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美よし野  作者: 杜若彩女
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『平成好色五人女物語』 其の二

 東京に銀座、新宿、大阪には道頓堀、京都にあっては新京極。いずれの都市にも、その規模に応じた中心の、所謂盛り場がある。札幌の狸小路は、東京以北の代表的な繁華街であり、且つ商店街である。とは、一昔前の話しに過ぎない。


“石狩を大阪とし、津石狩を伏見と見、川筋三里を上がり爰に府を定め、銭函小樽をして尼ヶ崎、西宮とし、手宮に沖口をたて、兵庫、神戸に比さん”


 ご承知の通り、北海道はその昔“蝦夷地”と呼ばれ、本州からの和人によって開拓された地である。当時、首府となった札幌は京都をモデルとして区画され、同時期より狸小路は自然発生的に繁栄したと言われている。街の中心に、南北の防火を目的として造られた大通り公園は、ニューヨークのセントラルパーク、パリで謂う所のシャン・ド・マルスに相当する。些か過言ではある。現在の大通り公園一丁目に聳える札幌のエッフェル、もといテレビ塔は碁盤の目の中心であり、そこから東西南北が始まる。東は二十二丁目、西は三十丁目、南は三十九条、北に至っては五十一条まで存在する。南北の条、東西に丁目、これでその位置を示す。余談ではあるが、一丁の周囲は粗方百メートルである。この際、パリ行政区の様な区分け方式を提言する。

 狸小路とは、大通り公園から南に数えて二つ目と三つ目、南二条通りと南三条通りの間に位置する中小路であり、一丁目から十丁目まで、単純計算でも千と百メートルに渡り商店が軒を連ねている。しかし、正式には狸小路商店街の組合に加盟している、一丁目から七丁目までを狸小路と呼び、八丁目から十丁目までのそこは、昔からの地元民達がその様に呼んでいる通称に過ぎない。それを物語る様に、商店街のアーケードは七丁目までで途切れているし、そこを境にして八丁目以降は一般道路と同化している。それも、どうかしていると思う所存だ。シャッターを降ろしたままの店舗や、駐車場と化した空地等その閑散とした様は、東京以北最古にして最大の商店街を名乗るには、些か恐縮する程に歩く人も疎らである。

 喫茶“美よし野”は、乃枝の祖母が現在の狸小路九丁目に看板を掲げ、北の官庁、南は薄野遊郭に挟まれる形で、長きにわたり憩いの場、生活の一部として庶民に親しまれて来た場所なのである。その人通りの少ない狸小路の片隅、昔ながらの風情を保つ佇まいに、本日何組み目かの来客である。入口の扉でそれを告げる鐘の音と、鈍く輝く銅製の鍋から立つ緩い湯気が、喫茶店特有の雰囲気に一役買っている。

                       ◇◆◇◆

「ちょっと聞いてよ――」

 扉を引いた途端、何やら文句を放ちながら店内へ足を踏み入れる女。その勢いは結構なものだ。

「昨日上げた原稿、差し替えるって言うのよ――ったく、やってらんないわよ」

 軽く茶色かかった前下がりのショートボブ、細いセルフレームのアイウエア、シンプルなデザインのパンツスーツからは知的な印象を受ける。女は先に、大きめの黒いトートバッグをカウンター席に置くと、立ったまま乃枝に向って仕事の愚痴をこぼし始めた。女の名は、草影(くさかげ) (きみ)。地元出版社に勤める編集者であり、乃枝の幼なじみである。名を逆さにすると、北海道の代表花である鈴蘭の別名になる事から仲間内では“お鈴”と呼ばれている。

「遅かったわね。――とりあえず座ったら?」

 乃枝の沈着な対応に、君は込み上げる思いを抑え切れぬまま椅子を引いた。座ると言うよりも、腰を落とすと言った方がいいだろう。何せ、一つひとつの動作が投げ遣りで、今にも奇声を上げそうな勢いである。と、首を竦め鼻で息を深く吸い込んだ途端“ああ――っ”に濁点を幾つも追加した様な声、いや音を放ちながら、力尽きた様にカウンターへと項垂れて行った。その様子を端から見ていた八重は、カウンターに置いた鏡を折りたたみ、クロエのバックへと仕舞いながら、何かを察した様に質問を始める。

「ねえ、その差し替えられた原稿って……例のアレ?」

 八重の言う“例のアレ”とは、幼なじみ兼常連客チームの中で唯一の存在である一人の男の事を指していた。名を、大紅(おべに) 空木(うつぎ)と言う、れっきとした芸術家である。自身が主宰するアートスクールを持ち、在籍する生徒らの発表会を兼ねた催しが市内各所で度々行われている。その殆どが美術館や催事場ではなく、ストリート的な場であったりする事から、今回君の出版社から発刊されている地元タウン誌に特集を組まれたと言う訳だ。無論、君の勇み立った気持ちは、幼なじみである乃枝達には痛々しく伝わる。

「差し替えの理由は?何て言われたのよ」

 乃枝は、頼まれてもいないエスプレッソを準備しながら、君に問い掛けた。

「私情が入り過ぎだ――って、購買層とか理解してんのか――だってさ」

 未だカウンターに伏せたまま狭い空間で反響する君の返答は、若干聞き取りずらく乃枝に届いた。

「ウッキの記事なのよ。当然じゃない?私情が入ってこそ読者に伝わるってもんでしょ」

 八重は、椅子に浅く凭れた位置から井上のおばちゃんを挟み、君にフォローを投げ掛けた。乃枝は倒れ込んだ君の頭ら辺にエスプレッソを置きながら、幼なじみ特有の励ましを贈る。

「――で?言われるだけ言われて帰って来た訳。あたし達に愚痴る為に?あんたも立派な社会人になったもんねえ」

 君は、前髪で顔を覆ったまま、むくっと身を起こした。

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