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動かすもの

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 「この『仕事』をしてると、引越しが多くなって困るな、っと。」


ぼやきながら、抱えていたダンボールを足元に下ろした。

もう何度目の引越しだろう。 少なくとも、両手の指だけでは足りない。


 「場所はいいとして、安普請が気に入らないな。」


地下鉄と駅からは徒歩10分圏内と申し分ないの無い立地。

しかし、建物の古さや造りの甘さで避けられているんだろうか。

それでも、今の俺にとっては、家賃の安さと便利さが一番。

ジメジメした1階ではなく、日当たりがそこそこな2階であることも気に入った。

何より、「あんなことがあった」土地からは少しでも離れたかった。



 「やりすぎた、なんて気にしてたらしょうがないよな。 テレビテレビと。」


アンテナをジャックに突っ込み、テレビの電源を入れてみる。

ブンといういつもの音の後に、画面が徐々に鮮明になってくる。

チャンネルの設定は、いじらなくても問題ないようだった。


 「今日はもうこのくらいだな。 キリがない。」


そのままテレビの電源を切り、腰を下ろす。 そしてそのまま体を横たえた。

いい感じで体が疲れている、と感じた瞬間、意識は遠くに飛び去った。





トン、トン。


ハッとして目が覚めた。

どうやらしばらく寝てしまっていたらしい。

床にそのまま寝ていたせいか、体の節々が痛む。

腕にはめていた時計を見ると、既に夜中の2時近い。

つけっぱなしだったテレビは、面白くもないバラエティを垂れ流しているようだ。


 「思ったより疲れてたんだな。」


上半身をゆっくりと起こし、ふと気づく。


そういえば、さっきの音は… なんだ?


ま、気のせいか。

さて、腹も減った。 近くにコンビニはあったかな。



トン、トン。


気のせいでは、ないな。

隣室の人間がささやかに壁を叩いている音、だろうか。

時間も遅いのに、普通の音量でテレビをつけているからうるさいのだろうか。


 「すみませんね、っと。」


そのままリモコンでテレビの電源を切った。

ちょっとした違和感。 なんか変じゃないか?

けど、その違和感は空腹への意識に摩り替わった。

コンビニに向かうか。

よっと立ち上がり、そのまま財布を引っつかんで玄関へと向かう。


トン、トン。


もううるさくないだろ?

それとも、隣人の方がこの夜中に何かやってるんだろうか。

音が鳴ったほうの壁を睨んでみる。

帰ってきてからも鳴らすようなら、注意しに行こう。

もしかすると、意識せずに鳴らしてしまってる音かもしれないし。



玄関から一歩出て、1つ目の違和感に気づいた。


 「こっち側… 部屋無いじゃん… ここ2階なのに、なんで壁から音が鳴って…」


誰かが音を鳴らしているはずの空間は、部屋ではなく宙だった。

もしかすると、下の階からの音だったかもしれない。

いやいや、あれは明らかに隣側からの音。

寝ぼけていたとしても、聞き違えることはない。

けれど、そこに『あるはずの部屋』は存在していない。

しばらくぼーっと、何も無い空間を眺めていた。





あまり深く考えないようにして、少し暖められた弁当を片手に帰ってきた。

コンビニも歩いて5分かからないし、この物件は本当にお得だったな。

お得… だよな?

あの音だって、何かが壁に当たった音かもしれないし、気にするほどのことでもない。

なんだかんだと考えているうちに、いつの間にか自室のドアの前。

気を取り直して、ドアの鍵を開けた。

隣の空間を少し気にしつつ、玄関へと歩を進めた。


2つ目の違和感。


 「絶対に消した。 間違いなく出かける前に消した!」


テレビがついてる。

勘違いは、ありえない。

間違いなく消した。

そういえば、寝てしまう前も間違いなく電源を消していた。



おかしいだろ! なんなんだよ、この部屋!

誰か侵入でもしてきてるのか?

靴を後ろに蹴飛ばしながら脱ぎ捨て、テレビの明かりでぼぉっと明るい居間へ。

まずは電気をつける。


テレビがついていること以外は、出る前と同じ状況のはずだ。

そして、奥の部屋からわずかな物音。


 「そっちか! 何なんだよ!」


ドアをバンと音が出るほどの勢いで開け放つ。

薄暗い部屋の中、奥の机の上がぼぅっと光っている。


 「パソコンか…」


電源をつけっ放しにしていたわけがない。

もし引越し前についたままだったとしても、スクリーンセーバーになってるに決まってる。

画面が出ているということは、さっきまで誰かが触っていたことになる。


 「イタズラならそろそろ出て来いよ? 本気ならそのまま待ってろ。」


居間に置きっぱなしだったゴルフバッグの中から、アイアンを一本取り出した。

俺に恨みを持ってる人間の仕業か?

心当たりがありすぎて、何人もの顔が浮かんでは消えた。

それにしても、引っ越してすぐにこんな目に会うなんて。


 「おいおい。 押入れか?」


押入れを開け放つ。 誰もいない。

奥の部屋から台所、風呂場、便所と探してみるが、気配は無い。

くまなく部屋を探したが、自分以外の誰かが存在している空間は無い。

もういなくなったのか。 それとも、最初から誰もいなかったのか。


慣れない空間で過ごして、精神的に不安定になってるのはあるのかもしれない。

いい加減、夜も明けてしまう。 そろそろ本格的に寝よう。

はぁ、とため息をついてその場に座り込もうとして思い出した。


 「そういえばパソコンつけっぱなしか。」


めんどくさいな、まったく。

そのままパソコンの前に戻った。

画面が既にスクリーンセーバーになっていたので、まずはマウスを動かそうとして気づく。

そもそも…


 「電源つけてないだろ… なんだよこれ…」


マウスどころか、電源コードすら入っていない。

モニターもただ設置しただけ、接続しているわけがない。


 「な、なんなんだよ! これ! おかしいって!」


とんでもない状況だと頭では認識していても、目はモニターを凝視して離れない、離せない。

スクリーンセーバーが勝手に解除され、ポインタが勝手に動く。

見慣れた壁紙の上を、滑らかにポインタが動き、たまに起動していたアプリケーションを開く。


 「こ、これは…」


アプリケーションを操作して、音楽、というか機械音声に歌を歌わせるソフトだった、

どういうことだ?

そしてあっという間に作られていくファイル。

もう不思議も恐怖も通り越して、ただ見守るしかなかった。

ふと、画面の動きが止まる。

そして再生ボタンが押された。


 「アナタノコトガ、スキデシタ ホントウニ、ホントウニ」


 「アンナコトニナルナンテ、ゼンゼンオモッテナカッタ…」


なっ、なんなんだ! もしかして…


 「そ、そんなわけないだろ! まさか… いや…」


 「ワタシハアナタニツタエタイコトガアルノ」


そんなバカなことがあるか!

なんだよこの声! いつもと違うだろ!

いつものプログラムの声じゃないだろ!

この声は…


 「お前は…」


 「マダワスレテナカッタノネ アリガトウ デモ… ワカッテルヨネ?」


 「ワタシガツタエタイコト…」


ああ、こんな結末ありなのか?

そんなバカな話が…


 「ヤクソクドオリ…」


 「シンデ」





 「あー 心臓麻痺らしいですよ。 ついてないホトケさんっすねぇ。」


 「おい。 不謹慎だぞ。」


少し恰幅のいい刑事が部下をたしなめる。


 「ところで警部。 こいつ詐欺師なんですよね? 結婚詐欺専門の。」


 「ああ。 この間も別の管轄署で取調べを受けているようだな。」


両方の刑事が、現場を大きく見回す。


 「詐欺の被害女性が、自殺した。 ってあの件な。」


 「それは間違いないんすよね?」


恰幅のいい刑事が首をすくめる。


 「さあ…な。 遺書もなかったらしいからな。」


 「そうすか。 心中でもする気だったんすかね?」


 「不謹慎だと言ったろ。 ほら、署に戻るぞ。」

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