“音楽室の怪”の真相
翌日の五限目、音楽の授業を中断して、夏希は事件の全容を話すことになった。
昨日、教頭に“事件の話をしたいから五限目の音楽にしてほしい”と頼み込んだところ、雅哉と話し合い、OKの返事がきたのである。
五限目のチャイムが鳴り、少しすると教頭と二人の警官と雅哉、そして無期限の停学中の義隆が教室に入ってきた。
「赤谷さん、事件の犯人がわかったみたいだが…」
瀬川警部は夏希を見つけるとすぐに言った。
「あぁ…警察がチンタラと捜査してる間に事件の真相に辿り着いてやったよ」
夏希は強気な口調で二人の警官に向かって言った。
「ほぅ…かなりの自信があるんですな」
「自信ありまくりだ」
「僕と交わした約束は果たされたようですな」
瀬川警部の言葉に、事件解決に至らないと何か処分をするという約束が、夏希の脳裏に蘇った。
(そういえば、そんな約束してたな…)
と、二人の警官を見て思う夏希。
「それでは二つ目の約束だ」
「え…?」
瀬川警部の意外な言葉に、夏希は不安を抱く。
「犯人が間違っていても処分をするっていうのはどうかな?」
瀬川警部の挑戦的な言い方に、
「オゥ! 好きなようにすればいいじゃねーか」
「それで決定だ」
瀬川警部はそう言うと、教頭と雅哉のほうを見た。
「早速、事件の真相を話してもらおうじゃないか」
教頭にそう言われると、夏希は頷いて前へ出た。
仁や美夕を始め、クラスメートは全員、夏希が犯人を間違えて処分にならないように祈っていた。
「では、早速始めましょう。今回の二つの事件で思い違いをしていたところがあるんだ。それは増田が永井を殺害したこと、ボクらの担任の河村が殺害される理由がないことだ。しかし、今回の事件の一番の基となっているのは、“ある事柄”です。その“ある事柄”を知ってしまった二人は殺害された、といったところでしょう」
夏希は緊張した面持ちで全員の顔をしっかり見て話した。
「今言った“ある事柄”というのは、あとで話しますが、まず一つ目の事件、永井からだ。永井が殺害されたあの日、“ある事柄”について犯人に詰め寄ったところ、逆にナイフで十回も刺されてしまった。我に返った犯人は、永井が腹から血を流して倒れているのに動揺してしまい、どうにか永井の死体を隠す場所がないか探した。そして色々考えた末に死体を隠すには絶好の場所が見つかり、とりあえずそこに死体を隠すことにした。翌日の早朝、早くに学校へと来た犯人は、午前七時半、中庭に死体を破棄した」
和夫の事件の真相について話した夏希は、緊張をほぐすため軽くため息をついた。
「でも、犯人は永井君を殺害に使ったナイフはどうしたの?」
一番前に座っている女子が手を挙げて夏希に聞く。
「恐らく、犯人が何らかの目的で持っているか、殺害後に捨てたんでしょう」
「しかし、ナイフを持っているとなると銃刀法違反ですね」
村木巡査長は独り言のように言った。
それが瀬川警部に聞こえていたらしく、そうだな、と小さく頷いた。
その二人の警官を横目に、夏希は続けた。
「なぜ、永井を中庭に破棄したのかわからないが、早く永井の死体を自分の側には置いておきたくはなかった、という心境があったため、発見されやすい中庭に破棄したんだと思います」
「“思います”じゃねぇ…」
瀬川警部は嫌味のように言う。
夏希は無視をして、教頭のほうを見た。
「永井がの死体で発見された日、八時までに学校に来ていた先生ってわかりますか?」
教頭は思い出すような表情をして、
「確か、私と武本先生と河村先生、あと他に二人の先生がいたんじゃなかったかな」
「この学校は早くに正門を開けるんですか?」
村木巡査長は教頭に聞く。
「正門を開けるのは午前八時です。それより早く学校に到着した先生は、正門横にある小さな門から入れるんです」
「そうなんですか」
村木巡査長は納得すると、夏希のほうを見た。
「では、次にボクらの担任の河村についてだ。河村がいなくなったのは昼休みだということ。姿が見当たらないということで探していたが、河村は犯人と話し合うために犯人と接触していたんだ」
「わざわざ“トイレに行く”と嘘をついて、犯人と会っていたというのかい?」
雅哉は首をかしげて聞く。
「そういうこと。恐らく、河村は自信がなかったんだと思う。犯人についてこれといった証拠もなく、犯人自信の証言でしか自供させられないんだからな」
「そして、犯人に殺害されたってことか」
「あぁ…。そして、永井同様ナイフで刺した後に一晩死体を自分の元に置き、音楽室に破棄した」
「しかし、この犯行は増田君でも出来るんじゃないのか?」
瀬川警部は一通り二つの事件の推理を聞くと、義隆を見ながら言う。
義隆は瀬川警部を睨む。
「永井を殺害出来たとしても、河村の時は無期限の停学中だ。少なくともボクらの学年は、そのことを知っていた。そこでわざわざ学年の人に見られる危険を冒してまで河村を殺害しに学校に来るだろうか? もし、増田が犯人なら二人を殺害した時に帰り血を浴びているはずだ。制服に血液がついているなら別だが、ついていないなら…」
夏希の言葉を遮るように、
「制服の上から何かを羽織れば、二人の殺害も可能になる」
と、強く言い切る瀬川警部。
「犯人はその日のうちに殺害してしまっている。最初に言った“ある事柄”がいつわかるかわからないのに、その日のうちに殺害は無理だ。殺害にはそれなりの用意もあるだろうからな」
夏希も負けずに言い返す。
「用意だって教室の後ろに個人のロッカーがあるじゃないか」
「確かに個人のロッカーに犯行に使われたナイフを入れることも出来る。でも、大概、教科書やジャージを入れるのに使うためのロッカーだ。万が一、ナイフなどを入れていて誰かに見られていたりしたら、それこそ問題になる」
夏希はムッとした表情で、瀬川警部に言った。
瀬川警部は言い返す言葉もなく、不機嫌そうな表情をする。
「袋に入れておけば大丈夫だろ? 後ろのロッカーは一年間個人の物なんだし…」
右から二列目の前から五つ目にの席に座っている男子生徒が言う。
どうも義隆が犯人だとまだ思っているらしい。
「それもあるだろう。しかし、一年間もナイフなんかロッカーに入れているほうがどうかしてると思うぜ」
「赤谷さん、犯人はなんで増田君を犯人に仕立て上げたの?」
真ん中の列の一番後ろの女子生徒が聞いた。
「音楽室での永井と増田の口論を見て、犯人は増田を犯人に仕立て上げたってわけだ。しかし、そこで想定外の出来事が起こった」
「予想外の出来事とは…?」
教頭は犯人が誰だか知りたい感情を押さえて聞いた。
「増田が無期限の停学になったことだ。そのことが河村を殺害するのにネックだったが、警察はまだ増田を疑っていることを知り、そのまま犯行を犯した」
「それじゃあ、その情報が入ってくるといえば…」
仁は犯人が誰だかわかってしまったような口調になる。
「そう、この中で全てのことがわかっていて、永井と河村を殺害した人物…あんただよ!! 武本先生!」
夏希は雅哉のほうを見て犯人だと告げた。
クラス中はお互いの顔を見合せいる。
雅哉のほうは動揺している。
「武本君、まさか君が…?」
教頭は雅哉を見ながら真意を聞き出そうとするが、明らかに困惑しているのがよくわかる。
「ま、まさか…なんで僕が永井と河村先生を殺害しなくちゃいけないんですか!? 赤谷、冗談もほどほどにしないと…」
雅哉は声を震わせて夏希に言った。
「冗談なんかじゃない。河村の死体が置かれていた音楽室でネクタイピンを見つけたんだ」
夏希は今までずっと隠していたネクタイピンを、ブレザーの内ポケットから取り出して雅哉に見せた。
「ここに“M”というイニシャルが彫られている。“M”というイニシャルは先生の下の名前である“雅哉”の“M”なんじゃないですか?」
「“M”なんてイニシャル、名字でも下の名前でも、この学生ならたくさんいるじゃないか。そのネクタイピンが僕の物だなんて言えるのかい?」
さっきより少し落ち着いた口調の雅哉は、ネクタイピンは自分の物ではないと主張した。
「確かにこのネクタイピンが先生の物とは言い切れないし、“M”というイニシャルは名字か 下の名前かわからない。しかし、先生は河村が殺害された日、つまりあの日ボクらのクラスは三限目に音楽の授業があった。その時していたネクタイピンが、翌日の六限目の音楽の授業にはしていなかった。毎日、ネクタイピンをしている先生が、なぜ河村の殺害の翌日にネクタイピンをしていなかったんですか?」
夏希は気丈にしっかりと雅哉を見つめて聞いた。
「たまたまだよ」
「そうですか。たまたまにしては、河村の事件以来、ネクタイピンをしていないんですね」
夏希が指摘すると、雅哉はえっと声を漏らす。
「そ、それは…」
「二つあったのに、二つともなくしたんじゃないですか?」
これは瀬川警部だ。
「永井君の死体を遺棄した場所にももう一つネクタイピンが落ちていたんです。“M”のイニシャル入りのネクタイピンがね」
瀬川警部は雅哉に中庭にもネクタイピンが落ちていた事を伝えた。
夏希は掃除婦が言っていたネクタイピンらしき物の存在を思い出していた。
「なんで“M”のイニシャル入りのネクタイピンだけで僕を犯人扱いにするんですか!? 犯人扱いにするのもいい加減にして下さい! じゃあ、二人を一晩隠しておいたことについて、どう説明するんですか!? 僕はどこに二人の死体を隠したっていうんですか!?」
雅哉は思った以上に大きな声を出して、夏希と瀬川警部に問いただした。
「それはもうわかっていますよ。ほぼ証拠のようなものだから…」
そう夏希が言うと、
「何っ!?」
体をビクつかせる雅哉。
「車のトランクですよ。先生は車のトランクの中に二人の死体を隠した。トランクの中に隠せば誰にもわからないし、まさかトランクの中に死体が入ってるなんて思わない。永井の時は当直だったのを利用して、午前七時半前に“トイレに行く”とでも言い、永井の死体を中庭に、河村の時は合唱コンの朝練に来る女子生徒が来るまでに河村の死体を音楽室に破棄したんだ。両足の付け根にアザのような物が出来ていたのは、長時間トランクの中に入れていたせいでもあるんだ」
夏希はゆっくりとした口調で話す。
「だから、それだけで僕を犯人扱いにするとはどういうつもりだ!? 赤谷、これ以上僕を犯人扱いにするとただじゃおかないぞ」
雅哉は夏希を脅す。
「警部さん、先生の車のトランクを捜査して下さい。トランクの中からルミノール反応で二人の血痕が見つかれば証拠になりますから…」
夏希の要請に、瀬川警部は頷き村木巡査長に目配せした。
そして、村木巡査長が教室を出ていこうとすると、
「…ちょっと待ってくれよ」
雅哉は小さな声で村木巡査長を呼び止めた。
「ルミノール反応なんかされたら、一溜まりもないじゃないか」
「犯人は君が…?」
教頭は信じられないという口調で雅哉を見た。
「えぇ。永井と河村先生を殺害したのは僕です」
雅哉は冷静に言った。
「先生が二人を殺害したのは、僕が冒頭に言った“ある事柄”が理由なんです」
「その“ある事柄”ってのはなんだ?」
村木巡査長は見当も付かないような表情で夏希に聞いた。
「それは“音楽室の怪”です。合唱コンの時期にしか噂にならないんだ。七年前に合唱コンでソプラノのソロを歌うことになった女子生徒が、合唱コン二日前に音楽室で心臓病でなくなった。それからその女子生徒の歌声が聞こえてくるというもの。永井はこの“音楽室の怪”のカラクリを知ってしまった」
夏希は二人の警官から前へと向きを変えた。
「その女子生徒の声がMDだということをね!!」
「MD!?」
クラス全体がどよめく。
「そう。あらかじめ、女子生徒の歌声を録音しておき、それを毎日、聴いていた。もしかして、先生はその女子生徒を…」
「好きだったよ。当時三年で身長も168cmと高くて、髪も長くストレートで、スカートから伸びる長い足。なにより美人で可愛かった。一年の時からずっと恋心を抱いていた。彼女が亡くなった日、僕は告白したけど断られてしまって…。もみ合いになり、彼女は心臓発作を起こしてしまい、その場で倒れて亡くなったんだ」
当時のことを包み隠さず話す雅哉。
「そして、心臓病で亡くなったということにしたんだ」
「どうしてそんなことを…?」
わけがわからなくなる教頭。
「僕のせいで彼女が死んだなんて言い出しにくくなってしまって…今ではすごく後悔しています」
「永井が殺された日、“音楽室の怪”の事を知られてしまった先生は、このままではダメだって思ったんですね?」
「あぁ…そうだ。河村先生の場合も同じです。“音楽室の怪”事と永井を殺害の事を言われてしまい、ついカッとなって…。“音楽室の怪”を毎年やらなきゃいけないのは、とても辛かったです」
雅哉はうなだれる。
「そんなもののためにオレを犯人にしたのかよ!? それってかなり卑怯じゃねーか!?」
今まで黙って聞いていた義隆が、怒りながら雅哉に向かって叫んだ。
「増田、すまない。本当にすまない」
「謝られたってオレはお前を許さねーからな」
義隆は捨て台詞のように言った。
「先生、一つ聞きたいことが…」
仁は雅哉を睨んで話しかける。
「二人のナイフを刺した回数の違いはなんだよ?」
いつも教師に敬語を使う仁だが、事件の犯人が雅哉だとわかったせいか、敬語を使わずに雅哉に聞く。
「特に理由っていうのはないんだ。ただ、河村先生を好きになってしまって、あまり多く刺したくなかった、というのが僕の中にあったんだ」
雅哉の答えに、呆れ返る仁。
それは夏希や美夕も一緒だ。
村木巡査長は雅哉に手錠をかけようとすると、
「今はこの学校の音楽教師だ。生徒の前で手錠をかけるのは酷だろう。学校の外に出るまではこのまま付き添ってやれ」
そう止めに入った瀬川警部。
「さぁ、行きましょう」
瀬川警部は促すと、雅哉は頷いた。
二人の警官と雅哉が教室を出ていくと、クラス全員の胸中はぽっかりと穴が開き、どこかホッとした表情になった。
そして、夏希のほうは初めて責任重大な大仕事に肩の荷が降りた。
(事件は解決したけど、武本が犯人だなんてな。でも、これで良かったんだよな…)
窓の外を流れながら、そう思っていた夏希がいた。




