夏希と仁の怒り
「夏希、死体を隠せそうな場所あったぞ」
翌日、夏希が教室に入り席に着いた途端、仁は夏希の前の席に座り言った。
「サンキュ。で、どこなんだよ?」
「体育館の裏とゴミ捨て場の中。ただ誰かに見つけられる恐れはあるけどな」
「完璧ってわけじゃねーんだな。よし、昼休みにでも行ってみるか」
ヤル気十分の夏希だが、仁はそれほどヤル気がなかったのである。
そして、あっという間に昼休みになった。
昼食を終えると、夏希は仁と共にまずは体育館の裏へと向かうことにした。
「結構、見渡しがいいんだな。夜ならいいけど、昼間はなぁ…」
「だろ? バスケ部やバレーボール部とか部活してるから死体隠すには無理だな」
仁は体育館のほうを見て言う。
(体育館の裏では無理か…)
「じゃあ、次にゴミ捨て場に行ってみよう」
二人は急いでゴミ捨て場に向かう。
ゴミ捨て場はグラウンドの片隅に一つある。
夏希はふたを開け中を覗く。
「見かけによらず結構、深いんだな。掃除が終わって、ゴミ捨てる時、ここまで誰がもってくるんだ?」
「掃除のオバちゃん。廊下の隅にゴミ袋を捨てるカゴがあるだろ? 全てのゴミを一つにまとめて掃除のオバちゃんが、このゴミ捨て場に持ってくるんだ」
仁の説明に、腕を組む夏希。
「何時頃に持ってくる?」
「四時半ぐらいだと思うぜ。ゴミを回収するのが、週に三日。月曜、水曜、金曜だ」
「じゃあ、昨日がゴミ回収日だったわけだな」
夏希はそう言うと考え込む。
(河村がいなくなったのは昼休み。せめて、殺害時刻がわかればな)
江美の場合、和夫と違い、情報が少なすぎるため、事件解決は少し難航しそうだ。
「原口!」
夏希は聞き覚えのある声に振り返る。
「ヤマテツ!」
「お前のクラス、大変だな。二人も亡くなって…」
哲平は自分の同僚と教え子が亡くなったことに胸を痛めていた。
「うん。でも、なんとかなるさ。警察よりも頼もしい奴がいるしな」
仁はチラッと夏希のほうを見て誇らしげに言った。
「そういえばそうだった。職員室でも噂になってるよ。一年七組の転入してきた赤谷っていう女子が、警察官に反抗して事件解決するって言ったってね」
哲平は夏希に笑顔で言う。
それを聞いて、改めて自分の言ったことが重大なことだと気付いた上、たった一日で教師の中でこんなに噂になってるとは知らなかったため、夏希は顔を赤くしてしまった。
「ボ、ボクはただ、警察の捜査が遅いから立ち上がっただけで…後悔はしたくないし、うやむやにはしたくないし…それで…」
夏希は早口になって何を言っているのかわからなくなる。
そんな夏希を見て、ぷっと吹き出してしまう哲平。
「意外と女の子らしいとこあるじゃん。初めて会った時もそうだったけど、普段、廊下で見かけると男の子っぽい話し方で近付きにくい感じだったけど…」
哲平はいつもの夏希を見ていたのだ。
「まぁ、何かあったら言ってくれよ。オレも手伝えることがあったら手伝うからな」
哲平はそう言うと、夏希の肩をポンッと軽く叩く。
「ありがとうございます」
ぎこちないお礼をする夏希。
「それにしても、君みたいな熱い人間がいたとはね」
哲平は意味ありげに夏希を見る。
「夏希が熱い人間ねぇ…」
「ここの生徒は何をやっても文句や反抗ばっかりでどこか冷めてる。これは教師五年目のオレの見解だけどな」
哲平はグラウンドで遊んでいる少人数の生徒を見ながら言う。
「ま、いいんじゃねーの? こういうところもここの生徒のいいところなんだし…」
「まぁな。それより教室に戻ったほうがいいんじゃねーか?」
「そうだな。また放課後来ようぜ!」
「いいけど、バイトはねーのか?」
「今日は休みだ」
すでに哲平と歩き出している仁は、夏希のほうを向いて答えた。
夏希は急いで二人の後を追いかけた。
放課後、夏希と仁は教室で和夫と江美の事件のことを紙にまとめることにした。
そうすることで、何かわかるかもしれないと思ったのだ。
「こんな感じか…」
仁は伸びをして言った。
「うん。二つの事件の共通点は、ナイフで殺害されて、一晩、死体をどこかに隠していたってところだけだな」
夏希はペンを置き、紙を見つめて言う。
「河村の情報が少なすぎる。これじゃ、事件を解決出来ねーだろ?」
「うん…」
「警察に行って聞くか?」
「無理だって。警察に行ったところで、何も教えてくれねーって…」
「そうか…そうだよな」
仁は頭を掻き、途方に暮れた表情を浮かべた。
途方に暮れているのは仁だけじゃない。
夏希もどうしていいのかわからないのだ。
「悩んでいても仕方ないな。音楽室に行ってみるか?」
「そうだな」
仁も夏希の提案に同意するように頷いた。
二人が音楽室の前まで来ると、立入禁止の貼り紙が貼ってあった。
夏希が思いきってドアを開けてみる。
ドアの鍵は閉まっておらず、簡単に中へとは入れた。
「立入禁止にしては鍵がかかってねーんだな」
「どうせ、生徒は入らねーって思ってるんだろ。おっ、ここが河村の倒れてたとこか」
仁は江美が倒れていたと思われるピアノ付近に近付きしゃがみこんだ。
ピアノ付近には江美の血痕がついているのがよくわかる。
「周りに血痕がそんなについていたいところから見ると、他の場所で殺害されたんだな」
夏希はピアノ付近以外に血痕がついていないのを確認してから言った。
「その場所さえわかれば…」
そう言った夏希の目に、ピアノの下から“ある物”が目に入った。
夏希はカバンからハンカチを取り出し、“ある物”を手に取る。
「ネクタイピンか?」
「うん。ピアノの下に落ちてた」
ネクタイピンを仁に見せる。
「誰のだろ?」
「さぁ…。武本か男子のだろうな。ここの男子もネクタイピンしてる奴いるいるしな」
「確かに。とりあえず、ボクが預かっておこう」
夏希はブレザーのポケットにネクタイピンを入れる。
「オイオイ…いいのかよ?」
「いいんだって。もし、事件の証拠だったら有利だしな」
「それが余計にヤバいって…」
「大丈夫だよ。事件さえ解決すれば、あの警官も何も言わねーって。なっ?」
マイペースに言う夏希に、心配になる仁。
「じゃあ、次は中庭に行ってみようぜ」
夏希は立ち上がる。
二人は中庭に着くと、和夫が倒れていた場所を探す。
「大体この辺か?」
夏希は和夫の血痕がうっすらついている箇所を見つけた。
「…みたいだな」
「これじゃあ、何もわからねーな。特にこれといって何も変わったところねーし…」
ため息まじりに言う夏希。
「事件のほうは進んでいるかい?」
二人の背後から声がして振り返ると、二人の警官が立っていた。
夏希は正々堂々とした態度になる。
「赤谷さん、そんなに怖い顔しなくても…」
村木巡査長は少し焦り気味に言う。
「別に怖い顔なんてしてねーよ。それより今日は何しに来たんだよ?」
夏希はつっかかるようにして聞いた。
「事件のことでわかったことがあって、校長に伝えに来たんだ。なんなら赤谷さんにも少し情報を分けてやってもいいが…」
瀬川警部は夏希をなめるように言った。
「教えてもらえるなら…」
素直に言った夏希だったが、ネクタイピンのことは黙っておこうと心の中で思っていた。
夏希と仁は、村木巡査長が運転する車に乗り、高校から約十五分走ったところにあるレストランに入った。
四人は席に着くと、ウエイトレスにオーダーし、事件の話をする体制になった。
「増田の容疑は晴れたんですか?」
最初に口を開いたのは仁だ。
「いいや。まだなんとも言えなくてね」
「でも、オレらの担任の河村先生の時、増田は無期限の停学で河村先生を殺害することは無理なんじゃないですか?」
まだ自分の同級生の容疑が晴れといないと知った仁は、少しムッとした表情をする。
しかし、さすがに江美を名字で呼び捨てには出来ずにいる。
「確かにそうなんだが、それでもちゃんとした証拠がなくては完全にシロとは言えないんだ」
瀬川警部は頭を掻きながら言う。
(増田以外に犯人だと言える人物がいねーからだろ。端から増田が犯人だと疑ってやがる)
などと、二人の会話を聞きながら思う夏希。
「それでわかったことってのは…?」
「二人の身体にアザのようなものがありまして…」
「アザ…?」
夏希は自分の耳を疑う。
「両足のつけ根についていたんですが、死体を隠す際に足を折り曲げたと思われます」
村木巡査長は二人に教える。
「両足のつけ根にアザ…。犯人はどこに死体を隠したのか? それさえわかれば…」
夏希はポツリと呟く。
仁も考え込み自分なりに事件を解決しようとしているようだ。
「死体の隠し場所っていうのはまだどこか限定していないんですか?」
仁は村木巡査長に聞く。
「どこっていう限定はしていないけど、校内のどこかだと踏んでいるんだ」
村木巡査長が答えた後に、四人がオーダーしていたものがくる。
「意外と女の子っぽいの食べられるんですな」
瀬川警部は物珍しそうな口調で、夏希の前に運ばれたチョコレートパフェと夏希を交互に見て言った。
「女の子っぽいって一応女なんだけど…」
不機嫌になる夏希。
「そうでしたな。女の子なのに男の子みたいな話し方なんですな」
「美夕と一緒だよ」
答えを言うのが煩わしくて、思わず遠回しに言ってしまう夏希。
「一緒ということは、性同一性障害ですか?」
「あぁ…。クラスに二人も性同一性障害の人間がいるのは珍しいけどさ」
夏希はため息まじりに答える。
二人の警官も納得した表情をしてしまう。
「それより他に事件のことでわかったことはねーのかよ?」
夏希は生クリームを食べた後に、話題を元に戻した。
「新たにわかったことではないのですが、犯人は二人を何度も刺していたんです。恐らく、怨恨でしょうね」
「何度もって何ヵ所ぐらい?」
「何ヵ所じゃなく腹部を一ヶ所で、永井君が十回、河村先生が四回です。この回数の違いはなんなのかは今のところわかっていないんです」
瀬川警部の答えに、チョコレートパフェを食べていた手を止めてしまった夏希。
(永井が十回に河村が四回。この大きな違いに何かあるはずだ。ちゃんとした理由が…)
「刑事さん、知っているかもしれねーけど音楽室の怪と関係はあるんですか?」
仁は思い出したように聞いた。
「今のところ関係がない、とでも言っておきましょうか。まぁ、調べていく中で二人の死が音楽室の怪と関係がでてくるかもしれませんが…」
瀬川警部はそう答えると、背広の内ポケットからタバコを一本とライターを取り出し、タバコに火をつけた。
「それにしても、河村先生が殺害される理由がわからない」
瀬川警部はタバコの煙を吐いてから呟いた。
「どういう意味なんだよ?」
夏希はわけがわからず、少しムッとした表情になる。
「河村先生は真面目な先生で生徒にも慕われていた。しかし、永井君は成績優秀で生徒会に所属していた反面、増田君と犬猿の仲だった。よって、永井君には殺害される動機があったわけだ」
瀬川警部の義隆が和夫を殺害した犯人だといわんばかりの言い方に、夏希と仁は苛立ちを覚えた。
「河村先生が殺害される理由をあげれば、美人でスレンダーな河村先生を襲うつもりだったが、騒がれてしまったため殺害されてしまった、というところかな」
瀬川警部は言い終えると、タバコの火を消した。
「理由はどうあれ殺害されていい人間なんていねーよ。オレらの学校の人間バカにしてんのかよ!?」
怒り心頭の仁は、声を荒げて二人の警官に言う。
「別にバカにしてるつもりは… 」
冷静な口調の瀬川警部。
「警察ってもう少しちゃんと捜査してくれるもんだと思ってたぜ。殺害された人間や犯人だと疑われた人間の心境も含めて全てな」
仁は吐き捨てるような言葉で言った。
仁が思っていることは、夏希も同じだった。
「今は全力を尽くして…」
村木巡査長の言葉を遮るように、
「どこが全力尽くしてんだよ? ずっと増田が犯人だと疑ってんじゃねーかよ? もし、増田が犯人じゃなかったらどう責任取るつもりなんだよ?」
夏希は一気に言ってしまう。
一瞬、二人の警官は言葉もなく唖然としていたが、二人の言い分もよくわかるという表情をした。
「二人の言い分も一理ある。だが、我々の仕事は捜査をして、重要参考人には疑う。色んな物質と共に事件を解決していくってことを忘れないで欲しいんだ。わかったかい?」
瀬川警部は美を乗り出して、夏希と仁に自分達の仕事の内容の理解を示した。
(警察っていう職業を理解していたら、始めからボク達は失言は言ってねーて…)
夏希は不機嫌そうな表情を浮かべながら、心の中で思っていた。