20話 意外な展開
「ク、クライム侯爵・・・だと・・・」
「は、はい。どうかされましたか?」
「いや、何でもない・・・」
「?・・・そうですか」
何でもないとは言ったが、俺は心中穏やかでない。
あの時ギルドでにらみ合いをしてから、クライム侯爵がどういう人物なのかがまだよく分かってないんだよなぁ・・・
しかし少年を放り出すわけにもいかないし、シェーラたちに押し付けるわけにもいかない・・・ぐぬぬぬ。
「ほうら、やっぱり面倒なことになったじゃない。しかもとびきりの」
「・・・まぁ、シグルだから」
俺の後ろからエルフ姉妹の呆れた声とため息が聞こえる気がするが気にしない。気にしないったら気にしないのだ。起こってしまったことは仕方ないのだから。
「それにしても、侯爵家の嫡男が何で護衛もなしに歩いてるんだ?」
「それは・・・」
少年曰く、とある料理店で家の手伝いをしている娘が気になってしまったのだが、侯爵家が平民の娘と関係を持つのは周りから止められると思い、毎週学園が休みの日にこっそり屋敷を抜け出してはお忍びで通っていたのだそうだ。
「・・・ってアホか。君のようなお坊ちゃんが定期的に無防備な状態を自ら作り出すとか、どうぞこのタイミングなら楽に自分を誘拐出来ますよ、って言いふらしてるようなもんだぞ」
「あ・・・確かに」
「全く・・・先が思いやられるお坊ちゃんだ」
「面目ないです・・・」
しかしずいぶん物腰が丁寧な少年だな。本当にあの侯爵の息子なのか?
軽率な行動を軽く説教したあと、俺たちは少年・ロドニーを屋敷まで送っていった。あとは近くで別れて関わらないようにそっと退散するつもりだったのだが、そう上手くはいかないのが世の中というものである。
「シグルさん!ぜひ!是非とも我が家で皆さんをおもてなしさせて下さい!」
「えぇ・・・」
どうやらロドニーに懐かれたようで、屋敷に招かれてしまったのだ。
どうしたものかと思ったのだが、ロドニーは別に悪意のニオイがしないから、下心なしで純粋にもてなそうとしてくれているわけで、ここまで純真無垢な息子がいるということは侯爵も実は悪徳貴族とかではない可能性もなきにしもあらず・・・と考え、俺は招待に応じることにした。
「分かった・・・お言葉に甘えて」
「やった!ありがとうございます!」
喜ぶロドニーを横目に、シェーラがこっそり耳打ちしてくる。
「ちょっと、大丈夫なの?クライム侯爵ってこの前一悶着あったところでしょう?」
「それはそうなんだが・・・ま、なんとかなるだろ。ロドニーは良い子そうだし」
「本当に大丈夫かしら・・・」
・・・あんまり大丈夫ではなかったかもしれない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
屋敷に入った後、応接間へ案内されたわけだが、そこで案の定クライム侯爵とご対面。流石に向こうも俺とこのような形で再会するとは予想外だったようで数秒間固まっていたが、すぐに気を立て直して俺の対面に座った。
だが、そこから先は気まずい雰囲気に。ロドニーも俺と侯爵の間に流れる空気に困惑している。さて、どうしたものか・・・と思っていたら、侯爵の方から口を開いた。
「話は聞いた。息子を暴漢から救ってくれたそうだな」
「ええ、まぁ・・・偶然ですけど」
「偶然とはいえ恩人であることに変わりはない。・・・感謝する」
「・・・どうも」
そう言って侯爵は軽くだが頭を下げた。
・・・第一印象と違いすぎて違和感が半端ない。シェーラたちも俺から聞いた話と感じが違うので不思議そうな顔をしている。
「腑に落ちない、といった様子だな」
「それはまあ、初対面があれでしたからね。驚きもしますよ」
「フム。あのときのことを根に持っているのか?竜人といえど、やはり子供だな」
「そういうあなたは大人げないでしょう」
再び嫌みの言い合いになり空気が険悪となる。そこでロドニーが仲裁に入った。
「あ、あの・・・父上、シグルさん、お二人ともその辺で・・・」
「「・・・・・・」」
さらに気まずい沈黙が続く。そして侯爵がため息を一つ。
「・・・良いか、確かに私の言い方が気に障るものだったことは認めよう。しかし私はそれ以上のことはしていないはずだ。どうだね?」
「う・・・それは」
「それに、仲間についてもどのような人物で有能なのかどうかの確認すらしなかっただろう?侯爵である私が、竜人とはいえいち平民である君にこれだけ破格な条件を出したうえ、強制もしなかったというのに・・・目先の利益しか頭にない無能と同類と思われるのは甚だ心外だな」
「すみません・・・」
「謝罪するということは私のことをそんな風に考えていたということだな。全くこれだから礼儀を知らん若者は困るのだ。それに自分の行動が国家レベルの影響力を持っていることの自覚が足りん。君がかの竜王のご子息であることはすでに噂になっている。今後もああいった勧誘は多かろう。その中で、あの様な慇懃無礼な態度で断られても尚私のように穏便に済ます貴族がどれだけいると思っている?貴族とは面子が命だ。君の力を過小評価するようなバカでなかったとしても、行動を起こさざるを得なくなってしまう者だっているだろう。そうしたらどうする?力付くで黙らせるか?それこそ愚かなことだ。そういった場合、貴族側によほどの過失がない限り不敬罪は確実。最低でも二、三十年はろくに表を歩けなくなる。周辺国でも手配書が出回るだろうから同じことだ。そもそも貴族とは・・・」
その後もクライム侯爵による説教が小一時間ほど続いた。
長引く気配を察したエルフ姉妹はちゃっかり離れた所に移動してお茶を飲んでいる。
「・・・であるからして、思慮深く行動することの大切さが理解できたかね?」
「はい、これ以上無い程に・・・」
「ロドニーもだぞ。先ほど彼に言って聞かせたことはお前にも当てはまるところがある。平民と交流することに反対はしない。だがそれ以上の関係を望むのであれば、相手を政界という泥沼の道に引きずり込むことになる。そのことをよく覚えておくんだ」
「はい、分かりました父上・・・」
ロドニーも侯爵の叱責を受けて充分反省したところでようやく説教が終わった。そのタイミングでお茶と茶菓子が乗ったカートを押した女性が部屋に入ってきた。
「あらあら、ようやく終わったのかしら?」
「母上!」
ロドニーの母親ということはこの人がクライム侯爵夫人か。
「初めまして。ロドニーの母でウィリアムの妻、アマンダ・フォン・クライムと申します」
旦那と正反対でほんわかした穏やかな人だな。
「・・・考えていることが顔に出ているぞ」
「うげっ、またか・・・」
「説教をもう一時間ほど追加するかね?」
「すいません、マジで勘弁してください」
「うふふ、あなた。あまり若者をいじめてはいけないわ」
そんなに俺は分かりやすいのだろうか?表情に出している自覚が無いのだが・・・
「露骨ではないが、目線の動きなどと合わせてよく観察すれば分かる程度には顔に出ている。気を付けることだ」
「はあ・・・」
一応露骨に出ているわけではないというのは安心したが、貴族なんかと接する上では不利になる。確かに注意した方が良さそうだ。
「さて、実は私も君に用があったのだ・・・露骨に嫌そうな顔をするな」
「それで、その用事とは何です?」
「君は今度行われるレナリア殿下の誕生日パーティーに参加するそうだな」
「ええ、まあ。それが何か?」
「気を付けた方がいい。以前レナリア殿下を襲撃した者たちと同じ勢力がこの王都で何やら良からぬことを企んでいる兆候がある」
あの黒装束の集団か。王族であれば敵は多いんだろうが、面倒くさそうなのに目をつけられてるんだな。
「同じ勢力、と言うからには何か根拠があるんですか?」
「ああ。殿下を襲撃した者や、この王都で最近捕縛された不審者が相次いで変死していてな。十中八九口封じだろうが、これが魔族の仕業であるらしい」
「魔族が暗躍してるとなると、私たちとしても見過ごせませんね」
シェーラとノーラもこれまたいつの間にか俺の隣に座って話に加わってきた。
元々二人を送り出したエルフの目的は魔王や魔族の動向を調査することだったからな。気にはなるだろう。
「ふむ、丁度いい機会だ。エルフ族はどのように考えているのかお聞かせ願いたい」
「今のところは魔王の誕生までにまだ時間があると考えているようです。国外調査に出されているのは私たちのような若手ですし」
「なるほど、我々も同意見だ。だが、今回魔族が本格的に暗躍を始めたことを考えると余裕があるわけでもなさそうだが」
「確かにそうですね・・・」
シェーラは少し考えたあと、ノーラの方を見て二人で頷き合う。
「王族のパーティーには関わるつもり無かったけど、私たちも調べてみましょう」
「それは助かる。ではせっかくなので君たちに指名依頼を出させていただこう。そうすれば正式に報酬も払えるしな」
それからいくつか細かいところを話し合い、俺と八雲は予定通りパーティーに出席し、エルフ姉妹とヴォルガが城外から精霊魔法による探知で警戒を行うことになった。
こんな展開になるとは思わなかったが、まあいい。面倒事の代わりに何やら面白そうなことになりそうで、俺は少しワクワクしてくるのだった。




