そんな煽り系の文言が並んでいるので、たぶん、そういうのが好きな変わり者なのだろう。
そして、そういうのが好きな変わり者の俺は、これを眺めているとニヤニヤしてしまう。
もういっそ無駄魔術を魔術符にして売るか……。
そんなことを考えてニヤける俺に突如、アイデアが舞い降りた。
あ、何も炎の紋章魔術に拘る必要もないのか!
冒険者に必要そうな便利系魔術を魔術符にするのはいいかもしれない。
紋章魔術として使うとなると時間と精密さが問われて無駄魔術扱いになる魔術でも、お手軽『芋ん章魔術』なら使えるものもあるかもしれない。
俺の冒険者としての経験は、クロットさん、フロルさん、アルと一緒に新発見ダンジョンに挑んだあの一回きりだけど、その経験から使えそうな魔術を探してみる。
例えば、食の問題。
水は魔導具があるからいいけれど、食器がない。
嵩張るから持ち歩かないという冒険者が多いらしい。
まあ、中にはちゃんと食器を用意する冒険者もいるらしいけど、アル曰く「葉っぱと木の枝があれば充分だろ?」とか言われて、俺は驚愕した。
そんな時にはコレ!オドが続く限り皿が出る魔術!
なんか、どっかの研究者が土壁を生み出す紋章魔術を書き間違えて発見された魔術である。
火柱の紋章魔術と雷の紋章魔術と土壁の紋章魔術が頭の中で、ごっちゃになって、やらかした結果らしい。
でも、陶器の皿がいっぱい出る魔術なら、戦時に兵士が飯を食うのに使えると思って、国に持っていったら、兵士は兜で飯を食うから要らねって言われて、しかも陶器の皿は割れる時に音が出るから邪魔と叩かれ、見事、無駄魔術入りを果たした。
しかも、大して良質な皿でもないから、普段使いには向かないというダメ魔術だ。
でも、俺の『芋ん章魔術』ならどうだろう?
オドが少ないなら皿の枚数が限られる。使い切りで捨てて行けばいい。葉っぱよりマシ。冒険者は全員兜を被っている訳じゃない。
これ、いけるんじゃね?
他に困ったことと言えば、灯りだろうか?
朝、まだ暗い内に出発した時は灯りの魔導具を使ったが、あれは棒の先端に光の球が出るという物で、俺が持たされていた。
片手が塞がれるというのは、意外と不便だった。
その点、点灯時間は短いが俺の魔術符製の灯りなら、兜にでも挟み込んでおけば両手を空けることができる。
いざとなったら破いて目潰しにもなるしね。
そっか、アレは普通に売れそうだ。
墓場の土を取りに行った時は、殺傷力のない魔術をと思ってアレにしたけど、普通に使い捨ての灯りとして考えればアリだな。
それと、目くらましというなら、無駄魔術にある色付きの煙が出る魔術も使えるかもしれない。
昔は狼煙として使っていたらしいけど、普通に火を焚いた方が楽、という理由から使われなくなった魔術だ。
狭いダンジョン内なら、モンスターから逃げるのに使えると思う。
インクに混ぜる代償を調節すれば、煙の量も変えられるだろう。
それならダンジョン内で何も見えないなんて事故も無くせるだろうし。
おお、売り物の方向性が見えてきた。
そうして、俺は色々な検証作業に没頭していく。
その中で、ようやくアルの仕事も見つかった。
力仕事である魔石、魔晶石、宝晶石の粉末作りである。
魔宝石は使わない。あれはお高いので、母さんの工房にもたくさんは置いてない。どっちにしろ採算が合わなくなりそうなので、検証からも外した。
その結果、魔術符はひと回り大きくして、五センチ掛ける七センチだったものを、七センチ掛ける十センチにした。
皿作成魔術は魔石粉末インクで五枚の少し深さのある皿が作れる。
灯り作成魔術は宝晶石粉末インクで十メートル四方を四時間照らすことが出来る。
煙幕魔術は魔晶石粉末インクで五メートル四方に煙幕をぶちまける。ただし、これは破いて使うのが前提だ。
そして、性懲りもなく炎の魔術符も作った。
炎の魔術符は宝晶石粉末インクで硬い木材を十三センチくらい削ることが出来る。
紋章魔術として考えると弱いし、魔導具として捉えても持続時間がない上に、硬い皮膚や甲殻を持つモンスターにはほぼ効果が見込めないが、それ以外に対する個人の攻撃力としては充分に力を発揮できると思う。
モニカさんが家に来てから、検証作業を経てここに至るまで三日。
今日はアルの葬儀の日なのだった。
さすがにスルーするという選択肢はない。
たぶん、最後の状況とか聞かれるだろうから、アルを連れ帰ったこと以外は包み隠さず伝えるつもりだ。
さすがにじいちゃんが封印していた『サルガタナス』のこととか伝える訳にもいかないし、下手したら俺の頭がおかしくなったと思われても困る。
アルが生き返ったら、その時に全部明かして謝ろうと思う。
俺は黒いローブに着替えて、荷物を背負って出掛ける準備を済ませる。
アルはお留守番だ。
「じゃあ、アル。アルのお葬式にいってくるよ……リートさんやモニカさんにアルの姿を見せてあげたいけど、さすがにゾンビの今は難しいだろうから、上手く誤魔化してくる。
悪いけど留守番よろしくね!」
アルは頷く。
《ベル、街に行くなら我を伴え》
『サルガタナス』が机の上からそんなことを言う。
「いいけど、ずっと鞄の中だよ?」
《構わぬ。人里は久しぶり故、喧騒に包まれるのも心地よかろう……》
「ふーん……人恋しいとかあるのかな?あ……」
ぼっちが辛いタイプのぼっちだったね『サルガタナス』は……と思ったところで、『サルガタナス』の不服そうな言葉が脳内に響く。
《貴様、今、失礼なことを考えなかったか?》
「え?……いやいや、考えてないよ!」
《ならば返事に無駄な間を空けるでないわ!まったく……》
「さ、さあ、行こう!アル、いってきます!」
サラッと話を切り上げて、『サルガタナス』を鞄に突っ込むと俺は家を出るのだった。