掃除婦への聞き込み
事件のことが何もわからないまま二日が経った。
夏希は事件のことを書き記した紙とネクタイピンを見つめていた。
実はというと、ネクタイピンの裏にMというイニシャルが彫られていたのを見つけたのだ。
このイニシャルは誰なのか。
ネクタイピンは事件に関係あるのか。
事件に関係ないとわかれば、持ち主に返さなくてはいけない。
そして、二人の両足のつけ根についていたアザのようなものがあったのも気になる。
死体をどこかに隠したのはわかるが、それがどこなのかわからない。
和夫と江美を殺害した目的と犯人もわからない。
全てがわからずにいる夏希。
そんな夏希を見かねて、美夕は自分の地元にあるケーキ屋さんへと誘った。
「突然どうしたんだよ?」
夏希は目をパチクリさせて、店内を見渡して言った。
「自分のことで煮詰まってんだろ? 原口から聞いたよ」
「まぁ…そうだけど…」
当たっていたが遠回しに答えた。
「間違ってたかもな」
ポツリと呟く美夕。
夏希は美夕の顔を見つめる。
「事件解決するってこと言わなきゃ良かったのに…。まぁ、そんなこと言ったって夏希のことだし言うなってことのほうが無理な話なんだけどな」
「それもあるんだけど、警察はいつまでも一つの事件ばかりに構っていられねーだろ?」
夏希の言葉に、納得する美夕。
「それに警察の捜査は遅い。その理由も一つだ」
夏希の述べた理由に、美夕はわかったという表情をしてため息をつくと、
「そうか…それでか。警察もしょっちゅう学校に来るわけにはいかないからな。その点、警察以外の人間が事件のこと探るにはいいと思うぜ。警察からしてみれば厄介な人間だけどな」
「それは言えてるかも」
夏希も同感してしまう。
「原口から聞いたけど、一昨日、警察と会った時、二人してブチキレたんだって?」
美夕は笑いながら言うのを見て、そういえば…と思った夏希。
「ブチキレたというか、警察の言ったことに反論しただけだよ」
「オレもその場にいたかったな」
「お前、面白がってるだろ?」
「いや、全然…」
と、言いつつも面白半分で笑いながらの美夕。
(…ったく、その笑いは面白がってる証拠じゃねーかよ)
参ったな、という表情の夏希に、ケラケラ笑い出す美夕。
「笑うなよ。つーか、笑いすぎだし!!」
「ゴメンって。悪気があるんじゃねーんだよ」
「別にいいけど…」
そう言うと、夏希は頬づえをついて唇を結び直す。
「犯人誰だろ? ボクは増田が犯人だと思ってないんだ」
「増田じゃねーとすると、別の学校関係者が犯人ってことか?」
「うん。最初は増田が犯人だと思ってたけど、どうも違うらしい」
夏希は頭を掻きながら言う。
「“違うらしい”って…どういうことだ?」
夏希の言い方に、イマイチ把握しにくい感じの美夕。
「いくら仲が良くないからといって殺すまでに至るだろうか? よっぽどじゃないと殺すまでには至らねーだろう。ボクが思うに、二人は学校の何かを知ったんじゃないかって思う」
夏希はミルクレープを一口食べてから答えた。
美夕からすると、夏希のいっていることがどうも理解が出来ない。
「学校の何かって…?」
「まだそれはわからないけど、恐らく犯人に関する何かだと思う」
「犯人に関する何か…わかんねーよなぁ…」
頭を抱えこむ美夕。
今の時点で何もわかっていないんだから、わからないのは夏希も一緒である。
「それさえわかれば、犯人の特定が出来るんだと思うけど…」
「そっか。でも、犯人がわかればどうするんだよ?」
美夕はふと思った疑問を夏希にぶつけてみた。
しばらくの間、考えてから夏希は、
「犯人がわかった時に考えるよ」
「オレにも教えてくれよ」
「大丈夫だって。それに中間テスト終わって合唱コンが始まるまでには事件を解決してみせるよ」
「おっ、強気な発言じゃん」
カフェオレを一口飲み、明るい声で美夕は言う。
「でも、事件解決出来るのかよ? 中間テストが始まるの、来週の水曜からだぜ?」
次に心配そうにする美夕。
「いけるさ。合唱コンが再来週の木曜だろ? まだ二週間近くもあるからなんとかなるさ」
夏希はため息をつき事件のことを考えながら、椅子に深くもたれかかる。
「…ならいいけど、手伝えることがあればオレにも言ってくれよ。なんか、原口ばっかに手伝ってもらってるみて―だしな」
美夕は自分も仲間にいれさせろよというような口調に、夏希はただ笑うしかなかった。
翌週の月曜日の昼休み、夏希は弁当を食べ終えると掃除婦のいる部屋に向かった。
和夫の死体発見について、話を聞きたかったからだ。
掃除婦の部屋は、校舎の奥にある。
夏希はドアをニ、三回軽く叩いた。
すると、すぐに六十代の掃除婦が出てきた。
「どうしたの?」意外にもハリのある声の掃除婦は、夏希の顔をじっとみる。
「あの…ボクのクラスの同級生が亡くなって…それで…」
あまりの緊張に何を言っていいのかわからないでいる夏希。
「あぁ…あのことね。さぁ、中に入って」
そう招き入れてくれた掃除婦の後に続く夏希。
部屋はそんなに広くはなく、入ってすぐに台所があり、その奥に四畳半の部屋がある。
掃除婦は全員で五人だ。
「百合さん、例の件で尋ねてきた子がいるよ」
と、百合という掃除婦に声をかけてくれた。
「あら? 同級生かい?」
「あ、はい、赤谷夏希です」
夏希はペコリと会釈をした。
「立ってないでこっちに座りなさいよ。今、お茶いれてあげるから…」
机に置いてあったコップに、冷えたウーロン茶をいれて、夏希の前に出した。
「ありがとうございます」
「聞きたいことって…?」
「発見時はどういう状況だったんですか?」
「仰向けに無造作に置いてあったわ。なんというか、ゴミを捨てるような感じだったわ」
発見当時のことを思い出すように言う百合。
「警察から聞いたんですけど、十ヶ所くらい刺されていたらしいです。やっぱりそこまで見ていないですよね?」
「そうよねぇ…。そこまで見てなかったわ。お腹が血でいっぱいだったのは覚えてるけど…。死体なんか発見するのって人生初めてだから、腰抜かしちゃっててねぇ。しばらくの間、動けなかったくらいだもの。我に返って急いでこの部屋に戻り、あの電話で職員室にかけたってわけよ」
と、くすんだ黄緑色の電話を指差した百合。
「死体で見つかった子、学級委員だったんでしょ? 名前はなんていうの?
」
そう聞いてきたのは、招き入れてくれた掃除婦だ。
「永井…永井和夫です」
「そう。その永井君って恨まれる子だったの?」
別の掃除婦が興味津々に聞いてくる。
「いや、そういうわけでは…」
苦笑しながら答えた夏希。
(ボクもよく知らねーんだよな。同級生だといっても一週間程だったし、転入初日ぐらいしか会話を交わしてねーからな。他のことは仁や美夕にしか聞いてねーもんな)
ウーロン茶を飲みながら思う夏希。
「永井の死体の側に何か落ちてたの覚えていますか?」
「腰抜かしちゃった時に一瞬だけ見たんだけど、ネクタイピンらしき物が落ちていたような気がするわ。多分、警察が証拠として持っていったと思うけど…」
「どんな形してたとかは…?」
その質問に、掃除婦は首を横に降り、
「それはちょっと…」
「そうですか」
そう呟くと、夏希は黙ってしまう。
(ネクタイピンらしき物…。オバちゃんの記憶が定かじゃないからなんとも言えないけど、もしそれがネクタイピンなら音楽室に落ちていたネクタイピンと同じ物の可能性が高い。それにしても、ネクタイピンがなぜ現場に…?)
「あなたのクラスって担任も殺されたんでしょ? この学校で二度も殺人が起こるなんてどうかしてるわよねぇ」
一人の掃除婦が意味ありげに言う。
「そうよねぇ。本当に怖いわよねぇ…」
百合も同感するように言った。
(事件が起こったのはボクが転入してきてからだ。なんだかボクが疫病神みたいだなぁ…)
二人の掃除婦の会話を聞きながら、夏希はなんともいえない複雑な気持ちになった。
放課後、夏希のクラスは三十分間だけ合唱コンクールの練習をしようということになった。
あれから、夏希は掃除婦とすっかり話し込んでしまい、五限目のチャイムが鳴っていたのも気付かないでいた。
気付いた時には、すでに五限目は半分過ぎていたのである。
急いで教室に戻った夏希は、教科担当の先生にこっぴどく怒られてしまった。
「…今日の練習はここまで。解散っ!」
指揮者の女子生徒が言った。
「やっと終わったぁ―」
教室内でそういう声が聞こえてきた。
この三十分は、指揮者と伴奏者がいつもより厳しく指導したので、誰一人としてふざける者はいなかったのだ。
「夏希、途中まで帰ろうぜ!」
仁はカバンをリュックのように肩にかけて、夏希に声をかけてくれた。
「オゥ!」
二人は教室を出ると、正門へと向かう。
正門には一台の白い車がトランクを開けたまま止まっている。
車の持ち主は、トランクの中にある荷物を整理しているようだ。
通りすぎようとすると、夏希はその車に目をやりながら立ち止まった。
「どうしたんだよ?」
仁は急に立ち止まった夏希を覗き込む。
「うん…」
何か考え事をしながら返事をする夏希は、事件のことで何か思い出しそうになっていた。
(音楽室に落ちていたネクタイピン。殺害された二人の刺された回数。一晩死体を隠した場所と二人を殺害した理由。全ての糸がつながった! 二人を殺害した真犯人は…)
「仁、事件のカラクリがわかったぞ!」
「え? マジで!?」
急な展開に戸惑う仁。
「職員室に行って、教頭に話をつけてくる」
仁に背を向けて言う夏希に、
「オレもついていくよ」
「あぁ…そうしてくれたほうが心強いぜ」