☆5
「おはようございます、勇者さん☆」
「だからなんでそう極端なんだよ……」
うなだれる俺の前にいるのは、見上げるほどの大男。声はまだ少女。怖い。
昨日の騒動未遂が起きた、あの後とりあえずはおとなしくしているように言い含めて魔王とわかれた。さすがに帰省したばかりなのに朝帰りでは家族に心配をかけるし、かと言って可愛い少女になった魔王を実家に連れて行くわけにもいかない。
少女を実家に連れて行くわけにもいかないが、いまや大男になった魔王をつれていくなど言語道断だろう。
「力こそ正義です☆」
「声も変えろ、声も」
「力こそ正義です」
なるほど大男版魔王の腕は昨日の男たちよりも太くたくましい。体格もいいうえに、顔もどこで学んだのか、悔しいほどイケメンだ。甘い顔というよりマッチョに似合う精悍な顔つきというタイプ。今度は何か。『ただしイケメンに限る』とかいうのか。
「これなら侮られない。快適に過ごせそうだ」
そう言うやまた町に走りだそうとするイケメン魔王の腕をかろうじてつかみ、引き止める。口調も変えたようだし何しろでかいので若干怖い。
「歩いていっても町は逃げないから」と、なんとか言いくるめて昨日のような全力疾走を避ける。
町外れのここは魔王の家と言うにはとても些末で小さなものだった。町からもだいぶ離れている。町まで全力疾走を二日立て続けにするには正直きつい。
かといって、変な方向に暴走している魔王を放っておくのもおそろしい。
見た目普通の人間のような魔王は今のところおとなしく町まで歩いている。
町に入っても意外とお行儀よくしているなと思ったのもつかの間、通りすがりの人間に声をかけ始めた。
「おい、お前。俺と仲良くしよう」
唐突に大男にそんなこと言われたら誰だって逃げるだろう。
「ひっ。許してください!」
可哀そうな町人はそんな悲鳴を上げながら道を引き返して逃げていく。
その様子を見て魔王は寂し気に、握手でもしようとして差し出した手を見つめていた。
その姿がちょっと哀れで、魔王とはいえ何とか言って慰めてあげたい気もちになったのだが、ここからまた魔王の暴走が始まった。
少なくとも絡まれないことに気をよくしたのかはわからないが、所かまわず通る人通る人声をかけ始めた。老若男女、果ては犬猫鳥にまで。
しかし、話し方が不自然だからかそれともガタイが良すぎて威圧感があるからか、ほとんどの人間に当然のように逃げられ意気消沈していくイケメン大男魔王。一度など、魔王が何もしていないのに『許してください!』と叫んだ女性に町の人々が集まってきて警備隊が呼ばれそうになった。冤罪怖い。
唯一真昼間から酒場にいた男たちはひるむことなく対応したが、「『酔っ払い』と言う人種は対応が面倒だ」と言う魔王の言葉でいったん町はずれの魔王の家に引き上げることにした。
「勇者さん。みすぼらしい爺さんの姿だと侮られる。少女だと体格差があって軽んじられる。大男だと過剰に怖がられる。難しいですね」
そう言って、小さな家の庭先で落ち込む魔王。
しかし慰めようと手を伸ばす直前、ぽんと手をうち、自己解決した。
「わかりました! 勇者さんになればいいのです!」