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なぜ転生者は、全員日本人なのか

掲載日:2025/12/26

 私の名前は、田中誠一。享年四十二歳。

 元高校の地理教師だった。


 転生先は、典型的な「剣と魔法の異世界」。

 私は、王立図書館の司書として第二の人生を始めた。


---


「シンイチ殿、また古地図の整理ですか」


 同僚のエルフ司書・リーナが声をかけてくる。

 彼女はこの図書館で三百年働いているベテランだ。


「ああ。この図書館には、貴重な地図が多くてね」


「地図がそんなに面白いですか?」


「地図は、世界の記録だからね」


 私は棚から古い巻物を取り出した。

 羊皮紙の手触り。かすかなインクの匂い。


 ——でも、時々思うんだ。


 この世界の地図には、どこか「違和感」がある。


---


 違和感その一。

 ——地形が、妙に「見覚えがある」。


 大陸の形。山脈の配置。海岸線の曲がり方。

 どこかで見たことがあるような、ないような。


 気のせいだと思っていた。

 でも——司書として地図を見れば見るほど、その感覚は強くなっていった。


---


 違和感その二。

 ——「転生者」が、多すぎる。


 この世界には、私のような「日本から来た転生者」が数多くいる。

 偶然にしては、多すぎないか?


 しかも——全員、日本人だ。

 アメリカ人も、中国人も、ヨーロッパ人も聞いたことがない。


 なぜ、日本人だけが転生してくるのか。

 転生神ツクヨに聞いても、「縁があるから」としか答えてくれなかった。


---


 違和感その三。

 ——「魔王」の正体が、分からない。


 魔王は百年前に討伐された。

 でも——誰も、魔王が「何だったのか」を説明できない。


 悪の権化? 異次元からの侵略者?


 どの本を読んでも、曖昧な記述しかない。

 まるで——誰かが、意図的に真実を隠しているかのように。


---


 ある日。

 禁書庫の整理を任された。


 魔王討伐から百年。

 かつて封印されていた資料の一部が、ようやく一般公開されることになったのだ。


「シンイチ殿、お気をつけて。禁書庫には——触れてはいけないものもあります」


 リーナの言葉が、妙に重かった。


---


 禁書庫は、薄暗かった。

 魔法のランプが、かろうじて通路を照らしている。


 棚には、古びた本や巻物がびっしりと並んでいた。

 カビの匂い。埃の匂い。そして——どこか、懐かしい匂い。


(懐かしい……?)


 私は足を止めた。


 この匂い——どこかで嗅いだことがある。

 でも、思い出せない。


---


 一枚の地図が、目に留まった。


 他の資料とは違う、特別な保存容器に入れられている。

 魔法の封印が施されていた。


(これは……)


 司書としての権限で、封印を解除した。

 容器を開ける。


 中から出てきたのは——ボロボロの羊皮紙。


 広げた瞬間——私は、息が止まった。


---


 描かれていたのは、弓なりの島々。


 ——日本列島だ。


 いや、待て。

 見間違いかもしれない。


 でも——地図の隅に、文字が書いてある。


『HONSHU』

『KYUSHU』

『HOKKAIDO』


 アルファベットだ。

 この世界の文字じゃない。


 ——なぜ、異世界の禁書庫に、日本列島の地図がある?


---


 心臓が早鐘を打つ。


 地図の下部に、小さな署名があった。


『西暦三七四二年作成 旧暦二〇二四年の記録を基に復元』


 ——西暦三七四二年。

 ——旧暦二〇二四年。


 私が死んだのは、二〇二四年だ。


「……待てよ」


 声が震えた。


 西暦三七四二年から、二〇二四年を引くと——


 ——千七百十八年。


---


 頭の中で、パズルのピースが繋がっていく。


 ——この世界は、「異世界」じゃない。

 ——千七百年後の、地球だ。


 大陸の形に見覚えがあったのは、当然だ。

 地形が変わっても、基本的な形は残る。


 転生者が日本人ばかりなのも、説明がつく。

 「転生窓口」は、特定の地域——日本——から魂を呼び寄せているんだ。


 女神ツクヨの名前も——日本神話から来ている。


 全部、繋がった。


---


「発見しましたか」


 背後から声がした。


 振り返ると、リーナが立っていた。

 三百年生きたエルフの瞳が、静かに私を見つめている。


「……知っていたのか」


「ええ」


 リーナが近づいてくる。


「私は、大崩壊を生き延びた者の末裔ですから」


「大崩壊……?」


「西暦二三〇〇年頃。人類の文明が——終わった日のことです」


---


 リーナが語り始めた。


 核戦争か、環境破壊か、詳細は伝わっていない。

 ただ——人類の九割以上が、死滅した。


 生き残った者たちは、「魔法」という新しい力に目覚めた。

 放射線による遺伝子変異か、それとも別の何かか。


 エルフ族は——放射線耐性を持つミュータント。

 三百年の寿命も、遺伝子改変の結果だという。


「では——魔王とは」


「大崩壊前の兵器です。自己進化型のAI。千年の時を経て、『魔族』を生み出し、『魔王』を名乗るようになった」


 ——勇者たちが戦っていたのは、人類の過去の過ちそのものだった。


---


「なぜ……隠している」


「知らない方が、幸せだからです」


 リーナの声は、優しかった。


「過去を知って、何が変わりますか。人類が愚かだったと知って、誰が救われますか」


「でも——真実は——」


「真実は、時に人を壊します」


 リーナが私の手を取った。


「あなたは——どうしますか、シンイチ殿」


---


 私は——考えた。


 この真実を、公開するべきか。

 それとも——リーナたちのように、隠し続けるべきか。


 人々は知る権利がある。

 でも——知ったところで、何が変わる?


 過去は変えられない。

 できるのは——未来を作ることだけ。


---


 三日間、考え続けた。


 そして——私は決めた。


「リーナ、この地図を一般公開資料に移してくれ」


「……本気ですか」


「ただし——解説をつける。学術的な注釈を。証拠資料との照合を。読者が自分で判断できるようにする」


 私は言った。


「真実を押し付けるんじゃない。考える材料を提供するだけだ」


「それが——あなたの答えですか」


「ああ。俺は——教師だからな」


---


 半年後。


 私の本——『失われた大陸の記録』——が出版された。


 賛否両論。

 「興味深い仮説」と評価する者もいれば、「陰謀論」と笑う者もいた。


 それでいい。

 真実は、一夜で広まるものじゃない。


---


 ある日。

 図書館に、一人の少年がやってきた。


「すみません、『失われた大陸の記録』って本、ありますか」


 私は微笑んだ。


「あるよ。——君も、興味があるのかい」


「はい! 僕、将来は冒険者になって、この『失われた大陸』を探しに行くんです!」


 少年の目が、きらきら輝いていた。


「——いい夢だな」


 私は本を手渡した。


「きっと見つかるよ。探し続ければ」


「ほんとですか!」


「ああ。——だって、その大陸は、確かに存在したんだから」


 少年が本を抱えて走っていく。


---


 リーナが隣に立った。


「良かったのですか。彼は——真実を知ることになりますよ」


「知った上で、どう生きるかは彼が決めることだ」


 窓の外に、青い空が広がっていた。


 この空は——千七百年前と、同じ空。

 太陽も、月も、星も——変わらない。


「人類は一度滅びかけた。でも——また立ち上がった」


 私は言った。


「次の世代は、俺たちより賢くなる。——そう信じるしかないだろ」


---


 リーナが小さく笑った。


「あなたは——良い教師ですね」


「ただの地理オタクだよ」


 私は——空を見上げた。


 いつか、あの少年が真実を知る日が来る。

 その時——彼は、何を選ぶのだろう。


 絶望か。希望か。

 過去への怒りか。未来への決意か。


 ——楽しみだな。


 それを見届けることが、俺の第二の人生の意味なのかもしれない。


(了)


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