10話 決着
今回は少し長めになっています。
「ん・・・うぅ~ん、ここは・・・?」
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中。首には枷が付けられているところからして監禁されているのは間違いないが、それにしては小綺麗な部屋だ。
そこそこ高級な宿と変わらない感じがするし、トイレや風呂まである。一体何なんだここは?
それにこの忌々しい首枷だ。ただの枷なら簡単に壊せるが、何かの魔術で仕掛けが施されているようで、力ずくで外すことが出来ない。
ただ、力ずくでは外せないだけで、仕掛けを解除するのは問題ない。
目を閉じて意識を集中させる。
首枷の中にある魔術の存在を確認。
竜の息吹と同じように、魂から力を引き出すイメージ。
その力で魔術へ干渉し、絡み合った紐をゆっくりと解きほぐすように解体していく。
「・・・よし、これで枷は無効化出来たな」
今行ったのは『破壊』。黒竜族固有の能力で、極めれば物や魔術だけでなく概念や魂までも破壊することが出来るようになる。
もっとも俺はまだまだ竜族としては未熟なので『破壊』にはかなりの集中力を要し、発動に数秒から数十秒かかってしまうことや射程が極端に短いのが難点だ。
枷の魔術は解除できたが、外すのはまだだ。このように直接的な行動を取ったということは黒幕・・・おそらくはガルベージ伯爵と対峙する可能性が高い。
シェーラまで手駒としていたのだ、他にも手札があるかもしれない。油断を誘うための要素は残しておこう。
あと出来ることといえば風で探知して周囲の把握だが・・・ふむ。意外と遠くまで連れてこられたな。ヴォルガは・・・うん?近くにいるな。
今まであまり使ったことがなかったのだが、従魔の契約には念話の機能があったな。確か俺とヴォルガの繋がりに意識を向けて・・・
(ヴォルガ、聞こえるか?)
(『あ、主。目が覚めたのか?』)
(ああ。早速だが状況を知りたいんだ。俺が眠らされてからどうなった?)
ヴォルガに聞いた話を要約すると、俺が眠らされた後、シェーラは酔い潰れた仲間を介抱するように装って店を出て、ヴォルガの元へ。
俺という人質を盾とし、ヴォルガの攻撃を封じた上でここまで運ばせたんだそうだ。
ここは例の伯爵領であるロウタスの領主邸、その地下であるらしい。
ヴォルガはシェーラと俺をここへ運んだ後、拘束はされたが幸い俺が付けられたものと同じ枷はなかったそうで、俺が無事となればいつでも動けるとのことだ。
(ヴォルガ、今から言うことをよく聞いてくれ)
(『分かった、何をすれば良い?』)
・・・・・・。
よし、対策はこのくらいで大丈夫かな。
あとは黒幕の登場を待つだけ・・・お、噂をすればだ。
「フム、ようやく目覚めたのかね?」
ドアを開けて入ってきたのは高級そうな服を着た中年の男。肥満体型で顔にはニタニタといやらしい笑みを浮かべており、見るからに悪役な見た目をしている。
「お前が、ガルベージ伯爵か」
「左様。私こそがこのロウタスを治めるベリオス・フォン・ガルベージである。それにしてもずいぶん冷静だなキミィ?ますます気に入った」
この男の反応からして、どうやら首枷が『破壊』されたことは気付いていないようだ。圧倒的優位の笑みは崩れていない。
「さて、単刀直入に用件を言おう。私の物になりたまえ。もちろん、双方に利のある話だ」
「冗談だろ?いきなりこんなものを付けてくるような奴の言うことを素直に信じる程にバカだと思われてんなら心外なんだが」
「すまんね。私は権力はあるが力はないただの弱い人間なのだ。まあ良いから話を聞きたまえ」
ベリオスはそう言ってポンポンと手を叩く。すると開いていたドアから二人の女性が入ってきた。
一人はシェーラ。もう一人は知らないが、エルフで顔立ちがどことなくシェーラに似ている。もしかすると・・・
「シェーラ君は知っているな?隣にいるのは妹のノーラ君だ」
やっぱりか。妹に関しては何か事情があるだろうとは思っていたがまさかこういうことだったとは。
ノーラはセミロングの髪をカールにしており、背は少し低めだ。見た目の印象としてはシェーラが美女、ノーラが美少女といった感じだ。
そしてノーラには俺と同じ首枷が付けられている。シェーラに枷はないが、妹を人質に取られて言いなりになるしかなかったのだろう。
「さて、話というのはだね。君にこの二人を抱いてもらおうということだ」
「・・・・・・はぁ?」
目的が意味不明過ぎる。いや、確かに二人はかなり薄手のベビードール姿だし、そういった目的の格好なのは分かるんだが・・・
こういう時は自分で楽しんでやろう、となるんじゃなかろうか?
「分からない、という顔だな。では説明してあげよう」
ベリオスはそのいやらしい笑みを深め、大仰な態度で話を続ける。
「私は奴隷も取り扱っていて、もちろん裏の方だがね、これがなかなか儲かるんだ。何せ“お菓子”を贈れば質の良い奴隷をそろえてくれる友人がたくさんいるからねぇ。ただ、ばれずにいつまでも続けられるほど国や騎士達も無能じゃない。そこで私は思いついた。調達するのにリスクがあるのなら自分で"生産"すれば良いだけじゃないか、とね」
「お前、まさか・・・っ!」
「そう、これは“牧場”だよ。ここはその中でも特上の部屋だ。上等なこの部屋であれば君も気持ちよく事をなせるだろう?何事も、モチベーションは大切だからね」
「俺は竜族の力を持つ優秀な種馬ってことかよ・・・」
「その通り!世界中を探しても数えるほどしかいない竜人の種はとても貴重だ。それに、エルフの血があれば精霊魔法の才能も見込める。そして、赤子から育てて調教すれば反抗される心配もない優秀な戦闘奴隷が出来上がるというわけだ。これがどれ程の価値か分かるかね、キミィ?上手くいけば、一国を手中に収めることすら夢ではないのだ!!クハハハハハ!!!」
・・・聞くに堪えないな。悪意のニオイもさっきから強すぎて鼻が曲がりそうだ。
今すぐこの男の顔面に拳を叩き込みたいところだが、もう少し我慢して時間を稼がないと。
「それで、どうかね?君にとっても悪い話ではなかろう。最低でも衣食住と飽きるほどの美女を用意するし、快く協力してくれるのであれば、ある程度の自由も保障しよう」
「断るに決まってんだろ!」
「フム、残念だ。出来るなら君自信の力も欲しかったのだが・・・では予定通り、種馬としての役割を全うしてくれたまえ。抵抗は無駄だぞ?その首のものは"隷属の枷"。いかに竜人と言えどそれを付けている以上は私の命令に逆らえないし、無理に外そうとすればただでは済まん。さ、シェーラ君」
「・・・はい、分かりました」
「お、おいシェーラ、一体何をす、ふむっ!?」
そっと近付いてきたシェーラに不意にキスされる。驚いている隙に舌まで入ってきて、何かを飲まされてしまった。
ドクン・・・ッ!
「く・・・っ!これは・・・!?」
それを飲んだ瞬間、体の奥が熱くなり、目の前にある女の身体を押し倒して蹂躙してしまいたい衝動に襲われる。
「それは一部の性に無関心なエルフが子作りのために発情を促すものだそうだ。性欲の薄いエルフでも一晩中熱く情を交わすというのだから、精力が旺盛な竜人は一体どれ程のものになるのか、見ものだねぇ?」
余裕の態度で部屋の端にある椅子へ腰かけるベリオス。
自分が仕組んだ人の情事を見学しようとは、つくづく趣味の悪い男である。
だが、俺の前でこれだけ余裕を見せているのだ。ヴォルガからの情報もあるし、こいつにとってはこの"隷属の枷"だったものが切り札であると考えて良さそうだ。
「さ、これなら余計なことを考える暇もないだろう。シェーラ君、そのまま続けよ。ノーラ君、君も行きたまえ。姉と共にその男へ奉仕するのだ」
「・・・ん」
シェーラにベッドへ押し倒され、上を脱がされる。ノーラも上がってきた。二人とも事前に媚薬を飲まされていたようで、その瞳は若干正気を失っている。
「ごめんなさい、シグル。巻き込んでしまって・・・お詫びに私をどうしてくれても良いわ。だから、ノーラにはせめて優しくしてあげて欲しいの・・・」
「・・・姉さん、私は大丈夫だから・・・」
美しい姉妹愛だ。二人の美貌も相まって、あまりにも魅力的な光景に理性が今にも飛んでしまいそうだ。
しかし、これで良い。
「君らのお誘いはとても魅力的だがな、先にやることがあるから、今は目を覚ましてもらうぞ!」
「「むぐっ!? ~~~~っ!?」」
俺は素早く亜空間から小瓶を二つ取り出し、彼女らの口へ突っ込んだ。
「げほっ!げほっ!?な、何よこれ、げほっ!」
「・・・けほっ、けほっ、うぇぇえ・・・辛いぃ・・・」
「な、なんだ!?何が起きた!?」
悶絶する姉妹と困惑するベリオスを他所に俺も二人に飲ませたのと同じ小瓶を取り出して一気に呷る。
「ぐっ、げほっ!げほっ!・・・はぁ。全く、コイツはやっぱり刺激が強ぇなあ・・・」
この小瓶の中身は父さんに教わって作った強力な気付け薬だ。媚薬の効果も一撃で吹き飛んだ。
「さて、ノーラ。ちょっとじっとしてろよ」
「・・・ん?」
「ちょっと!これ以上何をするつもりなの!?変なことしたら承知しないわよ!」
お、無事にツンツンが戻ったな。気付け薬がちゃんと効いたようで何より。
「まあ見てなって、今この枷を外してやるから」
「なっ、バカな、そんなこと出来るわけがない。今すぐ妙なことはやめるんだ!命令だぞ!」
ベリオスが命令してくるが、当然俺の枷はとっくに無効化しているので意味がない。その間にノーラの枷にある魔術の『破壊』に成功。さっきと同じなのでより手早く済ませることが出来た。
「よしっ、と。これで良い。そんじゃさっさとこんなもんは外しちまおう」
バキッ! バキッ!
俺とノーラに付けられていた枷を力任せに取り外すと、俺以外の三人は驚愕に目を見開く。
「はあああっ!?バ、バカな!こんなバカなことがあるものか!まさか偽物を掴まされた・・・?いや、ノーラ君のは間違いなく本物だった、一体どういうことなのだ・・・っ!?」
切り札をあっさり失ったことに狼狽するベリオス。
「ぐぬぬぬ・・・このまま終わってたまるか!おい、警備兵!」
ヤケクソになって兵を呼んでいるが、それも意味がない。なぜなら・・・
「おい!誰もいないのか!・・・なっ!?」
彼が乱暴にドアを開けると、倒れ込んできたのは白目を剥いて気絶している兵士。
「な、なぜ・・・」
「ウチの相棒は優秀なんだよ」
俺が念話でヴォルガに出した指示はまずこの領主邸を騒ぎを起こさないように制圧すること。これは風の魔術で防音してしまえばあとは簡単だ。
そしてもうひとつは・・・
「のぅゎぁ~~~~・・・ぁぁぁあああああ!?」
「ウォン!」
ヴォルガが大柄な男の首根っこを咥えて飛び込んできた。
「良いタイミングだな、ヴォルガ!流石は俺の頼れる相棒!」
「グルルゥ・・・♪」
「痛てて・・・まったく何がどうなってんだ。おい、シグルよ。いくら期待の新人とはいえギルマスの俺をこんな目に遭わせたんだ。納得のいく説明はしてくれるんだろうな?」
そう、グトナムのギルドマスター、マルクを連れてくることだ。
冒険者ギルドは独立した機関であり、国家、つまり王族や貴族の干渉を受け付けない。代わりにギルドが国家へ干渉することも本来出来ないのだが、発言力が無いわけではない。むしろ中立的な存在としてその影響力は国際的にも非常に大きい。
「だから、ギルマスを直接ここへ連れてきて巻き込んでしまえば後始末が楽になると考えたのさ。・・・少々強引なやり方だったのは謝るよ」
「まったくだ。デカイ狼がいきなり建物の壁をぶち破って俺を拐い、猛スピードでここまで連れてこられたと思ったら最後は通路を通るために体を小さくさせたコイツに振り落とされそうになって首根っこを咥えられたんだぞ!?」
「う・・・すまない」
「クゥ~ン・・・」
「まぁ、良いけどよ。おかげで目の上のたんこぶだったガルベージ伯爵の悪行の証拠を抑えられたんだ。それでチャラにしてやるよ」
マルクはため息を吐きながらも、早速部屋の中を見回して"隷属の枷"を拾い、俺やシェーラたちの格好を見て大体の状況は察したらしい。
「バカな・・・こんな・・・こんなことが・・・」
「お久しぶりですな、ガルベージ伯爵殿。グトナムのギルドマスター、マルクです。貴殿にはいろいろとお聞きしたいことがあるのでご同行願えますかな?」
急展開の連続に呆然としていたベリオスは、マルクの勧告を聞いて我に返り、ガクッと膝を着いたのであった。