9話 裏切り
一瞬睡魔に襲われたが、すぐに態勢を立て直す。状態異常に対する生まれ持った耐性があるし、あらかじめ警戒していたので大した効果は発揮されなかったのだ。
何の効果なのかといえば当然・・・
「チッ、抵抗されましたか。これでも催眠術には結構自信あったんですけどねぇ・・・」
「仕方ねぇさ。あの野郎は若くても竜人だからな。そっちの姉ちゃんもホントはエルフだって話だから、精霊魔法ってやつだろうな」
振り返ってみるとシェーラは少しふらつきながらも立っていた。
「シェーラ、大丈夫か?」
「えぇ・・・問題ないわ」
「そうか。そんじゃま、予定通りコイツらをぶっ飛ばすとしようか!」
手の平へ拳を叩き込み、口元には自然と不敵な笑みが浮かぶ。
この間お姫様を助けたときは、竜の息吹の一発で吹き飛ばしちゃったからなぁ。今度は素手で制圧するとしよう。ヴォルガもやる気充分だ。
「おいおい、30人をたった2人で相手にしようってのか?大人しくしてりゃあ痛い目を見ねぇで済むぜ?」
「そいつは俺の台詞だな。俺を相手に雑魚がたったの30人で足りるのかよ?」
「・・・その減らず口を永遠に叩けなくしてやる」
「ふん、やってみろ」
と、その時。
「ほいっと」
「・・・え?」
シェーラが懐から取り出した手の平サイズの玉を地面へ放り投げた。
ボンッ!!
と爆発した。途端にシュウウウウウッ!と黄色っぽい煙が蔓延したところで周りの盗賊やバルドたちは白目を剥いてパタリと倒れた。
そして俺の方はというと・・・
「ゲホッゲホッ、ゲホゲホおぇぇぇえええっっ!!!な、なんだこの臭いはっゲハッ!」
あたりに漂う激臭に悶絶していた。とあるいたずら好きな高校生の集団がおまわりさんに食らわせたぞうきんよりも威力がありそうなくらいの激臭に呼吸もままならない。
「スティンクカクタスの臭液とラフレシアの花の蜜、スメリートレントの樹液なんかをあれこれ混ぜて作ったお手製のガス爆弾よ。普通の人族相手ならご覧の通り、1対多数の時には結構便利なのよね」
「そ、そういうことを聞いてるんじゃ、うげぇっ、ねぇっ!」
ちょっと待て、シェーラは何しれっと精霊魔法で作った風の防壁から俺を仲間外れにしてやがんだテメェっ!
「キュ~ン・・・ウォン!」
ヴォルガが俺にものすごい哀れみの目を向けながら一声鳴いて風の魔術を発動。激臭の煙を吹き飛ばしてくれた。
助かった・・・あんな中じゃ、魔術を使えるほどに魔力を集中させるのもままならなかったからな・・・
「ハアッ、ハアッ、はあっ・・・。し、死ぬかと思った・・・・ったく何しやがる!?俺を殺す気か!?大体、ああいうものを使うんなら先に言え!」
「クスクス、ごめんなさいね♪」
この女ァ・・・ッ!絶対わざとだ!
「今までの失礼な態度へのお仕置きよ。この程度で済んでありがたいと思いなさいな」
「いや、そのたびにしっかりお仕置きを食らってたと思うんだが!?」
「フン、あの程度じゃ温いわよ。ま、安心しなさい。これでちゃんとチャラにしてあげるから」
「そりゃどうも・・・じゃ、片付けるとするか」
「ええ、そうね」
全く、酷い目に遭った・・・せっかく張り切ってたのに出鼻をくじかれた上、嗅覚がイカれるというおまけ付き。
俺は深いため息を吐きながら、シェーラと共に盗賊たちを縛り上げていった。
「ん?こいつは・・・」
バルドの持ち物を調べていたときになにやら高級そうな感じの封筒が出てきた。
中を見ると、俺やシェーラの情報と共に捕縛した際の報酬額などが記されてあった。差出人は・・・『トラッシュ』か。どうせガルベージ伯爵の偽名だろう。
さて。"荒獅子"の企みは阻止したわけだが、貴族の考えることがこんなに稚拙だとは考えにくい。二の手、三の手があると思って警戒しておくとしよう。
ー ー ー ー ー ー
「・・・以上が、ことの経緯だ」
「ふむ。"荒獅子"のやつらは普段からあまり素行が良いとは言えないやつらだったんだが、ここまでやるとはな・・・嘆かわしいことだ」
町に戻った頃にはだいぶ暗くなってきており、ギルドの受付も終了していたが事情が事情なので残業中だったギルマスが対応してくれることになった。
盗賊たちは数が多いので衛兵たちへ引き渡し、バルドたちはギルドの地下牢に入れられて後日取り調べを受けるそうだ。
それからバルドが持っていた依頼書や盗賊のアジトにあった盗品などもギルドに預けた。盗品は広告を出して買い戻し希望者を募り、後にオークションへかけられる。そして売却額の一部が取り戻した冒険者へ支払われるそうだ。
「それじゃ、後の対応は任せて良いかな?」
「ああ、任せとけ!」
ニカッと笑って引き受けてくれる姿はとても頼もしかったのだが、部屋を出るときにボソッと「また残業か・・・」と呟いてるのが聞こえてしまい、俺は心の中でそっと手を合わせるのだった。
ー ー ー ー ー ー
せっかくだから依頼達成の祝いにシェーラを夕飯へ誘ったら意外にも乗ってくれた。"青の戦霊"たちは別で反省会をするとのことで固辞されてしまったが。
まあ何もできずに全員眠らされていたからな。依頼の報酬も何も役に立てなかった自分達に受けとる資格はない、と断っていた。
・・・・・・そういえば俺もほとんど何もしてないわ。どうしよう、今さらながら少しへこむ。
「それにしても、どういう風の吹き回しなんだ?あのツンツンしてた君が俺との2人きりの食事に付いてくるなんて」
「ちょっと、変な言い方しないでよ。一緒に依頼を受けたんだから、これくらいは付き合うわ」
シェーラはキッと睨み付けつつジョッキを傾ける。
俺もジョッキを傾けるが、いかんせん鼻が利かないので味が分かりにくい。あのガス爆弾でやられた嗅覚がいまだに回復していないのだ。
「ハァ・・・なぁシェーラ、この鼻どうにかならないのか?」
「仕方ないわね。じゃあこれをどうぞ」
そう言ってシェーラが差し出してきたのは黒っぽい丸薬。
「・・・怪しい薬じゃねぇだろうな」
「失礼ね、私の薬草知識を疑うと言うの?」
疑ってるのは知識じゃなくて性格なんだが・・・。
まあもし変なものでも即死する毒とかじゃない限り大丈夫だろう。
丸薬を飲んでみるとすぐにスーッとした爽快感と共に少しずつ鼻が元通りに利いてくるようになった。
「お、ちゃんと効いたな。しかも即効性か。こりゃあ良い」
おかげで味もちゃんと分かるようになり、調子を取り戻した俺は心行くまで酒と料理を平らげていった。
「そういえば、体調を崩してる妹がいると言ってたよな?そっちは放っておいて大丈夫なのか?」
「・・・問題ないわ。あの子は今治癒院で療養中だから、また明日あたりお見舞いに行ってくるし」
「入院となると、何か難しい病気だったりするのか?」
「・・・いいえ、大したことはないわ」
雰囲気的にはあまり大丈夫そうな感じがしないが、俺たちは出会ってまだそんなに時間が経ってないし、これ以上突っ込むのは野暮かもしれない・・・ん?
「・・・っ、何だ?やけに眠くなってきたな・・・」
「そりゃあれだけ飲み食いしてたら眠くもなるでしょ」
「いや・・・俺はこの程度で、潰れたりは・・・・・・」
この、強烈な眠気は・・・睡眠薬でも盛られたか・・・?くそ、やられた・・・
「・・・ごめんなさい」というシェーラの呟きが聞こえたのを最後に、俺の意識は落ちていった。