3話 最初のテンプレ
家を出た俺たちは、手始めに一番近くの町を目指すことにした。大雑把な地図もあるので迷う心配はあまりない。
成長したヴォルガのスピードは素晴らしいもので、野山も川も、海すらもあっという間に駆け抜けていく。
「良いぞ~ヴォルガ、この調子なら明日には人のいる町に着けるかな」
「ウォン!」
やがて海を越え、森に入ってしばらくすると太陽が真上に来たので一旦昼食を取ることにした。
「なあ、飯はどうする?」
「ウォン!」
「オッケー、肉だな。そしたらまずは狩りをしようか」
「ウォン!」
そうと決まれば、いつものように高い木へ登って索敵を行う。
「え~っと、良い感じの獲物は・・・っと。おや?」
索敵範囲に妙なものが引っ掛かった。これは人か?何でこんなところに?
見たところ人数は30人前後。二つのグループに別れて戦闘をしているようだ。まさかとは思うが・・・
「ヴォルガ、飯の前に軽く運動しようか」
「ウォン?」
ー ー ー ー ー ー
「ぐあぁああっ!?」
また一人、黒装束に身を包んだ賊によって騎士が倒されてしまった。
「皆の者!踏ん張れ!ここを一歩も退くわけにはいかん!!」
くそっ!なぜこうなった!この辺りは斥候が下調べをしていたはずではなかったのか!
・・・話は少し遡る。
「報告します。周辺には魔物の痕跡などは見当たりませんでした」
「そうか、ご苦労」
斥候の報告では周囲に危険はないらしい。我々が護衛している馬車に乗っておられるのはやんごとなきお方である故、危険がないに越したことはないのだが・・・少し気になるな。
確かにこの森は危険度の低い場所であるし、だからこそこの道をルートに入れた。だが、魔物の痕跡すら見当たらないというのは少々不自然ではないだろうか?
「隊長、何か気になることでも?」
「いや、そうだな。杞憂であれば良いのだが・・・」
そんな風に部下と話していたときだった。
ヒュン! ドスッ!
「ヒヒーーーンっ!?」
「なっ!?敵襲!!各自戦闘態勢を取れっ!!」
「「「「「はっ!!!」」」」」
唐突に飛んできた矢が馬車の馬を射貫き、我々はすぐに黒装束を着た集団に囲まれてしまった。
「いいか!全員馬車を背にして囲め!絶対に賊を近づけるな!!」
この場にいるのは近衛騎士が10人に斥候兵が2人。対する賊は20人程。簡単に負けることはないが、耐えきれるかも怪しいな・・・いや、耐えねばならない!
「ぐあぁああっ!?」
しかし数の差は覆しきれず、一人また一人と部下たちが倒れていく。
「皆の者!踏ん張れ!ここを一歩も退くわけにはいかん!!」
そう部下たちを鼓舞するも、私もすでに限界が近い。
「くっ、ここまでか・・・」
だが、レナリア様だけはなんとしても守らなければ。私は意を決して馬車の扉を開く。
「レナリア様、全力で撤退します!こちらへ!」
「・・・ええ、分かりました」
今の一瞬の間は倒れた部下の騎士たちを見殺しにすることへの抵抗感から来る葛藤であろう。本当に優しいお方だ。
しかしレナリア様は人の上に立つ者としての覚悟も持っておられる。すぐに気を取り直されたご様子で私の手を借りて馬車を降りた。
「目標が馬車を降りたぞ、捕らえろ!」
「そうはさせんぞ!レナリア様、失礼いたします!」
ボンっ! シュウウウウウウっ!
腰の小物入れから取り出した玉を素早く地面に叩きつけて辺りに煙幕を張る。その隙をついてレナリア様を抱え、全力の身体強化で離脱する。
「くっ、逃がすな!追え!」
生き残った騎士たちも共に撤退はしているが、やはり数が減ってしまっている。あとは私を含めて6人か・・・
「隊長!このままでは・・・!」
「うるさい!今は黙って走れ!」
私だって分かっているのだ。我々が生き残れる可能性も、この方を守りきれる可能性も、かなり低いということは。
「だが!それでも!例えわずかな可能性しかないとしても!騎士の誇りにかけて、最後まで決して諦めてはならぬのだ!!」
「ロバート・・・」
「レナリア様、ご安心召されよ!不肖このロバート率いる第七近衛騎士隊、我らの命尽きるまでは貴女様に指一本触れさせませぬ!」
「・・・はい」
神よ、願わくばこのお方だけでも守りたまえ。そのためならば、我らの命を引き換えにしても一向に構わぬ。
だから・・・っ!
その瞬間。
ドォォォォォオオオオオオンッッッ!!!!
「な、なんだ!?!?」
ば、爆発だと?少なくとも我々を狙ったものではなく、自然現象とも考えにくい。賊たちだけが吹き飛び、我々は無傷なのだ。
何者かが我々を援護した?しかし、まだ町も遠い場所でたまたま町の騎士たちが遠征に来ていて、たまたま我々が襲撃されることを察知したか、たまたま我々を見つけ、たまたまこれ程の力を持った魔術師を引き連れていたとでも言うのか?
いや、それこそあり得ないだろう。そんな偶然があってたまるか。
それなら一体何なんだ・・・?
「ありゃあ?一撃で全滅させちゃった?あれでも力を入れすぎだったか・・・」
「ガウゥ・・・」
「『運動したかった』って?悪かったよヴォルガ、後で遊んでやるから」
「ウォン!」
そんな会話?をしながら姿を現したのは、銀髪が混じった黒髪で十代くらいの少年と白銀の狼であった。
ー ー ー ー ー ー
戦闘地点へ向かっている最中も索敵で様子を窺っていたが、どうも片方は誰かを守るような動きをしているようだ。
まあだからと言って決めつけは良くない。守る側が悪者の場合だって考えられる。例えば人攫いとか。
だからちゃんと目で見て判断しないと・・・ん?あれか?
まず目に入ったのはいかにも貴族な感じの豪華な馬車と、位の高そうな鎧を身に付けた騎士たち。それをいかにも怪しそうな黒装束たちが取り囲んでいる。
「う~~~ん、どうすっかなぁ~~~・・・」
「ワウ?」
ヴォルガが『助けないの?』と聞いてくるが俺は即断しかねている。
確かにあの黒装束は悪者っぽい。しかし、どこかの偉い人が秘密裏に放った刺客で、騎士たちの護衛対象の方が悪いことをしていたゆえに狙われた可能性だってある。
そして見た目どおり騎士たちが正義だったとしてもこんな特殊な状況で貴族に関わると、ロクでもないことになるに決まっている。君子危うきに近寄らずだ。
ただ、そうしてる間にも騎士たちは押されてしまっている。さすがに騎士といえども数の差はどうにもならないようだ。
ボンっ! シュウウウウウウっ!
煙幕か。騎士たちは分が悪いことを悟り、護衛対象を連れて撤退するつもりらしい。
騎士が馬車から下ろしたのは・・・お姫様!?
マジかぁ~・・・、まさかとは思ったけど、完全にテンプレ展開のやつじゃん・・・
「う~~~ん・・・どうすっかな~~~・・・」
すっっっごく関わりたくない。だが、か弱い乙女を見捨てたら男が廃る。しかし・・・
「だが!それでも!例えわずかな可能性しかないとしても!騎士の誇りにかけて、最後まで決して諦めてはならぬのだ!!」
・・・ふむ。漢だな。気に入った。
「よし決めた。あのお姫様の方を助けよう」
「ガウ」
「いや、違うぞ?『主も雄だからな』って、別にあのお姫様に釣られてとか、そんなんじゃないからな?」
「フスンッ」
「おい、何だその反応」
くそぉ・・・バカにしやがって。だがここでケンカしてても仕方がない。この恨みは奴らで晴らすとしよう。
さて。何気に初の実戦だ。集中集中!
せっかくだから、アレを使うとしよう。
まずは身体に流れる魔力を丁寧に練り上げ、手元へ集める。
これはただの魔術ではない。竜族の血を受け継いだ者のみが使うことを許される力だ。
頭の先から爪先まで、隅々の血肉が沸き立つような感覚。
魂の奥底から沸き上がる熱で、手元の魔力に火をつけるイメージ。
「ヴォルガ、サポート頼むぜ!」
「ウォン!」
ヴォルガは『任せろ!』と一声鳴くと風の魔術を発動させ、俺の体を高く持ち上げる。
お姫様や騎士たちを巻き込まないように、出力は最小限に抑えて、真上から!
「"竜の息吹"!」
ドォォォォォオオオオオオンッッッ!!!!
迸る灼熱の炎が地面に当たる瞬間に爆裂し、たちまち黒装束たちを吹き飛ばしていく。念のためお姫様たちの方はヴォルガが風の障壁で保護してくれているので大丈夫だ。
それにしても・・・
「ありゃあ?一撃で全滅させちゃった?あれでも力を入れすぎだったか・・・」
「ガウゥ・・・」
「『運動したかった』って?悪かったよヴォルガ、後で遊んでやるから」
「ウォン!」
お姫様たちはこちらを呆然と見ている。竜の息吹に驚いたのか、ヴォルガに驚いてるのか。
さて、あとで変な勘繰りされて知らんうちに指名手配とかになると面倒だから、ちゃんとお話はしておこうか。
竜の息吹:竜族固有の能力。竜の血が流れていれば誰でも使えるが、威力や制御は訓練次第。一応竜の素材を媒体にすることで魔術でも再現出来るが必要な魔力が多く難易度も非常に高いため滅多に使える者はいない。