中庭に置かれた死体
翌日の朝、いつも遅刻ギリギリの夏希が学校に着くと、校内が騒がしかった。
なぜ、こんなに騒がしいのかわからず教室へと向かう途中、仁と会った。
「おはよう、仁。なんか、騒がしくねーか?」
夏希は開口一番仁に聞いた。
「実は永井が殺されたんだ」
仁の言葉に、えっという表情をした。
「どこで?」
「中庭だよ。掃除のおばちゃんが第一発見者らしいぜ。夏希が来る少し前に警察が来て、現場検証してるぜ」
「大体の話はわかった」
「とにかく、教室行こうぜ」
仁が促すと、二人は教室のほうへと歩き出す。
すぐに江美が教室に入ってきた。
「すでにみんなも知ってると思うけど、永井君が何者かに殺害され亡くなりました」
「永井の代わりの学級委員はどうするんだよ?」
クラスの一人の男子が、江美に聞く。
「とりあえずは学級委員不在ってことにしておくわ。落ち着いたらゆっくりと決めようと思っています」
江美の目には涙が浮かんでいる。
自分のクラスの有能な生徒が亡くなった、と思っているに違いない。
そこにドアが軽く二回叩く音がした。
江美は小さくはい、と返事をすると、ドアに駆け寄り開けた。
「泉警察署の警部の瀬川です。こちらが村木巡査長です」
二人の警察関係者が警察手帳を見せ、江美に言った。
紹介され、江美は軽く頭を下げた。
「担任の河村です。中へどうぞ」
二人の警官を教室の中へ入れ、教壇に立った。
そして、生徒にもう一度、自分達の名前を告げ、クラスのことを聞く体勢になった。
「校長先生からお聞きしましたが、殺害された永井君は成績優秀で、このクラスの学級委員であり、生徒会にも所属していたらしいですね。どういう生徒でしたか?」
瀬川警部が優しい口調で、前に座っている女子生徒に聞く。
「クラスのまとめ役で、とても真面目でした」
恐る恐る、答える女子生徒。
「そうですか。誰かに恨まれるなんてことはなかったです? 例えば、このクラスや他のクラスの生徒と口論していた、とかそういうことで構いませんが…」
次にその隣の男子生徒に聞くが、その男子生徒は少し答えにくそうな表情をした。
瀬川警部は男子生徒の表情に、敏感に反応した。
「何かあるのですね?」
瀬川警部の問いに、男子生徒はそのままの表情で曖昧に首を縦に振った。
「それは誰ですか?」
黙ったままで答えようとはしない男子生徒。
「言ってもらったほうがありがたいんですけどね。まぁ、それは全員に個別にお伺いします」
生徒の心情を察してか、これ以上、追求することをやめた瀬川警部。
「このクラスは全員何人いるんですか?」
村木巡査長が江美に聞く。
「男子が永井君を入れて二十五人、女子が十五人です」
「男子が多いんですね」
「元は男子校だったもんで…。八年前に共学になったんです」
「そうですか」
そう言いながら、村木巡査長が手帳に書き込む。
「では、これから個別に話をお聞きしたいのですが、どこか教室をお借りすることは…?」
瀬川警部は江美に聞く。
江美は少し考えてから、
「音楽室なら空いてます」
「じゃあ、二、三人のグループで話をお聞きします」
瀬川警部は全員の顔をしっかり見て言った。
それから、友達同士二、三人で順に音楽室へと向かうことになっている。
当然、夏希は仁と美夕とで話を聞かれることになっている。
そして、午前十時過ぎ、夏希達三人は呼ばれ、音楽室に向かった。
「長い時間、お待たせしてすいませんな。こちらに座って下さい」
瀬川警部は夏希達に笑って言ってくれた。
三人が椅子に腰を掛けると、名簿が目に入った。
(名簿を見ながら色々聞いてるんだな)
そう直感した夏希。
「では、早速ですがお名前を教えて下さい」
三人が名前を告げると、村木巡査長が手帳に書いている。
「赤谷さんは先週の月曜日にこの学校に転入してきたのだとかで…。前の学校はどんな学校だったんですか?」
瀬川警部の事件とは関係のない質問に、内心ガックリする夏希。
こういう質問をして、気を楽にしてもらおうという配慮なのだろう。
「単位制の学校で、音楽の勉強をしていました」
「ほぅ…。音楽とはどんな?」
「バンドです」
「どこを担当していたんですか?」
「ギターです」
「ギターですか。村木君もギターをやっていたんですよ」
瀬川警部は村木巡査長のほうをチラッと見て言った。
「そうなんです。高校の時、バイトでお金を貯めてギターを買ってやってました」
村木巡査長は白い歯をチラッと見せて言った。
「他に何か楽器はやってたんですか?」
「ドラムとピアノです」
「そんなに…? そんなに楽器が出来て凄いですな」
瀬川警部は自分が何も楽器が出来ないせいか、うらやましそうな表情を夏希に向けた。
「では、本題に入ります。先程の男子生徒が、増田という男子生徒と永井君が口論になっていた、とお聞きしたのですが、実際のところはどうだったんですか?」
「口論というか、増田が文句ばかり言うもんで、永井がなだめたり注意していただけです」
仁が代表で答える。
「文句とはどういった感じですか?」
「ついこの前の音楽の授業での出来事なんですけど、増田が“合唱コンで歌う曲が嫌だ。合唱コンなんて出ない”って言い出して、一度、授業が中断したんです」
続けて、仁が答える。
「その時の永井君の対応っていうのは…?」
「“みんなで歌わないと意味がない”みたいなことを言ってました」
仁はあの時のことを思い出しながら答えている。
「それで終わりですか?」
「いや…。増田が“オレは学級委員のお前の言うことなんて聞かない”とかなんとかで、永井がカチンときて、増田の胸ぐらをつかんだってわけですよ。さすがにそこまでくると先生が止めに入ったんですけどね」
苦笑しながら言う仁。
「では、増田という生徒には動機があるってわけですよね?」
村木巡査長は夏希達に同意を求めるが、三人はなんとも答えにくそうな表情をする。
「増田君はどんな生徒ですか?」
「オレのクラスのヤンキーだよ。茶髪でシャツの第二ボタンを開けてるイカツイ奴だよ」
次に美夕が答える。
美夕が自分のことを“オレ”と言っているのには、二人の警官も驚いた。
「オレって…女性ですよね…?」
「外見上は…。性同一性障害ですから…」
美夕の答えに、なぜ自分のことを“オレ”と呼んでいたか、二人の警官は納得した表情になった。
「話は戻しますが、茶髪のイカツイのが増田という生徒なんですね?」
三人に確認するように聞く瀬川警部。
「もしかして、前から二つ目の席の生徒ですか?」
村木巡査長は思い出したように聞いてくる。
「はい、そうです」
「それにしても、どの時代にも不良はいるんですな」
そう言いながら、瀬川警部は立ち上がりピアノのほうに近付いた。
「いや、実はね、僕の小学校から一緒の友人が不良だったもんでね。中学まではそんなことなかったんだが、高校に入ると不良グループに入ってしまって…。両親や先生に反抗的な態度を取り、パイクで暴走したり万引きや人の家のガラスを割ったり…ついには少年院送りになってしまったんです。高校一年の秋に中退、高校での友人は誰一人もいなかった。でも、唯一、僕にだけは心を開いてくれましてね。しかし、友人は僕が大学入学する頃に、実父に殺害されたんですよ」
瀬川警部は少し顔を歪めた。
「ナイフで十数ヵ所をメッタ刺しですよ。家庭内暴力をしていた友人を止めるのにナイフで刺してしまったんですよ。その時、僕は決意したんです。家庭内暴力をなくしていきたいから警官になろうって…。こうして、弁護士の夢を捨てて、警官になったってわけですよ。まぁ、今のこの時代も家庭内暴力での事件は絶えないですけどね」
瀬川警部は自分の過去の話をしてくれる。
「すいませんな、関係ない話をしてしまって…」
瀬川警部は笑顔になりながら、自分の席に座っていた席に戻る。
「いやいや…。ところで永井の殺害時刻ってのは…?」
仁は一番気になっていたことを聞いた。
「昨日の放課後で、午後五時前後です。殺害現場はまだ特定は出来ていませんが、今日の午前七時半に中庭に永井君の死体を破棄した」
村木巡査長は手帳の前のページを見て答えた。
「…ていうことは、殺害現場は中庭以外の場所ですよね?」
夏希の質問に、
「そうです。犯人は一晩どこかに死体を隠し持っていたってことです」
「でも、なんで七時半に死体を破棄したってわかるんだよ?」
美夕は腕を組み、二人の警官に聞いた。
「七時に掃除婦さんが通りかかった時には何もなかったそうなんです。仕事着に着替えて、再度、中庭を通った時に死体を見つけたんです。その時間が七時半なんです」
村木巡査長は三人に答える。
「それにしても、警察が到着したのって遅くねーか?」
警察の到着に嫌味のように言う美夕。
そんな美夕の言い方に、苦笑する二人の警官。
「我々も早く到着したかったんだが、なにぶん通勤通学ラッシュで遅くなったんだよ」
少々、焦り気味で答える瀬川警部。
それなら仕方ないか、というふうな表情をする美夕。
「でも、なんで犯人は一晩も永井の死体を持ってたんだろう?」
夏希はポツリと独り言のように呟いた。
「確かに。それになんで永井が殺害されねーといけないんだ?」
仁は和夫の死に疑問を持つ。
「永井君は恨まれる生徒ではなかったんですよね?」
「はい。友達も多かったしな。なんだかんだ言ってみんな、永井に頼ってたからな」
「凶器って見つかったんですか?」
「まだです。恐らく、犯人が持っているか、どこかに捨てたかのどちらかでしょう」
村木巡査長は会議で上司に質問されて答えてるような口調で答えた。
「これはみなさんにお伺いしているのですが、永井君が殺害時刻である昨日の午後五時前後はどちらに…?」
「ボクは美夕と二人で学校の屋上で話をしていました」
夏希ははっきりとした口調で答える。
「何の話をされていたんですか?」
瀬川警部の夏希と美夕の話の内容が気になるというふうな表情を見て、
(警察って深いところつつくんだな…)
ため息をつき思った夏希。
「美夕の相談にのってただけだよ」
「相談…ですか?」
「あぁ…。内容は言いたくないけど…」
夏希の答えに困ったなという表情をする二人の警官だったが、どこにでもあるありきたりな高校生の相談事だと解釈した。
「原口君は?」
「オレは五時からバイトだったんで、バイト先にいました」
「どこでバイトを…?」
「駅前のレストランです」
「そうですか。わかりました。今日のところはこの辺で…。長々とすいませんな」
瀬川警部は手帳を机に置いてから言った。
三人はやっと解放されたという気持ちになった。
夏希のクラス全員の事情聴取が終わったのは、午後十二時を少し回ったところだった。
二人の警官が教室に戻ってくると、義隆にもう少し話を聞きたいということで、警察に連れていかれた。
そのことはあっという間に校内の噂となって流れた。
夏希の学年では、“増田ならやりかねない”とか“増田が絶対に犯人だ”という意見が多いのは事情だ。
しかし、夏希だけは義隆のことを完全に犯人だと疑っていなかった。
何しろ、義隆が犯人だという確かな証拠がない。
ただ単に義隆と和夫があまり仲が良くない、衝突が多いだけである。
それだけで和夫を殺害した犯人だというのは無理がある。
確かな証拠がなければ、義隆が犯人だと言い切れない。
仁からその噂を聞いた夏希はそう思っていた。
和夫の死体発見の翌日、夏希の高校では校長が全校集会を開き、四日間、学校を休校にするということを全校生徒に伝えた。
それと、合宿コンクールは中間テストが終わって五日後に日をずらすとも伝えられた。
「明日から四日間休みかぁ…」
駅前のファーストフード店で仁がハンバーガーを頬張りながら言った。
「永井があんな状態で発見されたんだから仕方ねーって…」
夏希はハンバーガー片手に、ウーロン茶を飲んでから言った。
「まぁな。昨日、増田が警察に連れていかれてそのままだし、どうなってんだろうな」
何気に義隆を気にする仁。
今日、義隆は学校に来なかったため、まだ警察の取り調べを受けていると思われている。
そのせいか、昨日の噂が延長のようにされた。
「とりあえず、一旦、釈放されてるだろ。一度、家に戻って、明日また来いって感じたと思うぜ」
「そっか。なんとか、犯人が見つかればな」
仁の口調からも義隆が犯人だとは言い切れないと考えているようだった。
「増田が犯人だとは言い切れねーよな…」
「それはな。まっ、警察がなんとかしてくれるだろう」
仁は椅子に深くもたれかかりながら言う。
(なんとかしてくれればいいけど、あの二人じゃな…)
白髪まじりの穏やか口調で話す瀬川警部と、細身で長身な村木巡査長を思い出しながら、夏希はため息をつく。
「そんな深刻な顔すんなって! なるようにしかならないんだしさ」
仁はそう言うと、コーラを一気に飲み干した。
(全くお気楽なもんだ…。同じクラスメートが犯人だと疑われてんのに…)
夏希はハンバーガーを頬張りつつ、ぼんやりと思う。
「これからどうなるんだろうな」
「何がだよ?」
夏希の真剣な表情に、キョトンとする仁。
「学級委員の永井が死んで、ボクらのクラスは大丈夫なのかなって…。それに、次の犠牲者が出ないかって心配になってな」
「大丈夫だろ。オレらのクラスは言うほどヤワなクラスじゃねーよ。担任の河村を見てるとそうだろ?」
仁の答えに、納得してしまう夏希。
夏希が転入してきて以来、妙に江美のプライドが高いのがどうも気になっていたのだ。
言い方がキツイ上に、生徒に嫌なことを言われるとすぐに怒る。
そして、男子生徒と女子生徒の態度が違う。
男子生徒には、自分の若さをアピールして色目を使って話す。
女子生徒には、同じ同性なのか目の敵にしている感じなのだ。
夏希は江美のことが気になっていた。
「それに、次の犠牲者は出ないだろ」
「絶対にとは言い切れねーだろ?」
「まぁな。どうなるかわかんねーよ」
仁は頬づえをつく。
「そうだけど…。それに、河村って男子に色目を使うのが気になる」
仁に聞こえないように呟いた夏希だったが、仁にはしっかりと聞こえていた。
「ずっとそうだ。兄貴や兄貴の先輩の時からそうだ」
「河村って教師何年目?」「今年で七年目で、二十九歳。小学生の時から理数系が得意だったらしいぜ」
「なるほど。それで、数学教師になったのか」
夏希は自分と同じ高校の制服を着た女子生徒が二人歩いているのを、窓越しに見ながら言った。
「とにかく、このことは忘れようぜ!」
仁は事件の話はこれでおしまいだという口調で、夏希に言った。