武力は無くても心は強く
いい走馬灯だった。あれからしばらく智は、ボクを女の子だって思っていた。智だけじゃない。中里さんも、田村さんも、インテリイケメンの川村さんもそうだった。
みんな、癖はあるけどいい人達だった。
相談したら助けてくれただろうけど、迷惑はかけたくない。
目を瞑っている。
そろそろ硬いアスファルトの感覚が来ると思っていたのだけど。
恐らく即死だったのだろうか。ボクの体はふわっとした感触に包まれていた。
目を開けたら死後の世界なのだろうか。
「あはははは!勇気あるじゃん!」
遠くで天使様の声が聞こえる。それ以外は聞こえない。無音の世界。
「本当に飛ばせるなんて悠太くん!あなたは馬鹿なのかしら!?私たちがタイミング外したらこの人死んでいたのだけれど!?」
と思っていたら次に聞こえたのは、女性の怒鳴り声が聞こえた。
え?ボク生きてるの?
恐る恐る目を開ける。息を切らしてボクが乗っているものを持っている人達。
黒い髪の女の子。薄い茶色の髪の女の子。茶髪の女の子。白い髪のムキムキな青年。その後ろに隠れている小さな女の子。
サングラスをした如何にも堅気では無い男性。黒い髪に野暮ったい眼鏡をかけた女性。そして少し遠くで無表情でこちらを見る青い髪の女の子。
「悪い勝ったな!あまりにもうじうじしてるからムカついた!だって女かと思ったら男だったんだぞ!?」
空を見上げるとボクがたっていた場所で天使様が仁王立ちしてボクを見ていた。
「あら?誰がそんな事を言ってるの?あなただって男の娘じゃない」
薄い茶色の髪の女の子が言った言葉が信じられない。
「えぇ、天使様が男の子!?」
「ほら!この人だって悠くんのこと女の子だと思ってたみたいだよ!」
「だから尚更ムカついた!だけど今そんな事はどうでもいい!あんただあんた!よく聞け!」
天使様だと思っていた男の子、悠太くんは僕を指さして言った。
「あんたの覚悟はよーく分かった。あんたは運がいい!俺たちがあんたに協力してやる」
半分以上は女の子のようだけど、この子達が金貸し相手に何をできるというのだろう。
余計に被害者を増やしてしまうだけなのではないか。
「相手は金貸しだよ?用心棒だって雇ってるかもしれない……君たち一般人で太刀打ちできる相手じゃないよ」
「大丈夫ですよ!私たちみんな強いから!」
天真爛漫って言葉が似合いそうな茶髪の女の子が自信ありげに言った。
「その通りですよ〜どこの組の者か知りませんけど〜私たちのシマでご老人を騙してお金を巻き上げようなんて悪者は成敗しなきゃいけませんねぇ〜」
とてもヤクザには見えない。野暮ったい眼鏡の女性が言った。
「君たちは何をしてる人達なの?」
「なんて言ったら良いのかしら。世直しって訳じゃないのだけれど、あなたと話してた、あの子は困ってる人を見たらほっとけないのよ」
と黒髪の女の子。
「お人好しってやつですね〜」
「それに付き合う私達も充分お人好しですけどね!」
「いやはや、私なんて最早ヤクザとは程遠いですよ~」
さっきシマとか言ってたから、まさかとは思っていたけどやっぱりヤクザなんだ。
てことは天使様や、この子達もヤクザなのかな。
「そーゆーこと。俺達が本気になったら特殊部隊とだって戦えるんだよ」
いつの間にか屋上から降りてきた天使様がボクの肩をポンと叩いた。
天使様の傍らには無表情の女の子が居た。
「君たちは優しいヤクザなんだね」
「違う違う。俺はヤクザじゃないよ。ヤクザなのは沙織さんと伏見さんだけ!」
天使様は慌てて否定して、野暮ったい眼鏡の女性とサングラスをした屈強そうな男性を指さした。
「山本組、山本沙織です〜」
山本さんは、ヒラヒラと手を振りながら名乗ってくれた。その苗字には聞き覚えがある。
昔は悪逆非道なヤクザだったけど、代替わりとともに自警団のような活動をしてて、近所の人との交流を大事にしてるとか。
「俺は料理人。桜雪人だ」
この人の名前も聞いた事あるよ。桜亭の店主さんだ。ボクは行ったことないけれど、人を笑顔にする料理を作るとか。
「多分その他は名前聞いてもピンと来ないだろうけど、右から、麻波涼夏、佐藤唯、雪兄の後ろにいるのが、千秋。俺の隣に居るのが秋山麗奈。そして俺が春日悠太。普通のイケメン高校生だ」
天使様が全員を紹介してくれた。
茶髪の女の子が麻波さん、黒髪の女の子が佐藤さんで、桜さんの後ろに隠れていたのが千秋ちゃん。秋山さんと悠太くん。
みんないい子なんだろうね。
「ボクの名前は矢島咲。今年26になるただのサラリーマンだよ」
「え!20後半なの!?全然見えないんだけど!女子大生でも通じるよ!?」
「いい歳した大人の男に女子大生は失礼だろうが」
みんなが驚くのも仕方ない。ボクは良く童顔って言われるから。
でも、悠太くんが麻波さんを嗜めてくれた。
「悠くんなんか女子小学生でも通じるけどね!千秋ちゃんより小さいんだから」
「うっせぇ!千秋がでけぇんだ。俺が小さいわけじゃねえ」
悠太くん。君が本当に男子高校生なのだとしたら、その身長は低すぎると思う。
だけど、この少年にはシンパシーを感じる。
ボクも社会人になってからというものの、初対面で性別をわかって貰えないからね。
「私は平均位ですよ。悠太は小さいです」
千秋ちゃんはあっさりとぶった切った。
「ぐぬぬ」
「明日は月曜日だから朝礼もあります。私の学校に来るといいですよ。悠太ならほぼ最前列確定ですよ」
「行かねーよ!なんで自ら進んで傷付きに行かなきゃ行けねえんだよ」
「待って!明日月曜日って言った?」
「え、ええ。言いましたけど、どうかしました?」
「何日の月曜日!?」
「明日は31日です」
やばい。智が連れていかれてから、もう2週間も経っていたなんて……ボクはなんて愚かなんだ。
「なあ、咲さん明日が31日の月曜日だったら何があるんだ?」
悠太くんが俯くボクの顔を心配そうに覗き込んでいる。
……言わなきゃ、時間が無い。
「……智が、売られちゃう」
喉からどうにか、それだけ絞り出した。
「なっ!え!?なんで今日まで動かなかったんだよ!」
悠太くんに胸ぐらを掴まれて凄まれた。
「だって!あんなものを見せられたらどうしようもなかったんだ!」
智を連れ去られてから3日経った日に、ボクのスマホ宛に智からメッセージが届いた。
メッセージには、買い手が決まった事と、2週間後に引き渡される事が書いてあった。
ボクへの感謝のメッセージと、智を忘れて幸せになって欲しいとも書かれていた。
その1時間後、追撃するように、動画付きのメッセージが届いた。
メッセージは白紙。動画を開いてみると……この先は思い出したくもない。
智は戦った。女性としての尊厳を失わないよう立派に戦ったんだ。それをあいつら……薬を使って。
ボクの心を折るには、充分だった。
「……ごめんなさい。ボクが動かなきゃいけなかったのに。手段を間違えてた。こんなんじゃ犬死するところだった」
泣きながら懺悔をしていたら、ふわっと抱きしめられた。相手は悠太くん。
彼はボクの頭を抱えて、安心させるように撫でてくれた。
「何を見たのか大方予想はつくけど、聞かないでおく。大丈夫。とにかく落ち着け」
そうだ。いい歳した大人がこんな小さい子に慰められて情けない。
もっとしっかりしないと、智だってボクがもっとしっかりしてたら守れたかもしれないんだ。
「ありがとう」
お礼を言って、もう大丈夫だからと、彼の胸から離れた。
「相手の顔はわかってるんですよね~。それから貸金屋の名前も〜取り敢えず直ぐに探させますので、名前を教えて頂いてもよろしいです?」
そうだ。彼女はヤクザだから名前を言えば、裏で生きる人間の1人や2人すぐ見つけられるのかも。
「えっと、金山って名乗ってたと思います」
山本さんは、額に手を当てて考える仕草を取ったあと、人差し指を立てた。
「調べるまでもないです。隣町の金貸し屋ですね〜そうとう行き詰まってるって聞いてましたけど、等々人身売買に手を出し始めましたか~」
「知ってるんですね」
「それはもう。彼らの仕事を奪ったのは私ですし~。大体おかしいんですよ。地獄の沙汰も金次第とは言うものの、借りたお金の利子が10日で1割だなんて」
前々から気に入らなかったんですよね〜と沙織さんは言った。
「さて、と」
悠太くんが立ち上がった。
これから作戦会議するのかな。ドラマとかで聞いた言葉を使うなら、危ないヤマを踏むわけだし。
「場所は分かってるんすよね」
悠太くんは、その顔に似合わない凶悪な笑みを作り、山本さんに問いかけた。
「もちろん」
山本さんの言葉に悠太くんは更に口角を上げた。
「今から突撃かけるぞ!」
「え!?正気!?」
特殊部隊にも勝てるくらいの集まりなら、こういう時綿密な打ち合わせとか配置とか決めるものじゃないの?
「金貸し屋に喧嘩売るとか元々正気の沙汰じゃねえだろ。こういうのはパッと行ってパッと終わらせんの。智さんに早く会いてぇだろ?」
「うん。会いたいけど」
「後、智さんを救うのは咲さんだから。俺達がするのはあくまで手助け。かっこいいの期待してるから頑張ってくれよな」
「ええ!?ボク!?ボク強くないよ!?」
「武力はなくとも心は強くあれ。姉ちゃんの受け売りだ。さ!いくぞ!」
何が何だか分からないうちに、車に乗せられるボクだった。