12話 王城にて
※今後の展開のための説明口調がやや多めです
「レナリア様、もうすぐ王都に到着致します」
「ええ、ご苦労様」
シグルと別れてグトナムを出発してから一週間ほど経った頃、アートレア王国第三王女レナリア・フォン・アートレア一行は王都へ到着していた。
王都に入るとすぐにレナリアは王城にある国王の執務室に向かう。
「陛下、レナリアでございます」
「入れ」
ドアを開け部屋に入ると、そこで待っていたのは国王ベルンハルト・フォン・アートレア。傍らに控えているのは宰相のクレス・フォン・ノイラート侯爵だ。
「おぉレナリアよ。無事で何よりであった」
「陛下、この度はご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
「そう堅くならずとも良い、ここは非公式の場なのだ」
「分かりました、お父様」
ベルンハルトとレナリアは向かい合うようにソファへ腰掛けた。メイドたちが用意したお茶を口にしつつ、早速本題に入る。
「それで、どうだった。"例の少年"は?」
「はい。無事にお会いすることが出来ました」
「ふむ、やはりご神託は真であったか・・・」
「まあ、お父様。私のことをお疑いでいらしたのですか?」
「まさか。実の娘を信じない親などいるまいよ。しかし神からのご神託など歴史書でも数えるほどしか事例がないことだからな・・・」
二人が話しているのは、レナリアが五歳のときに教会で洗礼を行った際に神から下された神託のことだ。
当時、洗礼の儀式の途中でレナリアは意識を失い、教会ではパニックが起きた。
しかし数分で目が覚めたレナリアに一同が胸を撫で下ろしていると、飛び起きた彼女はベルンハルトに嬉しそうに報告したのだ。
『おとうさま、わたしかみさまのこえがきこえたの!』
この一言によって教会は別のパニックが起きた。1000年近く書かれてきた歴史書の中でも数回しかなかったのに加えて、聖職者ではない、ましてやこんな幼い子供が神託を賜るなど前代未聞だったからだ。
曰く、夢の中で太陽のような光輝く何かが『15になる少し前、汝黒き竜の子と縁を結ばん』と告げたという。
おかげでレナリアは一時的に聖女に祭り上げられそうになったが、そうなると教会との結び付きが強くなりすぎることや、隣のプロキア聖教国に事実上の引き渡しを求められかねないことを危惧した王国はレナリアの聖女呼びを禁じ、神託のことに関しては箝口令が敷かれた。
もちろん教会の司祭が現場に立ち会っていたので教皇の耳に入るのは仕方ない。
そこで秘密裏に聖教国とコンタクトを取り、レナリアを引き渡したりすることはないことをはっきりと伝えたことで聖女騒ぎは落ち着いた。
聖教国としても、教会と無関係のところから聖女が現れるてしまうのは困るのだが、王国が非公式ではあるが聖女にはさせないときっぱり宣言してきたので無用な争いをする必要はないと判断した。
そしてレナリアの15歳の誕生日が数ヶ月後まで近付いてきた頃、神託に『黒き竜の子』とあったことから黒竜族が住むと言われる島に辿り着けないまでも近くまで行けば何かあるのではと考えて移動していたところでシグルと出会った、というわけだ。
レナリアがシグルと出会った経緯や自分から見た人となりなどを伝えると、ベルンハルトは真剣な顔で思案を巡らす。
「・・・クレス、お前はどう考える?」
「おそらくは陛下と同じかと思いますが、まず神託の内容は現実のものになったと考えます。その上で例の少年への対応は静観がよろしいかと」
「その根拠は?」
「こちらをご覧下さい。これは先日冒険者ギルドから入った情報になります」
宰相は懐から取り出した紙をベルンハルトに渡す。それを読み終わるとレナリアにも渡した。
「なるほど・・・あの【漆黒の竜王】の子だったのか。黒竜族という時点でもしやとは思っていたが・・・」
「確かかの竜王は弱きを助け強気をくじく、慈悲深いがとても気性の激しい方だったとか。宰相はそれを踏まえて静観すべきと?」
レナリアの問いに宰相が頷く。
「はい、その通りです。歴史書によると我が国の貴族が竜王に下手に取り入ろうとして不況を買い、危うく領地がひとつ地図から消えそうになったとか、その力を利用しようと企んだとある国が実際に地図から消えたことがあったそうで。殿下から伺った話ではそこまで気性が荒い訳ではなさそうですが、国や貴族からの干渉は不快に思われる可能性が高いと思われます」
「ふ~む、しかし見過ごすにはあまりに惜しいのもまた事実だな・・・そろそろ魔王が現れる時期であるし」
「彼は不義理さえ働かなければ力をお貸しくださると約束して下さいました。きちんと礼を尽くした上での話し合いや交渉ならあの方は受け入れて下さると思いますわ」
「そうか!それは僥倖だ。出来ればレナリアを娶ってくれると完璧なのだが・・・」
「私はあの方の元なら喜んで行きますわ。ただ、王女である私が降嫁するとなればシグルさんに相応の爵位を与えるか、竜王のご子息であることを大々的に宣伝するか、あるいは国中に名を轟かせるほどの功績をたてていただかなければ難しいでしょう。前二つはあの方が了承するとは考えにくいので可能性があるとすれば最後でしょうか」
爵位を与えられ貴族になることは国にひいては王家に忠誠を誓うことを意味する。
そして自然と噂が広がるのとは違い、国が率先して宣伝すればそこにはどうしても政治的な思惑が絡む。
「そうだな、諦めるのは無理だが欲をかけば本末転倒な結果となるだろう。クレス、引き続き情報の収集を頼む」
「かしこまりました。"影"も動かしますか?」
「そうだな。最優先は魔王の情報だが、その次に優先するように」
「御意。そのように指示を出しておきます」
シグルへの対応について一区切りついたので、次にレナリアを襲撃した者たちの話に移る。
「例の黒装束の者たちは素性を洗い出せたのか?」
「いえ、当然ですがあの者たちは身分を示すようなものを所持しておりませんでした。それに尋問しようとしたところ、突然魔力の反応があり、襲撃者たちは一人残らず息絶えたようです」
「まあそうなるであろうな・・・その魔力反応に関しての手掛かりはないのか?」
「宮廷直属の魔術師を派遣してもらって調査させたところ、魔族特有の魔力が検出されたそうです」
「何だと・・・!?」
驚いて思わずガバッと立ち上がるベルンハルト。
「魔族がそのようなあからさまな干渉をしてきたということは、思ったより魔王の出現が近いのだろうか?」
「それに私を標的にしたことも気になりますね・・・あのタイミングで襲撃してきたということは神託のことを知っていたのでしょうし、そうすると私とシグルさんが出会うことが魔王との戦いに何かしら有利に働くということでしょうか・・・?」
「そうすると思い付くこととしては先代魔王との戦いでしょうか。あの時は先代勇者とかの竜王が協力して戦ったそうですから、今後召喚されるであろう勇者と例の少年もまた関り合いを持たせる必要がありそうですな。その時に殿下との縁がきっかけになるのかもしれません」
代々勇者と魔王の戦いは凄惨を極め、人間と魔族双方に大きな被害をもたらすのが常であったが、先代との戦いでは通常我関せずの竜族が人間に加勢したことで史上最も被害が少なかった。
もしかしたら今回の戦いでも被害を最小に抑えられるかもしれない。そんな期待が3人にはあった。
「しかし今度は竜王の息子が魔王との戦いに関わるかもしれぬとは・・・もしや今代の勇者も先代の息子だったりしてな。この世界とニホンの間では時間の流れ方が違うようであるし」
「ええ、そうですね・・・」
「先代勇者、神代誠也様は今どうされているのでしょうか・・・」