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 結婚祝いは何がいいかと友人に訊ねたら、ペアカップがいいと言われた。

 式自体はまだ少し先の話だが、彼女はその一カ月前には会社を退職してしまう予定である。退職しても会うことは出来ようが、あまり間近になっても忙しくて身体が空かなくなるかもしれない。だとしたらやっぱり早めに品物を選んで、渡しておくのがベストだろう。

「うーん、ペアカップか……」

 会社の帰りにデパートに立ち寄って、一通り見てみたのだが、とてもすぐには決められそうにない、という結論だけを得てすごすごと退散することになった。なにしろ、種類が豊富にありすぎるのである。私はそもそも、即断即決、というタイプではまったくない。

 可愛いのがいいのか、洗練されたのがいいのか、シックな雰囲気のがいいのか、それともいっそ、うんとシンプルなのがいいのか……

「うううーん、新婚が使うものなんだからやっぱり乙女チック系が……いやでも、男の人が恥ずかしくて使えないようなものもあんまり……かといって、熟年夫婦が使うような渋すぎるのもちょっとねえ……」

 ぶつぶつ言いながら、駅からの夜道を歩く。

「……加納さんに、聞いてみようかなー。あの人も一応、男だし。趣味も悪くないし。なんかいろいろ、余計なことを言われそうな気もするけど……」

 通りすがりにあるアパートの建物を、ちらっと一瞥した。

 二階建てで、狭いスペースに窓が並んだ、いかにも独身者向け、という感じのアパートは、まだ八時前という時間もあるのか、半分くらい明かりが点いていなかった。かのイケメンさんが住む部屋は二階の右から二番目らしいが、そこも真っ暗なままである。

 いつでも来ていいぞ、と彼は気軽に言ってくれるのだが、私がその部屋を訪れたことは一度もない。

 だってやっぱり、変だよね。いくらあちらが私のことをまったく異性扱いしていないとはいえ、友達というのもちょっと微妙な男性の部屋にずかずかと入り込むなんて。それを変だとも図々しいとも思わない加納さんこそが、やっぱりおかしいのだ。


 ──いつまで、このおかしな関係は続くのかな。


 その疑問に、答えはわりと呆気なく出た。

 きっとそのうち、あちらに新しい彼女が出来た時が、終わりの時になるのだろう。だって、最初から、そういう合意のもとで私たちは会うようになったんだもんね。

 失恋の傷を癒すため。なるべく前向きに、その努力をするため。それには一人よりは、二人のほうが楽だから。

 立ち直り、新しい恋がはじまれば、もう会う必要もなくなる。

「…………」

 ちょっとだけ視線を下に落とした。

 街灯に照らされて、自分の黒々とした影だけが見える。ぽつんとした、ひとつだけの黒い影は、小さく丸くて、まるで肩をすぼめて身を縮めているみたいだった。

 すぐに顔を前方へと戻し、自分の影に対抗するように意味もなく胸を張った。ダメだダメだ。この暗さと寒さと、コツコツという自分の足音しか響かない静けさが、やけに心を負の方向へと押しやろうとするのだ。こういう時はあれですよ、歌でも歌って無理やりにでも気分を浮上させねば。ほら、落ちている枯れ葉をふわりと舞い上がらせてみたりして──

 そこで、ぴた、と動かしていた足を止めた。


 近くまで迫ってきた私のアパートの入口に、人影がある。


 階段の手前にいるその人影は、何をするわけでもなくただじっとその場に立っているように見えた。

 一瞬、このあたりで最近不審人物がウロウロしてるんだって、という噂話を思い出して身構えてしまったが、暗がりの中にいるその人物はどう見ても小柄で、着ているのは明らかにスカートだった。住人だったらさっさと入るだろうから、もしかしたら、このアパートの誰かの友達か、彼女なのかもしれない。

 ゆっくりした歩調で進むのを再開すると、近づくにつれ、その仮定はほぼ確信に変わっていった。立っているのはちゃんとお化粧をして、センスのいいワンピースとコートを着た、可愛らしい二十代くらいの女性だ。どちらかというと、こんなところに立っていたら危ないですよと、庇護の対象にしなければならないのは彼女のほうだ。

 少し迷ったが、声をかけるのも出しゃばりすぎのような気がして、私はわずかに頭を下げただけでその女性の脇を通って階段を上ろうとした。たぶん、ちょっと待っているくらいで、すぐに連れの人が来るのだろう。でも、一応、部屋に入ったら窓から確認してみよう。もしも変な男が近づいてくるようだったら、すぐに警察に通報しないと。

「あの」

 そんなことを思いながら階段に足をかけたところで、その彼女のほうから声をかけられたので、びっくりした。

「えっ、はい?」

 思わず裏返った調子で返事をする。やっぱり何か困ったことを抱えていたのだろうか。落し物とか、そういうことかな?


「──あの、あなた、加納君と付き合ってるんですか?」

「…………」


 違った。

「え、っと、いえ、あの」

 どぎまぎしながら、しどろもどろに言葉を探した。この時、ぱっと頭に浮かんだのは、つまりこの彼女は加納さんを好きなんだな、ということだった。まあ、それ以外にないよね、このパターン。

 しかし、その「好き」の種類がよく判らないので、私としてもどう返答していいのか迷うところなのだ。なにしろ彼は顔だけはいいから、時々、見も知らない女の子に一方的に好意を抱かれる、というケースがままあるらしいのである。電車の中で勝手に見初められて、延々とアパートまであとを尾けられたことも何度かある、と言っていた(だから私のことも、最初ストーカーだと思ったらしい)。この人もその類なのだったら、あまりヘタに刺激したくはない。

「あの、私」

 しかし女性は、こちらの困惑にはほとんど構わず、思い詰めたような顔で話を進めていった。私の返事はあまり必要としていないというか──とにかく自分の言いたいことは言う、そのためにここに来た、という決意がその表情にほの見える。


「私、以前、加納君と付き合ってました」


 その言葉に、私の頭は束の間、ぽかっと空白になった。

 しばらくして、

「……あ。ああ、そう、なんですか」

 という、間の抜けた返事が口から滑り落ちた。不思議なもので、そこまで真っ白で何も考えられなかった頭が、自分のその声によって、ようやくゆるゆると活動を始めることが出来た。


 そうか、この人が、加納さんの元カノか。

 三カ月付き合って、あっさり「他に好きな人が出来た」と彼の元を去った人。

 ……未だに、加納さんの心に居座り続けて、塞がらない傷を与えている人。


「あの、私たちのこと、ご存知ですか」

「あ、はい。いえあの、ほんのちょっとだけ」

 問いかけられて、もごもご返した。二人が別れた経緯もあなたのこともけっこうよく知ってます、なんてことを言ったら、きっと彼女を傷つける。いくらそれが勝手に話された内容とはいえ。

 彼女は確かに、加納さんが言っていた通りの人だった。

 小顔で、とある若手女優に似ていて、背は低いけどすらりとしていて。上着の下に見えるワンピースは淡いピンクではなくてグレーだったけど、それだってよく似合っていた。とても可愛らしくて、「守ってあげなきゃ」と思わせるような人。

 ──そりゃ、こんな彼女と付き合っていたら、私のことなんて、子ザルにしか見えないに決まっている。

「私たち、以前付き合ってたんだけど、別れちゃったんです。それはあの、完全に私のワガママで──加納君には、とても悪いことをしたなって、すごく反省してます。でも、その後も、私やっぱり彼のこと忘れられなくて。別れたこと、ずっと後悔してました。ホントに勝手だなって自分でもわかってるけど、でも」

 彼女はそう言って、涙ぐんだ。ぐしゅ、と洟をすすりながら、上着の袖口で口許を押さえ、涙声で語るその姿は、醒めた目で見れば少し芝居がかっている気もしたけれど、それでも十分に愛らしかった。

「…………」

 口を結んで、目を伏せる。

 ああ、イヤだな。「芝居がかってる」なんて、すごく悪意に満ちた見方をしてる。彼女の気持ちが誠実かどうかなんて、そんなの、私が口出しするようなことでもないのに。

 少なくとも、彼女にとっては、今口に出していることが「真実」なのだ。どこまで自分の行動を客観的に把握しているのかは別として、現在、加納さんのことを忘れられないでいる、というのは本当のことなのだろうから。

「私、何度も加納君に謝って、やり直したい、って言ったんです。でも彼、まだ怒ってるみたいで、頷いてくれません。それで、加納君のこといろいろ周囲に聞いて廻ったりとかして、そうしたら、今、新しい彼女がいるみたいだ、って話を聞いて、不安で心配で、居ても立ってもいられなくなって」

「…………」

 新しい彼女って、私のこと?

 一体、どこからそんな話が出てきたんだか、と呆れたように思ってから、我が身を顧みて納得した。そういえば私だって、会社ではイケメンの彼氏がいると思われてるんだっけ。きっと、同じように、二人でいるところを誰かに見られたりして、誤解されたのだろう。

 ……いや、問題は、そんなことじゃない。


 やり直したい、と。


 加納さんは、彼女からそう言われていたんだって。いつから? この言い方だと、二、三日前から、とかそんな直近の話ではないみたい。私、そんな話、ちっとも聞いてなかったんだけどな。

 昨日だって、電話でお喋りしたのに。

 相変わらずバカなことをいっぱい話して、ちょっとムカつくようなこともずけずけ言って、二人で大笑いだってしたのに。

 加納さんはそんなこと、一言も言ってくれなかった。

「……あの、あなたは、本当に加納君と……?」

 窺うような上目遣いで問われて、私は苦笑した。というか、笑いのようなものを、なんとか口許に浮かべようとしたら、それは苦笑に見えただろう、という表情になった。


「いいえ。全然、まったく、そういう関係じゃありません」


 きっぱりと言い切ると、彼女はちょっと疑わしげな顔つきをしたけれど、まじまじと私を上から下まで眺めて、

「そうなんですか?……そうよね」

 と、なんとなく納得したような声を出した。

 そりゃあ、そうだよね。この彼女とだったら、いかにも二人並んでいたらお似合いだろうなと思うけど、私と加納さんなんて、一緒にいても違和感ばかりがありそうだ。この可愛い彼女と別れた後で、平凡極まりない私を選ぶとは、誰も思わないだろう。事実、加納さんは私のことを女とも認識していないようだし。

 イケメンの加納さんと、可愛らしいこの人。きっとどこからどう見ても、ぴったりと絵になるカップルだ。

「じゃ、あの、私と加納君が」

「加納さんとあなたのことは、私は関知できる立場じゃないので、何も言えません。でも、やっぱりそういう話は、私じゃなくて、本人にしたほうがいいと思いますよ」

「え……ええ」

 静かに告げると、彼女は少し面食らったように目をぱちぱちと瞬いた。

 それからいきなりバツの悪そうな顔になり、「じゃあ、あの、これで」と言うと、ぱっと身を翻して去っていく。

 私はその後ろ姿をしばらく見送って、自分の部屋に帰るために足を動かした。




 ピンポーン、とインターフォンが鳴った。

「お、ワコ。メシ食ったか?」

 アパートの廊下に立った加納さんは、会社帰りなのか、スーツ姿のままだった。手に、いつものように、コンビニの大きな袋をぶら下げている。

「まだですよ」

 微笑してそう答えると、加納さんは「そうか」と嬉しそうにその袋を私に向かって突き出した。

「じゃ、一緒に食わないか。いろいろ買ってきたんだ、好きなの選んでいいからさ」

 ドアを開けたまま、私は黙ってその袋を受け取った。ガサガサと音を立てて、中身を見てみる。

 いつもだったら、もうーいきなりなんだから、とか、またこんなにいろいろ買ってきて、と呆れたり文句を言ったりしながら、「とにかくどうぞ」と部屋の中へと招き入れる私が何も言わないので、加納さんはちょっと戸惑っているみたいだった。

 袋の中には、コンビニのお弁当、おにぎり、パンの他に、チーズやピーナッツやお菓子、スイーツまでが入っていた。あとはアップルジュースの大きなペットボトル。

 ……そして、ごろんとひとつ、りんご味の缶チューハイ。

「どうしていつも、同じ味なんですか」

 加納さんが買って来てくれる袋の中には、必ず一本、缶のお酒が混ざっている。大体、ちょっと甘い系の、ソフトアルコールだ。

 そしていつも、同じ袋に入っている大きなペットボトルは、そのお酒と同じ味。

 カルピスサワーの時はカルピス。チューハイの味がグレープフルーツだったらグレープフルーツジュース、りんご味だったらアップルジュース。

「だって、俺は酒が飲めないからさ。ワコの晩酌に付き合おうにも出来ないじゃん。けど、せめて味が同じなら、同じものを飲んでるような気分になるだろ?」

 加納さんが、当然のように言った。

「…………」


 ……この人はやっぱり、ちょっとアホだ。


「加納さん、実は、甘い飲み物って、あんまり好きじゃないでしょう」

 だって、最初に入った居酒屋で、加納さんがずっと飲んでいたのはウーロン茶だったもんね。

「それに、つまみ系の食べ物だって、特に好きってわけでもないんでしょう」

 さきいかや、柿の種や、チーズや、ピーナッツ。

 毎回毎回、買われている食べ物は、すべてお酒のつまみ。

 何も言わずに食べているから、よっぽどそういうのが好きなのかと思っていたけど、違う。

 本当はそれらは全部、自分じゃない、お酒を飲む人間のために買われていたものだった。

 どっちかっていうと自己中で、口が悪いところもあって、けっこうワガママで、子供っぽいところもたくさんあって、デリカシーは皆無で、訳の判らないことを言ったりしたりするけれど。

 加納さんは、そういう気の遣いかたと優しさの表しかたをする、おかしな人だった。

「……加納さんて、バカなんじゃないですか」

 今まで、そのことに、なーんにも気づかなかった私は、もっとバカだけど。



 どうして私に、彼女との復縁話が持ち上がっていることを言わなかったのか。

 ──それって、私を一人、置いてきぼりにするようで、後ろめたかったんでしょう?

 同じ失恋仲間。傷を舐め合おう、という理由で仲良くなった。何度も何度も、この試練を乗り越えて元気になろう、俺たちを振ったやつらなんて見返してやるんだからな、と言っていた。

 その私を放りだして、自分だけ幸せにはなれない、とか、バカなことを考えたんでしょう?



「……ワコ?」

 加納さんが、入口を塞いでいるように立つ私を、訝しげに覗き込む。少し不安そうな瞳、心配そうな声で。

「加納さん」

 私はその彼を正面から見返して、にこっと笑った。

「私、もう、元気になりましたよ」

「え」

 加納さんが目を見開いた。

「もともと、勝手に片思いして、勝手に失恋しただけの、自分本位な恋だったんです。悪いのは私自身、それはいちばん自分でよくわかってました。だから必要なのは、この気持ちを胸の奥のほうまで沈める努力、それだけだった。傷とか、痛手とか、そんな大層な名前をつけるほどのものじゃなかった」

 私と加納さんは、最初のスタート時点から、食い違っていたのだ。

「でもその努力は、加納さんのおかげで、とても上手くいきました。私、もう、二人に対して笑って『おめでとう』って言えると思います。たぶん一人では、こんなに早くそれは出来なかった。──ありがとう」

「ワコ?」

「……だからもう、大丈夫」

 手に持っていたコンビニの袋を、加納さんの手に戻した。

 ぎくしゃくした動きでそれを受け取って、彼はどこか途方に暮れたような表情で、私を見返した。

「私、もう一人に戻っても大丈夫です。結婚式で二人を祝福できます。これから頑張ろうって、素直に思えます。加納さんも、もう、傷は癒えましたか」

「──俺は」

「癒えたのなら、意地を張るのはやめて、彼女ともう一度話し合ったほうがいいです。謝っているのなら、許してあげましょう。加納さんには、きっともうそれが出来ます。やり直せるのなら、やり直したほうがいい」

 私がそう言うと、加納さんは顔を強張らせた。

 袋を持ったまま、その場に立ち尽くす。

「……なんで、それ」

「まだ、好きなんですよね?」

 だって、あんなにも彼女のことばかり話していた。ずっと引きずるほど傷が大きかったということは、それだけ彼女に向けていた気持ちが大きかったからだ。

 それだけ、忘れられなかった、ということだ。

「私たち、お互いの目標は達成しました。……だからもう、この協力関係は終了です」

 お幸せに、と告げて、背中を向けると、私はドアをパタンと閉めた。




         ***



 会社の中で、「よう」と後ろから声をかけられて、振り向いたら、そこには先輩がにこにこと笑っていた。

「お久しぶりです」

 頭を下げた私に、「なんだよ他人行儀だな」とまた笑う。新人時代、私と友人の指導担当をしてくれた彼だが、今は部署も離れ、顔を合わせることも、こうして二人で話す機会もぐんと減った。

「結婚式、来てくれるんだろ?」

 ぽりぽりと頭を掻きながら言う先輩は、ちょっと照れているようだ。私も笑って、「行きますよー、もちろん」と応じた。

「新婚家庭にも、同期のみんなでお邪魔させていただきます。旦那さんも、必ずいてくださいよ。死ぬほど冷やかしてやる」

「なんだよ、勘弁してくれよ。大体、旦那さんて、気が早いって」

 先輩は笑ってはいるが、本気で恥ずかしいのか、額の汗を拭ったりしている。昔から、照れ屋なところがあったもんなあ。

 真面目で、優しくて、気さくで、時々厳しくて、持ち上げると赤くなるような純情なところもあって。

 ……私は本当に、この人のことが好きだった。

「けど、そっちも彼氏が出来たんだろ? えらいイケメンらしいな」

 反撃とばかりに、先輩がからかうように目を細めてそう言った。

「いやー、それがなかなか」

「あれ、ひょっとして、悪いこと言った?」

 曖昧に濁す私を見て、先輩も何か感じるところがあったらしい。気まずそうに手で口を塞ぐ様子は、いかにも、ごめん、と言いたげで、それはかえって逆効果なんじゃないかと、私は噴き出してしまった。

「もう、いいんです」

 加納さんと会わなくなってから、もう一カ月は経つだろうか。彼が今どうしているのかなんて、私は知らない。

 ……あの可愛い彼女と、今度こそ楽しくやっているといいな、と思うけど、それも私の勝手な願望だ。

「ばんちゃんは、私たちの結婚式でいい男をつかまえろ! って言ってくれましたよ」

「あ、うん、そうだな。うーん、でも、いい男か……僕の友達って、けっこうみんな地味なのばっかりだからな……」

 顎に手を当て、ぶつぶつ言って考え込んでいる。とうとう、困り果てた顔でこちらを見返して、「どういうやつが好みなんだ?」とリサーチしてきた。そこまで真面目に考えてくれなくてもいいのだけど、こういう人なのだからしょうがない。

「そうですね……」

 まさか、先輩みたいな人です、とは言えないしなあ。

 目線を少し下げる。

「一緒にいて、楽しい人、かな……」

 呟くようにそう言ったら、脳裏をある人の顔が過ぎった。軽く頭を振って、すぐにそれを追い払う。

「一緒にいて楽しい人かあ。それは簡単なようで、意外と難問だな」

 先輩はまた、うーんと唸って首を傾げた。

「そうでしょうか」

「そうだよ。一緒にいて楽しい、ってことは、自分が自分としていられる、ってことなんだから。そう思える相手っていうのは、けっこう見つけるのが難しいんだ」

「…………」


 自分が、自分として……


「結局それはノロケですね」

 私が言うと、先輩は慌てた。

「え?! いやいや、違うって!」

 必死に手を振って否定する姿に笑って、私は聞いてみることにした。

「あの」

「ん?」

「超能力って、信じます?」

「えー、なんだ、突然」

 昨日そんなテレビでも観たのか? と先輩は不思議そうに言ってから、私に向けて掌を広げて見せた。

「いや、僕はそういうの信じないほう。ていうか、苦手。超常現象とか、理屈の通らないものって、怖くてさ」

「じゃあ、たとえば、いきなり目の前で、何もしていないのに物が空中に浮いちゃったりしたら」

「ダメダメ。たぶん、悲鳴を上げて真っ先に逃げるね。だってさ、気味が悪いでしょ、そういうの」

「…………」

 私は口を噤んで、彼の顔を見た。

 ああそうかあー、としみじみした気分で思う。

 見える能力がなくたって、はっきりと判るではないか。


 私とこの人との間では、どうやったって、赤い糸は結ばれない。


 でもそれは、すとんと腑に落ちるように理解してしまえば、そんなに悲しむようなことではない、ということも判った。

 判ったことに、嬉しくなった。

 私はもう、「本当に」大丈夫。

「逃げる時には、ちゃんと、奥さんの手を引いて逃げなきゃダメですよ」

 注意するように言ってやると、先輩はまた赤くなったけれど、

「だから気が早いって……わかってるよ」

 最後の言葉だけは、しっかりと私の目を見て言った。

「お祝いのカップ、ありがとうな。大事にする」

 笑いかけられて、私も笑い返す。

 笑おうと意識したわけではなく、自然に笑えた。そしてこれまた自然に、その言葉も私の口から出てきた。

「ご結婚、おめでとうございます」




 ……いつか、私もね。

 いきなりポテトが立ち上がっても、笑ってくれるような人に、出会えたらいいな。

 変な力があってもワコはワコだと言ってくれる人に、巡り会えたらいいな。

 そんなおかしな人は、あまりいないだろうけど。




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