愛と異能と戦場2
その2です
お手柔らかにお願いします
「アズマ、あとミイロも悪いが少し保護施設へと向かってくれないか」
翌日、昨日は夜遅くまで働いたからという理由で休日になることはなく就業時間ギリギリに事務所へと到着した。
おはようございます、と馴染みの事務員や同僚に挨拶をしていた矢先、所長から保護施設へ向かうよう命じられた。
所長は私が軍に所属していた時の上官であり、軍部が解体される2年くらい前に退職した。この何でも屋のような会社は彼女が設立した会社である。
彼女曰く軍部の需要はそろそろなくなりそうだったから軍人が路頭に迷わないために作ったらしい。
軍部の解体で無職になりかけていた私は彼女に頭が上がらない。
「はい、ですがどうして私とミイロなのでしょうか」
別に他の人でもいいはずだがどうしてなのかふと疑問に思ったのだ。
「向こうからの指名だ。何でもお前たちに会いたがっている人がいるそうだ」
何となく察した。ミイロが呼ばれた理由はレヴィン、私の方はあの青年が会いたがっているのだろう。
行ってこいと言われたためミイロと2人で彼らのいる保護施設に移動する。
「いやー、できれば会いたくなかったっす」
ミイロはそういってどこか行きたくなさそうであった。
「どうしてだ? 少し会話をしたが話は通じる、理性もあると思ったが」
会話から戦闘のこと以外では冷静に状況を理解しているように思えたのだが違うのだろうか?
「何というか保護のためとはいえ卑怯なことをしてしまって申し訳ないというか」
とにかく会いにくいんですよ、と彼は恥ずかしそうに言う。
「そこまで気になるなら素直に卑怯な手を使って気絶させたことを謝ればいい、それと二人で手合わせでもしたらどうだ? それなら向こうも納得してくれると思うが」
受付で手続きを済ませそんな会話をしながら待っていると、暗い青の髪を持つ大柄な男が出てきた。彼はミイロを見つけると笑顔で突進してくるような勢いでこちらに向かってくる。
「うわぁ、レヴィンさんだ」
私を盾にして隠れようと考えているのだろう。けれどもレヴィンにはバレていると思う。それに先輩を盾にするとはいい度胸だ。
「こうやって会って話すのは初めてですね。初めましてレヴィンさん、アズマです。後ろに隠れているミイロの先輩です」
「ああ昨日の…… 。改めまして、わたくしはレヴィン。ええっと、どうしてミイロさんは後ろで蹲っているのでしょうか?」
ミイロの状況に戸惑っているだけで昨日のことなど根に持っているようではない気がした。
「何でも昨日、あなたを卑怯な手を使って気絶させたことを後悔しているようでして、合わせる顔がないなどとあなたが来るまでの間ああやってうじうじとしていたのですよ。キノコが生えてきそうなくらいだ」
「謝るのはこちらの方です。その昨日は救護のために来てくださった方々を気絶させてしまい申し訳ありません。あの時はまだあなた方のことは信じておらず、またどこかで馬車馬のように働かせられるのなら脱走して自由になりたいという気持ちが強くあのような暴挙に出てしまったのです」
まあ、以前別の任務で保護した人の中にはレヴィンのようにパニックになりこちらを襲ってきたりひどい場合は死のうと首を自分の首を切りつけたりする人が少なからずいた。そのため彼の反応は珍しくはない。
「あ、レヴィンさん本当に怒ってはいないっすか」
私の後ろからおずおずと出てきたミイロが尋ねる。
「はい、怒ってはいませんよ。ミイロさん、それよりも一度手合わせをお願いしたいのですよ」
なあ言った通りだろう、とミイロの背を叩き行ってこいと言った。
「はい、行ってくるっす! あ、レヴィンさんこっちです!」
2人はグラウンドというには小さいが外にある小さな運動スペースへと走っていった。
さて、私はもう一人が待っている個室へと足を向ける。受付で聞いたところ彼がいるのは3階の一番奥の部屋だ。どうして彼が私に会いたがっているのか理解できないでいた。
なぜ私に会いたかったのか、その後の気分はどうだなど聞きたいことはたくさんある。何から聞こうかと考えているうちに扉の前に立っていた。
「入ってもいいか?」
扉をノックし相手の返事を待つ。
「アズマさん! 来てくれたのですね」
昨日の掠れた声とは違う元気そうな声がする。昨日の衰弱している姿とは違いとても元気そうで、大した回復の早さだと驚いた。
どうぞ入ってくださいと何だか嬉しそうに言われたためそんなに嬉しいことなのかと疑問に思いながら部屋に入った。
部屋の入り口付近にはシャワー室とトイレだと思われるドアがある。奥にはベッドとテレビがあり声の主はベッドの上で起き上がっていた。少し痛んでいる黒い髪を鬱陶しいのか一つに纏め肩に垂らしていた。
「昨日ぶりだが調子はどうだ?」
「もうすっかり良くなりましたよ。それなのにまだ安静にしておけと言われてしまって」
日数も他の人より長いみたいで、今は散歩でさえ禁止で退屈なのですよと彼は笑う。
「昨日も言っていたのだが人によっては保護施設に収容される期間に違いがある。あのときの君はかなり衰弱していたから経過観察が必要なのだろう」
だから大人しく寝ておけと言うと彼はせっかく来てくださったのにと少し不貞腐れた顔をした。
「そういえばお前の名前を聞いていなかったな」
助けた青年の名前を私はまだ知らなかった。
「僕の名前はクルハです。アズマさん、助けてくださりありがとうございます。その……お礼を言いたくて、ここの施設の人に無理を言ってお願いしました」
そう言ってクルハは笑った。その後、私は聞きたいことがたくさんあると言うクルハの質問に答えていた。この土地の名所や美味しい飯屋がある場所や最近人気のある書籍になど、クルハはいろいろなことを知りたがっているようだった。一つずつ回答していくうちに特にクルハはこの土地の料理に興味があることに気が付いた。外出の許可さえ出たら食事にでも連れて行ってあげようと約束した。
「クルハさん、診察の時間です」
会話が盛り上がってきたところで水を差すように男の声が聞こえる。声の主はこの保護施設で働く医師だ。軍時代からの顔見知りでこちらの存在に気づくと少し驚いたような顔をした。
「アズマさんがここに来られるなんて何時ぶりでしょう」
確かに私がここへ来るのは久しぶりだ。普段はこの施設に行くような任務もなく知り合いもいない。
「アズマさんこの人知り合いですか?」
クルハは突然現れた人物に警戒しているようだ。先ほどまではくだらない話で笑っていたのだが今は医師が信用に値するのか医師を観察している。
「彼はこの保護施設に常駐している医師だ」
私とも数年来の知り合いだ、と説明すると露骨に警戒することはなくなったがそれでもこの医師が本物か疑わしいと思っているのだろう。一歩また一歩とこちらへ近づいて来るたびに私がいる方のベッドの隅へ体を寄せていた。
できれば一緒にいた方がいいと思ったのだが、私がいると診察の邪魔になりかねない。それに私に聞かせたくない話もあるだろう。
私に縋ろうとしてくるクルハには申し訳ないがこの部屋から退出することを決めた。
「邪魔になるだろうから帰ることにする。また時間があれば来る」
悲しそうな顔をするがこれも彼のためだ。今度来た時にはお土産を持ってくると言い個室を出た。
物音一つもしない長い廊下を進んでいく。1階の受付付近に戻ったところでジャケットの存在を忘れていたことに気が付いた。回収しなければまたネイトから嫌味を言われるだろう。彼の診察が終わったあとにもう一度訪れないといけなくなった。
ミイロたちとそろそろ合流しようと考え彼らを探すことにした。辺りを見ても彼らの姿はない。まだグラウンドにいるのだろうと外に出た。
グラウンドに到着すると野次を飛ばす人だかりができていた。その中心に彼らの姿はあった。
時間的にも余裕がありしばらく彼らの戦闘を見ることにした。
初めに仕掛けたのはミイロで蹴り技を繰り出た。顔面に直撃しそうに思われたがレヴィンはそれを腕で止め反対の手で腹部にめがけて突きを入れる。
腹部に食らった拳で倒れ動けなくなったと思われたミイロであったが、続く2発目の拳は横に転がることで避けることができた。そして態勢を直そうと起き上がった。
蹴りや拳が何度も繰り出され、やじ馬も盛り上がりを見せてきた。お互い間合いを取り相手の出方をうかがっているようだ。そろそろ頃合いだなと私はやじ馬をかき分け彼らに一番近い場所に移動した。
「そこまでだ」
パンッと両手を大きく打つと2人はこちらに気が付いた。
「ええー、アズマ先輩いいところだったのに!」
ミイロの不満そうな声が聞こえてくるがそれを無視して2人の間に入る。
どちらも顔や足には砂が付いており服は汚れていた。
「これ以上やっていたらお前が暴走をする恐れがあったから止めさせてもらった」
ミイロはどうしても熱くなりやすい男であるため周囲を巻き込み見境なく攻撃してしまう可能性があった。
「まだ物足りないかもしれないが、シャワーを浴びていたら事務所に変える時間になるだろう」
砂ぼこりまみれになっているから行ってこいと言うと2人はシャワー室まで競争だなど学校に通う子供がやるようなことを言い出し、シャワー室まで廊下を走っていった。
廊下は走るなと、という声が彼らが走り去った廊下に響いた。遠くからごめんなさい気を付けるっす! とここまで聞こえる大きく元気のある声が返ってきた。
さてそろそろ診察は終わっているはずだ。彼に上着を返してもらわなければいけない。長い廊下を迷いなく進んでいたのだが彼のいる部屋が騒がしい。何だか妙な胸騒ぎがした。急いで扉を開けると暴れるクルハとそれを抑えようとする医師と看護師がいた。
「アズマさんちょうどいいところに」
医師と看護師は私が入って来たことに気が付いたがクルハは怯えているようで気づいていない。
「何があったのですか?」
「彼は悪くない。採血を行おうと注射器を見せてしまったのが良くなかった。怖がらせてしまったみたいで針を刺そうとすると暴れ出したんだ」
医者の顔には痛そうな痣ができていたが、それに対して怒る様子もなく床に落ちフレーム歪んだ眼鏡を拾いポケットに入れた。
当の本人はベッドの隅で虚ろな顔をしていた。ベッドに近づくと私が来たことに気がついたが、暴れることは無かった。
「急にとがったものを向けられて怖かったよな」
クルハは縦に頷き小さくアズマさんと呟いた。
「そうだな、でもあれをしないとクルハの健康状態がわからなくて困ってしまう。早く外に出られるようになるためにも受けてくれないか」
お願いだと言うと彼は震える声でわかりましたと頷いた。
「それじゃあアズマさん彼の隣にいてあげてください」
その方が怖くないでしょうと医師はクルハに笑いかけた。先ほど眼鏡が壊れ、顔に怪我を負ったはずだがてきぱきと採血の準備をしている。
隣で彼の手を包み込み大丈夫すぐ終わると励ます。少し痛いのか顔を顰めたが暴れることはなく無事に終わった。
「アズマさんはどうしてここに?」
クルハは疲れたのか横になった。なぜか採血が終わったあと私の上着を羽織ってサイズが大きいのか袖を折り曲げていた。
それを回収しに来たのだが言い出しにくい状況だ。
「上着を返してもらおうと…… 」
「いやです」
思ったのだが、と言い終わる前に上着を握りしめ拒否されてしまった。
ここにいる間だけでも貸してください。クルハからのお願いを断る気にはならなかったが、どうして気に入ったのかよくわからなかった。
何か彼の琴線に触れるようなものでもあったのかと首を傾げたくなるが、深くは追及しないことにした。
「一緒に出掛ける時にでも返してくれたらそれでいい」
時間があればまた来ると告げ、病室を出ようとすると背後から、はい! とどこか震えた声で返事が返ってきた。
「アズマ先輩遅いっすー!」
入り口付近には乾ききっておらず髪が微妙に濡れているミイロとなぜかいつもより機嫌の悪いネイトがいた。
「所長から迎えに行けと頼まれたのですよ」
どうしてネイトがいるのかと聞く前にこちらの思考を読み取ったように彼は言う。
こんな場所近づきたくなかったのにとネイトは苛立っているのか地面を何度も蹴っていた。
「遅くなってすまない、用はもう済んだから帰ろう」
駐車場まで歩いている間ミイロがああと何かを思い出したような声を出し私に話しかけてきた。
「結局先輩は上着を回収できたのですか?」
「返してもらおうと思ったのだが手放してくれなくてな、そのまま置いてきた」
ところどころ汚れていたしできれば洗濯したかった。そうぼやいているとネイトからホイホイと考えもせずに貸さなければよかったのですよ。と少し棘のある言葉を言い放った。
「ああ、でも返してもらう約束はしたぞ。彼と食事に出かけるときに返してもらうという条件で私は預けることにした」
「どうしてあなたはそうやって相手に気があると勘違いさせるようなことをするのですか?変に執着されても知りませんよ」
私の言葉にネイトは反論するのだが、私には彼の言っている言葉が理解できなかった。気がある? 執着? と首を傾げる。
「彼はそんな風に見えなかったが」
「そう見えているだけでうまく隠しているだけかもしれませんよ」
「どうしてお前はそこまで疑うのか…… 。よくわからんな」
「あなたにはわからないでしょうね」
ネイトは車の扉を大きな音を立てて閉めた。物に当たるなと言っても聞く耳を持たない。車内は若干険悪な雰囲気になった。どうすればいいのかとおろおろしていたミイロには巻き込んでしまい申し訳のないことをしてしまったと心の中で反省した。