愛と異能と戦場1
初めまして日夏と申します。趣味でBL小説を書いています。
こちらの作品はpixiv(https://www.pixiv.net/novel/series/13803097)でも投稿している作品です。
カンッ、カーンと会場となったホールに響き渡ったのは壇上に立つ黒い仮面の男が持っているハンマーの音であった。しかし人々は退屈のかざわざわと騒いでいる。
しびれを切らした仮面の男は木槌を何度も振り下ろし、3回目でようやく静かになった。
男は軽く咳をした後何やら長ったらしい口上を述べている。けれどもそれを真剣に聞いている客は一人もおらず皆つまらなさそうに中には仮面の男を睨む者もいた。
客として参加していた私は早く終わらないものかと仮面の男に対し苛立ちを感じていた。
このオークションに参加したのは今回が初めてであったが、以前からこれの存在は人づてに聞いてはいた。けれど仕事が忙しく参加することは難しかった。今日、会社の上司に無理やり連れて来られ渋々参加することになったのだ。
このオークションは会員制らしく、会員または会員の紹介が無ければ入ることが許されない。会員になるためには多額の金額を支払わなければならないようだ。私の上司はオークションの会員の知り合いらしく以前から何回も参加していたようで会場の警備をしていた強面の人々は上司の顔を見ただけですぐに通された。今回上司の荷物持ちという役割で、オークション会場に入ることを許されたのだった。
オークションで取り扱っている商品は盗品、武器、薬物、希少な生物など表では禁止されているようなものこのオークション会場では出品されていた。生き物の中にはたまに隣国から無理やり連れて来られた人や密入国者もいるようで、金持ちがペットのように飼育されていることもある。
「アズマ、この後どうするかわかっているな?」
上司、いや所長の言葉に私は頷く。私たちがここに来た理由はいたって単純だ。このオークション会場をぶっ潰すことだ。
違法な品物や人身売買が行われているこのオークションは問題となり主催者の拘束やオークション自体を潰すために私たちは数ヶ月潜入していた。ようやく準備が整った、逃がすわけにはいかない。
周囲の観客はこれから起こることを知らない。のんきに酒を飲みながら再びがやがや騒ぐ姿を所長は冷たい目で見ていた。
「さて初めの商品はこちらでございます」
仮面の男が声高らかに話す。
男が言い終わると同時に舞台の端から一人の男が複数人の男に引きずられてやってきた。青みがかった暗い髪と目を持った男であった。かつて隣の国にいたといわれる民族の特徴と一致している。
4年前まで続いていた戦争によって隣の国は壊滅的な状態になりその民族は絶滅寸前だと聞いていた。この男は無理やり捕虜として連れて来られたのだろうか。
男を観察する。肌寒くなってきたころだというのに男は袖のない薄い服のみでどれほどぞんざいな扱いを受けてきたのか誰が見てもわかるくらいだ。
手首には手錠が繋がれ足には重りのようなものが付けられていた。
手錠に繋がれていた鎖を引っ張られ男は地面に倒れる。それを見た仮面の男は笑いながら早く立てと言い、男の身体を蹴っていた。
会場にいた参加者たちも笑い声をあげ会場内に反響していたが私は少しも笑えなかった。苛立ちを抑えようと握った手に爪が食い込み跡になっていた。男に対して早く助けに来られなかった申し訳なさと何があっても絶対に助けてみせると強く思った。
「アズマまだだ。気持ちはわかるが我慢しろ」
隣の席にいた上司が小さな声で諫める。わかっていますですが、と言ったものの抑えられる気がしなかった。
「これは、2年ほど前に捕らえた兵士でございます。2年もの間とある方が所有していましたが訳あって売却することを決めたそうです。どうするかは落札された方の自由です」
男は衰弱しているのか立っているのもやっとの状態であり目の焦点も合っていないようだ。
「これが衰弱している理由ですが、ここまで弱らせなければ私どもの手に負えませんでした。これは厄介な能力を持っておりまして、刃を刺しても傷一つつかない刃物の方が折れてしまうほどの頑丈な体であります。檻を破壊され脱走してしまう危険があったため、仕方なく衰弱させたのです。尚、暴れた際には睡眠ガスやスタンガンなどで気絶させることが可能です」
とても気分の悪くなるような話だ。不快感を隠しとおせない。
それにしてもあの男は能力者であるその情報は上司も知らなかったようで何やら考えているようだ。
ごくまれに人並み外れた能力を持つ者が生まれてくることがあった。例えば、人並外れた怪力を持つ者、人を誑かす操る声を持つ者などこの国には百名ほど存在していた。
外国にもそのような能力を持つ者はいるとは耳にしていたがまさかこんなところで会うことになったとは思いもしなかったのだ。
「さて、もうすぐだな」
考え事をしていると所長が小声でつぶやいた。慌てて会場の時計を見上げようとすると会場内にブザー音が鳴り響く。本来ならばそれは舞台の開演時に流れるものだ。事情を知らない主催者たちは何事かと騒ぎ出した。
「動くな!」
後方から同僚の男が叫ぶ。何事かと会場を逃げ出そうとする人々を捕らえ、出入口を同僚らが警官と共に封鎖をする。
私の左隣にいた男があんたも逃げねえと捕まるぞと忠告するが彼らの仲間だとは思ってはいなかったのだろう。親切に忠告してくれたのはありがたかったがこちらも仕事なのだ、持っていたスタンガンで気絶させ手首に手錠をかけた。
「アズマここは何とかなりそうだ。地下を見てこい他に誰かいるかもしれない」
所長の命令にアズマは従い会場の外に出た。目指すは地下にある物置だ。このオークションが行われているホールにはヒトやモノを地下から地上に上げる昇降機のような装置がある。目玉の商品は最後にこの装置からステージ上に登場するのだ。そのため人がいる可能性もゼロとはいえない。
以前、はこのオークションに潜入し内情を探っていた。そのためこの地下の存在は知っていた。
「やあ、アズマさん。こんなところでサボりですか?いいご身分ですね」
地下へと続く階段を下りていると背後から皮肉を含んだ言葉が投げかけられた。振り向くと色素の薄い髪に琥珀色の瞳をした男、部下であるネイトがいた。普段は頼れる部下なのだがこうして私と二人きりになると何かと皮肉や嫌味を言ってくる。
「何を言っているんだお前は…… 。この奈落の下に誰かいる可能性が高い。今からそれを確認しに行くところだ」
以前ならば人懐っこい笑みを浮かべアズマさん、アズマさんと私の後をついて回っていたのだが、いつからかこの美しい美貌を持つ男は敵意や悪意のようなものを向けてくるのだった。
今まで見てきた人懐っこく何かと後ろをついて回っていたかわいい後輩であったころとは大違いだ。随分と懐かれていたとは思ったが、いきなり嫌われてしまうのはどうも寂しいものだと悲しんだこともあった。
「そうでしたか、てっきり怖くなって逃げたのだと思いましたよ」
どうしたらそんな考えが浮かぶのかと疑問に思いながらも舞台のせりと呼ばれる部分に到着した。
「動くな、さもなければ撃つ」
舞台の真下にある空間に入るとオークションの関係者と思しき人がいた。相手は二人、素手で応戦しても何とかなりそうだと安堵する。奴らは私達の侵入に気が付くとすぐに警戒するかのように2、3歩下がり素手と近くに転がっていたナイフを手に持った。
そして次の瞬間こちらへ襲い掛かってきた。
ナイフを大きく振り回しながらこちらを襲ってくる。距離を詰めようとするとナイフが顔を掠った。けれどもそんな傷は秒もあればすぐに塞がってしまう。未だナイフを振り回す男に近づくとナイフが私の腕に刺さった。ざまあみろと男が喜ぶ声が聞こえる。
そんな喜ぶ男をどん底に突き落とすかのように私はナイフを抜き傷一つついていない腕を見せた。
「生憎そんな傷は10秒あれば治ってしまうからな」
オークションの商品として売り出されていた男と同じく、私も能力者とよばれる者であった。能力は怪我をしても常人よりも早いスピードで再生するという非常にシンプルなものだ。
「こっちに来るな! ば、化け物」
そんな単純な能力でも男の戦意を喪失させることは容易いものであった。叫ぶ男の腹に数発発蹴りを与え大人しくさせる。
気絶した男の荷物を漁るとポケットから鍵が出てきた。以前ここの運搬役として潜入中に何度か見たことのある鍵だった。
あのときは確か珍しい動物を入手したなどと誇らしげに語りながら鍵を見せびらかしていたのを思い出す。さて、もう一人はと辺りを見渡すとネイトが応戦しているようだった。それはネイトに任せ辺りを散策する。
「誰かいないか」
声をかけてみるが返答はない。ここに置いてあるのは盗品や贋作ばかりであった。品物は証拠品となるため動かして傷をつけないよう気を付けながら奥へと進む。大体目玉商品は最後の方で出されるため昇降機よりも離れた場所にあることが多い。
けれども見たところ価値のないものばかりであった。大きくて邪魔になるからという理由で別の場所に置かれているのかもしれない。
まだ探していない奥の方が怪しいと考え奥へと進んだ。読みは当たっていた。布が被せられた直方体があった。おそらく檻なのだろう。これは人が囚われている可能性が高い。布はそのままの状態でおいと声をかけたが反応はない。血や泥で汚れた布切れを恐る恐る剥がす。
そこにいたのは黒い髪の人間であった。背を向けており表情は見えないが、呼吸をしていることはわかる。けれども、随分衰弱しているように見えた。入手した鍵はこの檻の鍵であったようで鍵穴にぴったりとはまった。
「おい聞こえるか、こちらの言葉がわかるなら何か反応をくれ」
「う…… あ、あぁ」
呼びかけに反応を示したため、意識はあるようなのだが衰弱しているようで会話をすることは難しそうだった。
近づいてみると檻の中に誰かが入って来ているというのはわかるのはわかるのだろうか、意味のなさない音を発している。かなり衰弱しているように見えた。
「私はお前を助けに来た。もう大丈夫だ。信頼できないとは思うが信じてくれ」
言葉は通じていると信じ、顔が見える位置まで近づいた。遠目から見ただけでは手入れもされず伸ばしっぱなしの髪しか見えず性別の判断は難しかった。近づいたことで喉仏と顔つきからこの横たわる人物が男であることが分かった。
辛うじて薄汚れた半袖の服を着ているようだったが、ホールの下は客席と比べると寒い。着ていた上着を青年に着せ救護を待つことにした。
「こちらアズマ。1名保護した。衰弱しているため救護を頼む。場所は舞台の真下の地下だ」
持っていた通信機で救護班と連絡を取る。
「アズマさん。こいつら面白いもの持っていましたよ」
もう一人を制圧したであろうネイトの声が響く。今いる檻の中からは見えないがきっと歪んだ笑みを浮かべながら報告しているのだろう。何か良くないことをたくらんでいるような声であった。
「ああ、すまないがこっちに持ってきてくれ」
やってきたネイトは2人の様子を見ると何か言いたげな様子であったが、何も言わず手に持っていた物体を投げてきた。
青年に当たりそうになったそれを掴む。投げられたものは通信機であった。けれども先ほど私が使っていた通信機とは違う機種であった。ということは襲い掛かってきた男が持っていたものだろう。
「これで上の奴らとやり取りしていたのではないですか? 試しに今どんな状況か聞いてみます?」
ああそうしようと言い通信機のボタンが押された。
ザッ、ザーとテレビの砂嵐のような音を発しながらも、聞き覚えのある声が聞こえる。見張りのために待機していた後輩隊員のもので何かに声を荒げているようだ。
そして対してタックルでも決めたのだろう。2回ほどぶつかる音がして雑音が大きくなる。確保、という声が聞こえたことにアズマは安堵した。
通信機から聞こえる声が騒がしくなり後輩隊員の声も聞き取りづらくなっていく。辛うじて誰かと話していることがわかるくらいである。
「聞こえているか。私だ、アズマだ。そちらの状況はどうなっている?」
状況の確認がしたかったため、通信機に向かって通話を試みた。
「あ、アズマ先輩ですか? ミイロです。聞いてくださいっす!」
向こう側も通信機の存在に気づいたのだろう雑音が混じった元気のいい声が流れてくる。声の正体は後輩であるミイロであった。
「ミイロ、声が大きいと何回も言えばわかる」
ミイロかと私が言うよりも早くネイトが割って入り低い声でミイロを叱った。
ミイロという名前の後輩はいつも元気で場を明るくしてくれる。
その上常人よりも強い力と運動能力を持つ能力者であるため、このような任務には大体彼が抜擢されている。その口調と大声は場合によっては人に悪い印象を与えるからと何回か軽く注意をしたことがあった。
「ネイトそこらへんにしておけ。それよりも今は情報共有の優先したい」
ネイトがそれについて注意するのはその通りなのだが、少しやりすぎではないのかと感じ止めに入った。
それで、そちらは何かあったのか?と機械の向こう側にいるやたら元気のいい後輩に尋ねる。
「えっとですね、最初は立ち尽くしていた仮面の主催者なんですけど、途中で我に返ってステージの上にいた兵士の人を無理やり連れて逃げようとしていたっす」
「それでどうしたんだ」
「発砲許可もないですし、下手すると兵士の人に当たるかもしれなくて」
だから私、突進したんですよ。とミイロは言う。まあ、こいつならやりかねないとは思っていたためまだ予想の範囲内だったと冷静になりながら話を聞いていた。
「そこまではお前ならやりかねないと思っていたが。それで何を聞いてほしいんだ?」
通信機の向こう側でまた、話しかけているような声が聞こえてきた。
「その連れて行かれそうになっていた兵士の人なんですけどね。私が倒すところを見て何だか感激しちゃったみたいで」
しばらく間があった後、後輩の緊張した声が機械から流れる。
ミイロの戦闘力は確かにずば抜けて高く、武闘派の人間が感心するのもわからなくもない。けれどもそれのどこが深刻なのだろうと首を傾げた。
「その人、どうすればその技を取得できるとか、手合わせしてくれって、私から離れなくて保護施設行きを拒んでいるっす」
どうすればいいっすかー。と先ほどの深刻そうな声からは打って変わって情けない声を出しながら大音量で喚く。鼓膜が破れそうになるほどの騒音だ。
「呆れた、別にどうでもいいことですね。ああ、そうだ他の人にこの場所のこと知らせに行きますね」
ミイロの話がつまらなく感じたのかネイトはアズマを置いて上の階へと向かった。
「通信機に向かって大声で話すな。あとそれは私にはどうにもできない」
えー、そんなぁ。と気の抜けた声が部屋に響く。
「何をそんなに嘆いているのですか?」
後輩とは違う男の声が通信機から聞こえた。
「何者だ?」
声の調子から敵意はないようだが、誰なのかはっきりさせておきたかった。
「わたくしはレヴィンと申します。あなたは彼の仲間だろうか? 彼の戦い方、圧倒的なセンス、どれもとても素晴らしいものだ」
「そうだろう、彼の強さは仲間内でも一、二を争う。しかも能力者だ。そこら辺の奴には負けない」
「ああ、この目で見て理解しました。彼の強さは別格だ。そこで彼に戦闘面での教えを乞いたかったのだが断られてしまった」
残念がるような声でレヴィンという男は話す。
「ええと、レヴィンさん、今のあなたの立場は少し難しく、二つ返事で決めることができないのですよ」
ですから諸々の手続きもありますし保護施設へ移動してくれませんか、と説得を試みる。ううむ、と苦悩する声が聞こえたが、渋々納得したかのようにわかったという声が聞こえた。
「それでは横にいる彼の指示に従って保護施設への移動をお願いしますね」
通信を切った。あたりには静寂が広がりこの場にいるのは私と未だ目覚めない青年だけで少し寂しく感じる。救護班がまだ来ない。ここにいるだけではさらに体温が奪われてしまいそうな気がしたため、移動を始めた。
彼を移動させるために背負ってみたのだがとても軽い、彼と同じ年くらいならもっと筋肉もあり運ぶにも苦労するはずだが、と心配になり彼の横顔を見る。
軽いため運ぶことには苦労しなさそうだが、ろくに食事も与えられていないような環境で長い期間暮らしていたのだろう。
施設に入ったらまずは食事の指導から入りそうだなと今後のことを考えながら薄暗い不気味な通路を進んでいった。
カンカンと金属独特の高い音を鳴らしながら上へと上る。
ちょうど階段の中間辺りだ。背後でモゾモゾと動き耳元でうーと朝起きた直後のような声がした。休日の寝起きの悪かった同僚のことを思い出した。
「気分はどうだ?どこか体調が悪いとかはないか?」
「あ、あなたは一体誰ですか」
長い間話すということをしていなかったのだろう。その声は小さくしわがれていた。小さな声でも警戒していることは十分伝わる。
「ああ、そうだった。私はアズマ、君を助けに来た。遅くなってすまない」
助け、と青年は小さくつぶやく。そう、助けだと肯定する。
「えっとアズマさん、僕を連れてどこに向かうのでしょうか?また同じように売られてしまうのでしょうか」
どこか諦めたような口調であった。そんな風に見えたのかとアズマの口から思わずため息が漏れてしまった。
距離が近くそれが聞こえたのか青年は小さく震え上がるのがわかった。怖がらせる意図は全くなかったのだがこれは怯えさせてしまったなと反省する。
「言っただろう君を助けに来たと。まず行方不明届けが出されているのなら警察経由で家族のもとに返すのだが、それはごく少数だ。それ以外はまず保護施設で一定期間収容された後それなりの支援を
受けながら職を探し生計を立てられるようにしていく」
多分君の場合は社会に復帰するためには通常よりも時間がかかりそうだ。またこれから考えていこう。とアズマがなるべく優しく話しかけると彼は安心したのかそうですかと言い、また意識を失った。
先程とは違いすやすやと穏やかな寝息を立て眠っているようだ。
地上に出て彼らがいるホールに行くと、救護班とミイロそれにネイトが何か話し合っているのを目撃した。
「あ、アズマ先輩!聞いてくださいっす」
私の存在に気が付いたミイロが走ってくる。その様子は飼い主の元へ戻る犬のようだ。
「ミイロ、それにネイトも二人とも状況は変わりないか?」
そう言ったものの、二人はどこか疲れているようであった。ネイトに関してはいつもの嫌味やミイロの口癖を指摘しないくらい疲弊しきっているように見える。
それくらい厄介な出来事があったのだろうかと脳内で状況を整理しようとしているとミイロが口を開く。
「さっきまでレヴィンさんをなだめるのに必死だったす。急にやっぱり保護施設には行かないって言い始めて」
「途中で暴れ始め救護班を病院送りにし、ミイロには勝負しろと言い、どこにあんな体力が残っていたのか……。あなたがのんびりしている間、こちらは大変でしたよ」
苛立ちからかつま先で地面をたたきながらネイトは言う。
こちらものんびりしていたわけではないのだがと反論しようと考えたものの、ここまで苛立っていることを隠さないネイトを見ていると反論しづらかった。
「最後は私が注意を引いている間にネイトさんがスタンガンで気絶させたっす」
どうやら救援がなかなか来なかったのはあの兵士が大暴れしていたせいのようだと納得する。
「そうだったのかそれは大変だったな。それで今動ける救護班はいるか、下で一名発見したから容体を見てほしいのだが」
それを聞いた救護班らしき人物が担架を持ちがアズマの元へとやってきた。背中にいる彼を担架に乗せると遠くの方へ行ってしまった。
「そういえばアズマ先輩、上着はどうしたのですか?」
ミイロがそれを指摘したことで上着を回収することを忘れていたのを思い出した。
「ああ、あの場所は気温が低く彼の服装は寒そうだったから貸したままになっていた。また今度取りに行くよ」
「あなたはまたそうやって人にホイホイと上着を貸して、これで何度目ですか」
同じようなことを過去に何度も行っていたため、それを知っているネイトはその癖を直そうと何度も注意してくるのだがいまだに治ることはない。
「人を助けるためには仕方がなかった」
今回のように弱っている人や、衣服が破れその機能を果たしていない状態を見るとつい貸してしまうのだ。
私物だから問題はないだろうと言い返すとネイトは大きなため息をついた。
「わかりましたよ。それではさっさと撤収しましょう。あとは警察が何とかしてくれると思いますし」
「そうだな、事務所に戻って報告書を書かねば」
私たちは車に乗り込み事務所のある大通りへと発進させる。すっかり暗くなっていたのだが、ビルや看板の光が明るく彼らを照らし寂しさはあまり感じなかった。