第95話 綺麗
【カイロ通り】
ガラガラガラガラ。
石畳の通りの上を、並んだスクーターとスケートボードが軽やかに駆け抜けていく。
二人乗りのスクーター、運転はエリーナだ。後ろに座るハーショウは、流れていく景色に興奮していた。
その隣で走る、最近街でも流行り出したスケートボード。誰かが乗っていると気付いた通りの人々は、乗っている人物にギョッと目を見開く。
女性は皆、顔をポッと赤く染めた。
「ひゃあ!!」
「きゃあ!!」
「こんにちは」
スケートボードを器用に操りながら、ヨースラは通りの人々に笑顔をふりまく。
風になびく姿が、なんとも爽やか。
「ヨースラよ〜」
「ふわあああ」
少し異常な光景だろう。
スケートボードに乗るヨースラ、スクーターにはエリーナ。そして何故か、エリーナと二人乗りしている謎の男。
「何だあの男は」
「エリーナちゃんの何なんだ」
不審者に向ける視線をシャワーのように浴びながらも、ハーショウは気にすることもない。明るく、爽快な景色に大きく伸びをした。
「いやぁ〜! いい景色だね〜」
「ハーショウさん、きちんと座ってくださいね。ほら、下り坂ですわ。歯を噛まないように」
「おわっ!!」
急な下り坂に、スクーターがフワッと軽くジャンプする。持ち上がる心臓、ハーショウは慌てて座席を掴む。
スケートボードも軽くジャンプし、見事に着地。
エリーナはグッとハンドルを握りなおし、眉をひそめた。怒りのままに。
パレスを出てからもずっと、エリーナの怒りは収まっていないようで、ヨースラは内心ヒヤヒヤする。
「……あの辺りね、ありがとうジェイ」
「お、見つかったのかい?」
「ええ」
流石はジェイだ、あっさり後輩達を見つけてしまった。
しかし、エリーナの表情は深刻なままだった。
「……」
「ん、どうしたんだい?」
「あの子達、誰かと一緒にいるようですの」
【ヌーブ通り】
一方、その少し先を曲がった通り。
パレスに向かって歩く、彼等の姿があった。
「そういえば、貴族さんの名前聞いてなかったっすね」
「そうだ」
何故か前を行く青年に、レオナルドが名前を尋ねる。だが青年は、うーんと渋ってみせた。
「この僕は貴族なんだよ。危ないから、簡単に名前を明かすなって言われてるのさ」
「どうして?」
キョトンとするアイリに、ナエカはどう説明したものかと悩みながらも、言葉をひねり出す。
「……ほら、お金持ちだから。怪しい人に狙われるかもしれないから」
「そっかー」
「アイリが納得した! すげぇ!」
「あながち間違ってねーけど、やめとけよ」
ショウリュウは毒つきながら、ジッと青年を凝視する。
貴族の端くれとか言ってたが、名前を明かすなと言われるくらいの地位はあるんだな。
「貴族さんってのも、大変なんすね」
「そう、だから名前言えないからさ」
青年はクルッと振り返り、ぴょんとアイリの目の前に立つ。驚くアイリの前で、優雅にうやうやしく、ポーズを決めた。
「ルーイが決めてよ、この僕の名前」
「ほえ……私?」
突然の指名に、アイリは戸惑う。
「私が決めていいの?」
「うん。この僕の名前だから、美しいのがいいな」
他の三人もポカンとする中、アイリはうーんと考え込む。
──この人の名前、美しい名前。
美しい、美しい、美しいものといえば。
例えば、里の丘に咲いている花、この街の景色。万華鏡のような、ルノの瞳の色。
例えば、先程現れた獣。まるで雪のような、あの美しい白い毛。
……雪?
「そうだ」
舞い降りてきた考え。昔、里で聞いたとある言い伝え。
アイリは名案だ、と言わんばかりに、目をカッと開く。
アイリが考えた名前は。
「シキ!!」
「シキ?」
「うん、シキ」
どっから出てきた、と問いかけるショウリュウに、アイリはクルッとその場で回ってはしゃぐ。
「昔ね、フェミーナおば様がおっしゃったの。どこかの山で雪が降ると、シキカイトという雪を告げる妖精が、山から降りてくるんですって!」
随分古い言い伝えだ。
その案内人の妖精は、羽根を生やし大層綺麗だそうな。見た者に幸せを運ぶ、と伝えられている。
「だから、シキ!」
シキカイトからとって、シキ。
「アイリ、あんたそれゴーレムと変わらないセンスだぞ」
「なるほど〜! この僕はまさに今、ルーイ達に情報を告げるシキカイト、というわけだね。なんて美しいんだ!」
本人はいたく気に入ったらしく、うんうんと何度も頷く。その反応に、アイリもニコニコと頬を綻ばせた。
「いや、絶対そこまで考えてないだろアイリは」
青年──シキは、再び一同に向き直った。
「じゃあ、よろしく。この僕のことは、これからシキ、と呼んでくれて構わないからね」
友好的なシキにホッとしたのか、ナエカがおずおずと進み出る。もう、ビクビクと震えたりしない。
「よろしく、シキさん」
「んーん、シキでいいよ。この僕は紳士だからね」
「自分で言うかよ」
「いや〜楽しいな」
ショウリュウのジトッとした目つきもなんのその、青年は軽やかに先を歩きだす。
しかし、すぐにその足が止まった。
「……ん?」
シキは、ゆっくりとこちらを振り返る。
「おかしいな」
シキは何かを確かめるように、ズイッとレオナルドの目と鼻の先に立つ。
「お、おわ!! おいおい、なんだぁ!?」
「……」
レオナルドだけではない。しっかりと一人一人に近づき、何かを確かめていく。
「ほえ」
次々と確かめていく度に、先程までの余裕綽々の表情から徐々に余裕が失われる。
その顔がまさか、と言っていた。
「だから、何だよいきなり」
「もしかしてルーイ達、剣の団なのか?」
思わぬ言葉に、一同は言葉を失う。
──何故それを。そんなこと、言ってないはず。
「まだ言ってなかったね」
「じゃあ……そうなんだね?」
四人は目を見合わせたが、アイリを皮切りに次々と頷く。
そんな四人に、シキは雷に打たれたように驚愕した。目も口も大きく見開き、茫然と頭を抱えだす。
「なんてこった!! この僕としたことがあああぁ。まずい!!」
「はぁ!?」
「ご、ごめんねルーイ達、この僕はおいとまするよぉおおおお!!」
そう叫ぶや否や、凄まじい勢いで逃げ去っていく。
「ええぇーー!?」
「何で……?」
「なんだよ!!」
「獣の次は今度はこっちとか、ナシだってぇええ!!!」
四人は、慌ててシキを追いかけたのだった。




