13話 "未確認生物"の正体
グトナムを出発し、しばらくすると依頼にあった森に入ったのだが、俺は早々に帰りたくなってきた。なぜなら・・・
・・・真夜中のように真っ暗だったからである。
「・・・なんでだよ」
おかしいと思わないか?いくらうっそうとしている森でも木漏れ日くらいはあるもんだろしかもカラスみたいなのがギャーギャー鳴いてて気味が悪いし上はどうみても夜空だしおかしいし今は真っ昼間だろ何で
「・・・ル? ねえシグルってば!」
「どぅわっ!? な、な、何だよ!?」
「何だよ、じゃないわよ。急に反応しなくなるんだもの」
シェーラはやれやれ、とでも言いたげに肩をすくめる。
「ねぇ、シグル。まさかとは思うけど・・・」
「何だよ、今度はニヤニヤして・・・」
「あなた、もしかして怖いの?」
「ばっ、何言ってやがる、誇り高き竜人であるこの俺がここここわいなんてあるわけが」
キーッ、キーッ、バサバサバサッ!
「おぅわぁぁあ~~~~~~っ!?」
「ふ~ん、怖くないねぇ?」
「そ、そうだぞ!ちょ、ちょっとホラーな雰囲気が苦手なだけだやい!」
「へ~、そうなんだ~?」
実はそうなのだ。
日本にいたときからだが、俺はホラーが大の苦手なのである。ゾンビやモンスターが出るパニック系は平気だが、心霊系はダメ。全然ダメ。心霊系ホラーなんてものを作ってくれやがった人を呪ってやりたいくらいである。
「くっ、こんなことなら場所の詳細を確認しておくんだった。俺のアホぅ・・・」
「ふふん、怖いならお姉さんの腕に掴まっていても良いのよ?」
「だから、怖いんじゃなくて苦手なだけだって! 止めろ、抱き寄せるな、頭を撫でるな、嬉しいけど今じゃねえっ!」
「まさかシグルにこんな弱点があったなんてね。意外だったわ。もう、可愛いんだから~♪」
「・・・よしよし」
「ノーラまで・・・くそぅ、後で覚えてろよ・・・」
そこで、シェーラはとあることに気付いた。
「そういえばシグルが面白くて忘れてたけど、ここって前に通ったときはこんなに薄暗くなくてちゃんと明るかったわよね?」
「・・・・・・(コクリ)」
ノーラも少し思い出すように目を閉じて首をかしげたあと、軽く頷く。
「シェーラお前・・・まぁ良い。つまり、この状態は異常ってことなんだな?」
ということは・・・
「“未確認生物”の仕業、ってことか?」
「多分ね」
「(コクリ)」
そうか、ならばよし!
「どうしたの? 急に元気になったみたいだけれど」
「フフフ、その通りだ。少しでも原因が理解できさえすれば何も怖くない!!」
「・・・やっぱり怖かったんじゃない」
シェーラが何か言ってるが気にしない。
大体、“よく分からないモノ”に対して恐怖を覚えるのは高度な知的生命体として当たり前のことであって、何も恥ずかしいことではないのだ。
「そもそも、何がそんなに怖いのよ」
「理由は簡単だ。よく聞くだろ? ゾンビやモンスターは殴れるけどは殴れないからさ」
「いや、聞いたことないけど・・・」
これは脳筋系のヒロインがよく言うテンプレのひとつだが、俺はこれが真理だと思っている。
物理が効く相手なら殴れば良い。でも物理が効かないと抵抗のしようがない。だから怖いのだ。
・・・昔父さんにそう主張したら鼻で笑われたが。
「それじゃシェーラ、さっそく精霊魔法の探知で・・・」
その時。
『・・・クスクス・・・』
ゾクッ・・・!
幼い子供の笑い声が微かに聞こえた。
それも、あまり聞き取れないくらい遠いはずなのにやたらと頭に響き、背筋が凍りつくような声だ。
「な、なあ、今何か聞こえなかったか?」
「え? 何も聞こえないけど?」
頼む、単なる空耳であってくれ。いや待て、どうせ例の“未確認生物”仕業だ。そうに決まってる。だから、
『・・・ミ~ツケ、タ~・・・♪』
「ヒィィィイイッ!?」
「だから何なのよ、さっきから」
「い、今確かに聞こえたんだって!」
「はぁ。そろそろ真面目に仕事しないと怒るわよ」
『・・・アトスコシ・・・』
その声は少しずつ、しかし確実に近づいてくる。
「無理だ無理、ムリムリムリムリ本当に無理ぃ・・・」
「う~ん、相変わらず何も聞こえない・・・ノーラとヴォルガは?」
「・・・(フルフル)」
「ガウ・・・?」
『・・・ツカマエ゛、タァ゛ッ!』
バッ!
「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーーッッ!!!?」
バタッ。
気を失う前の最後に見た記憶は、
異常に肌が白く、空っぽの両目から血を流している五歳くらいの男の子が、ケタケタ嗤っているところだった・・・
ー ー ー ー ー ー
ペロペロ。ペチペチ。
「シグル、ちょっとシグル!しっかりしなさいよ!」
「う、うぅ~ん?」
目を覚ますと、ヴォルガのお腹の上で横になっていた。右からはヴォルガがペロペロ舐めており、左からはノーラが頬をペチペチ叩いていた。
恐ろしいものを見た。心霊系ホラーなんて創作でも夜寝られなくなるくらいなのに、生で見た日にはトラウマものだぞ・・・一体何だったんだ今のは?
「くそぉ、よくもやってくれたなぁ・・・絶っっっ対に取っ捕まえて細胞の一片も残さず『破壊』してやる・・・っ!」
「少し落ち着きなさいシグル、目が血走ってるわよ」
「ガルルル・・・ッ!」
「ワウッ!?」
あんなに怖い思いをさせられたのだ。完全に正気を保ってる方がおかしい。むしろ俺はまだ理性的な方だ。
とにかく、俺の意地とプライドにかけて何がなんでも成果を挙げる。行動開始だ。
まずは周囲の状況を確認。周りは依然暗いままで、うっそうと生い茂った木々がどこまでも続いている。
魔術による探知も使ってみるが、特にそれらしき反応も見つからなかった。
「これじゃ見付からんか・・・シェーラ、精霊魔法の方はどうだ?」
「う~ん・・・何かいるのは分かるのだけど場所までは分からないわね」
「シェーラでもダメなのか・・・」
「あのねぇシグル、精霊魔法の使い手がもう一人いること忘れてない?」
「お、何かあるのか?」
「任せといて。ノーラ、やるわよ」
「・・・ん」
シェーラに呼ばれたノーラが隣に立って彼女の手を握り、目を瞑って集中する。
「それは何やってんだ?」
「ノーラはね、精霊魔法の力を増幅させることが出来るのよ。普段は自分の攻撃力を上げるのだけど、他人の精霊魔法の能力を上げることも出来るの」
「へぇ~、そりゃすげえ」
シェーラも目を閉じて集中し始めた。すると淡い緑色の光が彼女を中心に広がっていく。
神秘的な光に包まれている美少女というのは暗い森のなかでよく映える。もはや神々しくすらあった。
「・・・・・・いた!」
叫ぶやいなや、シェーラは素早く矢をつがえて放つ。
『おっと!』
矢は外れたようだが、余裕が無かったのか俺の目にも景色の揺らぎが見えた。
それと思わず出てしまったといった感じの声は、女の声に聞こえたが・・・そんなことより。
『やれやれ、近づき過ぎたか。少しエルフの能力を甘く見とったのう。よくぞ妾を見つけ・・・』
「フ、フフフ。クックックッ・・・そうかそうかぁ・・・そこにいたんだなぁ? こんのド畜生がぁ・・・!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!
遂に怨敵を見つけた俺は狂喜に打ち震え、地揺れするほどに魔力を高めていく。
『お、おい、小僧? なんじゃその魔力は? この森一帯をまるごと吹き飛ばす気か?』
「フフ、フフフ。フハハハハハッ・・・・・!」
『ちょ、ちょっと待て! 悪かった! 妾が悪かった! 少しおふざけが過ぎたのじゃ! じゃから森を吹き飛ばすのは許してたもれ!』
「・・・なら、まずは姿を見せろ」
『わ、わかったのじゃ』
住みかを荒らされるのが嫌だったのか、はたまた俺の力に恐れをなしたのか、“それ”は素直に従った。
そして現れたのは一匹の大きな狐。その毛並みは美しい黄金色に輝き、さらにその身に纏う金色のオーラと合わさって幻想的な魅力があり、不覚にも一瞬見とれてしまった。
「・・・九尾、か?」
何より目を引くのは、扇のように広げられた九本の尻尾。その姿はあの有名な妖怪、九尾の狐だった。
『さて、改めてすまんかったのう。まさかそこまで怒るとは思わなかったのじゃ』
「弁解はいい。とりあえずこっちの質問に答えてもらおうか。まず、お前は何者だ?」
『さてのう。なんじゃったかな?』
「・・・」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!
『わーっ! 待て待て! 誤魔化してるわけではないのじゃ! だから無言で魔力を高めるのはやめておくれ!』
「じゃあどういう意味だよ」
『妾は人間とあまり頻繁に交流しているわけではないので、人間の間で妾が何と呼ばれておるのか知らんのじゃ。まあ説明できるとすれば、神獣であることぐらいかのう?』
神獣。つまりはヴォルガと同格の存在ということか。
『それで、そなたらは妾になんぞ用でもあるのかえ?』
「特にこれといった用事がある訳じゃない。イタズラ好きな“未確認生物”の正体を調べにきただけだ。お前は別に人間に対して害意があるわけではないようだから討伐の必要もなし。あとは『"未確認生物"の正体はイタズラ狐だった』と報告して終わりだな」
『ふむ、なるほどの。面倒なことになることがなさそうでなによりじゃ。おふざけも程々にせんといかんのう』
「全くだ。もう少しでこの辺を全部更地にするところだったぞ」
『ホホホ・・・。先程の魔力を見たあとだと笑えんのう・・・』
九尾が木の上からひらりと舞い降りてくると同時にあたりの暗闇も晴れ、明るい木漏れ日が差すようになった。
よし。一応依頼は達成したし、ホラーな雰囲気もなくなった。これで万事解決だな。
「それじゃこのまま王都に向かうとするか。九尾の狐よ、これからはイタズラもほどほどに・・・」
『待っておくれ』
先へ進もうとしたところ、九尾に呼び止められた。
「どうした?」
『いやぁ~、あのようなことをした後でこのような頼みをするのは図々しいとは思うのじゃが・・・』
『妾も連れて行ってはくれんかの?』