17話 パーティーの準備、もといデート
ある日のこと。冒険者ギルドへ行き、受付で依頼を見繕ってもらおうと思ったら受付嬢さんが俺を確認するや否やあっという間に別室へ連れて行かれてしまった。
ちなみに他のメンバーは自由行動を取っている。ヴォルガは基本的に俺と行動しているので一緒だが、前回と同じく建物の外でお留守番だ。
「・・・で、何事なんだ?どうせ厄介事だろう?」
「それがですね・・・こちらが王宮から送られてきました。シグルさんに直接渡すようにと」
受付嬢さんが差し出したのは高級そうな装飾が施された一通の手紙。封蝋にはお姫様メダルと同じ国章が使われている。
中に書いてあったことを要約すると、一ヶ月後に行われる第三王女の誕生日パーティーに招待するという内容だった。同伴者についてはヴォルガは庭までなら可、他は自由に連れてきても良いとのことだった。
あのお姫様の誕生日パーティーか・・・結構な規模かつ上級貴族が勢揃いしそうだな。さて、どうしたものか。
まず出席しないという選択肢はなしだ。こうして王宮から直々に招待状を送られた以上、無視しようものならこの国の上層部から大いに顰蹙を買うことになるだろう。
参加はするとして、同伴者はどうするかな・・・みんなと相談するか。
「はぁ・・・。とりあえず了解した。他には何かあるか?」
「はい、今回はこちらの依頼をお願いしたいのですが・・・」
ー ー ー ー ー ー
宿に帰ってからその話をすると、みんなの反応は思いのほか薄かった。
「ま、その内こうなるとは思ってたのよね・・・」
「・・・(コクリ)」
「当然じゃな。主様のようなわかりやすい宝石を国王がみすみす見逃すはずがあるまいて」
確かに八雲の言うとおりだ。竜人である俺は明らかに戦力として申し分ない。しかしあのお姫様には仕官する気はないと明言しているし、それは国王にも伝わっているはずだ。
「それで、同伴者は自由ってあるんだがどうする?」
「妾は行くぞ。こんな面白そうなこと、参加しないわけには行くまい!」
「私はパス。絶対面倒なことになるに決まってるわ。当然ノーラも一緒にお留守番ね?」
「・・・(コクリ)」
「分かった、ならパーティーは俺と八雲の二人で行く。ヴォルガはシェーラ達の護衛として置いていこう。いざという時にはあいつを通じてやりとりができるし」
「そう。それは助かるわ」
「衣装はどうするのじゃ?王宮のパーティーともなれば、それなりに着飾らなければならないのであろう?」
「問題ない。指定の店でこの招待状を見せれば無料で服を仕立ててくれるんだと」
「それはまた太っ腹じゃのう」
確かに太っ腹だが、貴族でない者を向こうが呼びつけたわけだから当然とも言える。
それからパーティーでのマナーだが・・・これも最低限のことは同封された紙に書かれていたので、それさえ守っていれば大丈夫だろう。
「あとは王侯貴族との距離感をどうするかだな・・・」
最低でもお姫様と関わることにはなるだろうし、そうすると国王が出てくる可能性も高い。クライム侯爵のこともあるし、気が抜けないな・・・
「八雲じゃないが、いっそのこと悪の組織とかが登場して力ずくで叩き潰して全部解決、なんて展開になっちまえば楽かもしれないな」
「シグルまで余計なこと口走ってるんじゃないわよ・・・本当になったらどうするの?」
「だってさぁ・・・」
「・・・シグルと八雲は脳筋」
「カッカッカ、否定はできんのう」
「俺たちのように国家を持たず独立している種族は本来、権謀術数なんかとは無縁だからなぁ」
「ま、小難しいことは今考えてもよかろう。それより主様よ、もっと考えるべきことがあるじゃろう?」
「考えるべきこと?」
はて、他にもまだ抱えてるトラブルがあったっけか?
俺が考えていると、八雲は何が気に入らないのか少し頬を膨らませてみせる。
「そんなの妾とそなたのデートに決まっておろう!」
「・・・はぁ?」
なぜいきなりそうなる。
「分からんやつじゃのぅ・・・パーティー用の衣装が必要なのは妾達二人じゃ。男と女が二人きりで買い物に行くとなれば、それはデートなのであろう?」
八雲は目をキラキラさせてこちらへ身を乗り出してくる。
「う~ん、まぁそれは確かに。シェーラ達はどうするんだ?一緒に来ないのか?」
せっかく出かけるならみんなで行こうかと思ったのだが、女性陣はこの答えがお気に召さなかったらしい。三人から揃ってジト目を向けられてしまう。
「こんなに楽しみにしている八雲の邪魔をするほど野暮じゃないわよ・・・」
「・・・・・・シグル、鈍感」
「そうじゃぞ、主様よ。二人きりと言うたじゃろうが!」
「わ、分かったよ。俺が悪かったからそんな冷たい目で見ないでくれ・・・」
女性陣から発せられる迫力にタジタジになってしまう。なんだろう、この中では力も魔力も俺が一番強いはずなのに妙に逆らえない。
まさか俺は女の尻に敷かれるタイプなのだろうか。できればそうなる未来は勘弁して欲しいところだ。もう少し女心についても勉強しておかないと・・・
途中気まずい感じにはなったが、とりあえず明日早速衣装仕立て・・・もとい、八雲とのデートに行くことで話がまとまった。
デートか・・・この世界で生まれてからというもの、これといった女性経験がない俺としてはある意味父さんの修行よりも難易度の高いイベントになりそうだ。
ー ー ー ー ー ー
翌日、俺は八雲とともに商業区の方へと来ていた。
八雲は最初からやけにハイテンションで、俺の腕を組みながらとてもご満悦の様子である。
「フン、フフン~♪クフフ・・・主様よ、デートとは不思議なもんじゃのう。こうして並んで歩いているだけなのに妾はとても幸せな気分になるのじゃ」
「そ、そうかい。楽しんでくれてるなら何よりだよ」
「うん~?なんじゃ主様。そなたは楽しくはないのか?」
「い、いや。別に楽しくないわけではないというか、別の意味で楽しくなってしまっているというか・・・」
「・・・?」
先に述べたように、俺には女性経験がほとんどない。黒竜族の里にも美しい容姿の人型になれる者はいたが、小さい頃からの知り合いだとあまりそういう対象にならなかった。
それで何が問題かというと、腕に当たっているのである。・・・八雲のとびきり豊満なアレが。
「ん?ははぁ~、なるほどのぅ~・・・」
しばらく訝しげな顔をしていた八雲だが、俺の視線に気づくとニマァ・・・っと笑みを浮かべながらさらに体を押しつけてきた。
「ちょ、お前なぁ・・・歩きにくいだろ」
「何を言うか、本当は嬉しいのであろう?ほれほれ」
「うっ・・・まぁ、否定はしない」
俺も男だ。嬉しくないわけがない。・・・素直に認めるのはなんとなく癪に障るが。
「そうじゃろうそうじゃろう。どうじゃ、そろそろ妾と情を交わす気になったか?」
「だから真っ昼間から盛ったりしないっての・・・」
「なら夜であれば良いんじゃな?」
「そ、そういうことじゃ・・・」
「なんじゃ、ハッキリせんのぅ・・・竜人であるなら竜族らしく、その有り余る獣欲を素直に妾で発散すれば良いものを・・・」
「そう単純な話じゃねえんだよなぁ」
確かに竜族は肉体の強靭さに伴って性欲も旺盛である。しかし出会って間もないのに即合体とか、日本人的価値観が残っている俺としてはどうにも気が引けてしまうのだ。
・・・だから耳と尻尾を垂れ下げて明らかに落ち込んだ顔をするのはやめてほしい。罪悪感が半端ない。
「とにかく、今すぐどうこうっていうのは無しだ。人間の間ではそういうことには手順ってのがあるんだよ」
「そなただって人間ではないだろうに・・・」
「半分はな」
「ハァ・・・それが主様の意向であるなら仕方ないか。ならせめて今はこうしてお側に寄るのは許しておくれ」
「まぁ、それくらいなら・・・」
そう言うと八雲の耳と尻尾は元のようにピョコンと立ち上がり、顔も先程とは打って変わってパァッと輝かせながらこちらへ頭と体を預けてきた。
「・・・なぁ、これ最初に戻っただけじゃね?」
「それを指摘するのは野暮というものじゃぞ主様。男に二言は許されん。今は黙って受け入れるのじゃ」
それから俺たちはしばらく商業区を回り、アクセサリーなどの小物が売っている店を冷やかしたり、露店の食事を堪能したりした。
「はぁー。さすが王宮指定の店なだけあって立派な店構えだな」
なんやかんや八雲とのデートを楽しんだ後、招待状にあった服飾店を訪れていた。
ここは商業区の中でも貴族街に程近い場所にある一等地で、様々な高級店が建ち並んでいる。外装は派手でも地味でもない、適度に上品な雰囲気。これぞ上流階級の店、といった感じだ。
「いらっしゃいませ。初めてのご来店とお見受けしますが、紹介状などはお持ちですか??」
「あぁ、これを」
「拝見いたします。っ、これは・・・!」
招待状を確認すると途端に店員の顔色が変わった。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに表情を取り繕うと俺たちを中へと案内してくれた。このあたりはさすが高級店の店員だ。
案内された部屋には様々な衣装や道具が並んでおり、意外と『仕事場』といった感じだった。
「あら、王宮の招待状を持ってる冒険者なんて言うからどんな厳つい人かと思ったら、ずいぶん可愛らしいお客様じゃない。これは腕がなるわねぇ♪」
メイドを数人連れて入ってきたのは、明るいドレスを着た女性。とても美しいのだが、惜しむらくはあと10年くらい若ければ・・・殺気!?
「うふふふ・・・坊や、あなた少し分かりやすいみたいだから気を付けなさい?」
「は、はい」
なんという迫力。目の前にいる女性は間違いなくただの人間で戦闘力は皆無のはずなのに・・・
・・・こら、八雲。腹を抱えて笑うのはやめろ。
「それで、王宮のパーティーへ着ていく礼服だったわね。任せなさい、これだけ素材が良いなら上流貴族にも負けない素敵な花に仕立ててあげるわ」
「いや、あまり目立ちすぎるのは勘弁してほしいんだが・・・」
「あらそう?勿体無いわねぇ。まぁ良いわ。じゃあまずは採寸するからそっちの小部屋へ入ってちょうだい。お嬢さんはそちらね」
試着室らしき小部屋へ移動するとメイドたちにあっという間に上を脱がされ、メジャーをあちこちに当てられる。
その間わずか10分程。さすがはプロの仕事だ。
採寸が終わった後は試着を行う。仕立てる予定の服に近いものを実際に着てみてイメージをよりやり易くするのだそうだ。
今着ているのはグレーのタキシード。胸には赤い花飾りを付けている。
しかし・・・日本で過ごした記憶を合わせても、こういった礼服を着る機会はなかったのでなんとなくむず痒い。なんというか、子どもが背伸びしている感じがしてしまう。
「そんなことはないぞ主様よ。中々似合っておるではないか」
「そうか?なら良いんだ、が・・・」
念話となって漏れ聞こえていたのか、八雲がフォローの言葉をかけてきた。
声の方へ振り返ると、そこにいたのは深い緑色のマーメイドドレスを身に纏った八雲がいた。
色気があるのはいつものことだが、髪を結い上げて肌の露出が増え、なおかついつもの和服とは違った洋風のドレスが『大人の女性』感をさらに引き立てている。
「ほれほれ、どうじゃ?この姿もまた美しかろ?」
「あ、ああ。正直驚いた・・・そっちも似合ってるよ」
「そうか・・・フフ」
思わず正直に感想を呟いてからしまったと思ったが、八雲はからかってくるわけでもなくただ嬉しそうに微笑むといういたって普通の反応だった。
女性というのはまだまだ分からないことが多そうだ・・・