☆4
「学びました。『恰好がみすぼらしいと蹴られる』」
褒めてと言わんばかりの魔王の満面の笑みにイラっとしつつ。
「いや、そういうわけじゃない。……まあそんな面がないとも言い切れないが。恰好がどんなでも蹴っちゃだめだ。でもな、とにかく身だしなみは大切だ。侮られなくて済む」
俺も実際ここに来るまでに、店で邪険にされた。勇者御用達の店なのに。
魔王は「わかりました!」と元気よく返事をし、家の中に(実家)に入っていく。何がわかったのかわからないが、とにかく実家の庭先で魔王が掃除しているなどと言う、心臓に悪い光景を見なくてよくなったことにほっとしたのは三秒。
「いやいやいや、だからなんで俺の家に入っていくんだよ!」
そう言って魔王を追いかける。こうやって意味の分からない形だが念願の帰省を果たした。
家に入って、まずは母さんの歓待を受ける。涙目だ。しばらく会わないうちに小さくなっているかと思ったが、ちょっとばかし大きくなっていた。食事には困っていないということだと前向きにとらえる。そして母さんの後ろから父さん。無口だがよくやったとばかりに笑みを湛えてうなずいている。年の離れた弟妹も顔を覚えていてくれたようで、一瞬の戸惑いののち、駆け寄って抱き着いてくれた。
そうだ。このために俺は帰って来たんだ。大事な家族。その家族が笑っていられる世界を守って、また戻ってくるために恐ろしい魔王との戦いに挑んだ。そして果たした。
……。
いや魔王、どこいった? 家族との再会で一瞬忘れていた。俺の家に慣れた様子で入っていっただろ。
「母さん、あのさ、庭先で掃除していた人だけど」
「ああ、マオゥさん?」
流石に正体は隠していると信じていたけど、全っ然隠してない。幸い母さんはじめ家族皆気が付いていないようだけど。
「マオゥ、さん?」
「そうよ。変わった人だけど、どうやら魔王との戦いで家をなくしたらしいの。名前も運の悪い響きよね。改名を勧めたわ。可哀そうだしうちも今余裕があるから、庭掃除とか雑用をしてもらっているのよ。村長に相談したから村はずれの空き家かどこかに住まわせてもらっているみたい」
……たしかに対魔王戦で魔王城は崩壊した。やつの言っていることは間違っていない。やっていることは全くもって間違っていると思うけど。
痛くなった頭をかかえながら、とりあえず話し合いをするため魔王をとっ捕まえねば。家に入っていったはずなのに姿が見えないと思ったが、どうやらさっさと箒を置いてつい今しがた帰ったそうだ。俺は裏口から、奴は玄関からだったのですれ違わなかったということか。
母さんに聞いた空き家を訪ねてみると、そこにはなぜか女の子が。魔王、やはり悪だくみをしていたのか。そういぶかしんだが、
「どうかな、勇者。この格好なら侮られない?」
女の子から出てきた声がさっきのじいさんのままだったので、衝撃で固まってしまった。可愛らしい女の子の口から、おじいさんの声が。そしてそれが先程のおじいさんの声と言うことは、こいつは、魔王本人。
年のころは十五歳というところか。町娘らしいシンプルな朱色のワンピース。髪はどこで覚えたのかツインテール。くるりと玄関先で回って見せるところが憎らしい。『かわいいは正義』と言うやつか。
「いやな、声が」
「ああ、忘れてた。これならどうかな?」
そう言って小首をかしげ、セリフの途中で少女の声に変わる。恐ろしい。恐ろしいほどにかわいい声。魔王が変身できるだなんて聞いていない。そんな衝撃も吹き飛ぶほど、少女の口から爺さんの声が出るのは恐怖だったので先に突っ込んでしまった。が、そもそもこの姿がおかしい。
「なんで女子のになれるんだ」
「だって魔王ですから」
そうか。こいつは魔王。元ではなく、今でも。はじめ爺さんの姿だったし、話し方もまったりしていたので調子を狂わされたが、あの未知の力で人類を追い詰めた驚異の存在だ。そんな奴がこんなにも簡単に市民に紛れられるような姿になれる。それは恐ろしい事実だった。誰もこの姿を見て魔王だとは思わないだろう。
何の目的でこんな姿になったというのか。やはり目的は復習か。それとも世界征服とやらのリベンジか。
「だからって、なんで女の子の姿なんだ」
「さっきも言ったじゃないですか。みすぼらしい爺さんだと蹴られるので、可愛らしい女の子になってみたのです」
そこからの展開は早かった。
少女は会話に飽きたのか俺の横をすり抜けて走り出し、あっという間に姿が見えなくなる。呆然と立ち尽くすこと数秒。(あんなに俊足な少女いねえよ!!)という心の声を抑えつつ、少女を探す。
方向的には町の酒場やら宿があるあたりか。元々は狭い村だったが、今では店が立ち並んでいる。一軒一軒探している暇なんてあるのか? 魔王のたくらみを阻止するためには一刻も早く探し出さなくては。そう焦る俺の心配をよそに、魔王はすぐ見つかった。正確には騒がしい男の声の中に可愛らしい女の子の声が混ざっていたのだ。あの声は間違いなく先程の少女の声。
トラブルになる前にと急いで駆けつける。
そこには見事に絡まれる少女とみるからに破落戸という風体の男たち。丸太のような腕を華奢な少女の肩に乗せている男を見てこの後が心配でたまらなくなる。
この男がこれからどうなってしまうのか。
(ああ、やめろ)
男が肩から腰に手を移動させるが、少女の顔がそれに連動して面倒そうな表情に変化する。
(俺の足はどうしてこんなにも遅いんだ)
鍛えたと言ってもしょせん人間だ。
男があの手をあとちょっとでも下に移動させでもしたら、いや、そもそも魔王の気が変わったら。
百戦錬磨と呼ばれた国軍も、精鋭と呼ばれた俺たち勇者一行も、魔王の独特な魔法には真正面からでは到底叶わなかった。
彼は特殊魔法を使う。それは、魔力コントロール。生きとしいけるもの全てに宿るとされる魔力を自由にコントロールできるのだ。自分の自由に操ることももちろんできるし、内側から破裂させることも可能。
そんな惨劇が俺の故郷で、今まさに起きるかもしれないというのだ。運動不足を嘆いている場合ではない。破落戸の無事を祈って、全速力で彼らのもとに駆けつける。
「す、すみません。この子、俺の知り合いなんです」
そう言って男たちの輪の中に飛び込む。最初は彼らもいぶかしんでいたが、なかの一人が俺の顔を知っていてくれた。
「あ、勇者さんじゃないっすか」
仲間がそう言ったことで、男たちの興味は少女から有名人の俺へ。どうやら最近町に来た者たちらしい。
「すげえな、魔王倒したんだろう?」やら「俺の方が筋肉あるぜ」やら好き勝手なことを言って、さらに仲間を呼んで来ようとするものだから、騒ぎが大きくなる前に好きを見て逃げ出した。もちろんマオちゃんと呼ばれてた少女も連れて。
「な、何が目的なんだ」
久しぶりの全力疾走に息を切らしながら尋ねる。ここ一年で確実に体力が落ちているのもあるが、なぜか立ち位置が逆転して、足の早すぎる魔王に途中引きずられるようにしながら走ってきたのも原因の一つだ。
「君が言ったみたいに、見た目がいいと扱いが良くなるのかなと思って。試してみたくなって、いても立ってもいられなくなったの」
話し方も少女のようになっていて、仕草も素敵だ。破壊力が凄まじい。かわいいは正義と言うことか。
「それで。いい思いはできたのか?」
そう尋ねると、可愛らしく小首を傾げる。
「最初はちやほやされて、お得だと思ったんですけどね~。ただニコニコしてるだけで食べ物くれたり。でもそのうち手をつかまれたり肩を組まれたり。面倒になってきたから帰ろうと思ったんですけど、体格差があるのって色々な意味で不利ですね」
「その色々ってのが気になるところだが」
俺が突っ込んでも聞いていない。魔王はしばし思案顔になった後、何かに納得したのか、前を向いて晴れやかに言う。
「非力な女の子だと行動が制限されますね。やっぱり力こそ正義です」