4話 交渉
「そこで止まれ!」
近付いていくと、騎士たちが剣を抜いて制止してきた。特に争う気はないので従っておく。
「まずは問いたい。君は我々の敵か?」
「いや、少なくともこちらに敵対する意思はないよ」
まず敵でないことをアピールしておく。騎士たちはこちらを油断なく見つめているが、少しだけ安堵の空気が流れた。
「それでは先程の爆発だが、君の魔術か?」
「ああ、そうだな」
「そうか・・・いろいろと聞きたいことはあるが、先に感謝を伝えねばなるまい」
騎士たちは剣を納め、手を胸に当てて頭を下げる。
「ありがとう。君のお陰で我々は救われた。何より、我らが主の命を救ってもらったこと、心より感謝する」
「いや、気にしなくて良い。それよりも我が主ってのはそっちのお姫様か?さっき見えた馬車の紋章はアートレア王国のもんだったから・・・王女様かな?」
父さんの部屋にあった本を読んでたから、それぞれの国の国章や上級貴族の紋章はある程度覚えがある。
王女様なのは正解だったようで、騎士の眉が少し警戒したようにヒクリと上がる。
「・・・その通りだ。私は第七近衛騎士隊隊長のロバート・グレイ。そしてこちらにおわすのはアートレア王国第三王女、レナリア・フォン・アートレア殿下にあらせられる」
お姫様はスカートの裾をつまんで綺麗なカーテシーをとる。
「レナリア・フォン・アートレアです。この度は命を助けていただき、誠にありがとうございました」
・・・しかしずいぶん美人さんだなあ。さすが王女様。
ハーフアップで、輝くような艶をもった栗色の長い髪。顔立ちは非常に整っており、その顔には優しく儚げな笑みをたたえている。
あと目を引くものとしては、顔より少し下の方にある、いわゆる男の夢がたくさん詰まってそうなモノだろうか。
「・・・あの?」
「おっと、これは失礼。俺はシグルだ。こっちは相棒のヴォルガ」
「ウォン!」
『よろしく!』と挨拶したヴォルガの声に騎士たちが一瞬怯むも、お姫様は全く動じていない。というより、何か目がキラキラしてるような・・・
「うふふ、可愛らしい狼さんですね。種族名は何と言うのですか?」
「神狼だよ」
「まあ!ロバート、私の記憶違いでなければ、神狼とは伝説級の魔物ではありませんでしたか?」
「え、えぇ・・・神狼と言えば、一生に一度見かけるかどうかの稀少な種族で、最大で一国の軍隊に匹敵する力を持つと言われております」
畏怖の視線が集まるヴォルガは心なしかドヤ顔だ。
「しかしこれ程の魔物を従えているとは、君は一体何者なのだ?君のような者の噂は聞いたことがない」
「俺は竜人なんだ。そんで今日までは人里離れた黒竜族の住み処で暮らしていたから、知らないのは当たり前だな」
「っ!?竜人・・・なるほど。それならいろいろと合点がいくな」
さて、俺たちのことを知ってどう出てくるか。
良い感じにいけば、王家という身分の頂点と知り合いになることができる。
俺たちは種族や力で目立ちまくるし、どちらにせよ貴族とは何らかのトラブルになるに決まってるんだから、王族とのコネはかなり役に立つだろう。
うまくいかなくても、その時は逃げれば良いだけだ。国は他にもあるし、本当にどうしようもなくなったら情けないが家に帰ってほとぼりが冷めるのを待てば良い。
なにせ今の俺は竜人。寿命が数百年はあるから10年や20年なら問題はない。
その上で俺たちのことを包み隠さず教えてみたんだが、お姫様や隊長さんたちの反応を見てみると・・・
どうも驚いてはいるようだが、嫌なニオイは感じない。これは大丈夫そうだな。
やがてなにやら考え込んでいた隊長さんが口を開く。
「なぁ、シグル殿。今日家を出たばかりと言っていたが、これからどうするつもりなのだろうか?」
「とりあえずは一番近くの町で冒険者登録をして、ランク上げに専念しようかと。どうせ俺たちは目立つから、あまり一ヶ所に留まるつもりはないし」
「フム・・・一応聞くが、王国に士官する気はないだろうか?歳は若いが、その実力であれば相応の地位や報酬は約束される」
まあそう来るだろうな。王国の守護を預かる身としては当然の勧誘だ。
「その様子じゃ分かってるだろう?それに対する答えはノーだ」
「だろうな・・・俗物的な竜人など聞いたこともないし、むしろいて欲しくない」
向こうも断られるのは承知の上だったようで大して残念がってはいないようだ。
無理強いする様子はなし。これは好感度が高い。この隊長さんは、人格的にもちゃんと騎士なんだな。
今度は、お姫様の方が前に出てくる。
「ではせめて、何かお礼をさせていただけないでしょうか?王族としても、人としても、命の恩人である貴方には何か報いなければなりません」
その言葉、待ってました!
「それなら、ある程度でいいから貴族を抑えるのを手伝って欲しいかな。もちろんタダとは言わない。代わりに腕っぷしが必要なときは貴女に力を貸そう」
つまりこのお姫様には後ろ楯になってもらおうということだ。変なお願いされないように「腕っぷしが必要なとき」と付け加えておいたが、このお姫様ならそうそう変なことにはならないだろう。
それに、多少権力闘争に利用されたとしてもこれ程の美人さんのためならそんなに悪い気はしない。
「分かりました。それが貴方の望みであるなら、私も力を尽くしましょう。お父様にもご助力いただけるとより安心かと思いますがいかがでしょうか?」
「う~ん、変に利用しようとしないのであればむしろありがたいかもな」
「ええ、貴方に対して不義理を働かないことを神に誓ってお約束いたします」
我ながら少し図々しかったかもしれない。ま、わがままを押し通すだけの力を示せば良いだけのことだ。
「ああそれと、こちらを」
「ん?これは?」
お姫様が差し出してきたのは一枚のメダル。白金貨・・・ではないな。俺が持っている硬貨には初代国王の肖像が彫られているが、これには国章が彫られている。
「このメダルは王家にとって重要な人物であることを証明するものです。これを提示すれば貴方の望みをある程度叶えることができるでしょう」
「おぉ、ありがとな」
よし、これがあれば一番最初に身分証明がなくてうんぬんかんぬんみたいな面倒くさいことはスキップ出来るだろう。結構儲かったな。やはり人助けはするものだ。