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希望の方舟  作者: 木の棒
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第1話 鍵

「いやっほ~!」


 エメラルドグリーンの海すれすれを高速で飛び抜ける。右へ左へと飛び遊んでいる。整備班に見られたら燃料の無駄使いだと叱責を受けることだろう。

 しかし男は興奮状態だ。普段からテンションは高いが、今は異常ともいえるほど興奮している。それもそのはずだ。ついに鍵を発掘したのだから。


「これで俺もS級だな!」


 男の声に反応して、男の視界に文字が現れる。それは男にだけ見える文字だ。


「おめでとうございます」

「ありがとうよ!」


 男は相棒ともいえる右目を、ぽんぽんと軽く叩く。


「壊れるのでやめてください」

「何言ってんだ! ちょっとの衝撃で壊れるほどデリケートじゃねえだろ!」

「こう見えて繊細です」

「はっ! よく言うぜ!」

ほむら、通信を確認。4番ゲートから入るようにとのことです」

「はっ? なんで4番なんだよ」

「分かりません。ボスからの直通です。従わない場合は重罪確定ですよ」

「チッ! 嫌な予感がするな……俺が鍵を発掘したことに気付いているのか?」

「可能性としてはあるでしょう。焔の探索が順調であることをボスは常に喜んでいましたから」

「今日あたり鍵を発掘したと読んだのか……くそジジイめ」


 焔と呼ばれた男は遊び飛びをやめて真っ直ぐに飛ぶ。その先に見えてきたは超巨大な船だ。

 戦艦……いや、それはもう戦艦という言葉でも足りない。1つの国家そのものだから。

 ここに住む人々はこの船を「ノア」と呼ぶ。それは自分達の国家の名前でもある。

 

 この世界の人々の95%以上はこのような巨大な船の上で暮らしている。

 貴重な「大地」の上で暮らせるのは、選ばれた「神族」とそれに仕える「天使族」だけだ。

 高い功績を積むことで「天使族」に選ばれて大地に召されることも可能ではあるが、一般平民からすれば夢物語だろう。

 ほとんどの人は船の上で生まれて、船の上で暮らし死んでいく。1つの船は1つの国家としての機能を有している。

 焔はノアで生まれた。燃えるような深紅の髪に、海と同じエメラルドグリーンの瞳。そして逞しい筋肉。少年ころから活発で問題児だった。物心ついた時から「探索者」になると公言。

 10歳の時にとある探索者に弟子入り。弟子入り初日に師匠を襲撃する。師匠を倒せばすぐに探索者として「女神」の探索が出来ると思ったからだ。

 が、あっけなく返り討ち。見事なまでにボコボコにされた。

 焔はあきらめることなく、師匠を襲撃した。そしてその度に返り討ちでボコボコにされた。

 焔の師匠は寡黙であった。襲撃してくる焔を、外から見ると「やり過ぎでは?」と思えるほどまでにボコボコにした。

 そして焔に自分の全てを教えていった。この深紅の髪の少年はきっと強くなる。そして偉大なる功績を残すと信じて。

 焔が15歳になった時、師匠は焔を初めて探索に連れていった。焔は大はしゃぎだった。

 深層まで行くつもりはなかったし、探索する場所も何度も行ったことがある場所だったのでリスクは低いはずだった。

 だが、焔は右目を失った。

 いるはずのないB級悪魔ゴーストが隠れていた。普通に対峙すればS級探索者であった師匠にとって何の問題もない悪魔だ。

 しかし気付くのが遅れた。嬉しそうに女神の中を見て回る焔の姿についつい見入ってしまったのだ。

 厳しい修行に5年間耐えてきた焔は探索が未経験であったとしてもD級探索者並みの強さを持っているだろう。この少年があと10年……いや5年もすればどれだけの探索者になってくれるのか楽しみで仕方なかった。

 焔の将来を思い気が緩んだ。その代償は焔の右目となった。

 姿を突然現したゴーストの一撃は焔の右目をえぐり、深い傷跡を残した。


 あれから5年。あの時自分のせいで右目を失った愛弟子を彼は出迎える。

 いつも彼が「探索の調子はどうだ?」と聞いても、焔は「ぼちぼち」としか答えない。

 彼が「アース」から秘密裏に聞いている探索状況からすると、いつ鍵を発掘してもおかしくない。

 そして今日、鍵を発掘したのではないかと当たりをつけて焔を4番ゲートで出迎えた。


「お疲れ焔。鍵は見つかったか?」

「……いや、まだだ」

「顔に嘘だと書いてあるぞ。そんなに嬉しそうなお前の顔を見るのは実に久しぶりだ。興奮を隠せないとはお前もまだまだ未熟だな」

「チッ! ほらよ」


 焔は鍵を彼に投げた。


「はっはっは。やはり鍵を見つけていたか。よくやった。……こっちへこい」


 焔は彼の後をついていく。向かった先は彼の部屋……第3探索部門の部門長の部屋だ。

 焔の師匠であった彼は部門長となり、焔はその第3探索部門に所属している。


「お帰りなさいませ陽炎かげろう様」

かえでいたのか。焔はやはり鍵を見つけてきたぞ。これでこいつもS級だな」

「おめでとう焔」

「お、おう」


 焔達のボスである第3探索部門長の陽炎。

 今年で50歳を迎えた。年齢を感じさせない見事に鍛えられた身体は今でも現役の探索者として活躍できそうである。

 頑固じいさんと呼ぶには、あまりにも顔が渋い。意外にファンも多いそうだ。

 ただ髪の毛はそうはいかない。最近ちょっと生え際が気になり始めている。黒髪の中に白髪がかなり目立つようになってきている。

 管理職であるためビシっとスーツ姿である。


 楓と呼ばれた女性は陽炎の秘書であり、娘でもある。

 勤務中は公私混同しないために「陽炎様」と呼んでいる。

 ちなみに家では「パパ」と呼ぶ。

 今年22歳。焔よりも2歳年上のお姉さんだ。焔が陽炎に弟子入りした時からの付き合いである。焔がどんなに苦しい修行に耐えてきたか一番近くで見てきた。

 父親の黒髪と母親の蒼髪を受け継いだ、瑠璃紺色の美しい髪。背中にすこしかかるぐらい長く艶のある美しいストレート。

 陽炎よりも母親に顔は似ていると言われる。綺麗といわれる美人系であるが、きつい印象は受けない。柔らかく清楚で優しさで全てを包んでくれそうな母性愛を感じることが出来る。

 これで中身が本当に見た目通りであれば……焔はそう思わずにはいられない。


「S級になれば未到達の深層探索に行けますね。すぐに行かせましょう」

「おいおい待てよ。まずは鍵を見つけたお祝いだ。今日ぐらい休ませてあげようぜ」

「……チッ」

(舌打ちしたな。いま絶対舌打ちしたな)


 彼女はドSだったのだ。しかも無自覚。おそらく陽炎が焔を厳しく修行させる様を見ていくうちにドSとして成長してしまったのだろう。

 陽炎にいたっては、可愛い愛娘に対して完全に目が曇っている。楓のことを心優しく仕事真面目な娘として認識しているので、焔に対して彼女がどんなにドSを発揮しようと、仕事熱心だな~としか考えないのだ。

 こんな残念な父と娘であるが、さらに残念なのが母親であるから始末に負えない。


「焔ちゃ~ん♪ お祝いよ! お料理作ったからね!」


 突然ドアを開けて入ってきたのが、陽炎の妻で楓の母親であるしずく

 40歳とは思えない美しい容姿をしている。楓と並ぶと姉妹かと思うほどだ。

 お茶目で人懐っこい。みんなから愛される雫の周りには笑顔が絶えない。

 だが、彼女の手料理を食べにくる友人はいない。そう誰一人として。

 彼女は味覚音痴だった。

 その手料理はとんでもなくまずかった。そのまずい料理をなぜか陽炎と楓は美味しいといって食べるのだ。理解できない。

 焔は雫の手料理を食べる……いや食べなくてはいけない、この国唯一の犠牲者といっていいだろう。


 4人は陽炎の家に向かった。既に雫の素晴らしい料理は準備万端だ。

 焔は18歳までこの家で暮らしていた。住み込みで修行していたのだ。

 つまり雫の料理も毎日食べていた。いまだに美味しいとは思えないが、人間とは慣れる生き物である。

 鍵を見つけたお祝いの料理を食べながら、探索の様子をあれこれと話し合った。


「アースの調子はどうだ? 楓にちゃんとメンテしてもらうんだぞ。」

「そうよ。前にメンテナンスしたの1ヶ月以上前じゃない?」

「あれ? そうだっけ」

「正確には1ヶ月と8日前です」

 焔の視界にアースの文字が浮かぶ。

「えっと、1ヶ月と8日前だそうだ。確かに1度メンテナンスしてもらった方がいいな」

「それじゃ~後でアース持ってきてね」

「おぅ」


 陽炎は焔の右目に埋め込まれたアースを見る。

 5年前、右目を失った焔に陽炎は魔道具であるアースを埋め込んだ。

 脳に直接情報を送り込み、あらゆる探索に有効な情報を得られる。同様の効果を得られる眼鏡タイプの魔道具も存在する。

 義手義足の技術も発達しており、自らをサイボーグのように改造する探索者も存在するぐらいである。

 陽炎は魔道具の情報に頼ることを嫌っていたし、魔道具そのものをあまり信じていなかった。

 おかしな話であると陽炎は自分でも思う。

 探索者として女神の中から鍵を見つけて失われた技術を取り戻す。

 それが探索者に課された使命である。

 失われた技術を使い、魔道具は作られているのだ。

 自分の仕事によって作られた魔道具を自分は好まない。どうして魔道具を好きになれないのか、陽炎も自分の心を整理できない。

 あえて言えば「なんとなく」なのである。なんとなく、この魔道具が好きになれない。

 それは己の身体で勝負してきた男としてのプライドなのか……魔道具で簡単に強さを得られることに対する嫉妬心なのか。


 今はそれを深く考えても仕方ない。陽炎は焔が発掘した鍵を見る。

 鍵という言葉は主に探索部門の中で使われている。

 正式名称は「オーパーツ」。

 キューブ型の形状をしていおり、この中に失われた古代の技術に関する知識が詰まっているのだ。

 本来ならこの鍵は、陽炎のボスに報告して提出し、研究部門で研究される。

 そうするべきなのだが、せっかく愛弟子が初めて発掘した鍵である。どんな内容なのか自分が一番最初に知りたい。

 そのためにわざわざ人目につかない4番ゲートから帰ってくるように指示したのだ。


 お祝いの食事も終わると陽炎は鍵を持って旧友に会いに向かった。

 旧友の名はアビス。元研究部門統括責任者である。

 現在は隠居している囲碁を楽しむじいさんではあるが、純粋な研究者としてアビス以上の研究者を陽炎は知らない。

 旧友である自分の願いを聞いてもらうために……何局囲碁を打てば満足するかなと陽炎は考えながらドアを叩いた。


「感度良好。感度良好。ありがとうございます」

「はい、おしまい。これでOKよ」

「サンキュー」


 楓の部屋でアースのメンテナンスが終わったところだ。

 焔の右目から取り外されたアースを専用の機械でメンテナンスする。アースのメンテナンスは楓が任されているので、メンテナンス機械を自室に置いてあるのだ。

 深い傷跡と失った右目を隠すようにアースを椅子に座る焔につけていく。

 2人の顔はお互いの息を感じれるほどの距離だ。


「ん……」

「あ、痛む? ごめんなさい」

「い、いや大丈夫だ。もう5年もつけて慣れたとはいえ、外したり、つけたりする時はちょっとな」

「そ、そう……違和感があったらすぐに言ってね。大事な身体なんだから」

「お、おぅ」(これが性的に好意的な感情で言ってくれていたらどんなに嬉しいことか……間違いなく探索で発掘するための大事な身体って意味なんだよな)


 焔がうなだれている様子を見て、楓はくすくすと笑いながら焔の右耳に顔を寄せた。

 焔の目の前には楓の胸の膨らみが……ちょっとでも頭を前に突き出せば、その柔らかい膨らみの感触を得ることが出来るだろう。

 楓は甘い声で囁いた。


「ねぇ焔……鍵を本当に見つけるなんて貴方やっぱり素敵だわ」

「え、ええ?!」

「くすくす……焔は私のこと、どう思ってるの?」

「ど、ど、ど、どうって……ごく」


 楓は焔の上に跨ると、鼻先に胸の膨らみを押しつける。


「ひぇ!」

「あらあら、情けない声……もしかして焔ってまだ童貞?」

「え、いや、そ、その……」

「くすくす。焔の童貞食べちゃおうかしら」

「ええ?!」(っていうか楓って経験あるの? 男の噂なんて聞いたことないぞ!)

「そうね……焔が未到達の深層で鍵を見つけきたら……」

「見つけてきたら……ごく」

「私の初めてで焔の童貞を、た・べ・ちゃ・う♡」

「むはー!」


 焔の息子が大きく育つと同時に、楓は焔から離れる。

 そして焔の深紅の髪を掴むと……。


「だから今すぐ深層探索に行ってきなさい!」


 焔を部屋の外に投げ出したのであった。


「大丈夫ですか?」


 アースが焔にいつでも優しいことが、彼にとっては唯一の救いであろう。


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