第97話 氷
【パレス 大広間】
「まったく、あなた達は……」
目の前で眉間に皺を寄せ、足を組んで座り、冷たい睨みを効かせるエリーナ。
彼女の前に立って並ぶアイリ達は、揃って肩を縮めた。
「勝手にパレスから出てはダメだと、そう言ったはずだけれど」
怒りを抑えて言葉を紡ぐエリーナのそばで、カリンがニコニコと笑顔で立っており、恐怖を倍増させていた。
意味ありげな満面の笑みより、怖いものがあるものか。
いつもは不遜な表情を浮かべるショウリュウも、今ばかりはエリーナの迫力に気圧され、すっかり押し黙る。
エリーナに叱られ、ナエカはヒィヒィと泣き声を上げた。
「あなた達がいなくなったことにジェイが気付いて、こっちは大騒ぎだったのよ。分かるわよね?」
ジェイは必死に能力を使い、その結果──今はソファーに倒れているという。
そこまで大事とは思っておらず、四人は目を伏せるしかない。
何故出ていったの、と目つきで問われ、ショウリュウが目を逸らしながらも口を開く。
「……あんた達が出ていった後に、依頼があったんだよ」
「そうらしいわね、見えざる者らしきキツネが現れたっていう。それで?」
目を光らせて追い討ちをかけるエリーナに、ショウリュウは観念して続けた。
「別に、キツネ程度の大きさしかない見えざる者なら、俺一人でやれると思っただけだ」
──そんなハッキリ言う!?
アイリ、レオナルド、ナエカは、ショウリュウの度胸の強さに唖然とする。
だが、エリーナはますます瞳に帯びる温度を下げた。
「それでどうにかなったのかしら」
「……」
氷のように冷え冷えと返すエリーナに、もう四人は項垂れるしかない。
エリーナのはっきりした怒りに、ハーショウは本題に入ることが出来ず、あたふたしていた。
困ったなぁ、折角朗報を持ってきたのに。
その朗報の主であるシキ──ピエールは先程から、不貞腐れたような表情で端の椅子に腰掛けている。
はぁ、と深く一息つき、更に何か言いたげなエリーナ。そばにいたヨースラが、まぁまぁ、とエリーナを宥めた。
「ほら、今はその……キツネですか? その依頼が先ですよね」
──そもそも、僕達に来た依頼でしょう?
ヨースラの言葉にエリーナも少し落ち着いたのか、そうね、と頷く。
「話を聞きましょうか、そのキツネはどうだったの?」
とりあえず、レオナルドが代表して説明する。
白いキツネだか、オオカミだかの存在。その存在が、見えざる者を倒してしまったこと。
「何ですって?」
「ガッて噛みついて、倒しちゃったんっすよ」
「見えざる者が、ちゃんと見えとるっちゅうわけやな」
いつの間にか、ジェイがルノと共に戻ってきていた。
三階で休んでいると聞いていたが、やはり気になって降りてきたらしい。少し、顔色が悪いように見える。
「ジェイ」
「ジェイさん、あの」
「動物の目にも見えざる者は見えへん、おかしな話やで」
アイリ達が駆け寄る前に、ヨースラが近寄った。
「ジェイさん、もう大丈夫なんですか?」
「まぁ、言いたいことは色々あるけどな〜」
たっぷり話、聞かせてもらおうやないか。
眉をクイッと上げてそんな事を言うものだから、四人は完全に固まってしまう。
それでも先を促され、レオナルドはおずおずと先を続けた。
逃げたオオカミを追い、そこでシキと会ったこと。匿う代わりにあのオオカミの情報を貰う、そんな取り引きをしたこと。
「見えざる者の情報を知っている、ですって? あなたがそう言ったの?」
「そうだよ、ルーイ」
「ハーショウさんから、あなたが51期生の候補だ、とも聞いたわ」
「そうだね」
シキは、先程通りで出会った時の雰囲気とは一変していた。
余裕たっぷりの態度で、明るく気さくだったのに、今は不本意だと言わんばかりに目を逸らす。
あまり口を開きたくないようだ。彼の頑なな態度に、アイリは戸惑う。
首を傾げたのは、エリーナ達も同じだった。
「うーん……」
51期生なら、何故あの子達から逃げ出そうとしたのかしら。どうせ、パレスで会うのに。
そういえば、ハーショウもあのキツネには覚えがあるようだった。先程から、あたふたしてばかり。
エリーナは思い切って、ハーショウに向き直る。
「ハーショウさん、キツネについてあなたも何か知っているのかしら。それに、この人は51期生で間違いないのですか?」
「あ〜、その事なんだけどね」
「その先は、この私が説明させていただこう」
いつの間にか開いていた広間の扉から、誰かが姿を現した。
これでもかという、大柄の男性。ヌッと扉からはみ出しそうな背丈の男が現れ、一同をギョッとさせる。
後ろには、大勢の部下らしき者達。マルガレータも着いてきていた。
「誰?」
シキは、その姿を確認するとこれ以上ないほど目を見開き動揺した。
「父上……」




