第96話 先頭
シキは路地という路地を、凄まじい形相で必死に駆け抜けていく。
ひたすら、足を前へ前へ。
高価なずっしりした服を着込んでいるのだが、そんなことは頭の隅に追いやった。
「やっちゃったあああ!!」
「待ってぇ!」
「待てコラー!!」
「なんで逃げんだよー!!」
何故、こんな事になっているのか。
──この僕としたことが、なんという馬鹿なことを。よりにもよって、彼等に声をかけてしまうとは。
走りながら顔だけ後ろを振り向くと、必死に追いかけてくる四人の姿ががあった。
先頭がジリジリと距離を縮めており、シキはギョッと顔色を変える。
「うわぁ、速いなぁもう!!」
先頭をいくのは、アイリだった。
伊達に、あの広い丘を駆け抜けていたわけではない。
「ハァ、アイリちゃん速い……」
「よっしゃあ! いいぞアイリ、捕まえろ!!」
「しょえええ!!!」
鬼ごっこをしている五人に、通りすがりの民達は何事か、と目をパチクリさせる。
ただでさえ、高価な服装で走るシキは目立つ。
周りの視線が痛いほど刺さるが、無理やり無視するしかない。とにかく、必死に足を動かす。
彼等が走る向かい側にある、賑わう通り。
「……あ、いました! ほらあれ、アイリさん達ですよ」
スクーターとスケートボードに乗る、三人組。
ヨースラとエリーナは、目の前を横切って走っていく後輩達の姿に、瞬きを忘れてしまった。
「……何をしているの、あの子達は」
「誰かを追いかけてますね」
何者だろうか、後輩達が必死になって追いかけている。
先頭を行く高貴なその人は、不恰好に体が前に突き出す走り方。明らかに走り慣れていない。
「どういう状況なのかしら……?」
まさか走り方を評価されているとは知らず。だがシキは、そんなことには構ってはいられなかった。
アイリの足が予想外に速い。まさに、カモシカの走り。
石畳の道を飛び越えるように駆けて、どんどんシキに近付く。手をもうひと伸ばしすれば、届きそうな距離。
もう少し、これなら追いつく。
アイリは力を込めると軽く足を弾ませ、思い切ってジャンプする。
「あ」
すてん。
「アイリーー!!」
追いついた、と力んでしまったのが運の尽き。
アイリは見事に、固い石畳の道路に転んでしまった。
シキは思わぬ好機に、全力で足の速度を上げる。すたこらさっさと、またも逃げだした。
「ごめんよ、ルーイ達!!」
「あ、ちょっと!」
転んだアイリは放っておけない。だが、シキは追いかけないとマズイ──多分。
一瞬迷っている間に、シキは更に足に力を入れた。
これならまける!
「あ」
つるっ。
足の力が抜けて──いや、足の力がおかしな方向へ入る。石畳を足が滑り、足がおかしな方向に開いていく。
今までに何度か感じた、あの感覚。
ガン!!!
シキはツルッと転び、見事にひっくり返った。綺麗に掃除された、自慢の美しい道路の淵で。
倒れて頭を打ちつけ、完全にのびてしまう。
「あー」
「シキが転んだ!」
アイリがようやく起き上がったと思ったら、今度は彼だ。アイリを連れて、彼のもとに駆け寄ろうとした──その時。
スクーターが激しい音と共に、目の前に割り込んできた。
「カリン、重い」
「あれぇ、この人どこの人〜? ウフッ」
「重い」
「ルノさん、カリンさん!」
スクーターに二人乗りしていたのは、ルノとカリンだった。スクーターを止め、通りに颯爽と降り立つ。
遠くの依頼に行っていた筈の二人が、何故ここに。見つかったことに、後輩達は戸惑う。
「ル、ルノさん。なんでここに?」
「ジェイに聞いた」
あっさりと返すルノ。四人は気まずそうに、目を見合わせるしかない。
その後ろで、カリンがのびきっているシキを不思議そうに観察している。ぷにっと頬をつついて悪戯した。
「──特訓は?」
端的にルノに尋ねられ、後輩達はおどおどと狼狽える。
淡々とした口調には、少し冷たいものが混じっていた。
どう答えたものかと迷っていると、更にもう一台、スクーターが近づいて来た。
「早かったわね、二人とも」
凛とした声。四人は今度こそ、氷でも浴びたかのように顔を硬くする。
スクーターから降りてきたのはエリーナ、ヨースラ、そしてハーショウ。
「エリーナさぁん、この子気絶しちゃってますよぉ?」
「どなたかしら。なんとかして、パレスに運ばないといけないわね」
「どうしたんだい、誰か気絶してるのかい?」
興味津々でシキに近づいた、ハーショウ。ハーショウはシキの顔を確認した途端、顔色を一変させた。
「……ピ、ピエールくん!!」
「ピエール?」
ハーショウは慌ててシキ、いやピエールに駆け寄った。ぺしぺしと頬を叩くが、気絶していて反応は無い。
「わわ、君がどうしてこんなところに! たった一人で!」
「ハーショウさん、この人ご存知ですの?」
「知ってるどころか……」
ハーショウは、真っ青な顔でこちらを振り返った。
「新しい51期生の候補の子だよ!! 彼が五人目だ!!」
「えぇ!??」




