2話 旅立ち
「よーし、行くぞヴォルガ!」
「ウォン!」
ヴォルガと出会ってから6年。俺たちはあれから成長して体がだいぶ大人に近づいていた。
今は父さんを相手に連携の訓練をしているところだ。なお、これは成人を迎えた俺が旅に出るための卒業試験を兼ねている。
「さあ、来いっ!」
「よっしゃあああ!」
「ガウッ!」
まずは風の魔術で俺たちに追い風を、父さんに逆風を吹かせてそれぞれに速度のバフ・デバフをかける。
「ヴォルガ、左から行け!」
「ウォン!」
初手は左右に分かれて挟撃するが、これは当然のように防がれてしまう。その後蹴りも混ぜながら連撃を叩き込む。
「まったく、相変わらず掠りもしないとか!マジでどんだけ強いんだよ、父さん!」
「ハッ、お前が未熟なだけだ。ほら踏み込みが甘いぞ!」
「言ってくれるぜ!」
次は手足に炎を纏わせ、攻撃力を高める。下手に素手で防ごうとすれば炎が燃え移って継続ダメージが入るのだが・・・
「やっぱり小細工は通用しないよな・・・」
「当然だ、年季が違う」
父さんは即座に練り上げた濃厚な魔力で炎を防いでしまう。
「そろそろ反撃するぞ」
「ヴォルガ、防御!」
「ウォン!」
ヴォルガが前に出て風の渦を作り出し防御、俺も後ろに下がり風の魔術を重ねがけして支援する。
「多重魔術か!良くできてるな!」
「俺たちの連携は父さんに唯一無いものだから活用しないとな!」
多重魔術とは、二人以上が魔術を重ねることを指す。組み合わせによって様々な追加効果を発揮したり、威力を増加させたりする。
ただし、二人が上手く息を合わせなければ互いの魔力が干渉し合って逆に妨害してしまう。当然、人数が増えればその分難易度が倍増する。
二重に重ねた風の防御はドラゴンブレスを弾くくらいには強固なのだが・・・
「ふんっ!」
「何ですと!?」
父さんの拳はそれをも打ち砕いてしまう。何でやねん!
「逆向きの渦を作ってぶつけただけだ」
「簡単に言ってんじゃねぇよ!!」
竜人の俺と、神狼のヴォルガが合わせた多重魔術だぞ!?原理がどうこう以前の問題だろ・・・。本当に父さんの強さは理不尽だ。
「ほらそこ」
「あ、やべっ・・・がふっ」
腹に一撃をもらい、そこで俺の意識は暗転した。
ー ー ー ー ー ー
ペロペロ。ペロペロ。
「ん、イテテ・・・」
目を覚ますと、ヴォルガに頬を舐められていた。
「あはは、くすぐったいよ」
「クゥ~ン・・・」
大丈夫?と舐めてくるヴォルガを撫でてやりながら起き上がる。
「よお、寝坊助」
「おかげさまで。それで、及第点はもらえるのかな?」
「フム・・・俺からすれば未熟も良いところだが、人間の社会でやっていくには充分だろう」
「よっしゃ!」
「ウォン!」
「言っておくが、油断はするんじゃねぇぞ?力は十分だが、お前にはまだ圧倒的に経験が足りない。町に出れば必ず関わるであろう貴族共は狸に狐に蛇ばかりだ。奴らが使う搦め手は力だけじゃどうにもならんこともある」
「それも含めた修行の旅、だろ?分かっているさ」
「ならいい。気を付けろよ」
「ああ!」
それから一週間かけて、俺は旅支度を済ませることにした。
まずは装備。メインになる手甲とサブの短剣・ナイフは近くに住んでた光り物好きな黒竜族から父さんが頼み込んでもらってきたアダマンタイトやオリハルコンを用いた合金を使い、近くに住んでた鍛冶が得意な黒竜族に父さんがお願いして作ってもらった。
他にも黒を基調とした服やグローブ、バッグ、アクセサリーなどを以下同文。
「父さん・・・【漆黒の竜王】じゃなくて【暗黒の暴君】に改名すれば?」
「ガウゥ・・・」
ヴォルガも『鬼畜すぎる・・・』とドン引きしている。
「なに言ってんだ?アイツらも泣いて喜びながら献上してただろう?」
「喜んでって・・・献上って・・・」
「グルゥ・・・ギャン!?」
「ほっとけ!」
ヴォルガが『その顔に相応しい乱暴っぷり・・・アイタぁ!?』と余計なことを言って拳骨を食らっている・・・って、あれ?
「父さん、ヴォルガの言ってること分かんの?」
「気配で何となくな」
「さ、流石は父さん・・・」
「キュ~ン・・・」
「と、とにかく!あんなことしてたら方々から恨みを買うだろ」
「ああ、それについては大丈夫だ。竜族は力こそが全てだから、何か頼み事をするときは相手をぶっ飛ばすのが作法なんだよ」
「なんつー脳筋種族だ・・・」
「ガウ・・・」
「ついでにな、俺もガキの頃にアイツらから散々ボコボコにされたんだ。お互い様さ」
なるほど、それなら妥当・・・か?まあいいや。
後日聞いた話だと、本気で嫌なら拒否出来るし、父さんも一応の対価は払っていたらしい。ちょっと安心した。
ー ー ー ー ー ー
「じゃ、行ってくるよ。父さん」
旅立ちの日。身支度を整えた俺は、父さんに見送られていた。父さんは扉の前に立った俺へ向けて一言。
「おう、さっさと行ってこい」
・・・・・・おい。
「・・・いや、見送りの言葉軽っ!?」
曲がりなりにも息子の人生の節目だぞ?もう少し何かあるだろうに・・・
俺はジト目を向けるも、父さんは小馬鹿にしたように笑う。
「うん?なんだ、不満そうだな。感動的なセリフが必要か?涙ぐみながら、いつでも待ってるから帰ってくるんだぞ、とでも言えってか?」
「うーわ気持ち悪っ、さぶいぼ立ったわへぶしっ!?」
「うるせぇ!」
殴られた。
「・・・フフ」
「・・・ハハッ」
けど、これで良い。
「頑張れよ、シグル」
「もちろん。今度会うときは俺があんたを殴り飛ばしてやるよ、父さん」
好戦的かつ不敵な笑みを浮かべながら、互いの拳を突き合わせる。
拳こそが、俺たちの繋がり。
拳こそが、俺たちの絆。
拳こそが、俺たちの全て。
この旅では様々な出会いや冒険を経験するだろう。危険なトラブルもあるかもしれない。それでも俺は父さんから受け継いだこの拳で、全てを打ち砕いてみせる。
「さあ、出発だ!行くぞヴォルガ!」
「ウォン!」
扉を開け、外で待っていたヴォルガの背に飛び乗り、一気に駆け出す。
1人目の主人公・シグルの旅は、こうして始まったのであった。