なぜ転生者は、全員日本人なのか
私の名前は、田中誠一。享年四十二歳。
元高校の地理教師だった。
転生先は、典型的な「剣と魔法の異世界」。
私は、王立図書館の司書として第二の人生を始めた。
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「シンイチ殿、また古地図の整理ですか」
同僚のエルフ司書・リーナが声をかけてくる。
彼女はこの図書館で三百年働いているベテランだ。
「ああ。この図書館には、貴重な地図が多くてね」
「地図がそんなに面白いですか?」
「地図は、世界の記録だからね」
私は棚から古い巻物を取り出した。
羊皮紙の手触り。かすかなインクの匂い。
——でも、時々思うんだ。
この世界の地図には、どこか「違和感」がある。
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違和感その一。
——地形が、妙に「見覚えがある」。
大陸の形。山脈の配置。海岸線の曲がり方。
どこかで見たことがあるような、ないような。
気のせいだと思っていた。
でも——司書として地図を見れば見るほど、その感覚は強くなっていった。
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違和感その二。
——「転生者」が、多すぎる。
この世界には、私のような「日本から来た転生者」が数多くいる。
偶然にしては、多すぎないか?
しかも——全員、日本人だ。
アメリカ人も、中国人も、ヨーロッパ人も聞いたことがない。
なぜ、日本人だけが転生してくるのか。
転生神ツクヨに聞いても、「縁があるから」としか答えてくれなかった。
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違和感その三。
——「魔王」の正体が、分からない。
魔王は百年前に討伐された。
でも——誰も、魔王が「何だったのか」を説明できない。
悪の権化? 異次元からの侵略者?
どの本を読んでも、曖昧な記述しかない。
まるで——誰かが、意図的に真実を隠しているかのように。
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ある日。
禁書庫の整理を任された。
魔王討伐から百年。
かつて封印されていた資料の一部が、ようやく一般公開されることになったのだ。
「シンイチ殿、お気をつけて。禁書庫には——触れてはいけないものもあります」
リーナの言葉が、妙に重かった。
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禁書庫は、薄暗かった。
魔法のランプが、かろうじて通路を照らしている。
棚には、古びた本や巻物がびっしりと並んでいた。
カビの匂い。埃の匂い。そして——どこか、懐かしい匂い。
(懐かしい……?)
私は足を止めた。
この匂い——どこかで嗅いだことがある。
でも、思い出せない。
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一枚の地図が、目に留まった。
他の資料とは違う、特別な保存容器に入れられている。
魔法の封印が施されていた。
(これは……)
司書としての権限で、封印を解除した。
容器を開ける。
中から出てきたのは——ボロボロの羊皮紙。
広げた瞬間——私は、息が止まった。
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描かれていたのは、弓なりの島々。
——日本列島だ。
いや、待て。
見間違いかもしれない。
でも——地図の隅に、文字が書いてある。
『HONSHU』
『KYUSHU』
『HOKKAIDO』
アルファベットだ。
この世界の文字じゃない。
——なぜ、異世界の禁書庫に、日本列島の地図がある?
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心臓が早鐘を打つ。
地図の下部に、小さな署名があった。
『西暦三七四二年作成 旧暦二〇二四年の記録を基に復元』
——西暦三七四二年。
——旧暦二〇二四年。
私が死んだのは、二〇二四年だ。
「……待てよ」
声が震えた。
西暦三七四二年から、二〇二四年を引くと——
——千七百十八年。
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頭の中で、パズルのピースが繋がっていく。
——この世界は、「異世界」じゃない。
——千七百年後の、地球だ。
大陸の形に見覚えがあったのは、当然だ。
地形が変わっても、基本的な形は残る。
転生者が日本人ばかりなのも、説明がつく。
「転生窓口」は、特定の地域——日本——から魂を呼び寄せているんだ。
女神ツクヨの名前も——日本神話から来ている。
全部、繋がった。
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「発見しましたか」
背後から声がした。
振り返ると、リーナが立っていた。
三百年生きたエルフの瞳が、静かに私を見つめている。
「……知っていたのか」
「ええ」
リーナが近づいてくる。
「私は、大崩壊を生き延びた者の末裔ですから」
「大崩壊……?」
「西暦二三〇〇年頃。人類の文明が——終わった日のことです」
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リーナが語り始めた。
核戦争か、環境破壊か、詳細は伝わっていない。
ただ——人類の九割以上が、死滅した。
生き残った者たちは、「魔法」という新しい力に目覚めた。
放射線による遺伝子変異か、それとも別の何かか。
エルフ族は——放射線耐性を持つミュータント。
三百年の寿命も、遺伝子改変の結果だという。
「では——魔王とは」
「大崩壊前の兵器です。自己進化型のAI。千年の時を経て、『魔族』を生み出し、『魔王』を名乗るようになった」
——勇者たちが戦っていたのは、人類の過去の過ちそのものだった。
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「なぜ……隠している」
「知らない方が、幸せだからです」
リーナの声は、優しかった。
「過去を知って、何が変わりますか。人類が愚かだったと知って、誰が救われますか」
「でも——真実は——」
「真実は、時に人を壊します」
リーナが私の手を取った。
「あなたは——どうしますか、シンイチ殿」
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私は——考えた。
この真実を、公開するべきか。
それとも——リーナたちのように、隠し続けるべきか。
人々は知る権利がある。
でも——知ったところで、何が変わる?
過去は変えられない。
できるのは——未来を作ることだけ。
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三日間、考え続けた。
そして——私は決めた。
「リーナ、この地図を一般公開資料に移してくれ」
「……本気ですか」
「ただし——解説をつける。学術的な注釈を。証拠資料との照合を。読者が自分で判断できるようにする」
私は言った。
「真実を押し付けるんじゃない。考える材料を提供するだけだ」
「それが——あなたの答えですか」
「ああ。俺は——教師だからな」
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半年後。
私の本——『失われた大陸の記録』——が出版された。
賛否両論。
「興味深い仮説」と評価する者もいれば、「陰謀論」と笑う者もいた。
それでいい。
真実は、一夜で広まるものじゃない。
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ある日。
図書館に、一人の少年がやってきた。
「すみません、『失われた大陸の記録』って本、ありますか」
私は微笑んだ。
「あるよ。——君も、興味があるのかい」
「はい! 僕、将来は冒険者になって、この『失われた大陸』を探しに行くんです!」
少年の目が、きらきら輝いていた。
「——いい夢だな」
私は本を手渡した。
「きっと見つかるよ。探し続ければ」
「ほんとですか!」
「ああ。——だって、その大陸は、確かに存在したんだから」
少年が本を抱えて走っていく。
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リーナが隣に立った。
「良かったのですか。彼は——真実を知ることになりますよ」
「知った上で、どう生きるかは彼が決めることだ」
窓の外に、青い空が広がっていた。
この空は——千七百年前と、同じ空。
太陽も、月も、星も——変わらない。
「人類は一度滅びかけた。でも——また立ち上がった」
私は言った。
「次の世代は、俺たちより賢くなる。——そう信じるしかないだろ」
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リーナが小さく笑った。
「あなたは——良い教師ですね」
「ただの地理オタクだよ」
私は——空を見上げた。
いつか、あの少年が真実を知る日が来る。
その時——彼は、何を選ぶのだろう。
絶望か。希望か。
過去への怒りか。未来への決意か。
——楽しみだな。
それを見届けることが、俺の第二の人生の意味なのかもしれない。
(了)
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