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金子藩譜  作者: ゆきまる
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六、生き残るために…

 家光いえみつ晩年の治世。天下は泰平の世となり、安定した国づくりをしていた。将軍家光にも待望の嫡子家綱いえつなが誕生し、江戸が大いに騒いでいる頃、東海道の要所である掛川の北東にある小藩金子藩で再び政変が起きた。藩主宗恒が従弟の宗勝に家督を譲り、隠居してしまったのである。宗恒は混乱期から善政を敷き、藩の内情は安定していた。松平清之、松山景義といった重臣を相次いで失うも主だった混乱は無かっただけに幕府や世間は大変驚いた。宗勝の父は義康の嫡子義勝で母は義康の養女の涼。義勝が先崎家に養子に出された後に宗勝が産まれた。宗勝は幼少より剣術を志し、母が祖父宗康から受け継いだ遠州直伝幾天神段流を継承し、父の死後は家督を継いでいたのだが叔父慶政に母子ともに救出された後、一時丹波に放逐される。しかし、再び舞い戻ると間伐入れずに暗闇に紛れて単身で金子城に向かい、閉じられていた城門の隙間を狙って閂を割り、凄まじい剣技は鉄砲の鉛を弾き、一喝すれば相手の体を浮かせる妙剣で瞬く間に二の丸に住居を置く宗恒を捕縛。周囲には死体が転がったという。その武勇を目撃した家臣たちは宗勝のことを烈火の如くに例えて「烈将」と称した。母の涼が主となって宗勝を藩主に添えるために乱心ではなく、正式な家督継承と位置づけ、宗勝を影で助けた徳村政家を家老とした。政家は義康の時に犬居騒動で改易に追い込まれた信家の嫡子で家督を継いだときは浪人であったが幼少より共に過ごした間柄である。一方で敗れた宗恒は城に幽閉され、父義康と同じ運命を辿り、嫡子宗頼むねより街道奉行福田直安なおやすに預けられた。福田家は初代宗康の母方の実家であり、宗康の祖父元直の嫡子直久は犬居藩二代藩主である。直久の死後、福田家は断絶していたが娘の桐が晩年の宗康の側室となって男子を産んだことから、御家騒動を避けるために福田家に養子に出された。直安という名は父宗康の号である宗安から一字もらい受けたものだ。また、妻の沙絵さえも男子なく断絶となったとまり貴達たかたちの娘で薙刀を使い、奥女中を務めていた。政変により家に帰されていた沙絵はただただ驚くばかりで城で仕えていた若様が目の前にいるのだから。対応に困り果てるが直安は我が子同然に接した。直安には子が二人いる。一人は元服して馬廻衆を務める直恒なおつねと娘のれんである。直恒は宗恒に謁見した際に一字をもらい受けたのだ。宗頼と直恒は主従というよりは親友の間柄で直安も気兼ねなく出仕していたのだが、ある日のこと、直安は宗勝に呼ばれた。場所は二の丸屋敷にある茶室で側近の者はおらず、二人きりである。

「宗頼はどうしておる?」

「お元気にされています」

「左様か…直安」

「はっ」

「奴を殺せ」

「何と!?」

直安は驚くも宗勝の口調は淡々としている。

「金子嫡流は二つもいらぬ。奴を暗殺しろ」

「しかし、それでは…」

宗恒に近い者が黙っていない。そればかりか、あってはならない命令である。

「案ずるな、わしがそのようなことはさせぬ。良いか、必ず仕留めよ」

「はっ…」

直安は苦悩する。例え主命だとしても許される行為ではない。城を出て屋敷に着くまで考えぬいた末に意を決した…。


 夜半、直安は皆を集め、宗勝からの命のことを告げた。宗頼は神妙になり、後の者は驚愕した。

「私には宗頼殿を討つことできぬ。藩を去り江戸の評定所に願い出る」

各々が戸惑う。ここで宗頼を暗殺できなければ次は自分たちが殺されてしまうだろう。そう考えた末に気持ちは一つとなった。脱藩は天下の大罪であると同時に金子藩にとっては恥となる。追い付かれてしまえば死あるのみ。それを覚悟で遠州金子を離れて江戸に向かう決意をしたのだ。


 翌朝、宗勝のもとに直安脱藩の知らせが入り、宗勝は顔色を変える。

「宗頼もか!?」

「共に行ったと思われます」

「探せ!、捜し出して捕らえよ!。歯向かえば斬っても構わん!」

宗勝は怒りの余り茶のみを叩き割った。すぐに命を受けた軍目付長居宗弘むねひろは直ちに家臣を絶対向かうであろうと推測した犬居と宗安村に向かわせた。犬居は天領となっていたが、宗安村だけは金子藩の飛び地である。城下は犬居藩があった頃より整備されている。宗勝が真っ先にここに逃げ込むことが高いと判断したのだ。何故なら直安の母の桐がこの犬居の地にいるからである。しかし、桐は子飼いにしている者から直安脱藩の報せを受けており、すでに犬居の地にはいなかった。宗勝に人質に取られると判断したからだ。しかも、犬居では幕府方との小競り合いを避けるために監視だけに留めておいたこともあり、桐を本格的に捜すのは難しかった。続いて宗安村のほうは意外と協力的で、この村は先崎家に近い者たちが多く住んでいることもあり、すぐに追っ手に加わる者も現れるほどだった。また、江戸にも早馬を走らせて隈無く探した。直安が政変で藩主が交代したとこを幕府に訴えるのではないかと踏んだのだ。それでも、行方は一向に掴めず時だけが過ぎようとしていた…。


 慶安四年、将軍家光が死ぬと嫡子家綱が四代将軍に就任し、各大名が就任祝いのために江戸に上洛した。その中には金子藩主金子宗勝の姿もあった。大名としての風格を漂わせながら家綱との謁見に望む。

「金子宗勝様、御成りになられました」

坊主の言葉を受けて下座に鎮座し、一礼する。傍らには老中酒井忠清ただきよ松平伊豆守信綱のぶつなが控えている。

「此度の将軍就任おめでとうございます」

上座にはまだ幼い将軍が鎮座している。

(このような餓鬼でも将軍になれるとは…天も道を過られたのであろう)

宗勝の心は将軍ないがしろの態度である。

「宗勝殿、此度の謁見が初御目見得でござったな?」

「はっ、先代藩主とのいざこざがありました故」

「ふむ、話は聞いておる」

その言葉に宗勝の眉間がピクッと動く。

「しかし、末期養子は幕府が認めることにより、初めて相続するのが決まり。しかし、上様の将軍宣下された矢先に改易などは決めたくはない」

伊豆守の言葉が続く。

「先日、当屋敷に金子宗頼と申す者が参った」

宗頼の言葉を受けて宗勝の拳が強く握られる。評定所へ駆け込まれると判断した宗勝は網を張って待ち受けていたのだが、これを看破した直安の機転により、老中の屋敷に駆け込んだのだ。これは宗勝にとって盲点だったに違いない。

「本来であれば許されざる行為だが、藩政を見れば特に問題はなく、また藩主交代で藩内が混乱しても困る。老中で話し合い、結果、相続を許すことになった」

話は続く。

「しかし、宗頼も半ば追放という形になっており、嫡流として黙っておられないという。如何したものかの?」

「それは…」

先手を打たれた宗勝に言葉はない。

「でだ、幕府から提案がある。まずは金子宗頼、福田直安、福田直恒、女子二名を放逐とし、今後一切金子藩とは関わりを持たぬこと。先々代義康殿が幕府への返還に伴う金子藩の石高を七万石から十万石に引き上げることが交換条件となる」

悪くない条件であったが、呑んでしまえば宗勝の負けは必至である。しかし、分が悪い。

「万が一、この条件が呑めぬとあれば武家諸法度に乗っ取り、金子藩を改易とせざる得ない」

そこまで言われてしまっては宗勝は呑まざる得ない。

「はっ…、承知仕りました…」

こうして、幕府の裁定により、宗勝は自らの過ちを闇に葬る代償として藩主として正式に認められた。しかし、宗勝が苦渋の選択を迫られたことへの怒りが凄まじく、幕府に内密で宗頼たちを探した…。


 延宝三年。宗頼が失踪してから二十三年の月日が流れ、宗勝は還暦を迎えたのを機に次子宗親むねちかに家督を譲った。嫡子であった宗匠むねたけは藩政を乱したとして父の小姓を斬り捨てて脱藩している。藩政はますます栄えて表石高より実石高のほうが高く、中興の祖とも言われた。そんな宗勝のもとに宗頼が生きているとの報せが入る。

「それはまことか!?」

「はっ、江戸藩邸の者が見かけたそうにございます」

「そうか!、ようやく見つけたか!!」

烈火の如く怒声を上げ、直ちに宗頼に刺客を差し向けた。本来なら自分が行きたいところだが藩主という立場ではどうすることもできない。刺客は宗勝が自らの護衛として連れてきていた猛者たちで構成された。

「必ずや宗頼の首を持って参れ」

宗勝の命は絶対である。顔色一つ変えず、忍びの如き速さで江戸に向かう。長を務める真概まがい利宗としむねは柳生新陰流の使い手で、利宗の祖父利康としやすは初代宗康の側近を務めており、代々剣豪の家柄である。江戸に入った利康らは藩邸には入らず、民宿を中心に活動した。彼らは影であるため、闇に紛れ光を捨てた者に住処は不要である。夜半、利宗らは獲物を狩るべく秘かに宿を出た。福田直安はすでに隠居していたが、放逐直後に無役ではあるが旗本として五百石で召し抱えられた。宗頼は直安の娘の蓮を妻に迎えて福田家に婿養子として家督を継ぎ、直安の嫡子直恒は母の実家である泊家の名跡を継いで、宗頼に仕えている。その情報はすでに利宗を通じて宗勝に伝わっていたが幕府相手でも怯むことはない。利宗は宗勝に対する忠義だけを胸に福田家に到着した。屋敷の門はすでに閉じられている。数人が塀をよじ登って内部に入り、脇門の閂を外す。難なく中に入った利宗だったがそこで誤算が生じる。気配を断った何者かが闇から現れて次々と斬り捨てていく。その動きは速攻であり、刀の動きは見えなかった。利宗も咄嗟に刀を構えるが一瞬で刀が砕かれて斬られる。その技に見覚えがあり、全員が地面に伏せたときに月の明かりが屋敷を覆う。

「あ、あなた様は!?」

「恨みはない。許せ…」

利宗は男の顔を見て絶句する。何故なら、そこにあったのは藩から脱藩した宗勝の嫡子宗匠だったからである。父から幾天神段流を会得した宗匠の剣術は凄まじく遠く及ばなかった。

「む…無念…」

利宗は絶命する。

「宗匠、辛かろう」

「いや…」

宗頼の言葉に宗匠は一言そう漏らしただけであったという。利宗全滅の報せはすぐに宗勝の耳に届いたが幕府にも襲撃の報せがあり、警戒が強くなったことも影響して宗勝は刺客を放てにくくなった。


 延宝八年、将軍家綱逝去。嫡子がいなかった将軍家は家綱の弟綱吉を将軍に迎えることで幕府を存続させた。福田家でも直安が先年に病死したが、綱吉将軍就任の翌年には宗頼に嫡子が誕生した。しかし、金子藩からの脅威からは逃れられないと判断した宗頼により、幕府公儀隠目付かくしめつけとなった金子左近将監宗匠の養子となり、後に頼匠よりたけと名乗る。福田家は綱吉治世時代に宗頼の逝去により断絶となり、泊直恒も旗本として続いていたが子がなく断絶となった。残された蓮は頼匠の許に身を寄せて生涯を全うしたという。


 時代はさらに混沌となりながら、播州ばんしゅうで起こる騒乱に国内は再び荒れることとなる…。

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