18話 懸案事項
「お父様、本当によろしかったのでしょうか?」
レナリアは父である国王ベルンハルトの行動に疑問を呈していた。
その行動とは、レナリアの誕生日パーティーにシグルを招待したことである。
「レナリア、お前が懸念していることは分かっている。だから彼の機嫌を損ねないように細心の注意は払うつもりだ」
「それならば良いのですが・・・」
「それに、せっかく彼が王都を訪れているのだ。このチャンスをみすみす逃すわけにはいかん。なに、彼は筋を通せば話が出来る者なのだろう?であれば彼がすでに何度かメダルの権威を利用している以上、話し合いの機会を作らせてもらうくらい構わんだろう」
「確かにそうですね・・・下手に政争へ巻き込んだり、無茶な要求を押し付けたりしない限りはあの方も無下にはなさらないかと」
ベルンハルトは良くも悪くも政治家だ。国や民を思う慈悲の心は持っているが、それらを守るためには手段を選ばない非情さも持ち合わせている。彼はこの両面をうまく使い分けてきたことで国内の貴族や一般市民からの高い支持率を維持してきた。
幼い頃からその姿を見てきたレナリアは父が致命的な失敗を犯すとはそもそも考えていないが、心配なことは別にある。
「しかし、他の貴族たちはどう抑えるおつもりなのですか?シグル様の存在やそのお力についてはすでに広く噂になっていますから、どうしてもあの方に余計なちょっかいをかけるような者が出てくるかもしれません」
貴族というのは基本的に幼い頃からしっかりとした教育を受けており、国内でも特に優秀な者たちであるはずだが・・・どこにでも例外はいるものだ。
「もちろんその対策もしてある。問題はないとも」
「そうですか、さすがはお父様です。差し出がましい言葉をお許しください」
「構わん。様々なリスクを考えるのは良いことだ。娘の成長は喜ばしいものだよ」
ベルンハルトは満足げに微笑む。彼に娘は三人いるが、上の二人はすでに嫁に出てしまっているので残った末娘のレナリアは特に可愛がっていた。
・・・故に本音のところでは嫁に出したくないと思っていたりする。
「しかしそうも言ってられんか・・・」
「お父様?」
「いや、何でもない」
ボソッと呟かれた声はレナリアの耳には届かなかったようだ。ベルンハルトは気を取り直して話を続ける。
「それから例の襲撃者について情報を集めておったのだが、その中で少し気がかりなものがあった」
「と、言いますと?」
「どうやらこの王都内で不穏な動きがあるらしい。巡回中の騎士や情報収集をしている"影"たちがいくつか不審者の拠点を摘発している。そしてその際に捕縛された者たちは・・・」
「襲撃者と同じ方法で口封じされた、と?」
「そういうことだ。つまり黒幕は前と同じで、狙いも前と同じくお前である可能性がある。となれば・・・」
「私の誕生日パーティーですか・・・」
「そういうことだ。分かってきたな」
レナリアは少し考え込む素振りを見せたあと、何かに気付いた様子でハッと顔を上げた。
「まさか!そのためにシグル様を!?」
ベルンハルトは頷いて肯定する。
「もちろん彼を直接見定め、可能であれば友好的な関係を築きたいというのが一番だが、万が一の保険は多い方が良い」
「しかし・・・それではシグル様の協力を半ば強制することになりませんか?もしそれで機嫌を損ねてしまったら・・・」
「承知の上だ。だからお前はこれについて知らなかったことにしておくんだ。関係が悪化したとしても、それは私だけで良い」
ベルンハルトは仮にこれが原因でシグルが国に悪印象を抱いたとしても、"レナリア個人"まで関係を断つ可能性は低いと考えている。
これは国民の中に潜ませた"影"から寄せられたシグルの人間性に関する報告書を見て判断した。
そしてレナリアさえシグルとの繋がりを保てていれば最悪なことにはならないだろう。
「・・・分かりました」
レナリアは渋々といったように受け入れた。
彼女は生来の優しさからあまり腹芸が得意ではないが、事は国益に関わることなのでそうも言っていられない。もう子どもではないのだから。
(せめて、最悪の事態にだけはなりませんように)
ただ静かに、彼女は心の中で祈った。