表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

愛と異能と戦場3-2

時計を見ると6時30分もう少し寝ていても問題ないが部屋の中にいつもとは違う匂いが漂っていることに気づき目が覚めた。

「アズマさんおはようございます。朝食作ったので食べてください」

薄緑色のエプロンをしたクルハがキッチンに立っていた。いつもは完全栄養食と野菜ジュースで済ましていたため朝から白い皿が並ぶ光景は照明以外の何かで輝いているように見えた。

「冷蔵庫にあった野菜や食品を勝手に使ってしまってすみません。あとで買い足しておきます」

申し訳なさそうな顔をしているが別に怒っているわけではない。朝からこんな手の凝った食事を作ってくれたことにこちらの方が申し訳ない気持ちになる。

しかし誰かと一緒に朝食を食べるのは軍にいたとき以来だろう。あの頃は同期がもっと食べろと私の少なすぎる食事量にいちいち文句をつけていた。

初めはどうしてそこまで口出しするのかと鬱陶しさを感じていた。あの軍で私個人のことを考えてくれる人は少なく、そして貴重な存在であったと気づいたのは失ってからであった。

口うるさい同期もいなくなってしまいそれからは後輩であるミイロに誘われる以外はずっと一人であった。

出来立てが一番おいしいですよ。クルハの声で過去のことを思い出すことを止めた。目の前に座っている彼を見ると笑顔で盛り付けをしていた。机には目玉焼きとハムが乗った皿が置かれていた。起きたときから充満していた少し焦げた肉の匂いのせいで空腹であった。


一口食べうまいと漏れた言葉にクルハはそれは良かったですと嬉しそうに笑みを浮かべていた。クルハとの朝食は軍にいたときとは正反対の静かな食事だが、先輩からとやかく言われていた時と同じような和やかな食卓になっていた。

「洗濯は機械の操作がわからなくてできませんでした」

ですから洗濯のほうをお願いしてもいいでしょうか? 食後、食器を洗おうと流しに食器を持って行こうとしたところをクルハに止められた。彼曰く機械だけは不慣れで説明書さえあれば問題ないらしいが生憎説明書がどこにあるかわからず、壊してしまうことを恐れ触らないでいたようだ。

朝食を作ってくれただけでありがたかったためそこまで客人にさせるわけにはいかない。洗濯するものはもう洗濯機に入れたか確認し洗濯機のスイッチを入れた。

洗濯機のタイマーが鳴った頃には眠気も消え去っていた。それまでの時間は久々に部屋の掃除をしていた。普段中々掃除をする気にならず部屋に散乱していたごみを一つに纏め終えたところであった。いつも通り洗濯籠に移そうとするが、人一人増えた分多くなった洗濯物を一回で運ぶのは難しそうであった。


「クルハ、すまないが手伝ってくれ」

キッチンにいるはずのクルハに向け大声で呼ぶとスリッパを履いているときのパタパタという独特の足音が近づいて来た。

「ああ、洗濯物…… 。どこに運べばいいですか」

洗濯籠に入り切らない洗濯物を見てクルハは察したようだった。

「ベランダに持って行く物干し竿があるからそれに干すのを手伝ってくれないか」

籠に入った洗濯物を持ったクルハと共にベランダへ出た。

「上着を貸してもらったときにも思いましたけどアズマさんの服って大きいですね」

私の服をハンガーに通しながらアズマは言う。身長と体の厚みによって普通サイズの服を着られないため服のサイズは大きいものになってしまう。一般の平均身長よりやや低く普通サイズでも余裕ができるクルハからするとそう感じるのも無理もないことだ。

「そういえばアズマさん、いつもお昼ごはんってどうしていますか」

大方の洗濯物干し終えたころクルハから尋ねられた。

「大体は出来合いの物を購入したり忙しいときはゼリー飲料で済ませたりしているな」

健康に悪いのは理解しているが夕飯とは違い作っている時間がない。

「毎日そんな昼食で不健康になっても知りませんよ」

とネイトは毎日昼食になると私の昼食に文句をつけてくる。自覚もあるため改善したいとは思っているのだがなかなか難しいものだ。


一人暮らしになってからいつも料理を作っていた母親の大変さが身に染みてわかった。

「そうだろうと思いました。お弁当作ったので持って行ってください。はじめ、弁当箱ないかと思って焦りましたよ」

キッチンに行くと昔くじ引きで当たった弁当箱がテーブルの上に置かれていた。近くには保冷材の入ったバックがありこれに入れて持って行けとのことなのだろう。使わないからと戸棚のかなり奥の方にしまい込んでいたはずなのによく見つけられたなと感心する。

「それじゃあ僕は時間なので」

パン屋は仕込みなどの準備があるためか私よりも早くクルハはここを出ていこうとする。玄関にいた彼に少し待てと引き留め、靴箱に置いていた一回も使ったことのない合鍵を渡した。

「洗濯ものもあるし、私が留守にしているときでもいいから都合のいい日に取りに来い」

わざわざ私に連絡しなくても好きな時間帯に取りに来られるようにと思い彼の手に特徴的な形をした金属を乗せる。

さすがにクルハはそんなことはしないだろうが特に盗まれて困るようなものもない。そう思いカギを渡したのだが、クルハはどこか不安そうに僕が持っていてもいいのかと聞いて来た。

私は一人暮らしだし、ほかに家に入れたり合鍵を渡したりするような奴はいない。だから持っていても大丈夫だと説明すると嬉しそうに感謝の言葉を述べたのだ。

「いって来い、仕事頑張れよ」

玄関のドアを閉めるクルハは驚いたような顔をしていた。今朝まで彼を泊まらせたが、彼は他人に対して気を使いすぎなのではと心配になってきた。もう少しわがままを言っても罰は当たらない。そこまで献身的にならなくていいはずなのにクルハの性質なのだろうか。考えていると私も通勤時間となったため家を出た。


昼休憩の時間になった。取り組んでいた事務作業の手を止め、昼食を食べることにした。

鞄から今朝クルハが作ってくれた弁当を机の上に広げる。2段になっている弁当箱だ。蓋を開けると中にもう一つ白い蓋があり中身は見えない。外からは見えない箱に入ったものに期待と、少しの不安料理の内容に少しの不安を感じながら箱を開ける。

1段目には野菜とツナが入ったサラダと冷凍食品のハンバーグ、空いた場所を埋めるためのブロッコリーとミニトマトが入っていた。二段目には米とふりかけが入っていた。

「アズマさんお弁当ですか、珍しいっすね!」

外から帰ってきたミイロは机の上の弁当を見るなり近づいてきた。彼の声は部屋に響きやすいもので事務所内にいた他の職員の耳にも聞こえるような声であった。

「一緒にご飯行こうかと思ったんですけどお弁当持ってきていたのですか」

普段軽食で済ませていたため珍しかったのだろう。ミイロの言葉を聞いた職員が食事をとろうとする私をジロジロと見てきた。

人に自分の弁当を見られてしまうことに何とも言えないむず痒さを感じながらも弁当を食べることにした。


「アズマさんこれ誰かに作ってもらったのですかー?」

ジロジロとこちらを見る視線が発生したのはこいつが原因であるが、追い打ちをかけるように無邪気に聞いてくるミイロに腹が立った。

「どうしてそう思うのだ?」

「だって、アズマさんいつもコンビニのご飯だし、料理ができるとは思わないっす」

料理ができないとはなんだと抗議するために弁当をのぞき込んできたミイロの頭を拳でグリグリと挟む。手の間から痛いっすと悲鳴が聞こえた。

「はあ、これは人に作ってもらったのだよ。朝食を作ったついでだそうだ」

「恋人の手作り弁当っすか!羨ましいっす。どんな人なんですか? 先輩の彼女さん」

事務所内がざわざわとし始める。ミイロはなぜ恋人だと勘違いし

ているのかよくわからなかった。ここで誤解を訂正しておかなければ厄介なことに巻き込まれるのは私でわかる。


「恋人はいない、誤解だ」

ミイロは素直な奴だから訂正すれば変に言いふらすことはしないだろう。できれば事務所内の奴らの誤解もとけたらと思っていたのか、声は自然と大きくなっていた。

「大声で叫ばないでください。うるさくてまともに食事もできません」

不快そうにする声が聞こえ、後ろを振り向くとネイトがいた。顔を歪ませいかにも不機嫌ですと言っているような顔であった。

「ああ、すまない。ミイロが変な勘違いをしているようで訂正したかったのだ」

「あんな大声だったのでそこまでは聞こえていましたよ」

それで何が誤解なのですか? 意外にも色恋沙汰に興味があるのかネイトは私の席から離れなかった。

「恋人なんていない、これは知り合いが作った。泊めてくれたお礼だそうだ」

なんだ、てっきり恋人だと思いましたーとミイロは驚き話に飽きたのか昼食を食べ始めた。私の言葉を聞いて事務所の職員たちももう興味が失せたのか視線を向けてくることはなかった。


「あなたが人を泊めるなんて珍しいですね」

けれどもネイトだけは私の話がまだ気になるようで追及する。

「住んでいたアパートに空き巣が入って鍵の取り換えやらがあるらしくしばらく泊めることになった。頼れるのが私しかいなったから断ることなんてできなかった」

「へえ、アズマさんその人から随分と信頼されていますねえ」

「まあ私が救出したから懐いてくれているのだろう」

「アズマ先輩その人ってひと月前の人っすか?レヴィンさんと一緒の保護施設にいた」

サンドイッチを口いっぱいに頬張ったミイロが私たちの会話に混ざってきた。口に物を含んでいるせいでくぐもって聞こえるが聞きたいことはわかった。

「そうだ、上着返してくれた時に連絡先を交換していてな。まだこの土地に慣れていないと思ったから保護施設を出た後もたまに食事に行っていた」

「その人は運がよかったですねえ。信頼できる人が周りにいて」

「そうだな、保護施設にいている間は上着を貸してほしいと言われなければ気にすることさえなかったかもしれない」

ネイトは何が気に入らないのかさっぱりわからないが少し馬鹿にするような口調で言う。

言いたいことはわかるのだがその言い方は少し頭にきた。けれどもここで怒ってしまえば彼は更に馬鹿にしたような言葉を使うだろう。だから私はなるべく冷静になって答えるよう努めた。


「きっと庇護欲のようなものが湧いたのだろう」

クルハが上着を手放したくないと抱きしめていた時のことを思い出していた。素直に渡されていたら交流はつづかなかっただろうし、彼のことも数日で記憶から消えていたと思う。

「へー、アズマさんって自分よりうんと年下の人に甘いですね。最近は私にはそっけないのに」

「お前だって私より一回り以上年下だろう。嫌味を言ってきたり変に突っかかったりするから対応が面倒になる」

先ほどから怒られたいのかと思うような言動ばかりだ。言わないよう自制していたつもりであったが最後の最後で言ってしまった。

以前、職場の女性たちが彼氏にしたい事務所の男たちについて話していた。その中でネイトは束縛が強そう、恋人ができたら執着しそうと話されていたことを知っている。

実際はどうなのかはどうでもいいのだが、その話題がネイトの耳にも入り彼は面倒臭い奴、重たい奴と言われることを気にしているようであった。

彼は顔から火が出るかのように真っ赤にし、外出してきますと言い残して外へ出ていった。面倒だと上司に指摘されるのは腹が立つことだろう。

ネイトは戻ってきた休憩が終わる3分前であった。何事もなかったかのようにいつもの澄ました顔に戻って入るが目元は赤い。

「悪かった。さっきのは言いすぎた」

返事はない。いじけてしまったネイトをなだめることは難しく結局仕事を終えても口を聞いてはくれなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ