8話 盗賊団の討伐
当日、ヴォルガと一緒に集合場所の門へ向かうとすでに他の冒険者たちが集まっていた。
「すまない、遅れたか?」
「い、いや、時間通りだよ・・・」
「どうした?えっと、ルイスだっけ?」
「うん、そうだけど・・・その狼の魔物が神狼なのかい?」
「ああ、俺の相棒のヴォルガだ」
「ウォン!」
「これがあの・・・噂には聞いていたけど、まさか本当に目にすることになるとはね」
"青の戦霊"は最近まで遠征していたらしく、ヴォルガ見慣れていなかったそうだ。しかし怖くないアピールをするために尻尾を振りながら俺の顔をベロベロと舐めまくる姿を見て逆にほっこりした雰囲気になった。
「ずいぶんと懐いてるのね。その子」
「まあな。俺とこいつは子供の頃からの付き合いだから、絆の深さはどんな魔物使いにも負けないぜ」
「ウォン!」
「ふふ。少し羨ましいわ」
あのツンツンエルフのシェーラですら微笑んでいるとは、さすがヴォルガだ。元の世界で「アニマルセラピー」というものが存在しているのは伊達ではない。
人懐っこい様子のヴォルガが女性陣の心に刺さったらしく、シェーラと"青の戦霊"の魔術師さんが撫でるのに夢中になっていると、"荒獅子"のバルドが焦れたように
催促してきた。
「おい、モタモタしてねぇで早く出発しようぜ!」
「ハイハイ、仕方ないわね。もう少し堪能していたかったのだけど・・・」
「ウォン!」
「『後でまた撫でてくれよ!』だとさ」
「ええ、お願いするわ」
うむ、ヴォルガのお陰でシェーラが無事にツンツンからツンデレに昇華した。よきかなよきかな。
よくやったぞ、ヴォルガ!
ー ー ー ー ー ー
目的地までは馬車を使って移動する。盗賊団を潰したあとの戦利品や捕まえた盗賊を運ぶためだ。
調達出来たのが小さめのものだったので、パーティーで一台、俺とシェーラは二人で一台の計三台に分乗していくことになった。
これはシェーラと内緒話が出来るので俺にとって都合がいい。
何を話すのかというと、例の嫌な臭いについてだ。
「なぁ、シェーラ。君さ、この胡散臭いニオイには気付いてるか?」
「ニオイ?そんなものはしないけど?」
シェーラはクンクンと辺りを嗅いでいるが、そういう意味じゃない。
「そうじゃなくて雰囲気のことだよ」
「あまり気にしてないわ。だって大抵の人間は信用ならないもの」
「・・・そうかい」
ツンツンエルフが発動しちゃったよ・・・気持ちは分からなくもないけど。
ただでさえエルフという人間社会では珍しい種族である上にこれほどの美しさだ。Bランクってことはそれなりに外へ出ているってことだし、悪意ある人間に狙われたことも一度や二度ではないだろう。
「それはともかく、あの"荒獅子"って奴らには気を付けておいた方が良いぞ」
顔合わせの時は"青の戦霊"やシェーラを含めて誰から臭ってるのかいまいち分からなかったが、こうして馬車を分けたことではっきりした。
『・・・それで、手順は分かってるな?』
『ああ、大丈夫だ』
『問題ありませんよ。洞窟に着いたら周りを囲ませて、』
『合図と同時に強襲。あいつらものすごく良い値が付きそうだし、こんなにおいしい仕事は初めてだぜ』
これだよ・・・。馬車が走る音は結構大きいので、小声で話せば中の声は聞こえないと思っているのだろうが、竜人の耳なら注意さえ向けていればちゃんと拾える。そしてエルフもそれは同じなわけで。
「ほらな、聞こえたろ?」
「ええ、全くロクでもない連中ね」
ガルベージ伯爵の指名依頼で、この討伐隊は募集されたもの。状況的に考えて、ガルベージ伯爵とかいう奴の差し金の可能性がある。
ただ、不意を突こうにも警戒していれば問題なし。問題があるとすれば・・・
「他にも刺客がいる可能性、かな」
「・・・なに?アンタ狙われてんの?」
「ああ、多分な」
「ちょっと、私を巻き込んでんじゃないわよ・・・」
「いや、応募したのそっちだろ」
「・・・だって竜人と神狼が一緒なら楽に稼げると思ったんだもの」
確かにシェーラは一度会って俺が精霊魔法の幻影を見破ったところも見ている訳だし、そう考えるのは分かる。
「ま、俺は竜人ってことを隠す気がないから、遅かれ早かれこうなっていたさ。それに巻き込まれるのも、冒険者なら自己責任だろ?」
「・・・それもそうね」
「それに、搦め手には警戒しないといけないけど、こと戦闘においてはそうそう遅れをとるつもりはないよ」
「・・・なら良いけど」
シェーラの反応が少し微妙な気がするんだが、何か気になることでもあるんだろうか?
う~む、今分からないことはあれこれ考えても仕方ないか。とりあえずは盗賊団を潰すことに専念するとしよう。
「お~い、シグル君!そろそろ目的地だよ!」
馬車に揺られること数時間。ようやく盗賊団のアジトがあると思われる場所に到着した。馬車は街道の近くに止め、装備の点検や準備を行う。
「シェーラ、ちょっとこっち来てくれ」
「えっ、ちょ、ちょっと!?」
その間に俺はシェーラをこっそり近くの茂みへ呼び込んだ。
「何のつもり?大声出すわよ?」
「どうせあいつらじゃ俺には勝てねぇよ。そんなことよりだな、君の精霊魔法で盗賊のアジトを探知出来ないか?」
「・・・出来なくはないけど、イヤよ。堂々と精霊魔法なんて使ったら正体を隠してる意味ないじゃない。もしかしてバカなの?」
精霊術はエルフの専売特許だからな。もちろんそれだってちゃんと考えてある。
「俺が風の魔術を使って探知したことにすればいいさ。実際に使えるし」
「だったらアンタがやればいいじゃない」
「またまた、精霊魔法は魔術の完全上位互換なのは知ってるんだぜ?な、頼むよ」
「・・・分かったわよ」
「よし決まり!これでこの依頼も楽に終わるな」
交渉をまとめたあと、俺は残りのメンバーに風の魔術による探知を提案。2人の魔術師に関しては探知があまり得意な方ではなかったためすんなり受け入れられた。
その間にシェーラはお花摘みに行くと偽って俺たちから離れ、精霊魔法による探知を行う。そして俺も一応みんなの前で探知をしてみせる。
ちなみにアジトの発見や敵戦力の確認なら俺の探知でも充分だったのだが、高度な魔術による隠蔽や罠までとなると、精霊魔法でなければ難しい。そのためにシェーラと交渉したわけだが・・・
視線で問うとシェーラはわずかに首を振る。そこまで巧妙な仕掛けはなかったようだ。
ちなみにあった場合は「何か違和感を感じる」とでも言ってシェーラに斥候役を頼むつもりだった。そうでなければシェーラの手柄を俺が横取りするような形になってしまうからだ。
「それでどうかな?アジトの場所は掴めたかい?」
「ああ、少し離れた洞窟が見かけよりも大きいみたいだ。そこに30人くらいの人間がいるな。ただ、奴隷や捕まってる人の可能性もあるから、イコール盗賊の人数とは限らない」
「そんじゃ、さっさと行って潰しちまおうぜ」
その場で特に異論は出なかったのでそのまま討伐へ向かうことになった。
それぞれのポジションは、俺とヴォルガが前衛、"青の戦霊"とシェーラが真ん中、後衛に"荒獅子"だ。
本来なら、離れても意志疎通ができて、最強戦力である俺とヴォルガを前後に分けるところだが、案の定バルドが後衛を務めることを主張したのでその通りにすることにした。
ルイスは難色を示したものの、俺が探知で伏兵や罠が確認されなかったから必要以上に警戒することはないし、なんなら指名を受けている上に目立つ2人が前で暴れた方が戦意を削ぎやすいと言って納得させた。
「それで、あいつらの様子は?」
「今のところは何も。たぶん、仕掛けるとすれば盗賊と対峙するタイミングあたりでしょうね」
「そうか。なら良い」
どうせならバラバラに来られるより、一度に来てくれた方が面倒が少ない。
そうしてアジトと思われる洞窟の前に着くと、お待ちかねだったかのようにぞろぞろと盗賊が湧いてくる。敵の斥候に見付かっていたか、バルドたちがこっそり伝えていたか。
「へっへっへ。テメェら、ここへは一体何しに来たんだ?」
へっへっへと来たか。何てド定番の挨拶だ。
「一応降伏勧告をしておく。お前ら全員武器を捨てて投降しろ」
「ハッ、この人数差を見ろよ。確かに何人かは殺られるかも知れねぇが、最後に勝つのは俺たちだ」
「アリがいくら集まったところでゾウを殺すのはかなり無理があるんじゃねぇかなぁ・・・」
「ンだとコラ!!」
ずいぶん簡単に挑発に乗ったな。意外と小物か?
しかし気になるのは、ヴォルガが前で唸り声をあげて威嚇しているというのに、あまり恐れている様子がないということだ。策でもあるのか、小物過ぎてよく分かってないだけなのか。
言葉による言い合いもそこそこに、双方が武器を構えて戦闘態勢になる。
「シグル君、僕もこっちに加勢しよう。前衛を厚めにした方が良さそうだ。バルド!君たちも何人かこっち・・・に・・・?」
ドサッ、ドサッ、ドサッ。
不意に"青の戦霊"たちが倒れたのと同時に、俺も唐突な眠気に襲われた。