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走馬灯はいい思い出だけを


智との出会いはボクが高卒で入社した会社の初日。ボクの教育係が智だった。

「やし、や!矢島咲です!今日からお世話になります」

「あっはっは!めっちゃ緊張してるじゃーん!」

 

 慣れないスーツを着込んで、ガチガチに緊張して名前もカミカミな挨拶をしたボクの肩を、彼女は爆笑しながら優しく叩いてきた。


「あー笑った。ごめんねえ。あまりにも緊張してるみたいだから面白くって。今日から咲ちゃんの教育担当になりました高野智美です。気軽に智ちゃんって呼んで」


 そう言って勝気な笑みを向けた智は顔が近かった。ほんのり香る爽やかな香水の匂いが、つい最近まで高校生だったボクには、とんでもなく大人の女性に感じられた。


「高野さんですね!!よろしくお願いします!」


 ボクは根暗で痩せていてオタク気質。高校で着いたあだ名はヒョロがりだ。

 そんなボクにプライベートで女性との絡みがあるはずはなく、初対面の智のことを下の名前で呼ぶなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくてできなかった。


「あら、咲ちゃんみたいな可愛い子、是非仲良くなりたいんだけどなあ。1回でいいから智ちゃんって呼んでみて」


 初対面なのに、智も距離が近い。アットホームな会社だとは聞いていたけど、異性に対する接し方ではない。


 それでも先輩に言われれば、恥ずかしくても言わなきゃならない雰囲気を自意識過剰ながら感じていた。


「……と、智ちゃん」

「きゃーっかわいい!」


 ボクが智の名前を呼ぶと、嬉しそうに抱きついてきた。

 もちろん女性に免疫の無いボクは、薄い胸板に当たる幸せな感触を喜びつつも、肩を突き放す形で、智と距離を取る。


 今日初めて会った男に抱きついて来るなんて、この人はとんでもないビッチなのかも知れない。

 先輩にビッチの疑いを掛けつつ、突き放した事を謝ろうと口を開く。


「……すみません」


「たはー、ごめんねぇ。咲ちゃん可愛いからすこーしテンションが上がっちゃってて。ほら、この部署、男ばかりでむさ苦しいでしょ?」


 悪びれもなしに、むさ苦しいと言ってのける智に、部長さんが、むさ苦しいとは失礼な!俺はダンディーだろ!と反論して、みんなの笑いを誘っていた。

 

 確かに、この部署には部長さんを含めて6人くらい居て、高野さん以外は男性しか居ないみたいだけど、ボクも男だ。

 

 しかも、あちらの席で黙々と作業しているインテリ系のイケメンさんだったり。


 部長さんだってダンディだし、面食いの女性だったら、ここはパラダイスって言うと思う。


 その向かいで、隣の席の人とわいわいしながら仕事をしているさやわか系のイケメンとは違ってボクは根暗なヒョロがりだ。

 居るだけでジメジメとした空気を放つ逆空気清浄機だよ。


「……皆さん素敵だと思いますけど」


 ボクが言っても気持ち悪いと思われてしまうかもしれないけど、考えまくって変な事言うよりは褒めておいた方がいい。


「咲ちゃん奥手そうなのに意外と言うねえ。ちなみにどの人がタイプだったりする?お姉さんにこっそり教えて?部長は既婚だから駄目よ?」


 近い近い顔が近い。思わず一歩下がってしまった。


 この中に女性は1人しかいない訳で……ヒョロがりでなよなよしてるからって同性が好きとかって思われてるのかな?

 え?失礼じゃない?こういうのってパワハラって言うんじゃないの?


 何で周りの皆さんは聞き耳立ててるの?


「ちょっと、そんなに皆で聞き耳立てたら咲ちゃんだって言いづらいじゃない」


「ハッハッハ、この部署は私以外全員独身だからなぁ。気になるのは仕方ないんじゃないか?」


「部長だってこんな若くて可愛い子が入って来たから気になってるんじゃないです?」


「私は妻一筋だよ。今も昔も。この間も急な残業で遅くなったら拗ねていてね。いやー可愛かった!」


「部長の惚気話なんか誰も聞きたくないです。それでそれで?どの人がタイプ?」


 そのまま部長の話しを聞いていてくれればいいのに。


「……た、高野さんです」


 そう言うしかなかった。選択肢が5個あっても5分の4が同性だから。


「きゃーっ!可愛い!!私も咲ちゃんみたいな子タイプよー!」


 感極まった様子で抱き着かれた。

 大人の女性、悪くないかもしれない。

 だけど周りから、ちっ俺じゃねえのかよ、とかまるで自分である事を期待していたような文言が口々に聞こえてくる。


 え?ここの男性陣はみんな同性愛者なの?


「ボク、いえ、私は同性愛とかは興味無いので」

 いけない。社会人なのだから、一人称は私にしないと。


「だってよー!冗談だったんだよな!今年の新人は人が悪いぜ!」


 爽やか系イケメンの隣で仕事をしていた人が言うと、なんだと、と言いながら崩れ落ちる高野さん。


「百合が見れるかと思ったのに」


 続いてインテリ系のイケメンがボソリと言った。


 ……百合?


「やっと私にも春が来たのかと思ったー!あ、でも?最初はノンケでも後から私色に染めちゃえば良いのよね?」


「い、いえ、ボ、私は」「さっきも言いかけてたけどボクっ娘なんだ?益々可愛いわねぇ。小さい会社なんだからボクって言っても大丈夫よ?」


 ぐぬぬ。性別を言おうとしたのに遮られた。

 みんな揃ってボクのことを女の子だって勘違いしてたのね。

 なよなよしてはいるけど、どうみたって顔の造形を見たら男だってわかるでしょうに。


「決めた。今日から咲ちゃんにはビシバシ調き……仕事を教え込んで立派な企業戦士にしてあげる。私が狙うはあの椅子よ!」


 そう言って高野さんが指さしたのは部長が座っている椅子。

 

 待ってよ。この人調教って言いかけなかった?こんな美人な人に気に入って貰えて、仕事を教えて貰えるのは嬉しいけど、ここの人達はみんな、ボクが女の子だと誤解をしている。

 

 部長は履歴書に目を通してるだろうから、知ってて黙ってるのかもしれない。さっきからニヤニヤしてるし。

 はあ、真実を知ったら失望させてしまうのかな。


「私の椅子かい?私が専務になる頃には譲って上げても良いが、愛する妻のため、小娘にはまだ渡せないよ」


 部長カッコイイなー。僕の性別を知ってるのに黙ってて、それを楽しんでるような性格の悪い人だけれど。


「譲って貰うなんてそんな……勝ち取るんで大丈夫です!」


 そして高野さんもカッコイイ。ボクを女の子と間違えるような破滅的視野の持ち主だけれど。


 目の前の問題には前途多難だけども、この会社に入社させて貰って良かった。


 よし、言うぞ。ボクが男だって言うんだ。今ならまだ向こうの勘違いで丸く収まる。むしろ今言えなきゃ騙してることになっちゃう。


「あ、あのですね。ボクは」「ハッハッハ!高野くんの勇ましい宣戦布告を聞いたところで業務を開始しようか。私語は慎み給えよ?特に中里くん?」


 さっきから隣の人と話してた人は中里さんって言うんだね。

 

「俺っすか!俺は田村と相談しながら仕事を進めてるだけっす!」


 隣の人が田村さん。忘れないようにしないと。


「じゃあ咲ちゃん!仕事頑張ろうねっ」


 ニコリと微笑んでくれた智は可愛かった。

 

 

 

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